Aug 11.Los
まるでシェイクスピアの劇中を思わせる木々が生い茂る公園で、穏やかな爆弾は落とされた。
「ねぇ、久遠。私は、あなたを、愛しているわ」
自分が言わなければいけない言葉を先に言われてしまって、少々驚きもするが、この突拍子もなさがキョーコの持ち味だと知っているから、きちんと爆弾を受け止める。
ただ時間のない中で斜め上のことをされたら約束の時間に間に合わないことも事実。
繋いだ手に少しばかり力を入れて、抗議の意を唱えることは許された行為だろう。
それを笑って受け流す彼女はやはり強いと思う。
「キョーコ、それ俺が言う台詞だよ」
「・・・・先手必勝ってやつ?」
「なに、それ?勝ち負けあるの?」
「ふふ、あるわよ」
視線だけをこちらに向けたキョーコは本当に面白そうに笑っている。
その目の奥には、さぁ、貴方はどう出るの?と問う光が輝いているようだった。
ひとつ、深呼吸して、彼女に向き合う。
両手を包み込むようにすると、素直に包まれてくれた。
「仕切り、直しだ」
「早くしないと、おじさんに怒られちゃう」
「そう急かすと良いものは出てこない」
「変なところで職人気質よね」
笑うキョーコの顔に幸せを感じて、心が満たされそうになる。
他愛のない言葉のやり取りはいつものように軽快で、空気に触れるように自然だった。
少しかがんでおでこ同士を触れ合わせる。
「ねぇ、キョーコ」
「うん・・・・?」
「愛してるよ」
「うん」
勝ち負けというやつがあるのであれば、そんなこと知ってるわ、と穏やかに微笑む彼女に勝てる日など永遠に来ないのだろう。
頬同士を触れ合わせてから、先程の位置に戻ってキョーコを正面から捉える。
身体の距離は開いたままでも繋いだ両手が、お互いの温もりを伝えている。
「愛してる、誰よりも」
「うん」
「・・・・今まではキョーコだけがいれば良いと思ってた」
「そんな事ないでしょ・・・・」
「そんな事あるよ」
「・・・・・」
「そして三年前に家族になれた」
「うん」
家族と言う言葉に、少し翳った瞳はこの三年間で拭いきれなかった彼女の不安の表れだろう。
不甲斐ない自分に腹が立つが、それよりも先に伝えるべき事が久遠にはある。
穏やかに、穏やかに。
キョーコに対する気持ちを形にして、彼女に紡ぐ。
「誰しも最初のコミニティが家族なんだよ、知ってた?」
「いいえ、でも言われてみればそうよね」
初めて自分ではない誰かと接するのは、自分の家族。
その小さなコミュニティから人は段々と大きなコミュニティへと移動を重ねる。
だけど、一番最初のコミュニティは廃れる事のない関係。
「そう、だからさ。世界で一番を目指してみよう」
「え・・・・?」
言われた事の内容を上手く汲み取る事が出来なかったのだろう。
瞳を真ん丸くするキョーコに久遠は優しく微笑んで、きちんと言葉を産み落とす。
「世界で一番の家族になろう」
「・・・・・・」
「この三年で消せなかった不安は、俺のせいだと思うんだ。ごめん」
「・・・・・・」
震える唇に指先で触れ、今は何も言葉にしなくて良いからと伝える。
その途端きゅっと閉じられた唇を優しく撫でて、緊張の糸を緩めさせた。
「それでももう一度、キョーコがチャンスをくれたから。
前みたく格好良い事言えないけど、俺の本当の気持ち」
「・・・・・・」
「一緒にいた三年を無駄にしないで進んでいこう。それで最高の家族になろう」
「パパや、ママみたく・・・・?」
「いや、それ以上に・・・・幸せに」
「・・・・・なれる、かしら?」
そうやって問う瞳の奥は穏やかで、先程の翳りは見当たらない。
今回のこれがプロポーズというものに相応しいかどうかはわからないが、自分がキョーコに再出発を誓うのならば、これ以外のなにも考えられなかった。
恋人という期間は疾うに過ぎ、夫婦という間柄になってもう三年。
三年前と同じように愛の言葉だけを伝えたら、この一緒に過ごした期間を自分自身で馬鹿にしているように感じたのだ。
一緒にいる。
それは今までも、これからも同じ事。
愛している。
それも今までも、これからも同じ事。
健やかなる時も、病める時も。
死が二人を別つまで。
寄り添っていたい。
「二人でいたら絶対になれるよ」
「・・・・・・」
「ねぇ、キョーコ。応えて」
「今、じゃなきゃ駄目?」
「三年前と同じ轍は踏みたくないから、今。お願い」
潤みきった大きな瞳に吸い込まれて、彼女の言葉を後回しにした苦い過去を反芻して、退路を断つ。
自分のお願いに弱いことを知っていて、キョーコの言葉を強請る。
成長しているんだかしていないんだか分からないが、彼女からの言葉が聞きたかった。
嘘偽りない彼女自身の言葉で、自分自身を求めて欲しいから。
その時、ぼわん、と少々間抜けな音を立てて照明が消された。
タイムリミット、なのだろう。
舌打ちをしたい気持ちをぐっと堪えて、公園を出ようと促そうとした ・・・・・
とんっと当たっていた痩躯。
胴体に絡み付いてきた腕は、細く。
胸元に押し付けられた頬は、柔らかく。
慣れ親しんだ香りに いつものように心の奥を締め付けられた。
「きょーこ・・・・・」
「一緒になりたい。最高の家族に」
「キョーコ」
「久遠となら、なりたい」
「・・・・・・ありがとう、キョーコとならなれるよ」
「うん」
抱き合う身体の境界線がなくなってしまいそうな錯覚に陥るのは、きっと喜びに満ち溢れて。
不安に浮いていた心が、ようやくあるべき場所に埋まったように一つになった。
暗闇の中に交わされた言葉は、二人にとって未来を約束する言葉。
こんな感じの二人は最早、蓮キョではないのかと自問自答中・・・・
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家族家族、うるさくてすいません。
三年夫婦してからのプロポーズって、これからも宜しくね?(共同戦線を張る、みたいな)が妥当なんではないかと夢に出てきました。
もうちょっと続きます。
限定にするか、朝チュンにするか迷いどころですなー。。
何名かの皆様へ
膝をついてのプロポーズではなくて申し訳ないorz