3DCG映画版「ガンバの冒険」が私の知ってるガンバじゃなかったですもいもいです( ゚д゚)ポカーン



誰やこのイケメンは!!笑

そのギャップたるや。




丸肖像画


さてさて、シャルフベック展の備忘録その2です。(その1はこちら

ヴァラドンの描く人々も印象的だったけど、シャルフベックも面白かったです。
身近な人々からインスピレーションを受けたというシャルフベックさん。様々なスタイルで描かれた名もなき人々の肖像の、でもどこか一貫してあるキーノートみたいなものが好みでした。

“肖像画は一番面白いものです。感傷的な飾りを持たない、現代の絵画です(1907,マリア・ヴィークへ)





ヘレン・シャルフベック《お針子(働く女性)》1905 フィンランド国立アテネウム美術館

ホイッスラーの《灰色と黒のアレンジメントNo.(1母の肖像)》を手本に描いたと思われる1枚。
他の絵にも《家にて(裁縫する母)》など、ホイホイっぽい(特に黒色)作例がありました。

母親の肖像を描いたこの二人の画家について講演では、ホイッスラーの母の絵はリキッドでモデル独自の個性が描かれている一方、シャルフベックの母の絵は、薄く塗られた曖昧なラインでシンプルに、より非現実的で匿名の人物として描かれている、との比較を紹介していました。




ヘレン・シャルフベック《カリフォルニアから来た少女Ⅰ》1919 フィンランド国立アテネウム美術館

カリフォルニアから来たらしいけどちょっとアフリカっぽくて気に入った1枚。ざらついてて、ルオーっぽくも見えた。
木彫りみたいに色濃く角ばった影、太い眉に厚い唇、額の輪郭をかたどる黒々した髪などが、ぼやけた全体の中で浮かび上がっていました。




ヘレン・シャルフベック《サーカスの少女》1916 フィンランド国立アテネウム美術館

こちらは淡くふんわりめで、ぽってり真っ赤なリップが印象的なサーカス少女。
身近な人々を好んで描いていたシャルフベックはまた、ファッショナブルな人でもあったそうで、パリの雑誌などからも発想を得て、同時代のマリー・ローランサンに通じる空気のものも描いている。




《働きに行く工女たち(表)》1921 リーヒマキ美術館
目は独特の黒い影に覆われていて、体はどす黒い背景に消えかかっています。
この裏側には《未完成の自画像》が描かれていました。
顔に引き裂いたような傷が走り、目は黒くつぶれ、こちらも体が灰色の背景に消えかかっているもの。
この絵の数年後に母を亡くした画家の、「もう自分の顔を引き裂いても母が悲しむことはない」といった言葉にも思うところがありました。



丸自画像


それからやっぱり自画像群。初期から晩年まで紹介されていました。
自分を見つめることはとても苦しいのに、描かずにはいられなかったというシャルフベック。
描いた自分は40点ほど、シャルフベックにとって美しく演じられた自画像には興味がなかったようで、きりりと自信に満ちた顔もあれば、落ちくぼんで絶望的な顔もあり、自分の内側をえぐりだすような姿が並びました。



ヘレン・シャルフベック《自画像》1884-1885 フィンランド国立アテネウム美術館



ヘレン・シャルフベック《自画像》1913-1926 ポリ美術館

以前描いた自画像を13年後に手を加えたもの。
右半分は13年前のままに、左側はピカソ風にえぐれている。




ヘレン・シャルフベック《自画像、光と影》1945 ユレンベリ美術館

死期迫る自分を真っ向から捉えた晩年の自画像。
バスルームの緑色のタイルに浮かび上がった自身を描いたと思われるもの。
露骨に崩れ、歪み、溶けていく顔。口をぽっかりと開けて呼吸は浅く息苦しそう。
80歳でこれは私にはとてもつもなく思えました。

この年齢に至った時、どんな心境に立つんだろうか。そんな風に思わされる自画像ってあったかな。
ハタチの私には未知の次元、でも他人事どころか鏡のような説得力でございました。
同じ女性の、ここまで過酷に剥き出しの自画像を見られたのがすごく、よかったってのも語弊がありますけど、スコーンと自分の内にハマった感じでした。


きれいごとに酔いどれるのでなく、かといって自棄気味に身を任せるのでもなく、ある意識は保ちながら直に自己を見つめる。シャルフベックの自画像を観ていたら、そういう者に私もなりたい、と思いました。もい澤賢治。


本当に一部しかメモれてないけど、ひとまずここまでにして、残りは僅かずつでも自分の中に蓄えていけたらと思います!


ではでは~もいもいねずみ2



シャルフベックの限られた色彩について

シャルフベックの特徴のひとつに、黒と白、それからアースカラーといった、限られた独自の色彩が挙げられている。
象徴主義とも繋がる静けさや神秘性、無時間性、冷静、詩情性、メランコリー等々を思わせるその禁欲的な色使いは、ホイッスラーの他シャヴァンヌやカリエールなど(当時、彼女だけでなく多くの画家にとって重要な)画家たちの影響があったという。

うち、ロダン・モネと並ぶ当時の三大アーティストであったが今ではあまり知られなくなったカリエールについては、革新的なモノクロ手法を編み出した画家で、モダンアートシーンを常に追っていたシャルフベックも例に漏れず影響を受けたかもしれない、とのこと。

それからなぜ黒と白に加えてアースカラーなのか、という点については、茶色はそもそもレンブラントの茶(と金)から来ているそうだ。オールドマスターピースへの敬意であり、それからホイッスラーもレンブラントを尊敬しており、脈々と受け継がれていったのかもしれない。

「私が描くのは、私を幸せにしてくれる絵を見たからです。内部の力が私を駆り立てて、何か同じようなものを創造したいと奮起させるのです」
史上の名作が心豊かにするのを認めながら独自の表現を求めて、限られた色彩と抽出された不可欠さ、それから現代と過去を対話させることでタイムレスな絵を描こうとした。


メモヘレン・シャルフベック展備忘録

ヘレン・シャルフベック展@東京藝術大学大学美術館を訪問

Ⅰ. ヘレン・シャルフベック展メモⅠ:ざっくりシャルフベック~初期作品
Ⅱ. ヘレン・シャルフベック展メモⅡ:肖像画と自画像