ニュルニュルーッ-。製めん機から、白いめんが搾り出されてきた。ゆでためんをめんつゆにつけ口に入れると、コメの香りが広がる。


 兵庫県朝来市の稲作農家、高本彰一さん(65)と妻の幸枝さん(61)が開発した米粉めんだ。高本さんは「ゆでたときの白さと透明感、ツルツルシコシコの食感が特徴。新商品として大きな可能性を秘めている」と言う。農家がコメ作りだけでなく、コメ製品開発まで取り組むのは全国でも珍しい。


 約二十五ヘクタールの水田で年間約百トンのコシヒカリを生産する農業生産法人「高本農場」社長だ。高本さんの水田は周りの水田と明らかに違う。雑草が茂り、虫もいる。同県が人里で繁殖を進めるコウノトリが、飛来できるように配慮しているからだ。それは同時に無農薬米の栽培でもある。


 稲作へのこだわりは、米粉めん開発にも向いた。春に製めん機を購入、研究を重ねてきた。秋には商品化し、産直や物産販売店での販売も計画、目玉にしたいと意気込む。


 「農家も『コメが安い』と嘆いてるだけではあかん。生き残るには攻めの姿勢で試行錯誤せんと」


 コメの新たな需要の掘り起こしが始まっている。特に米粉は注目の的だ。政府も消費増につなげようと、福田首相は六月に米粉めんの試食会を開き、経済財政の基本方針「骨太の方針2008」にも消費増への取り組みが明記された。


 米粉製造・販売会社「群馬製粉」の山口慶一社長は「従来品は加工するとベタつくのが難点だったが改善。課題の価格面も小麦の高騰で競争可能になった」と話す。


 米粉パンも登場。レストランでも扱いだした。「冷やし米粉〓(めん)」を売り出すラーメン店も現れた。給食に米粉パンを導入する学校も、二〇〇三年度の千九百八十三校から、〇六年度は七千八百三十六校に増えた。製粉工場を持つコメ卸業者「木徳(きとく)神糧(しんりょう)」の担当者は「需要に生産が間に合わない」と話す。


 「小麦消費量の10%を米粉に置き換えよう」と新潟県が進めている「R10プロジェクト」が実現すれば、食料自給率は39%から41%にアップ。輸入小麦輸送時に出るCO2は十七万四千トン削減、耕作放棄地も減るという。


 コメを石油代替資源にする動きもある。新潟県上越市のベンチャー企業「アグリフューチャー・じょうえつ」は、賞味期限切れの古古米を原料としたバイオプラスチック「アグリウッド」を開発、ベンチや食器類、うちわ、ごみ袋になる。ごみ袋は同市指定品だ。


 おこげのような香ばしさが漂う工場で、大野孝社長は「加熱すると伸び冷えたら固まる性質は、プラスチック原料に最適」と話す。コストも強度も石油製品と変わらない。


 「余剰米を有効利用しない手はない。もみ殻、稲わら、雑草など水田で収穫されるすべての生産物をエネルギー化したい」と大野社長。全国から視察が押し寄せ、海外からも技術指導の依頼が来るという。


飼料米で牛豚肥育

 五年に一度の肉牛品評会「全国和牛能力共進会」で昨年、日本一に輝いた牛も出した宮崎牛。その産地の一つ・宮崎県国富町では、発酵した稲穂付きわらをえさに取り入れている。


 「わらはワインみたいに甘酸っぱくて豊潤な香り。牛たちの食いっぷりも違う」


 牛をリラックスさせる演歌が流れる牛舎で、円柱状のわらの塊をほぐしながら、畜産農家の笹森義幸さん(46)はわらの利点を話す。


 ホールクロップサイレージ(WCS)というこの飼料は、主食用の倍量とれる飼料用イネを稲穂ごと青刈りし、発酵させたもの。温暖な宮崎では年三回収穫できる。


 同町では百三十戸の畜産農家が二百九十戸の稲作農家と契約、わら作りを委託する。わらは無償で畜産農家に渡るが、稲作農家は生産調整(減反)による転作作物として栽培するため、十アール当たり六万千円の補助金を受け取れる。


 普及のきっかけは、八年前に隣の宮崎市で発生した家畜伝染病の口蹄(こうてい)疫。「感染源は中国産の麦わらだった。風評被害でどん底を味わったから、安全性にはこだわる」と笹森さんは話す。

稲穂ごと青刈り、発酵

 養豚でも飼料用米が見直されている。山形県では四年前から、遊佐町の休耕田で作った飼料米を豚に食べさせ、食料自給率を高める「飼料用米プロジェクト」が進められている。コメを食べて育った豚肉は甘みとうま味が多く、脂の酸化が少ないという。「こめ育ち豚」銘柄で全国で売られている。


 既存の水稲用機具でできる転作作物として「べこごのみ」「タチアオバ」など飼料用品種の開発も進む。秋田県では食用で人気のなかった品種が、飼料用として注目されだした。主食用の約六分の一という売値の安さが課題だが、作付面積はWCSが二〇〇七年までの七年間で十二倍、飼料米は同年までの四年間で七倍に増えている。


 主食用米を高級品として輸出する動きも出始めた。


 五月に行われた日中首脳会談で、両国政府は中国向けのコメ輸出の全面解禁で合意した。農林水産省は六月、東京都内で中国輸出に関する説明会を開いた。自治体や農業団体など関係者約二百五十人が出席。検疫条件や中国の輸入枠など質問が相次ぎ、関心の高さをうかがわせた。


 中国での小売価格はコシヒカリで日本の三倍以上と高く、輸出側には魅力的だが、精米設備、輸送コストなど課題もある。だが「九州・沖縄全体で二千トンの輸出を検討している」(JA福岡中央会)と積極的な関係者もいた。


 国産米は既に東アジアを中心に輸出され、輸出量は全体で九百四十トン(昨年)と増加傾向だ。需要の安定など中国への輸出環境が整えば、市場が広がる。


 「こめ育ち豚」の小売り価格は通常品の倍近い。同豚を生産する平田牧場の新田嘉七社長は「安全なものを安心して食べたいなら、プロジェクトの価値を含めて肉の価値を評価してほしい。選んでいるのは商品だが、それは私たちの未来を選ぶことにもなる」と消費者に意識変革を訴える。


  =おわり

 この企画は鈴木久美子、井上圭子、広川一人=東京本社生活部、重村敦=名古屋本社生活部=が担当しました。


2008年7月7日

中日新聞