安部公房、引き揚げ船内の夢遊病作品 | 歴史ニュース総合案内

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 「狂幻の作家」安部公房(1924~93)が満州からの引き揚げ船内で執筆した夢遊病作品が発見され、純文学誌「新潮」の12月号に掲載された。狂気的な夢遊病文学の原点に当たるという。
 この作品は「天使」という短篇。精神障碍者がある時病院を抜け出し、自分や他人が天使にみえる情景が描かれる。そして、心の中に「真紅の花」を見出し、近くで絵を描いていた少年の「小天使」に声をかけて真紅の花の大弁舌をぶつが、もちろん逃げられ、あいつは天使でない、馬に違いないと嘆いて、我に帰っていく筋書きだ。加藤弘一の解説によると、作中でも言及のある「霊界の太陽」スヴェーデンボルグの世界観に基づくもので、大弁舌は生命の逆説的な讃歌だという。
 このノート19枚分の原稿は札幌にある公房の実弟、井村春光の家で発見され、長女らによって公房の筆跡と確認された。満州からの引き揚げ船内で書かれた原稿だが、清書原稿と判断されている。全集で「天使の国」という作品を執筆したと言明されていたが、現物は発見されていなかった。確認された中では、3作目の小説で、悲愴系作品の原点に当たる。
 公房は医者の父親に連れられて青少年期を満州で過ごした。自身も医学部に進んだが、引き揚げ拠点の奉天で集団感染症により父を亡くし、同時に自身も生死を彷徨った。その経験を活かしてか、夢遊病的な文学をその後も続け、繭化する『赤い繭』や名刺に名前を奪われ、壁と化す『壁―S・カルマ氏の犯罪』を発表していく。