12/3夜から熱が38.5から下がらず。座薬を2回しても変わらず。血圧も下がり、呼吸数が少なくなった。
鼻チューブの酸素では足りず、酸素マスクに。痰が絡んで喉がゴロゴロ言う。これが喘鳴というものじゃないだろうか。
トイレにもいかずずっと眠っていて、足が少し浮腫んできた。食事どころか水も飲まないから、薬の服用も出来ない。
水分だけでも、いや、栄養の点滴は打てないのかと聞いたが、「打つと痰が増えてもっと苦しくなる。それに、脱水した方が、脳が苦しくなくなる物質を出して、楽になれる。肺癌は苦しくても意識があって、意識をなくすような薬が必要になることが多いが、お父さんの場合はその薬の必要がないから、幸いと言えば幸い」というようなことを言った。
家族みんな覚悟をした。最後に話した言葉はなんだっただろうとかも考えた。

翌日、熱は37度代まで下がった。痰が絡まなくなった。水は、ひっかけるといけないからととろみをつけてゼリー状にして飲ませた。トイレに何度も行ったら浮腫がなくなった。
酸素マスクから鼻チューブへ戻った。
昨日ずっと眠っていた反動みたいにずっと起きていて、うわ言みたいなことや、ちゃんとしたこともずっと喋っていた。時折錯乱したようになって、父の妹に電話をかけて、自分の携帯に電話を早くかけてくれ!と言ってみたり、母が寝ていると過剰に話しかけてみたり、とにかくテンションが高くて、家族であるわたしたちもげっそりするほどだった。

その翌日、熱はすっかり下がり平熱に。36度後半。父、嘘みたいにすっきり。散歩もしたし、体を起こせばとろみなしの水も飲める。食事は誤嚥が怖いとのことで、栄養ゼリーになった。ただし起きていて食べられる時だけ。薬は飲んだり飲まなかったり。
昼はうとうと、夜はぐっすり。

翌日、変わらず父落ち着いている。
食事も変わらずゼリーのみ少し。
血圧が高くなる。入院してから血圧は落ち着いていて、服用していた降圧剤をやめたのに、140くらいに上がる。

そして今日。
昼から久しぶりにちゃんとした食事。ほんとにほんの少しだけど鳥つくねとか卵焼き、レタス巻きとか食べた。栄養ゼリーもあいまに。
実は父、もう自分では食事が取れない。箸もスプーンも持てないので、食べさせるんだけど、これがまたかわいい。親に言う言葉じゃないんだろうけど、食べてくれて嬉しいのもあいまって、癒さもする。
血圧が一時160まで上がったが140までまたさがる。
今朝した血液検査の結果が出た。腫瘍マーカーが2000以上まで跳ね上がっていた。ランマークのおかげでカルシウムは正常値。でも異常値が諸々あった。
無治療だからそれはそうだろう。
でも父の状態は悪くなく、良くなってる?と錯覚するくらい。
酸素もℓ1.5でも充分。

明日は緩和ケア専門病院の面談。父は行けないのでわたしが。
脳転移のせいか薬のせいか病気自体のせいか、父は記憶が定かじゃなくて、せん妄のような意識障害のようなものも出ている。仕事に行かなきゃ、なんだ病院にいるんだろう、とか言ったりもする。
それでも、しっかりする時はするから、緩和ケア専門病院への選択が正しいのか分からなくて、まだ悩んでいる。もう紹介状も貰ったし、明日面談なのに。
緩和ケア専門病院の病室が緊急用の一部屋以外全て埋まっているから順番待ちだと言っていたけど、もしかすると父は緊急ということですぐ転院出来るかもしれないんだけど、そうなって、父がもう治療はしないんだ、出来ないんだと気づいてしまったらどうしよう、とまだ思ってしまう。
血液検査の数値はもうとんでもないのに、まだ、もしかしたら元気になって治療ができるようになるんじゃないかってまだどこかで思っている。父はひとりではもう何も出来ないのに、まだ元気になるんじゃないかってどうしてもら思ってしまう。
でも綺麗な緩和ケア病院で穏やかに残りを過ごしたいとも思っている。
どうしたら正しいのか分からなくて、よく、逃げ出したいと思ってしまう。