12年ぶり和解 | (仮)これぞ 大和の国のサムライ 春日井のダイセン賢の魂の叫びだぁ~!!

12年ぶり和解

 1999年に大ケンカしたのを機に交流を断絶していた歌手、吉田拓郎(65)と泉谷しげる(63)が和解したことが10日、分かった。拓郎がパーソナリティーを務めるニッポン放送「坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」(月曜後10・0)の収録スタジオに泉谷が乱入。12年ぶりに再会した2人は思い出話に花が咲き、一緒に東日本大震災のチャリティーイベントを行うことを約束するなど意気投合、すっかり仲直りした。

 12年ぶりの再会は突如として起こった。

 関係者によると、今月5日、東京・有楽町のニッポン放送に打ち合わせに来ていた泉谷が、仕事を終えて帰ろうとした際、たまたま拓郎が出演する「オールナイトニッポン-」の収録スタジオの前を通りかかった。

 拓郎の姿を発見した泉谷は、いきなりスタジオへ乱入。そのまま収録に飛び入り参加し、「先輩を殴るなんて失礼なことをしてしまって」と謝罪。拓郎も「元気だったかい」と笑顔で迎え、12年ぶりに和解した。

 発端となった事件は1999年。歌手、かまやつひろし(72)の還暦記念パーティーで起こった。もともと2人は井上陽水(62)らとレコード会社、フォーライフ・レコードを立ち上げるなど、公私ともに仲が良かったが、“個人的な理由”から言い争いに。

 ともに飲酒していたこともあって、泉谷が拓郎を殴るなど取っ組み合いの大ケンカとなった。以来、2人が顔を合わせることはなかった。同席した森山良子(63)がたびたび自分のコンサートでおもしろ、おかしく2人のケンカを話したことから有名なエピソードになった。

 スタジオでは12年前から今日までの思い出話に花を咲かせ、交流が断絶したことについて2人は「会う機会がなかった」と説明。泉谷は拓郎に謝罪することを番組企画として持ち込まれたことを明かし、「その度に激情して。こういう風に実際に会って話ができて本当に良かった」と喜んだ。

 また、泉谷は自身が企画する震災チャリティーイベントを拓郎と共同で行うことを提案。拓郎は「オレは忘れっぽいし、飽きっぽいからすぐにやろう」と快諾し、競演ステージまで約束した。この模様は、11日放送の同番組で流される。

 1999年に大げんかを起こし、以降交流が断絶状態にあった歌手の吉田拓郎と泉谷しげるが、きょう11日放送の『坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD』(ニッポン放送 後10:00~)の番組内で12年ぶりに対面し、和解したことがわかった。12年ぶりの再会は、偶然ニッポン放送を訪れていた泉谷が、ラジオ収録している吉田のスタジオに乱入したことで実現。「元気だったかい」などとお互い声を掛け合うと泉谷はそのまま収録に参加し、交流断絶の原因となったけんかの顛末や共に活動したチャリティーイベントの思い出などを語り合い、久々の再会に花を咲かせた。

体調不良による全国ツアーの中止、10年ぶりの『オールナイトニッポン』出演など「吉田拓郎」の活動履歴一覧

 2人は1970年代のフォークブームを支えてきた盟友。1975年には小室等、井上陽水と共に日本で初めてミュージシャンによるレコード会社、フォーライフ・レコードを立ち上げるなど、日本のフォーク界を牽引してきた。そんな両者は、1999年に共通の友人でもあるムッシュかまやつの還暦記念パーティーで大げんかを起こし、それ以来交流は断絶状態に。2009年に吉田が体調を崩し、最後のコンサートツアーの中止を発表した際には、泉谷がすぐに自身のブログで吉田への想いを綴り、変わらぬ“盟友”ぶりをうかがわせたが、お互いが顔を合わせる機会はこれまでなかった。

 番組では、泉谷が吉田に「東日本大震災でチャリティーイベントをやる上でリーダーは拓郎さんしかいない」と共同で復興イベント開催を提案するなど、完全に和解した様子をみせている。


(仮)これぞ 大和の国のサムライ 春日井のダイセン賢の魂の叫びだぁ~!!-吉田拓郎(左)と泉谷しげる(中央)

『坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD』で12年ぶりに再会した
吉田拓郎(左)と泉谷しげる(中央)