検証してみた:実質賃金“だけ”を見る意味ってあるの? | 空き地のブログ

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アベノミクスで実質賃金が下がった!」 というのが最近の流行りなんですかね?


まぁ、「実質賃金」と言っちゃってる時点で「名目賃金は下がっていない」ことがバレバレなんですがねw


また、リフレ派論客をターゲットに、「リフレ派は実質賃金を下げて国民を貧困化させようとしている!」などとありもしないデマを撒き散らす連中もいるようで、いやはや困ったものです。


主に標的になっているのは現内閣官房参与の浜田宏一氏で、発言の一部を切り貼りされて主張をでっち上げられています。


リフレ政策の流れについてカンタンにおさらいすると、


適切な財政金融政策

→期待インフレ率の上昇

→実質賃金の一時的な低下(①)

→失業の改善(②)

→生産のパイの拡大(③)

→実質賃金の上昇


という感じです。

①は名目賃金の硬直性と「実質賃金=名目賃金÷物価」であることから、

②は物価変動と失業率が逆相関の関係を表わすフィリップス曲線から、

③は失業率の変動と実質GDP成長率の変動が逆相関の関係を示すというオークンの法則から、

それぞれ説明されます。


さて、リフレ派を攻撃する人たちの主張はこうです。


デフレの間ずっと実質賃金は減り続けてきたのに雇用は増えていないじゃないか!だから実質賃金を下げたって雇用は拡大されない!リフレ派はインチキ!


要するに上のフローチャートで言うところの①と②の間にケチを付けてきているわけですね。


まぁ、確かに実質賃金が減り続けてきたことは事実でしょう。しかしながら、フィリップス曲線にインフレ率と失業率の逆相関が表れている以上は、①→②の流れは事実であり、実質賃金の低下が雇用を生み出しているのが現実なのです。


では、彼らのロジックのどこに誤りがあるのかを検証していきましょう。


まず、実質賃金の推移を見ましょうか。と言っても、実質賃金だけ見ても「何に対して高いのか安いのか」が分かりませんので名目賃金と一緒に見てみましょう。


総務省統計局(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001118577)より、「現金給与総額指数(5人以上)」の名目値(表番号7)と実質値(表番号25)の推移をグラフ化しました。


名目・実質賃金推移2010基準


確かに97年辺りをピークに実質賃金が下がり続けていることが分かります。しかしながら、名目賃金の変化と比べるとどうでしょうか?名目賃金の下がり方の方が急ではありませんか?


元のデータでは指数の基準(100)を2010年に設定してあります。しかし、「デフレに入ってからどのように変化したか」を明確にするには、デフレに入る直前を基準に取った方が分かりやすいでしょう。そこで、ピークに当たる97年の指数が「100」になるように各年のデータを再計算してみるとこうなります。


名目・実質賃金推移1997基準


やはり、実質賃金の減少ペースより名目賃金の減少ペースの方が早いことが分かりますね。したがって、実質賃金はデフレ下で下がり続けてはいても、名目賃金と比較すれば高い値にある(高止まりしている)、という風に見ることができます。企業が労働者に対して支払うのは当然「名目賃金」ですが、それを「労働力を買うための費用」という視点で見ると、デフレ下において名目賃金の“実質的な価値”はその額面よりも高くなる、ということになります。いくら額面で減っていても、今年よりも来年再来年と支払う賃金の“実質的な価値”が重くなるのであれば、企業として雇用の維持が難しくなる(=失業が増える)のは必然ですね。


そう考えると、「雇用」に与える影響を見るには実質賃金そのものの変動ではなく、「名目賃金の変動も加味した実質賃金の変動」の方が相応しいのではないでしょうか。


そこで、上で示した実質賃金・名目賃金それぞれの対前年比の差分を取り、その推移を失業率の推移と比較してみましょう(※失業率のデータはhttp://ecodb.net/country/JP/imf_persons.htmlより)。


この差分の意味するところは「実質賃金変化率-名目賃金変化率」であり、値が大きいほど企業から見てひとり当たり支払う賃金が前年比で見て重くなることを意味すると考えられる。すぐ上のグラフで見れば、実質(赤)と名目(青)とが近づいていくとマイナス、離れていくとプラスだと思えばいい。


実質賃金と失業率の推移


の縦線はそれぞれ、「実質-名目」が大きな谷と山を成す箇所を示しており、同じ横軸スケールで示した失業率の谷と山にキレイに一致しているのが分かります。つまり、賃金の実質的価値が重くなると失業は増え、軽くなると失業が減る、ということ。96年以前と97年以降で振るまいが大きく異なっているが、大体その辺りが生産年齢人口の伸びが止まった時期に当たるので、その関係かもしれません。


97年以降のデータについて、「実質-名目」と失業率の相関を見ると、


名実賃金変動率差分と失業率の相関


となり、「R2=0.726」とそこそこ大きな相関係数が得られました。やはり、企業にとって実質賃金が相対的に“重い”と雇用を減らさざるを得ないようですね。


ちなみに、「実質賃金の対前年比」と「失業率」の相関を見ると、


実質賃金変動率と失業率の相関


※縦軸が失業率(%)、横軸が実質賃金の対前年比(%)です。


となり、「R2=0.0018」のほぼ相関なし、という結果になりました。やはり、実質賃金“だけ”の変化を見ていてもあまり意味がないようです。


リフレ政策における失業の改善の肝は、単に実質賃金を下げることではなく、「名目賃金を下げずに実質賃金を下げる=相対的に賃金を軽くする」ことにあり、と言えそうですね。




あまりにキレイな相関だったのでグラフ作ったときはすげーと思ったが、よくよく考えてみれば実質賃金と名目賃金は物価で補正されているだけの関係なので、「実質賃金変化率-名目賃金変化率」は結局のところインフレ率×(-1)でしかない。要するにこの相関関係はフィリップス曲線の変形版に過ぎないと思われる。キレイで当たり前でしたね。