Aug 11.Los
最たる功労者の警備にお礼と別れを告げて、繋いだ手を離さずに二人は歩む。
食事の時にも話した、離れていた時のことを笑いながら。
この数日間をどう過ごしたか、自分のほうが精神的にきつかったと自慢しあって、優しく罵りあった。
「どう考えても酷いのは、久遠でしょ?」
「ごめんね。でもキョーコだって不安を俺に言ってくれなかっただろう?」
「それにしても、実力行使は酷いわ」
繋いだ手をあらぬほうに引っ張って、抗議の意を唱える。
腕のリーチが全く違うから、なんの嫌がらせにもならないことくらいわかっていたけど、面白そうに笑う夫に腹が立つ。
笑いが滲む罵りあいに終止符を打ったのは、久遠。
「愛されてないかと、思ったんだよ」
穏やかに穏やかに落とされた一言はキョーコの内面を抉っていった。
止まることなく、歩みを続ける久遠に引っ張られるようになって、キョーコは止まることは出来なかった。
「ばか、みたい」
「うん、馬鹿だね」
笑いの変わりに滲むのは、甘かなそれ。
きゅっと握り締めた手を、更に強い力で握り返されて。
その力強さの影の弱さに寄り添うように、キョーコは久遠に身を寄せた。
「久遠に捨てられたと思って・・・・世界が止まれば良いと思ったの」
「キョーコ?」
「昼で止まったら太陽に焼かれて、夜で止まったら冷気に凍って」
「・・・・相変わらず、メルヘンだね」
「そうよ、でもそのくらい・・・・あなたがいない世界なんて必要ないと思ったの」
ぴたり、と止まって、久遠の歩みを止める。
腕を主軸に後ろを振り向いた彼とキョーコは対面した。
「これでも、愛されてないって言う?」
その瞬間、泣き出しそうになる久遠の顔を見て、キョーコの世界が真っ暗になった。
視界が遮られても驚かないのは、代わりに身体全体で久遠の体温を感じているから。
背骨が軋むほどの抱擁は愛おしく、しかし今は長くは受け入れられない事情がある。
それでも・・・・受け入れてしまうのは、彼だからだろう。
「愛されてるね、死ぬほど」
「そうよ、私も愛されてる・・・・?」
「離婚が成立していたら、見つけ出して・・・・鎖で繋いでおこうと思ったくらい病的に愛してる」
「現実的じゃないわ」
「君の専売特許だよ」
それもそうだと思いついて、肩口に埋まった柔らかなブロンドに頬を寄せる。
三年間の形容し難い不安を切り捨ててしまうには、過ごした日々の思い出がありすぎる。
辛かったことも。
楽しかったことも。
もちろん、幸せだったことも。
二人で過ごしてきた三年間。
考えてみたらお互いが感じていた不安なんてほんのささやかなものだったのかもしれない。
久遠の顔が少し起き上がり、頬と頬が擦りあった。
いつもなら羞恥心が先に出てくるが、今日のキョーコはそれをゆったりと甘えたように受け入れた。
「キョーコ、愛してる」
「うん、私もよ・・・・愛してる」
何度も何度も、言い合った愛の言葉を言い合って。
ちっとも薄くならない言葉に込められて意味に幸せがこみ上げる。
お互いがお互いを求める容量が重量級過ぎて他の誰からも共感されそうもないが、重ねてきた年数と重ねてきた想いを計ってみれば、致し方のないことなのではないかと思うのだ。
瞳で合図して頬が離れ、唇が軽く触れ合った。
名残惜しそうにどちらからともなく唇を離して、二人はまた歩き出す。
向かう先は目の前にあるキョーコの滞在するホテル。
そのドアを開けたら、『ただいま』を言い合おう。
それは言わなくても伝わる、二人の想い。
ゆー!らいあーらいあー、そんなんじゃないやー!と、歌いながら作ってます←