さて前回は「「お見合い後、恋愛結婚」と題し、
出会ったきっかけはお見合いだったとしても、
お付き合いの過程で恋愛感情が芽生えない人との結婚は、
よく考えたほうがいいとのお話をしました。


内容について、私の自己評価では、皆さんに対して、
あまりお役立ちできる情報ではなかったなぁ…と
思っていましたが、


実際は「すごく考えさせられました」という声を
何人もの方々からいただいたり、
「今、お付き合いしている方のことで相談に行きたいのですが…」
という面談の申込を受けたり、

思いがけないほどの反響があったのでした。


これらの反応が意味するのは、
それだけ心当たりがある人がいたということ。


つまりお付き合いをしている方はいるが、
お互いに対する気持ちが高ぶる気配もないまま、数か月を過ごしている。


そして時間が経過すればそれだけ、
周りから「今の人とはどうなの?」「これからどうするの?」と
お相手に対する意思の回答を求められる。


「お見合い結婚って、こんな“もわっとした気持ち”のままでも
決めなければいけないんだろうか?」

そんな心境でいたところに、一石を投じられた。


ある方などは、今回のブログをきっかけに、
今、お付き合いされているお相手との
交際を打ち切る決心をされたほどでした。

確かに、お付き合いされていても、無機質な関係のまま、
気持ちの進展がない。


たとえばデートしても、その後、4日くらい経ってから
「先日はごちそう様でした」という申し訳程度にメールが来るとか、

お互い情緒的な関わりというか、
心が通わないコミュニケーションになっていることが多いようです。


それで、お互いの感情が高まるような空気にならない…。


会員さんからこのような相談というか、
状況の報告を聞くたび思います。


交際中の男女を問わず、皆さんそれぞれが、
相手から自分に歩み寄って来ることを求め、
そして、“そうしてもらえない”相手の態度を不満に感じ、
その満たされない思いをそのまま相手に対する評価に変えている。


それよりも先に、
「あなたはお相手の方にとってどんな思いを送ったのか?」
「どんな思いやりががある行動をとったのか?」


自分は与えもせず、相手から与えられることばかりを求めている。
あたかも、それが当たり前のように…。


「相手が一生懸命になってくれるのだったら、
まぁ自分もその方向で考えてあげてもいいか…」みたいな、
そんな「待ちの姿勢」を感じるのです。


自ら進んで、お相手との人間関係を作る、
関係を進展させる努力をしなければ、いつまでも答えは出ません。


ですから、まずは自分から歩み寄るという意識をもって、
お相手のことをより深く理解するということを心がけて欲しいと思うし、

そのために具体的にどうすればいいか?という相談であれば、
私はいくらでもアドバイスできるのです。


前回の内容に、少しでも心が動いたという実感がある方は、
これを機会に、今後の“お付き合いのあり方”を
考えてみてはいかかがでしょうか?

先日、結婚式を終えられたばかりの
元女性会員のKさんから、
嬉しい報告をいただきました。


私が心から嬉しいと思ったのは、
彼女が話してくれた披露宴でのエピソードにあります。

披露宴のエンディング、彼女は大勢の招待客の前で、
こんなスピーチをしたそうです。


自分たちは結婚相談所を通じ、お見合いで出会ったこと。


お見合いで結婚するということは、
相手を好きかどうかという主観より、
条件や周囲の意見によって決まるものだと思っていたこと。


そのような思い込みに対し、
出会ったきっかけはお見合いでも、
「恋愛感情が芽生えた人でないと結婚すべきでない」と
私がアドバイスしたこと。


そのアドバイスによって、婚活に対する考え方が変わり、
結婚に対する希望がふくらんでいったこと。


こうして、気持が前向きになったとたん、
今の旦那様と出会えたこと。


そして、今、この瞬間を迎えられたことに対する
感謝の気持ち。


彼女の素直でいて、堂々と自分の思いを語るその態度に、
お祝いに駆けつけてくれたお友達の表情が、
みるみるうちに変わっていったそうです。


彼女がイメージしていたように、

やもすれば、お見合い結婚というと、恋愛感情は二の次。


まずは結婚ありきで、
「結婚すれば情もわくし、それから好きになればいい」という
親の世代の価値観がそのままイメージに乗っかっていて、
お見合いには抵抗を感じてしまう。


そのように考える女性が多い中、
彼女が語った、お見合い、出会いとそして恋愛を通し、
体験し、感じ、発見した「お見合い結婚」の本当の姿は


披露宴に集まった彼女の友人たちの心を
大きく揺さぶったようです。


夏の名残の強い日差しを浴びつつも、
ビルの谷間に吹き抜ける秋の風を頬に感じる時のような、

Kさんのエピソードから、そんな心地よさを感じた次第です。

さて前回は“慣れ親しんだ世界”の外へ出れない人というお題で、
「お見合い」という、結婚に向かって一歩進みだす活動に対し、
なかなか踏み切れない男性の例をあげながら、
人間心理の複雑さについてのお話をさせていただきました。


私としては、正直言うと、イマイチな内容だったかなと、
低い自己評価をしていたのですが、

意外にも「なるほど!よく分かります」みたいな声を複数いただき、
発信する側の思惑と、受け取る側の解釈には隔たりを
改めて感じました。(ありがたいことですが)


前回紹介したKさんの事情とは少しだけ違いますが、
あかね屋の会員の中にも
“慣れ親しんだ世界”から出ない人が何人もいます。


その方たち(すべて男性です)の“慣れ親しんだ世界”とは、
「ずっと婚活をし続ける生活」のことです。


あかね屋会員歴10数年。

月にやっと一件のお見合いにこぎつけるために、
事務所にいらしては、パソコンと何時間もにらめっこ。


自分は50歳を過ぎているのに、最低でも30歳後半の女性にしか、
お申し込みを入れない。


それでいて、彼らの口癖はそろいもそろって
「あかね屋さん、もういい加減に結婚させてくださいよぉ~」です。


このような方々と接して感じるのは、
彼らにとっての目的はもはや結婚することではなく、
婚活することそのものが目的になっていること。


要するに、多くの男性がゴルフや釣りを楽しむように、
婚活自体が趣味なのです。


婚活をすることが、
彼らにとっては実に慣れ親しんだ、心地よい世界になっていて、
そこから出ようとしない。


結婚という願望を実現するために、
ご本人が何か努力をしているかと言えば、
そんな様子は皆無ですし、私も10数年お付き合いをしていますが、
歳を重ねるごとに人として成長するどころか、
ますます退化しているように見えます。


おそらく、これからも彼らの行動は変わらず、
私たち仲人とのお付き合いも20年、25年と続いていくのでしょう。


そんなダラダラとした取り組みを何年も続ける方がいれば、

たとえば3年と決めれば、3年の「期間限定婚活」と称し、
真剣でありながら、なおかつ現実的な婚活に取り組まれる方々もいます。
(その多くはアラファオー世代の女性たちですが)


その人たちに共通するのは
「結婚しない人生、それもアリ」という考えです。


自分の人生のシナリオに結婚はあるのか?無いのか?

それを見極めるために一定の期間を決め、
集中力をもって結婚活動をする。


それでも、縁をつかめなかったとしたら、
それはそれでスパッと割り切る。


このような、“潔い取り組み方”をされた方が、
現在も含め何名かいらっしゃいました。


中には3年と言いながら、
開始3か月で結婚を決められた方もいましたし、

期間が終わらないうちに結婚しないという結論を出し、
音楽を学びにヨーロッパに行かれた方もいました。


結婚しない人生を選んだ時、
その代わりに得られるものは自由です。


結婚しない決断をされた方々は、
皆そろって、すがすがしい顔をしておられました。


それは人生の方向性が決まった、迷いがなくなった。

そのようなスッキリとした気持ちの表れだったと思います。


絶対に結婚する。それだけのために婚活があるのではない。


自分の人生のストーリの中に結婚があるのか、どうかを見極める。


そのための婚活もアリなのでしょう。