日本にいる母には心配をかけたくなく、旦那とこの事や体調の事はあまり話していなかったが、
ある日とうとう、旦那と別れるであろうという話をした。
「なんか、色々しんどいから、出ていくって。」
「離婚はともかく、とりあえず早く別居したいねんて。」
すると母は
「まぁでもなぁ・・・つり合ってへんって、最初から思ってたわ!」
と答えた。
・・・いやいやいや!
お母さん!
あんた、さんざん「いい人見つけたなぁ」って言ってたやん!!
泣いてたのに思わず 苦笑いしてしまった。
旦那は・・・
最初は、やはり、頑張ってくれたのだろう。
クラシック音楽や、美術館巡りなど、私が好きだった芸術分野に関しては
「興味がないのとちゃうねん、僕はそれに触れる環境で育ってへんだけやねん」
と言っていた。
だからアホな私は
(そっか!じゃぁこれからその環境を作ってあげよう!!)
(こんな素晴らしい事、知れば絶対興味持つはず!!!)
と思い込んでしまっていた。
それが少しずつ、彼は本当に興味ないのだと、うすうす気づき始める。
そのうち私がピアノをしだしたら、すぐに部屋を出て、ドアを閉め、イヤホンをしてスマホで動画を見たりするようになっていた。
まぁ、別に聞いてほしい訳ではないしなぁ・・・
なんて思ったりもしたが
それ以上に、あぁ、邪魔なんやろうな、と私も思い始め、確かにピアノに触れる回数が減っていったのは事実だ。
田舎の教会でパイプオルガンを遊びで弾きに行ったときも、早々と旦那は教会から出て近くのパブでビールを飲みに行った。
それ以来、もちろん教会に旦那は誘っていないし、あまりうまく行かなくなってからは家族を優先しようとパイプオルガンもあまり弾きに行かなくなった。
もちろん、旦那のせいではない。
合わなかっただけだ。
美術館も、本当に興味がないんだなぁと思うことは何度もあった。
パリに住み始めて10年ほどしてると思うが、一度もルーブル美術館に足を運んだことがないらしい。
ただ、私は芸術における知識があるわけではないし、表面的な楽しみ方しかしてないから(クラシックでさえ)、アートが好きだと言うのもおこがましいと思っていたし、人並程度に好きな程度だと思っていた。
旦那のように、興味がない人がまわりにはあまりにもいなかったのだ。
(むしろ、私の姉のように専門にしている人ならいる。)
だから、環境的に触れてこなかっただけで、触れたら、ぜったいなんらかの角度からは興味を持つだろうと信じ込んでいたのだ。
そして、そんな私がしんどかったんだろうなぁと今なら分かる。