Aug 11.Los

















観葉植物のカーテンに隠れながら、久し振りに同じものを口にする。

もちろん欲を言えば彼女の手料理が食べたいのだが、吃驚させようと密かに練習していた好き嫌い克服を披露出来たので良しとしよう。

ぴったりと膝同士がくっついて、時折指と指が絡まる。


「幸せ、だね」

「なにが?」

「ん、キョーコと一緒に食事が出来て」


持ち上げていたワイングラスを置いて、キョーコは視線をこちらに向ける。

泣き腫らした跡はもうすっかり影を潜めて、身内の欲目を抜いても賛辞を遅れるであろう琥珀色の瞳が驚いたようにまんまるくなって、その後にっこりと微笑を浮かべたのだ。

何かを含む、という形容詞がぴったりのその微笑に慄くのは・・・・今までの経験から。

瞬間、手の甲に走った鋭い痛感にぐぅっと息を詰まらせたのは言うまでもない。

絡み合っていたはずの指が離れて・・・・・白魚と表現しても尚有り余るだろう、白く華奢な指が・・・・

ぎちぎちと久遠の手の甲の皮を捻り上げていた。


「誰かさんが余計な事をしなければ、日本でお食事出来たんですよ?」

「うん・・・・そうだね」

「ねぇ、久遠。誰かさんって誰かしら?」

「うん・・・・すいませんでした」

「ですよね」


謝罪の言葉に気を良くしたのか、あっさりと摘み上げた肉を開放したキョーコは再度ワインに口を付ける。

その勝ち誇ったように弧を描く口元で、許容したけれど・・・・本気で許したわけではないのよ。という、彼女の心情が伝わってくるようだった。

捻りあげられた箇所が薄く色付いて・・・・その痕すらも愛おしいと思うのは、やっぱり彼女に対しての大きな依存故だろう。


「・・・・・でも、ちゃんと・・・・」


残り少ないワイングラスの中を見つめて、ぽつりと呟く。

グラスの淵についた飲み残しをぺろりと舐めて、先程よりも小さな声で彼女は囁いた。


「もう一回、ちゃんとプロポーズしてくれたら・・・・・ちゃんと、許すから」

「うん・・・・」

「うん、ちゃんとね・・・・」

「・・・・ありがとう」


囁かれたキョーコの声は、久遠の耳に大音響で響きわたる。

きゅっと離れた手を握り締めたら、優しく握り返された。

キョーコの体温に、優しさに・・・・目が眩みそうになるのは気のせいではないだろう。

ここに来るまで、どう彼女を繋ぎ止めるかしか考えていなかった自分の滑稽さに苦笑がこみ上げてくる。

愛、と言う名の免罪符で縛ろうとしたって、この気高い存在は屈服しない。

そんなことはこの長い付き合いで分かっていた事だ。

そして一緒に奈落の底まで・・・・万が一でも落ちたりしないだろう。

何故なら、自分が落ちていってしまう一歩手前で、必ず救い上げてくれるのが彼女という人だから。

自分のターニングポイントは常にキョーコの行動とともにある。

今回だって・・・・そうだ。


不安に絡め取られて、愚行に走って。

彼女という存在に縋りつきながら・・・・永遠に繋ぎとめておける方法だけを探してアメリカに渡った。

そんな暗い胸のうちを打破したのは、キョーコの涙。

全身全霊で悲しむ彼女に心が振るえ、その最奥をぎゅっと捕まれたようだった。



愛しているの一言では表せないほどの思いを、どう・・・・・彼女に伝えられるだろう。

そう考えているうちに、気が付いたら抱きしめ、唇を重ねていた。

涙の味のするキスに・・・・・泣きそうになったのはほんの数時間前。

今は、一緒にいられることに喜びを覚えるが、本当にしなければいけないのはもっと強い信頼を得ることだと感じている。

そしてそれは、なによりも優先すべき重要事項だった。









「最初で最後ですよ?敦賀さん」

「もちろんです、奥さん」










悪戯っぽく笑うキョーコの唇と久遠のそれが触れ合って、絡む二人の視線は今日一番に穏やかなもので。

カウンターの隅には誰も立ち入る事のできない空気が溢れていた。
















相変わらず短くてすみません。。




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伏線、らしきものを一つづつ回収中。

出来てるんだか、出来てないんだか。。orz