読切小説『マンタ釣り』 | ADNOVEL

読切小説『マンタ釣り』

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■作品タイトル
『マンタ釣り』

■作者
おかもとゆきこ

■スキルアート
小説

■本文

老人の声がどこからか、「18・19・・・・20」と聞こえたとき、バスは合図を受け取りました、とばかりにある駅でとまった。
森の中を運転手のいない、20人ほどをのせたバスがおもっているよりも早いスピードでかけてゆく。悠子は「怖い」と一瞬思い、他の乗客を見まわしたが周囲は平然としていた。

こ のバスの持ち主は、ある老夫婦。主にバスの操作をするのは、男性の方だ。操作といっても、男性は数字を大きな声でよみあげるだけ。なのに、バスは男性の 「1・・・」で、出発する。それも、坂道になると速度をあげて・・・。「こんな、バスみたことも乗ったこともない」と悠子は一人、唖然としていたが、周囲 はいたって冷静だった。

同乗していたタケルは悠子の恋人。タケルもまた、他の人間と同じようにビックリもせず、居眠りまでしている。悠子はなぜだか、一言も話せなかった。必死でバスにしがみついているだけで、精一杯だった。
バスは長いトンネルをぬけ、いつもの坂道を走り、いかにもロープウエイが通りそうな小高い山のお腹あたりまではしってきた。
「20・・・」の声で止まったバスのドアがあき、次々と人が降りていく。悠子もおいていかれまいと鞄を手にした。みんなは、大きめの鞄をおもたそうにもっている。悠子は自分の小さなハンドバックがはずかしくなり、背中でかくすように後ろに持ち直した。

「悠 子、いこう」とタケルは悠子の名前をよんだ。悠子は、どこにいくのかを自分が忘れたのか、行き場所を聞いていなかったのか、一瞬わからなくなった。よくみ ると、女性が一人いるのに気がついた。悠子とは正反対にスタイルは抜群、姿勢も凛としていて、女性の美しさを全てもっているような女の人。「こんなところ に、一人で?・・・・」と不自然さを感じたが、ここでは全てが悠子にとって不自然で、妙に納得できる風景でもあった。

咲というその女性は一見無愛想だが、笑う笑顔がなんとも自然でかわいらしさがにじみでていた。悠子とは対照的に活発そうな女性だ。この時はこの女性が自分の人生にかかわるなどおもってもいなかった。

タケルはそんな咲に見向きもせず、この土地ならではのマンタ釣りに夢中になっていた。今日のために購入したという新しい大きな、2メートルほどある緑色の竿を何度も確認するように手でなでながら・・。

悠 子は自分にはこんな競技は到底できない、とタケルの後からついて歩きながら現実がわからなくなっていた。「マンタ釣り?あの水族館でみるサメのようなマン タ?それを、こんな高台で釣る?」私がおかしいのか、周りがおかしいのか、という疑問ももうどうでもいいような程、混乱していた。でも、どこかで、「地上 マンタを自然界で捕獲することは不可能に近い事だ。」と聞いたことがあるような気がする。いつ、どこで、誰に聞いたのだろうか・・。悠子の頭の中に文字が 羅列していた。それを並び変えようとしていた時、男性の声が聞こえた。

「集まってください。マンタ釣りの競技に出られる方はペアを組んでください。もうすぐはじまりますよ。」と係員のよう男性が声をかけてきた。タケルは当然というように悠子の手をひっぱった。
悠子は、「無理、無理、絶対無理だから」と必死に訴えた。開始時間真近の緊張感をみんなは楽しんでいるようにみえた。それぞれのカラフルな大きな竿を自慢げに持っている。
「も うしめきりますよ」と声がきこえたとき、咲という女性は、悠子に躊躇することなく、当然かのようにタケルの手をひっぱった。重たそうな黄色の竿を軽々と片 手にもって・・。タケルも驚きの気持ちというよりも、競技ペアが確保できたことに安堵感をもっているようにみえた。悠子の方をふりむき、いってくる、とで もいうように片手をあげ、相方の竿と去って行った。
悠子は2人の後ろ姿と、仲よさそうによりそう男女の竿をみながら、なんだか無性にさみしくなった。同時に参加しなかった自分を少し恨んだ。「どうして・・・・」とタケルにいうように自分に声をかけた。

陸地にいるマンタには10センチくらいの茶色い毛が全身に生えている。なんとも不気味な生き物にみえた。のそり、のそりと地上をはいつくばっている。みんな丸々と太っている。音こそ聞こえないものの、ウニョウニョ動いている。その動きがなんとも日常にみえる。

「ピー」と開始の合図が鳴り響いた。ここは屋外。それも小高い山の中間地点。面積は野球場8つ分ほど。地面にはマンタが10匹ほど這っている。小さいものは1メートルほど。大きいものに至っては3メートルもある地上マンタ。

競技は2人乗りの空中ブランコのような、銀色の椅子にのっておこなわれる。出場チームは全部で10組だ。それぞれのチームがこの日のために練習してきたとばかりに意気揚々としている。竿を何回ともなく振り下げる練習をしているチームもいる。

各席には丸くて小さい操縦ハンドルがあり、それを前後左右に操作しながら、長い竿の先から延びる白い糸を垂らして、マンタを捕る。2人で協力しながら多くとれたチーム3組が決勝に出るしくみだ。
そ の乗り物はなんとも非日常感をかもしだしていた。透明のグレーの屋根が光の加減で光る。席は大人が2人座るのに、妙に狭い。なのに、きっちりと腕置きが装 備されている。タケルと咲の腕が心なしか、くっついて離れないようにみえる。そんな小型の飛行船の馬力はすごい。200キロはゆうに超えそうなマンタを 軽々と釣り上げる。竿の針がマンタの口にひっかけて釣るペアもいれば、長い糸をマンタの大きな体にグルグル巻きつけて釣るペアもいる。それぞれが釣りあげ たマンタは、サッカーゴールのような大きな網の中にいれる。その網には各ペアの色分けがされている。茶色い網もあれば、蛍光の黄色の網もある。

タ ケルと咲は初めてペアをくむどころか、初めて会ったとはおもえないほど息がぴったりあっていた。「もっと、右に操作して!」「了解」、「さあ、糸をたらす わよ、」「了解」、などと息のあう言葉をかわしながら、糸をしならせていた。悠子は少しはなれた事務室で競技をみていた。「マンタ・・・釣りか・・・」 と、もうこれが現実なんだと疑いもしないような口調で・・・。タケルはそんな悠子の気持ちを知る由もなく、ニコニコと、時には真剣な表情でマンタと咲を目 で追っている。
タケルのチームはどうやら茶色の網にマンタを入れるらしい。必死な運転で、タケルと咲は茶色の網の前をグラグラと飛行しながら、網でグルグルまきにしたマンタを入れようとしている。小さなハンドルを前後左右に力いっぱい操作する。風が吹く度に飛行船はゆれる。

隣には派手なピンクの網がみえる。もう大きなマンタが2匹もはいっている。狭そうにマンタはウニョウニョ動いているのがみえる。そんなピンクの網の前に小さな飛行船はまたやってきた。
「ジョ ン、よく見て!」「イエス」、と声が聞こえる。どうやら、外人風のペアである。実力はタケルペアと同じくらいに見える。「どっちが勝つのだろう・・・」悠 子は初めてマンタ釣りの世界に足を踏み入れていた。「あ~」、悠子のため息と同時にジョンの運転する飛行船から、マンタがおちていった。網にうまくはいら なかったのだ。どうやらジョンのペアはマンタの口に釣り糸を引っ掛けて釣る作戦で競技をしていたようだ。悠子はおもわず声をもらした。

「ピー、終了」、この声がかかったと同時に、空中ブランコはゆっくりと動きを止めた。家に帰るように各飛行船は自分の元の位置にゆっくりと帰っていった。

「私 たち、2匹もゲットしたじゃない!決勝いけるわね」と咲は悠子の顔を一度もみることなく、タケルに声をかけた。タケルもうれしそうに咲の言葉にうなづく。 タケルは、試合の結果によろこんでいるのか、咲とのペアによろこんでいるのか悠子にはもうわからなかった。悠子は初めて、もやもやした熱い、そして痛い気 持ちを抱いた。

会場をみると、他にも2匹つったチームがいる。ジョンのチームだ。決勝にでられるかどうかは、マンタの数と、捕獲するときに出す技が点数化される。
悠子ははやく負けてかえりたかった。次はどこにいけるのかも、悠子にはもうどうでもよかった。とにかく咲という女性と離れたかった。どこか、にいきたかった。

マ ンタの口に糸を付けて捕獲する点数はマンタの数×10、それに対し、体にまきつける捕獲はマンタの数×20で計算する。10ペアの参加の内、決勝には4ペ ア。今回のマンタは動きが活発だったせいもあり、みんな成績がすぐれないようだ。最高マンタ捕獲は3匹だ。それも、女性の若いチーム。女子大生だろうか。 この競技では有名なペアらしい。次が2マンタ捕獲のジョンペアとタケルペア、そしてもう一組が老年夫婦のペアだ。このうち決勝には3組のみの進出である。

「決 勝にすすむチームの張り出しをおこないますので、事務所の掲示板まで各ペア、一人づつ、集合してください」というアナウンスが終わるか終わらないかの間 に、ザーとみんなが一斉に事務所目がけて駆けていった。タケルもその中にいた。タケルは最近買ったばかりのブルーのTシャツに汗をなじませながら、颯爽と 走っていた。

「こんなにかっこよかったかな、タケル・・」なんて、また初めていだく温かな、新鮮な気持ちに悠子は浸っていた。タケルは 「ヤッター」と声をあげながら、もどってきた。悠子のもとにではなく、咲のもとに・・・。悠子には数分あとで、「ごめん、君のことをわすれていたよ」とで もいうように愛想笑いを投げてきた。悠子は、気づかないふりをせずにはいられなかった。自分を保つのに精いっぱいだった。「どうして、うれしい報告を一番 に私じゃなく・・・」、というところで思考を一生懸命に振り払った。そして、再び笑顔と視線をタケルにむけた。でも、もうそこには悠子をみているタケルは いなかった。タケルは咲と笑いながら、何かはなしていた。これからの作戦であってほしい、悠子はそう思った。

悠子は早くバスの運転手の声がほしかった。17・・・18・・・19・・20、で他の素敵な場所につれていってほしかった。

そんな悠子の願いはかなわず、悠子はこの場からどうしても離れたくて、ゆっくり歩き出した。
ちょ うど、競技に参加を断られた大学生が視界にはいった。男子学生は競技ではなく、捕獲が目的の可能性がたかく、出場をことわられていたのだ。大学生の男は、 どうしてもマンタの肉片を研究材料としてほしそうだった。眼鏡をかけ、いかにも真面目そうな青年。でもどこか一直線すぎる感じが、怖い感をかもしだしてい た。そして、その雰囲気の中に、何かを狙う不気味な強い感情が見え隠れするようにもみえた。大学生の男は何かの合図を受け取ったかのようにタイミングをは かり、力いっぱいそれを引いた。

その時、「バーン」と銃の発砲のような音が悠子の中で鳴り響いた。「えっ」とおもうと同時に悠子の体から 大量の流血があふれていた。大学生が誤って撃ってしまったのだ。一番小さいマンタを狙って発砲したつもりが、悠子の歩みと重なってしまったのだ。学生はも う動くこともできず、固まっていた。なのに、感情は脈脈と動いているようにみえた。そんな正反対の空気が会場内には充満していた。

タケルは音と同時に悠子を探した。そして、悠子の倒れている姿をみつけて、叫んだ。
「悠子!」
その声に抱きしめてほしくて、悠子はタケルをみた。その視界には、咲がタケルを見つめる姿が入ってきた。
「いやー!タケル」と力いっぱいさけんだ。

最愛だと思っていた人間が死んだ日に、交差するように別の人間と恋に落ちられるものなのか・・。

そんなに愚かで、儚いものなのか・・・。


タケルは自問自答するように小さくつぶやいた。となりには、悠子がすやすやと寝息をたてている。シングルベッドのような狭い空間に2人は飛行船に乗るかのようによりそい、時間を共にしていた。


「どうかした?すごい汗・・」と悠子が心配そうに話しかけてきた。
タケルは自分の心臓の大きな鼓動に一瞬びっくりしながら、愛想笑いを返事のかわりにした。

僕は、一体、誰に恋をしてしまっていたのだろう・・・。

僕は、悲しみの底の中で、だれをもとめていたのだろう・・・。

タケルは息を一息つくかのように、「ふ~」と、ため息をもらし、天井をみあげ、ものおもいにふけった。
そして、「あのあとは・・・・」、とつぶやき、再び眠りについた。

大学生の男は、そのまま警察に連行されていった。でも、どこか満足げな不気味さをかもしだしていた。
バ ス事故の名簿も押収された。名簿には、8月17日早朝バスツアー、乗車客:坪井タケル・高橋咲(ペア参加)とかかれていた。そして、ずっと下のほうには中 井悠子(個人参加)・・・柴田実(個人参加)と。そして、実の名前の下には赤いペンで被疑者と殴り書きがのこされていた。


葬儀がはじまり、「本日は 高橋咲、の為にこんなにもお集まりいただいて・・」と喪主のあいさつがきこえる。咲の母は、誰かをさがすように会場を見渡した。彼にもここに出席してほしかった。咲のあらたな旅立ちに・・。とタケルの名をつぶやいた。

突然のバスの事故。数人が命をうばわれた。「でも、タケルくんにはこれからの人生、精一杯いきていってほしいと願う・・・」とでもいうように咲の母は空をみあげた。
参 列者名簿には、連絡済とかかれたクラス名簿がならんでいる。幼稚園、はな組とかかれた紙には、坪井タケル、高橋咲、・・・・・そして中井悠子・・・柴田 実・・・と名前がならんでいる。大学名簿にも目をうつす。経営学科クラス名簿とかかれた薄茶色の紙には、中井悠子・・高橋咲・・・坪井タケル・・・柴田 実・・・と。実の名前の上には大きく×印がつけられている。
「18・・・19・・・20、つきましたよ。」と、どこかで無人のバスが今日も出発する。


タケルは病室に来た看護師の声で再びゆっくりと目をさました。そして、そばにいる女性をじっと見た。そして、何かを確認するように話しかけた。
「僕は助かってしまったのかい?」「君が僕たちと同じバスにのっていたとは・・・。咲は、咲は、死んでしまったのかい?・・・。」と。そして、涙し、嗚咽した。
悠子は予測していたかのように静かにうなづき、まるで「これからは私があなたのそばにいるから・・・・。ずっとずっと前からこうしていたかったの・・・・。」とでもいうような視線をあびせた。タケルはそんな悠子に寄り添って泣いた。


タケルはふと幼少期の昔話をした。
「な つかしいね。悠子は積極的で活発でいつも僕に一緒にあそぼう、と手をつなぎにきたね。そんな悠子とは対照的に、咲は目立たない大人しい女の子で・・・。懐 かしいよ。そんな僕たちが同じ大学の学生になって、まさか僕が咲とお互い魅かれあい、恋人同士になるとはおもってもみなかったよ。そうそう、実、ってそん な男の子同級生にいたっけかな。僕には記憶はないよ。でも幼稚園の卒業アルバムには確かにうつっていたね。まさか、彼も同じ大学に進学していたと は・・・。いつも悠子の後ろにかくれるようにいたあの子かな・・。「悠子が僕を追いかけるのと同じように、彼もまた悠子を追いかけていたね。」、「彼と君 は偶然一緒のバスだったの?」と、タケルはまるで聞いてはいけないことを聞くかのように話かけてきた。悠子はタケルを見ることなく、「大学生限定の旅行格 安バスツアーだったし、地元も同じなんだからこんな偶然もあるんじゃない」、とあっさり答えた。
「でも、まさか、実がバス事故の犯人だったと は・・・。しかも、爆破物をリュックに入れてバスに乗り込んでいたとは・・・」とタケルは理由が分からない現実に頭を抱えた。悠子は「まだ疲れているんだ から、もうすこし休んだら?」と優しく女性らしい声をかけた。悠子の手には軽いやけどの治療跡がある。白い包帯が事故後間もないことを示している。タケル は、事故直後で思考回路が回らないのか、それとも、これ以上はきけなかったのか自分でもわからなかったが、それ以上何もふれず、静かに目を閉じた。

最後にタケルは目を閉じたまま、何かを確認するかのように、悠子に小さな声でつぶやいた。

「あのさ・・・マンタ、マンタ釣り、ってしってる?・・・」、とさっきまで見ていただろう自分の夢の話を切り出した。

悠子は、表情を少しも変えることなくタケルをしっかり見つめ、静かに、不気味でそして満足げな笑みとともにこう放った。

「もちろん、しってる・・・わよ」と。

無意識の世界に触れた男。
そんな無意識をしる事無く死んでしまった女。
意識の世界だけに溺れていった男。
そんな人間の裏腹な内で泳ぎ続けている女。

「人間の意識世界と無意識世界は我々が思っている以上に裏腹なものなのか・・・」
そして、
「人間は大切な人の為に自分の人生を犠牲にすることが、無意識の世界でも本当に幸せなのか・・・」
そしてまた、
「人間は事実をしらないままでいる事が幸せな意識世界なのか・・・」。

今もまた、どこからか、耳をすませば聞こえてくる声がある。
「1・・・2・・・3・・・・」そして「18・・・19・・・20到着」と。


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