終始ニヤニヤしっぱなしだったヴァロットン展の備忘録です。

アート「ヴァロットン―冷たい炎の画家」展



 ∟ヴァロットン展特設サイト:http://mimt.jp/vallotton/

日本初のヴァロットンの回顧展。オルセー美術館およびフェリックス・ヴァロットン財団の監修による国際レベルの展覧会として、グラン・パレ(仏・パリ)、ゴッホ美術館(蘭・アムステルダム) を巡回。そして2014年という日本・スイス国交樹立150周年の記念すべき年に、ヴァロットンの版画作品を187点所蔵する三菱一号館美術館にて開催。
胸騒ぎのする風景、不安な室内、クールなエロティシズム―。独特の視点と多様な表現を持つヴァロットンの約60点の油彩と、約60点の版画の計約120点を展覧します。(ヴァロットン展展公式サイトより)

【ヴァロットン展の構成】

Ⅰ. 線の純粋さと理想主義
Ⅱ. 平坦な空間表現
Ⅲ. 抑圧と嘘
Ⅳ. 「黒い染みが生む悲痛な激しさ」
Ⅴ. 冷たいエロティシズム
Ⅵ. マティエールの豊かさ
Ⅶ. 神話と戦争

会期:2014年6月14日(土)~9月23日(火・祝)
会場:三菱一号館美術館


ヴァロットンの絵を観ていくと、相反するものが混在していたり、妙な不穏さをはらんでいるようだったりして、そういう狭間を見るような、なんともいえないものが私は好きなのですが、この直感的に好きとか肌で好きなものって言葉にするのが難しいですね。精進しとうございます(; ・`д・´)
簡単お粗末ですがメモしていきます。


まずは。

《帽子を持つフェリックス・ヤシンスキ》1887,ヘルシンキ、アテネウム美術館| 画像:amazon.fr

モデルのヤシンスキは、日本美術にも傾倒したポーランド人の美術コレクターで、ヴァロットンの親友であったそうです。

ガッサガサのアマゾン画像でもわかる写実力(特に手すごかった。やけに大きくツルリと目立つシルクハットのすぐ下の)でありながら、ほどなくして、ペッタリとフラットで、するりと硬質な描き方が特徴的になっていくヴァロットン。



お次。

《肘掛け椅子に座る裸婦》1897, グルノーブル美術館| 画像:wikipaintings


のっぺりと描かれた椅子と地面の境界はほぼなくて、パッキリとした色やしっかりとした線で描かれながら、浮遊感のある不思議な一枚。

ヴァロットンは女性への賛美と嫌悪を併せ持っていたそうで、なるほどそうした矛盾をないまぜにした女性像が度々見られますが、この絵は彼には珍しく風刺的批判は見られず、モデルへの素直な愛情を感じる数少ない作品のひとつであるとのこと。
また、マットな質感はナビ派に属していた経験からくる特徴のひとつといえるようです。


※ナビ派とは


ナビ派は、セリュジエモーリス・ドニら学生たちで結成した19世紀末パリの前衛芸術集団。
ヘブライ語で「預言者」を意味するこのグループは、ゴーギャンの教えをもとに、反印象少主義的で装飾的な絵画を特徴とするゴーギャン教(。-人-。) アーメン
強調された色彩や平坦でデザイン的な画面構成は、絵画という「抽象」にしかできないものを目指した。


↓ナビ派のみなさん。一番奥で佇んでいるのがヴァロットン。

《5人の画家》1902-1903, ヴィンタートゥール美術館| 画像:wikipaintings

スイス生まれのヴァロットンはナビ派にいた頃、「外国人のナビ」と呼ばれていたそうな。
ナビ派のメンバーとは生涯の友となったヴァロットンですが、グループとしては、この絵のように理論的にも様式的にも微妙な距離があり(ヴァロットン展図録Pg.68)、独自の立ち位置を保っていたようです。


ちなみに、若き日のヴァロットンってこんな人だったみたい。

《20歳の自画像》1885, ローザンヌ州立美術館| 画像:wikipaintings

ちょっと線細めのエドワード・ノートン?繊細そう。


その後、ジャズバーのマスター風を経て、

《自画像》1897,私蔵| 画像:wikipaintings

ぽっちゃり丸眼鏡に。

《室内着の自画像》1914, ローザンヌ州立美術館 |画像:wikipaintings

自分でたとえておいてなんだけど、私が昔バイトしてたジャズバーのマスターはむしろ丸眼鏡のほうに近かったです(どうでもいい


ちと早くもゴチャついてきたので、ひとまずこのへんで!

ではでは~もいもいどう森マスター


メモもいメモ
展示はなかったけど、ヴァロットンの初作品asナビ派で、写実と決別した《夏の宵の水浴》1892-93
この絵はアンデパンダン展でアンリ・ルソー共々酷評される。でもってヴァロットンは2度ほどルソーに好評を寄せている。ルソーも好きだからなんか繋がって嬉しいあとでもっと調べる。