国内でも指折りの大規模畜産農家、はざま牧場。だが、経営的には厳しい状況に置かれている。飼料代の高騰と病気による豚の大量死によって、昨年は15億円のコスト増に見舞われた。これは、はざま牧場に限った話ではない。多くの同業者が、エサ代の上昇や後継者難で事業の継続をあきらめている。


 飼料高や燃料高、担い手不足など逆風続きの畜産業。だが、間和輝社長(64歳)の表情に暗さはない。それどころか、「これからの農業にはチャンスがゴロゴロしている」とまで言う。逆境の中で前を見据える間社長。彼の取り組みを通して、畜産業や農業の今後の姿を考える。


 「いやあ、去年はほんとに厳しかった。会社が潰れると本気で思ったよ」。眼鏡の奥の目をまん丸に見開いた間和輝社長はこう言うと、ソファから身を乗り出した。畜産王国、宮崎県都城市で養豚業を営むはざま牧場。エサにきなこを混ぜたブランド豚、「きなこ豚」でその名を知られる。


 都城周辺にある30の農場で牛や豚、野菜の生産などを手がけている。飼育する豚は約12万頭、親牛を含めた牛の数は7500頭に達する。畑の総面積は約200ヘクタール。ここでコメやゴボウ、ホウレン草、サツマイモなども栽培する。2008年2月期の売上高は60億円超。国内でも有数の農業法人である。


 大規模複合農業を実践している間社長。その彼をして、倒産を覚悟させたのは、畜産業に吹きつける猛烈な逆風だった。


大規模化のメリットを吹き飛ばすほどの飼料高


微生物を混ぜたおがくずを敷くと、おがくずが尿を吸い込み、微生物が糞を分解するため、糞処理の手間やにおいの問題が解消する

 1つは、穀物価格の高騰に伴う飼料高だ。3~4年前、トン当たり1万3000円ほどだったエサ代。それが、6月下旬には5万円に急騰した。約4倍の上昇。牧場には10万頭を超える豚がいる。エサ代の値上がりによるコスト増は半端ではない。


 さらに、昨年は宮崎県で豚の病気が発生した。この病気で全体の25%に当たる3万頭が死んでしまった。通常の事故率が3~5%。その影響度合いが分かるだろう。「大きくなって死ぬ“エサ泥棒”もいますから」と間代表。豚の卸売価格が上昇したことや豚の死亡保険に加入していたこともあり、最終的に黒字は確保したが、エサ代と病気によるコスト増は15億円に上った。


 実は、養豚業は国内農業の中で大規模経営を実践する数少ない分野である。1970年に14頭だった1戸当たりの飼育頭数。それが、1990年には272頭、2006年には1233頭に増加した。これは、諸外国に比べてもかなり数が多い。


 2003年のデータだが、米国の816頭、英国の445頭、フランスの327頭に対して、日本は1031頭を数える。これは、オランダの1166頭、デンマークの1041頭と比べても遜色ない。自給率が低下している1つの要因ではあるが、輸入の配合飼料を活用し、効率的な生産をしているためだ。


 昨今の飼料高はこうした大規模化のメリットを吹き飛ばさんばかり。それでも、間社長はこう言って笑う。「ピンチはチャンス。早く激動の時代が来てほしい」。

間社長の言うピンチとは、深刻な問題と捉えられている担い手不足のことだ。農業就業者人口は312万人(2007年)。その59%を65歳以上が占めている。その一方、農業への新規参入者はわずか8万人強。うち39歳以下は1万5000人に過ぎない。


 急速に高齢化が進む農業。食料生産を維持するために、担い手の確保は喫緊の課題だろう。だが、世間の喧噪をよそに、間社長の目は違う方向を見つめている。「後継者不足でやめていく。これは残念なことだけども、若手のやる気のある人が大きな農業経営体を作る機会でもある。今からが本当の出発点じゃないですかね」。


「やめる時はひとこと言ってね」


 この言葉通り、今年に入って都城市内の畜舎を3つ買収した。後継者がおらず、養豚業を続けられなくなった同業者から買い取ったのだ。来年以降、同様のケースはさらに増えると見ている。これは、養豚だけでなく、田畑でも変わらない。


はざま牧場の堆肥は質の高さで有名。近隣の農家に飛ぶように売れる
 「やめる時はひとこと言ってね」


 間社長は暇を見つけては、近隣の生産者に声をかけて回る。声をかけるのは70歳以上の農家である。戦後の食料不足を経験した70歳以上の生産者。農地はその家の財産であり、代々守っていくべき物という意識が強い。だが、その子供である40代、50代は兼業農家が大半だ。世代が変われば、はざま牧場のような企業に農地を貸そうという人も増える。間社長は、こう考えている。


 そして、規模の大きな生産者のところには担い手も自然と集まる。約260人の従業員が働くはざま牧場。20代、30代の若者が毎年、農場の門を叩く。彼らの多くが、豚の世話や野菜作りに汗を流している。労働時間は労働基準法で定められた週40時間、給料も人並みにある。こういう企業には、農業であっても若者が集う。


 高齢化と飼料高。今後、廃業する生産者は増えていく。だが、安全でおいしい国産農作物に対する国民のニーズがなくなることはない。それに応えるために、はざま牧場のような大規模農家におのずと集約が進む。「担い手不足」という激動が切り開く農業の未来。それを見越した間社長は予言する。


 「3年か5年かしたら夜明けが来る」


2頭の豚から始めた養豚業が12万頭に


 1964年、20歳の時に父親の跡を継いで農業を始めた。豚2頭からのスタートだった。それから40年あまり。今では、10万頭を超える豚を育て、2000頭の肉牛を出荷し、200ヘクタールの農地で野菜を作る。「ピンチ=チャンス」。この発想が、はざま牧場を有数の畜産業者に押し上げたと言っても過言ではない。


 例えば、同社のブランドである「きなこ豚」。きなこを混ぜたエサを食べて育ったきなこ豚。これは危機が生み出した産物である。

 20年ほど前、エルニーニョ現象でエサに混ぜていた魚粉が高騰した。このため、エサに混ぜる魚粉を安価なものに替えて与えたところ、豚が下痢をしてしまった。エサ会社が腐った質の悪い小魚を魚粉に混ぜていたためだ。


 さてどうしようか。間社長は魚粉の代わりに、手に入りやすいきなこを混ぜてみた。その時はきなこをエサにした豚の味がどう変わるか、ということまで考えが及んでいなかった。ところが、きなこを食べた豚は肉の食味が向上。それが、高級ブランド豚の誕生のきっかけとなった。「なければないで考えるもんだわ」と間社長は笑う。


 そして、常に同業者の逆を行った。


 生産者が購入する子豚の価格は年によって大きく変動する。景気が良くなると子豚の生産を増やし、需給が悪化すると生産を減らす。養豚業界はこの循環を繰り返してきた。それに対して、間社長は景気が良くなった時は無理をせず、逆に相場の下落を見越して子豚を仕入れた。もちろん、相場が悪化している時の経営は楽ではない。その分、景気がいい時に節約をした。


 さらに、豚舎の床に敷き詰めたおがくずも我が道を行く独自の工夫である。


常識を疑って、一石三鳥の効果


 この農場では、養豚業者にありがちな鼻を突くような悪臭はほとんどしない。豚の寝床に材木のおがくずと微生物を混ぜたものを敷き詰めているためだ。おがくずが尿を吸収し、微生物が糞を分解するからだ、という。この寝床は最終的に、堆肥の原料になる。そして、この堆肥を使って、野菜を生産している。


豚舎は床がスノコ状になったものが一般的だった。スノコを通して、糞尿が下に落ちる豚舎である。ただ、これだと、豚舎の建設費が高くつく。それに、毎日、糞尿の処理をしなければならない。費用対効果を考えた間社長。スノコの豚舎を造らずに、微生物を混ぜたおがくずを豚舎に敷いてみた。都城は木材の産地。おがくずはそこら中で手に入る。


はざま牧場の間和輝社長。取材の数日前までカナダに視察に行っていた。今度は中国に視察に行くという。64歳の今も世界中を飛び回る

 このおがくずが思わぬ効果をもたらした。糞かきの頻度が4カ月に1回で済むようになったのだ。しかも、豚の糞尿が混ざったおがくずは質の高い堆肥になる。建築費と人件費が安くつき、有機肥料として売れる。まさに一石三鳥。これによって、養豚の投資効率が大幅に改善した。


 一つひとつ常識を変えてみる。それが、40年以上もはざま牧場が成長を続けた理由だろう。「100人が『向こう』と言っている時に、ひとりで胸を張って反対側に行ったから今がある」。そう語る間社長。常識を疑い続けた彼には数年後の農業の姿が見えているのだろう。


 「潰れるかもしもない」。そう思わせた今の飼料高にも、間社長は着々と対応を進めている。新しい種豚の輸入。間社長は12月、種豚を飼育する畜舎を仲間の養豚業者とともに建設する。種豚の輸入は、病気に強く、生産性の高い品種を生産するためだ。


 はざま牧場で育てている今の品種は、出荷可能な大きさに生育するまでに180~200日かかる。だが、カナダの種豚会社が持つ品種は120日で同等の大きさに育つ。しかも、病気に強いという。60~80日、生育日数を短縮できれば、エサ代が3分の2で済む。病気に強ければ、昨年のようなリスクも減るだろう。


 この種豚の輸入に加えて、10月をめどに農場内に食品残滓の処理工場を建てる。


「これからが農業の本当の出発点」

 ジャガイモが大豊作となった今年。そこら中の畑でジャガイモが捨てられていた。ほかにも、賞味期限が切れたパンやハムソーセージ、ホテルの宴会で余った料理など、都城市内には食品残滓が数多く発生する。これらを集め、豚のエサを作ろうと考えている。


 約4億円の建設費がかかる。だが、食品残滓で作ったエサであれば、配合飼料の3分の1~4分の1のコストで作ることができる。100%残滓だと脂肪分が増えすぎて肉がブヨブヨになってしまうため、混ぜられる量は限られる。それでも、今の飼料価格が続くことを考えれば、コスト削減につながる。


 これ以外にも、豚舎の建築や修理で内製化を進めるために地元の鉄工所を買収した。こうした様々な設備投資は、激変する時代を乗り切り、次代の礎を築くため。農業の集約が進んだ大規模化時代に、国民の食を支える企業になるためだ。


 「これからが本当の出発点」。取材の最中、間社長は何度もこう強調した。確かに、担い手不足は深刻な問題である。だが、農業にかかわる法人が経営を磨き、従業員の待遇を改善すれば、おのずと担い手も集まってくるのではないだろうか。農業の未来は現在のピンチが切り開く。そう感じた。


日経BP

2008年7月28日 月曜日 篠原 匡