Aug 11.Los

















高台にある白亜の教会。

私たちの、幸せの象徴そのものだった場所。


久遠を、愛して。

みんなを、愛して。

世界中を、愛していた。


幸せに溺れるとは、正にこのこと。


キョーコは併設されている薔薇園のカフェテラスで、ノンカフェインのハーブティを飲む。

昨日に引き続き、長時間いる迷惑な客を、運営する老夫婦は静かに受け入れ、教会の全貌を見渡せる奥のソファを彼女に提供した。

ロサンゼルスの厳しすぎる日差しはテラスの窓で変換されて、とても柔らかいものとなり、キョーコに降り注ぐ。

しかしながら、優しい気遣いや優しい日差しは、今はとても心に痛い。

終焉をここで・・・・と思ってきたのに、心の決意は弱まって。


もし、久遠が来たら、泣いて縋ってしまいそう。

もし、久遠が来なければ、本当にこれを提出出来る自信がない。


気が抜くと、涙が滲む。

本当は笑顔で彼を送り出したいのに、口汚く罵ってしまいたい感情が溢れ出す。


「もう・・・いや、だわ・・・」


考えを放棄しようとした時に、背後から最愛の人の声が、聞こえた。










「キョー、コ」










一ヶ月ぶりの彼の声は、なんと耳朶に心地良く響くものであろうか。

こんな状況でも、歓喜に震えるのは浅ましい女としての本能。

嫌になる。

そして、溢れる感情を押さえつけることが出来ない。



なかなか振り返らないキョーコに、もう一度、久遠は声を掛ける。


「キョーコ?ただいま」


割れ物に触るように、しかし力強く、彼女に呼び掛ける。

震えた肩のなんと愛らしいこと。

彼女の負の感情でさえ愛おしく思えてしまう自分に苦笑してしまう。

愛を通り越した感情を受け入れてもらわなければならない事を思い出し、気を引き締める。


「キョーコ・・・」


振り返らない彼女の前に回り込んで。

ソファに座る彼女の前に跪く。

ボロボロと涙を流すその顔に、より一層の罪悪感を引き起こされた。

涙を受ける愛らしい頬に両手を添えて、目尻にキスを送る。


「キョーコ・・・ただいま」

「・・・・・う、う、ぅぅ」

「うん、ごめん。ごめんね」

「・・・ばぁ・・か・・ぁ」

「本当に、俺が悪い。

キョーコ、ごめん」


緊張の糸が途切れたキョーコは、ひたすらに泣き続け、久遠のキスが吐息のような謝罪と共に、降り注がれる。

頬に触れる大きな手はキョーコの小さな手を握り締め、少し彼女が落ち着いたところで唇を離す。


「キョーコ・・・」

「なん、ですか・・・つるが、さん」


嗚咽に混じる悪態は、久遠の耳に甘く響く。


「ごめんね」

「許しま・・せん。もう、他人で、す」


他人の言葉に心をえぐられるのは、キョーコ。

笑顔で久遠の将来を見送ろうと決めたのに・・・心が、折れる。


「う、そつき。うそつき。嘘つき」

「うん、ごめん」


傷ついた心を代弁するかのように、キョーコは久遠を弱々しく攻め立てる。

うんうん、と囁いて久遠はキョーコにキスを送り続ける。

きゅっと握られた手が震えているのは、どちらの震えを共有しているのであろうか。


「でも、まだ他人じゃないでしょ?」

「・・・・・」

「まだ、キョーコ・ヒズリだ」

「・・・・・調べた、の?」

「ごめんね。ここに着いてすぐ・・・裁判所に行った」

「・・・・・」

「現実を見ようと思って・・・」


縋りつく自分に制裁が与えられる前に・・・

縋りつくつもりではないと。

自分から貴方を開放してあげると。

何も気に病むことはないのだからと。

伝える、その前に、背骨が軋むほど、抱きしめられた。


それは、なんともいえない幸福感にキョーコを浸す。

不謹慎だと思うが、久遠へと向かう感情は制御が出来ない。


「良かった、まだ、俺の奥さんで」

「・・・え?」


思いも掛けない呟きは、幸福感に身を委ねるキョーコを現実へと引き戻す。


「もう一回ポロポーズして、結婚してもらわなきゃ、と思ってきたから」

「・・・・・・」

「俺が、愛しているのは・・・・キョーコだけだよ」

「・・・・・うそ、う、そ」


再び、嗚咽のように嘘を繰り返すキョーコを覗き込み、久遠は声を絞り出す。


「本当、だ」

「うそ・・・・うそ・・・」

「キョーコの愛を、確かめたかった」

「うそ、ぉ」

「本当、ねぇキョーコ、俺を愛して。

俺だけを見て。全部全部、俺に頂戴」

「う、そつき・・・」

「・・・・・・」


キョーコの叫びを吸い尽くそうと唇を合わせようとした時に、呟きではない、しっかりとした言葉が紡がれる。


「あんな、蕩けるような、微笑み・・・

貴方は、家族以外はしない、わ」

「・・・キョーコだけだよ」

「だって、だって、だっ、て」

「キョーコ・・・」

「あんなに、綺麗なハニーブロンドの人と、幸せそうにして、たじゃない!!」


キョーコは顔を涙で崩れることも気にせず、叫んだ。

思わず、口を開きかけた久遠は・・・・ブロンドの一言に引っかかる。


「キョー、コ?」

「・・・・な、に?」


もう!!本当のこと言わなかったら、八つ裂きにしてやる!!!!と睨み付ける、愛らしい顔を鑑賞する余裕すらなく、呆然と問いかける。


「俺が、キョーコの気を引こうとして、利用したのは・・・赤毛の女性だよ?」


なにを今更、とキョーコは鼻をならして、自嘲気味に口元を歪める。


「あんな嘘っぱちの笑顔で、私を騙せると思ったの?

本当に、引かれたのは・・・・ブロンドの女性でしょう・・・・?」


そんなカモフラージュをしなくとも・・・・と、思ってしまうくらい。

彼女たちに対しての久遠の笑みの温度差は明らかだった。

だからこそ、キョーコはブロンドの彼女が自分よりも愛されていることに気が付いて・・・

離婚をしようと思ったのだ。


「キョーコ・・・・」


再び、きつくきつく抱きしめられる。

最後の抱擁にしてはいささか熱が篭りすぎていて、キョーコの未練の鎖が何重にも巻かれてしまう。


「キョーコキョーコキョーコ・・・・キョーコ」

「わたしを、あい、せなくなったのなら、そういって・・・」


生殺しはなんとも辛い。

張り裂けそうな心臓の、終焉を迎えさせて欲しい。


「キョーコ・・・・」


戒めを解かれ、視線が絡まる。

少し悪戯っぽい色を覗かせる彼の瞳に、本能から警鐘が鳴らされるが・・・・

キョーコは、それに気付かない。


「その人はブロンドだった?」

「・・・・そう、ね」

「俺の顔、どうだった?」

「・・・蕩けてた」

「その人の顔は?」

「・・・・後ろ姿ばっかり・・」


笑みを深くする彼に、ようやっとキョーコの頭が回り出す。

これは、危険だ、と。


「そう、じゃぁ、場所を教えて?」

「いつもの、公園・・・・」

「カフェもあった?」

「・・・・あ、った」


傷に塩を塗りこむ行為は、なんの罰であろうか?

罰を受けるべきは、浮ついた行為をした夫であるべきなのに。



「キョーコ、問題です」

「・・・・?」



























「俺の、母親は、どんな人?」


























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さて、皆さん。

どこから気付いていらっしゃた?

むしろ、無理やりすぎて繋がっていない??


ちなみにメッセージで「Liar!Liar!!の蓮さん好きくない!!」って言われる度に、ほくそ笑んでましたww←


ちゃんとキョコさんと蓮さんのepでは髪の色使い分けしていたのですが・・・

伏線になってたかな??心配です。。


更新が遅れて申し訳ありませんでした。

お気に召されたら、幸いです。