Aug 11.Los
お腹を満たして、タクシーでキョーコのとったホテルへと向かう。
公共の機関を使っても良いのだが、治安の面でも不安はあるし、なにより久遠の存在を周りが放って置かないだろうことは目に見えていた。
『ここで』
『はいよ』
『ありがとう』
無愛想な運転手にチップを渡して、ドアを開ける久遠をぽかんとキョーコは眺めていた。
「まだ・・・・先よ?」
「うん、ちょっとね。おいでお嬢さん」
悪戯っぽく笑いながら差し出された手を取って、ゆっくりと動く個室を出た。
ドアを閉めるときに、良い夜を・・・・と、囁かれただけで、あの荒い運転も気にならなくなってしまうから不思議だ。
「どうするの?」
「ちょっと歩こう」
有名ホテルが立ち並ぶ目的のエリアまでは、あと数ブロック。
少々歩くには距離があるが、十二分に膨れたお腹をこなすにはちょうど良い距離だろう。
幸いにしてローヒールを履いているので、疲労や転倒の心配は少ない。
改めて手を繋いで、そのままゆっくりと歩き出した。
「風が気持ち良い」
「そうだね」
夏特有の香りがする穏やかな風を受けながら、ゆっくりゆっくり歩き出す。
一歩一歩、進むにつれても離れていかないその距離は、どちらかが意識的に歩幅を合わせるのではない。
二人で過ごした時間のなせる業だろう。
街頭に薄く照らされた先には少し大きめな公園に生い茂る木があった。
セキュリティのために警備員がそろそろ入園を規制しようとしている。
早い時間帯の夜に見るその姿は、ここアメリカでは良くある光景だった。
日本が安全大国だといっていたのは、いつの頃までだろう。
二人が住む地域でも同じように夜間の出入りを規制するようになっていった。
関係ない、と言い切ってしまえば、それまでなのだが・・・・
それでも付き合うかどうかの微妙な時期に良く訪れた思い出の公園に、入れないというのはなんとも物悲しい。
「ちょっと待ってて」
「え、ええ」
突然、警備員に向かって走り出した久遠をやはり先程同様、ぽかんとキョーコは見つめていた。
早い口調でやり取りする二人にゆっくりと近づいていくと、丁度警備員が肩を竦めるジェスチャーをして、公園の入口に視線を向けたところだった。
『熱意に負けたよ。だけど!15分だぞ』
『心から感謝するよ』
『綺麗な嫁さん大事にしろよ』
『もちろん!』
ロマンスグレー一歩手前の警備員はキョーコに向けて映画のように綺麗にウィンクをして、二人を中に誘った。
「なにの、無茶を言ったの?」
「無茶じゃないよ」
生い茂る木々が不気味に感じてしまうのは、致し方のないことだろう。
閉園に向け街灯すら消えているこの空間は日常にはない異質さを醸し出している。
「久遠・ヒズリの名前を出したの?」
「まさか!妻にもう一回プロポーズをするから、少し時間をくれって頼み込んだ」
「・・・・ッ」
「まぁ、ちょっと強引だったかもだけどね。15分貰えた」
人に迷惑掛けちゃ駄目じゃない、とか、暗い公園は怖いから、とか。
色々と伝えたいことは沢山あるのだけれど、心の奥から溢れてくるなにかがつかえて、キョーコは言葉が出せなかった。
変わりに、今の気持ちを伝える為に、繋いだ手をぎゅぅぅっと握り締める。
わかっているよ、と言うように、優しく握り返された時には・・・・形にならなかったなにかが液体となって、目から溢れそうだった。
「着いた・・・・あッ」
「あ・・・・ッ」
多分、公園の中央に設置されている噴水の広場に到着した時、ぱぁぁっと一斉にこの広場の明かりがついた。
暗く異質な雰囲気は掻き消され、淡いオレンジ色の灯火によって幻想的なそれに切り替わる。
「凄い、演出されたね」
「あの、おじさん・・・・照明さんになれるんじゃないかしら?」
「うん、しかも腕利きそうだね」
「うん・・・・」
夏の空気が風になって踊るたびに、木々が揺れて爽やかな音を奏でる。
キョーコが久遠を伺うように見ると、そこには深いが青の一対の瞳が穏やかに彼女自身に向けられていた。
深い深いその色に心が懐柔されていくのが、感じ取れる。
自分から言ってはいけない一言が、ぽろりと出てきてしまったのは・・・・・何故だろうか。
「ねぇ、久遠。私は、あなたを、愛しているわ」
静かに落とされたキョーコの言葉は波紋となって、二人の間に小波を立てた。
誰が、どうとか。
彼が、こうとか。
本当はどうでも良いんだってこと、知っていた。
本当に、本当に、本当に。
嘘偽りなく、求めてるのは ただ一人。
本当はもっともっと・・・・・幸せに浸りたい。
もちろん家族で。
だから、言って欲しい。
嘘偽りない彼自身の言葉で、私自身を求めて欲しい。
頑張りますー!ばちこんッと気合を下さい!
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さてさて佳境。
最初の頃の無駄に行間を空けた感じを再現しようと頑張りましたが玉砕←
見にくかったら言ってくださいまし。直します。。