なかじーまのブログ

教育と合気道のブログです。


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攻めず・裁かず・恕す(ゆるす)といったのは誰の言葉だったか、今も僕の中にある。

 

だけどこれはなかなか難しいことで、ついついいろいろぷりぷりすることだってある。

人を責めたりする気持ちのをはき出したりするなかで、そうしなきゃよかったと後で自己嫌悪に陥ることだってある。

 

人は、管理だけでは育たない。管理の意味や全体のための幸福の大きな意味合いをしることと衣食たりて礼節をしるではないが、無理のない生活が送れて、礼節だって生まれるのだろうと思う。

 

 現場と行政との乖離はどこまで進むのか。現場と行政とつなぐことはどうすればよいのか。

 

結局は、枠にとらわれず、多くの人との信頼できる人とのつながりを持てるかどうかが、大切なキーになっているのだと思う。

 

 

 

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 野中信行さんが、講演をしていった。味噌汁ご飯の授業の話でありその主張に強く異論があるわけではないが、ふと全体がある方向性に強烈に単一化されいくなかで、立ち止まって考えてみると、強く違和感を感じる。

 

 いままでの教育実践は、良くも悪くも学校現場の多様性の中ではぐくまれてきた。多くの実践は、各先生が試行錯誤するということがゆるされている中で生まれてきたといっていい。

 

 しかし、教育の現状、学力という観点で成果をだすという解決策として、ある効率的と思われる方法を全体に推し進めることで成果を得ようとすることが始まっている。

 

 教育の多様性ではなく、単一性。

 法則化が、黎明期・成長期に様々な方法をあつめる中で活性化していったのは、多様性を確認する作業がそこにあったからではないだろうか。

 そして最終的に多様性という方向性から、授業のパッケージングという方向性に向かう中で、衰退化したのではないだろうか。

 

 いくつかの学校というまとまり(町や市)で、教育の方法を単一化していく。学力という成果は一時的にでるのかもしれない。しかし、10年、20年という単位で見たときに、最終的にうまくいくかどうかについては僕はまったく悲観的である。

 

 それは、乱暴なたとえのようだが、世界が化学農法を手に入れたときと同じような結果になるのではないだろうか。

 効率のいい肥料、効率よく虫を退治する農薬。最終的に、僕たちは様々な問題を抱えることになった。

 そういったことが、教育という現場に起きてくるのではないかと思ったりするのだ。

 だから、学力があがらないということがあっても、各学校の自主にまかせ、各先生方の多様性を担保する中の方が最終的に問題をクリアしていけるのではないかと思う。

 

 それに、管理されすぎる教育は息苦しい。そこにイノベーティブなことは生まれないということは教育行政に関わる人は気づいていてほしいというのは、わがままなことだろうか・・・・

 

 

 

 

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教室で花束を君にを歌うことになった。

今日楽譜がとどいて、家でちょっと練習。

 

それにしても、難しい曲だけど、大丈夫だろうか・・・あせあせ・・

まあ僕でも歌えそうだから、いけるだろう。

 

ちょっと明日が楽しみになった。

 

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