お盆の終盤にとてつもなく大きな台風10号が西日本を縦断しています
お盆は診療所も5連休となり、診療に明け暮れる普段とは違うゆっくりとした 時間が過ぎました。
今日は、お盆でもあり、74年前に戦争が終わった日「終戦記念日」でした。
ちょっと久しぶりに書いて見ようと思います。
「こどもは選べない」
今年は、6月から7月にかけて、例年にも増して、不登校や適応障害を起こす生徒の相談が多い初夏でした。長すぎるGWからリズムを崩し、なかなか突入しない梅雨、その後の暑くてしんどい季節と、あらゆる条件が悪かったのか、例年の倍くらい相談がありました。これらの生徒さんに共通していることが、今すべきこと、どうすれば良いか?どうやって解決するか、乗り切るか?「自分では選べない」という点です。
大人は、どうすればいいか?自分で考えられるし、工夫もできるし、何より、嫌でもしないといけないことは無理してできるわけですが、若干7-8歳から、15-16歳の若者達にこれを求めるのは酷です。
多くの若い人たちが自らの命を絶ってしまったニュースを、毎日の様に、列車の遅延情報で知らされることも とっても多い夏でした スポーツなどで活躍し日本を明るくする若者も多くなってきましたが、現在や将来に絶望してしまった若者も大勢いるという事実を忘れてはいけません。
また、現代の問題の一つ、親から虐待など辛い体験を強いられた小さなこども達が心に大きな傷を受けてしまい、色々な言動を示してしまう、そんな心痛む相談が多かったことも印象に残ってます。
「こどもは親を選べない」 これは、とっても残酷ではありますが、事実です。
こどもは皆、幸せを感じ愛情のもとに自由に育つ権利があるはずなのに。
これからの長い人生において彼らの負った心に傷が癒え、少しでも幸せな体験ができるよう願うばかりです。
大人には、こどもの幸せに対してその責任があります
「若者も選べない」
毎年、暑い夏になると、8月の原爆の日、終戦記念日と、メディアでも多くのドキュメンタリーが賑わいますが、若くして命を落とした、一市民としてのこども達、多くの夢や希望に溢れていたに違いない青年たちが戦火や戦地に消えて行った歴史には、彼ら若者達には、当時「選べない」状況があったのです。 今の若者達には、このような選べない状況は二度とないような世の中であって欲しいし、それを我々大人が継承していかなくてはなりません、平和を。
こともあろうに、こんな時期に隣国との多くの衝突が、これまたメディアを占拠しています。政治的で、大人的な論点からの衝突ですが、両国の若者へのインタビュー報道を見ると、若者達の方が余程、市民感情的、未来志向的でまともです。ここにも、両国の若者達にも「自分達では選べない」側面があります。
平和であるからこそ「選べる物や人」と、平和だけど「選べない物や人」
色々な問題を抱えた若者がたくさんいる事実、しっかり考えたいです。
「大人も選べない」
今日、終戦記念日に、私達家族にとって大切な一人の命が燃え尽きました。長く闘病していた彼女が遠く仙台の地で、50年という短い生涯を閉じました。20歳に届かない息子や夫を残し、旅立つことになった彼女の無念はいかほどであったか、想像に難くありません。 真面目に生きてきた彼女がこうも短い人生を閉じることになった、この不条理、悔しさ、何故に?という思いです。世に神様がいるとすれば、余りにも酷でしょう。人の価値に重い軽いはありませんが、それでも何故? 納得できません。
彼女の家族には、昨年から度重なる辛い体験があり、こんなことが何故?同時に?と理解できない事象が多く、それでも家族一丸となってそれを乗り越えようと頑張ってきました。ですので、今は、もうしんどい思いをしなくていいんだと、彼女の冥福を祈るとともに、家族の安らかな今後が保障されることを願うばかりです。
「大人でさえも、決して思うようには選べない」
本当は、人は誰しも自ら選ぶ権利を持っているはず
希望するように、そうなって欲しいように
幸せな方向へ、頑張っただけ報われる方向へ
自分で選ぶ努力はある程度できる、でもどうにもならない選べないものもあり
人生はまさに 波乱万丈
今を大切に、今を一生懸命生きる これを続けるしかありませんね
そして 無念にも志半ばで生涯を閉じることになった 多くの先人達の想いの上に
世の中が少しでもいい方向へ、 そして少しでも多くの幸せに満ちるよう
願いたいです。
令和 初めてのお盆に
そして、台風の被害大きくなりませんよう
合掌 (M.A.)
仙台、日本、韓国 本当はとっても近いんですよ