田舎の知人から、宅配便が送られてきた。入っていたのは、トマトにキュウリに早くも採れたと自慢のメッセージ入りの「きのこ」だ。そのひとつひとつが、丁寧に新聞紙でくるまれていた。

その新聞を開いてみると、8月15日、つまり終戦記念日の「日本農業新聞」であった。

全紙面がそろっているわけではないが、私はジグソーパズルのように、新聞を並べ直して、送られたトマトに塩をつけてかぶりつきながら、新聞を読んだのであった。


 日本農業新聞は単純に面白い。その理由を列挙すれば、以下のようなことだろう。

(1)日本農業がこのままではダメになるという危機感が紙面から伝わってくること。
(2)参議院選の自民党惨敗を踏まえて、二大政党時代の農政という認識があること。
(3)但し自民党への未練があり相変わらず自民党支持姿勢をとり続けていること。
(4)食料自給率をアップさせなければという危機感があるにもかかわらず、具体的ビジョンがないこと。
(5)紙面には、川島隆太氏(東北大教授、脳医学)や養老孟司氏が登場するなど多彩な紙面構成であること。


1 戦後抜本的農業改革ができなかった最大の原因とは?!

 日本農業新聞社は、全農(全国農業協同組合連合会:通称・JA全農)関連グループである。社歴は79年に及ぶ。ホームページによれば、2003年には「株式会社日本農業新聞を設立、JA新聞連から事業移管キャンペーン「新時代を耕す 農業復権への提言」展開」(HPより引用)とある。


 紙面を読むと、ある種の危機感が漂っているようにも見受けられる。全体の内容はけっして悪くない。

穀物市況も掲載しており、日刊紙として充実している。それはおそらく、日本農業とJAグループの置かれた状況を反映しているからだろう。

確かに、このまま行けば、日本の農業は、グローバル経済の波に呑まれてしまいかねない。そうなれば、この新聞社の存立はおろか、親であるJAなども、壊滅してしまう可能性だってある。


 少々シリアスに言わせて貰おう。戦後政治において、JAは、自民党ともたれ合いの関係作り上げ、経団連と共に自民党一党支配に重要な役割を果たしてきた。

戦後自民党と農水省の農業政策は、過度な一極集中とグローバル化の流れを読み切れず、農業と食糧自給率を犠牲にした。JAはその政策に乗っかり、二人三脚で日本農業を駄目にした張本人であることに変わりはない。その結果、地方の農家は、単なる都市への人材供給の役割を果たすことための人材バンクに成り下がり、現在は高齢化と過疎化が、急速に進み、特に山間地の村の消滅が起こると懸念される状況にある。


 昭和30年代、高度経済成長に湧く地方では、中学を卒業したばかりのイガグリ頭の少年とお下げ髪の少女たちが、集団就職で、東京へ東京へと流れた。

その時、JAは何をしてきたか。結果だけみれば、多様な農業、考える農業を忘れ、米価格にのみ固執し、ねじりハジマキで、自民党政治家を頼り、補助金を出させたのである。それでもJAは農家から集まった資金を背景に、巨大な組織として、日本農業全体の衰退をよそに、総合商社のごとき様相を呈してきたのである。


 日本の農業政策は完全に失敗した。あたかも米価要求だけが、JAの方針となり、JAの職員(役員)が、自民党農政族議員として順繰りに登用されるような流れが恒常化した。同時にそれは、日本全国、その地に見合った多様で創造的な農業の育成を潰すことになった。その為に、米は毎年毎年だぶつく状況となり、米価頼りの日本農業は世界から完全に取り残されていくことになった。



2 「政府買い入れ米」という自民党農政の時代錯誤

 8月15日の一面トップ記事は、「政府米買い入れ 落札実績重視へ」とある。毎年政府は「政府買い入れ米」という制度を設けて、JAなどから、一定程度買い入れていたのだが、今後は、不人気米と人気米を峻別し、実績重視を徹底するというものである。


 そもそもこの政府買い入れ米という制度そのものが、中央集権的な統制経済の臭いが紛々とする制度である。日本の食料自給率が40%で低迷している原因は、このように日本の各地の農家に、創意工夫の農業を奨励することなく、米しか作らせない農業政策をJAと一体となって進めてきた自民党農政とJAとのもたれ合いにこそある。



3 自民党の農業政策の限界

 2面を開くと、論説(社説)「戦争を共に語り合おう」よりも、目立つのが、連載記事の「二大政党時代の農政 (1)」である。この部分は重要だ。何故なら、二大政党時代にJAがどのような政治スタンスをチョイスするつもりなのかが如実に示されるはずだからだ。


 序には「二大政党……時代は、農政に何をもたらすのか。両党農政の現状と課題から“農政政局”の行方を探る」とある。この「農政政局」という言葉が面白い。

今回の第21回参議院選挙で、自民党は、確かに地方それも農政によって負けたという言い方もできる。


 ここに、参議院選1カ月前の07年6月20日の自民党国井正幸農水副大臣(59)と農水省官僚達のやり取りが、生々しく記してある。 それによれば「社会保険庁は『打ち首獄門』。農水省も現職の副大臣を落としたら、分かっているだろうな」と当の国井氏が農水省幹部に言ったそうである。更に語気を荒げて、「品目横断的経営安定対策」(注*)の対象要件の緩和も迫ったそうだ。


 しかし農水省幹部は首をタテに振らなかった。何故ならばそれは、政府自民党が掲げる担い手重視の農業改革の象徴と見なされていたからだ。この時、既に副大臣は、”自民党農政では、参議院選挙を勝てない”と踏んでいた。換言すれば、全国の弱小農家に壊滅的な打撃を与える自民党農政では、国井氏自ら自分の当選すら危ないということを見越していたのである。その通り国井氏は見事に落選した(拙稿:参院選:小沢民主党の歴史的な勝利の秘密と田中角栄)。


 国井氏は「敗軍の将、兵を語らず」という禁を破り、「現在の自民党農政では勝てない」とテレビ画面に思わず漏らしたことは記憶に新しい。前回の第20回参議院選挙(2001)では、自民推薦候補の思わぬ参入があってもJA栃木出身という農民票の強みを発揮してトップ当選を果たした国井氏である。だがそのJA出身というものが返って今回、国井氏の選挙戦を不利にしたことは否めない。


 同紙には、敗戦の夜に「農政問題がなければ、年金問題の逆風には立ち向かえた。自民党農政を根本から見直さなければならない」と語ったとされる。同紙は、国井氏への同情を隠さず「小規模農家を守ってくたという自負がにじみ出ていた」と語る。


 さらに選挙結果は、JA全体でみればもっと悲惨だった。2年前の夏、小泉総理のところへ、国井氏ら5人のJA系参議院議員が、80名の参議院議員の署名をもって、JA事業の分離・分割と株式会社の農地所有の解禁を阻止を直談判に向かった。その5人の内、1人が引退、3人が落選、唯一の当選者は、鹿児島JA出身の野村哲郎(64)氏ひとりだった。但し、比例で新人の山田俊男氏(JA中央会 前専務理事)が、45万票という桝添要一氏に次ぐ大量票数で初当選を果たした。参院のJA系自民党族議員は、5名から2名に減ったことになる。


 おそらく、各地のJA加入農業従事者の今回の選挙における投票行動を推測すれば、表向きはJA候補に、投票するように言っていても、実際の投票は“選挙区候補は民主党、比例区候補はJAの推薦候補”というのが、一般的なパターンではなかっただろうか。


 にもかかわらず、同紙は「二大政党時代の農政」という意味を意識的に避けているのか、「農業者の思いを自民党はどうくみ取るのか。今回の参院自民党の歴史的大敗は、市場原理主義の暴走につながりかねない」という言葉で締め括っている。


 これは明らかに認識としては間違いである。自民党の農業政策そのものが、市場原理主義の方向に舵を切っているのに、ひとり自民党JA系族議員が、それに異を唱えているというのが、本当のところではないか。つまり今回の選挙結果の分析そのものが、この日本農業新聞は、誤っているのである。選挙は天の声である。その声は、もはや自民党一党に、日本の農業を任せることはできないとして、グローバリズムの暴走に待ったを掛けろと、JAそのものに、方向転換を迫っているのである。JAは、選挙結果を厳粛に受けとめる度量がなければならない。そうでなければ、JAだけではなく、日本の農業そのものが容易に再生することはできないであろう。



4 独創的な日本農業は可能か!?

 最後に、日本の農業は、農水省のような中央官庁の役人が机上で、計画したものを全国に当てはめるという明治政府以来のやり方はもはや限界であることを指摘したい。つまり農業政策も、分権的思想が必要なのである。但し、総枠として食料自給率を大幅に引き上げることは必要である。


 更に、各地域、各農家が、米だけではなく、創意工夫によって、競争力のある価値ある商品を作り上げることが必要だ。先進国の農業は、付加価値の追求でもある。現に、日本の農産物は、米をはじめとして、リンゴ、柿、イチゴ、サクランボ、メロン、スイカ、ブドウなどと、高級品として、高値で売買される商品である。食料自給率を45%などと言わず、向こう10年間で、倍にするくらいの大胆な改革が必要である。そのためには、都市においてニートやフリーター、あるいはネットカフェ難民となって浮遊化している人々や、定年でリタイヤした人たちの営農を促進するような法案の立法化も検討すべきかもしれない。


 日本農業新聞の3面を開くと、養老孟司氏の人なつっこい笑顔が見えた。そこには「農業を独創的な視点で」の見出しがあり、氏が「食料・農林漁業・環境フォーラム」の新代表に就任したとの記事があった。就任の記念講演で氏は、「石油資源を燃やし……輸入食料に今後も頼り続けるのか?……それを国民全体が共有する認識につくり上げたい」と語ったようだ。これについては、反対する国民はいないだろう。


 日本農業新聞は、JAの関連新聞社という軛(くびき)を離れ、もっと自由に日本農業の再生というものを語って貰いたい。紙面全体は面白くバランスも取れている。但し、自民党べったりの思想は、二大政党時代に対応した編集方針とは言えない。先端農業の成功が示しているように、日本の農業は、間違いなく夢を持てるビジネスである。お米ばかりに頼ってきた農政を方向転換し、その地方に見合った特産物を見つけることによって、それは可能となる。


 最悪なのは、JAが残って、高齢化するばかりの日本の農家が衰退してしまうことだ。そのようになれば日本の美しい文化伝統風景というものは、都市化とグローバル化の波に間違いなく押し流されて、消えてなくなってしまうだろう。

2007/08/22