言の葉を紡いで

言の葉を紡いで

季節の移ろい、自然の風景、日常のささやかな出来事を言の葉にのせて

言の葉が好きです。 言葉の力を感じています。私らしく、私なりの言の葉を紡いで・・・。
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リビングに娘の笑い声が響いている
ただそれだけのことなのに
とってもとっても嬉しくて
心があったかくなるのを感じる


30日に帰省した娘
いよいよ就活の年となり
今の状況を聴いたり
自己分析にアドバイスしたり

やりたいことは明確になり
希望する企業も決まった様子
ただ、去年の実績を見ると
50倍以上の難関とか


「私、専業主婦になりたいんだよね」
思いがけない発言にビックリ(笑)

大学生になり、一人暮らしをしたことで
お料理の楽しさや部屋を整えること
節約して生活することが楽しいらしい


高校生の時からずっと憧れていたホテルでのアルバイトで
夢と現実の違いを
経験を通して感じたことも
何かしら影響しているのかも・・・



家にいた時は、当たり前だと思っていた子どもたちの存在
離れて暮らしたことで想い溢れる愛おしさ

このままずっと一緒に生活できたらいいな
そんなことをつい思ってしまうのは
私の気持ちが弱くなっている証かな(笑)




迎える時の嬉しさと
見送る時の淋しさと
幾度繰り返しても
変わることも慣れることもなく

四日から仕事に入る私は、
同じ日に帰る娘を見送ることはできないけど
やっぱりまた、淋しさを感じてしまいそう


よく話し
よく食べ
よく笑う
そんな娘に元気をもらい
私の2018年が始まった


支えていたつもりが
いつしか支えられ
子どもたちの成長を
感じられることの幸せに感謝


小さな幸せを感じられる毎日でありますように
今に、人に、感謝できる心を忘れずに






娘が撮った我が家の元旦のテーブル







暑さが厳しかった八月の初旬
検査後の説明で
迷いなく
真っ直ぐに告げられた病名

担当医に躊躇いがなかったからか
近親者に罹患者がいたことで
いつかは私も・・・
そんな思いがあったからか
驚き一つなく冷静に病名を受け留めた

大きな病院での
検査予約がその場で入れられ
紹介状を手交された

家族と職場
ごく限られた人にだけ伝えた事実
私より周りの人たちのショックと
驚きが大きかったことに
私自身が驚いた(笑)

仕事の調整や引き継ぎをしながらの検査
職場関係者への状況説明や休暇の届け出
あれよあれよと
八月が流れていった


涙ひとつ流さない私に
「お姉さんは冷静だよね」
妹の言葉に
「自分でもそう思うわ」と笑顔の私


不安や悲しみは不思議となく
高齢の母を心配させていることへの申し訳なさだけがあった


手術当日
来てくれた母や妹に
早朝に届いた娘からのLINEのことを話ながら
その時だけは涙が流れ
家族の有り難さや絆を深く感じた


病室から家族と共に
歩いて手術室までの数分間
変わらない日常の会話に
変わらない笑いがあり
いよいよここからは手術室となった時
ふいに泣き顔になり
ハグをしてきた妹

「心配ないから、
じゃ行って来ます」
言葉ひとつを残して手術室へ


全身麻酔によりあっという間に
記憶をなくし
目が覚めた時には 病室のベットの上

「お疲れさん」
掛けられた言葉に
「長い時間の待機、ありがとう」と


事前説明で聞いていた通りの
順調な回復が見られ
予定通りに
術後六日での退院になる予定






三階の病室からは
目線の先に空が広がっている

留まる雲と流れゆく雲
朝から夕暮れまでの移り変わり


心静かにこの一ヶ月を思う時
繋いでいただいた命への感謝と
周りの人たちへの深い想いに包まれる


「今回の病気で
何か得ることがあるよね」
妹の言葉が確かな形となっている


健康を過信しないこと
生活を考え直すこと
感謝する気持ちと謙虚でいること


この病室から
穏やかに広がる空を眺めるのも
あと二日・・・











越してきた年月の中の
ほんの数日の入院経験を含めた
病気と向かい合った時間は、
私に意味ある時間を残してくれたように感じています。

生かされていることの再認識も
友人が放った「大丈夫」の心強さも
病気を抱えている方々の苦しさも
人の優しさも
感謝も


病気に向かうのは自分自身だけど
支えてもらうことで
救われることがあるということ
それが力になることを実感しました。

執刀医、担当看護士など病院スタッフの方々からは
手厚い看護ばかりではなく
人と接する際に必要なことを
言動を通して教えていただきました。


罹患者だから分かること
そして、伝えられること
何ができるか分かりませんが
これから動いていけたらと思っています。


個人的過ぎる内容のため
書くことへの躊躇いがなかったわけではありません。

2015年の夏から秋への
時間の記録として残しておきたいことと
感謝の気持ちを忘れないために
そんな思いの証しとして・・・。









娘が大学進学のため
県外に出てから早いもので3ヶ月半。

子どもたち二人共が居なくなって
寂しいでしょう?と聞かれるけど
仕事もあるからか
思った程の寂しさは感じでいない。


ただ、週に一度
住む人が居なくなった
子どもたちの部屋を掃除する時
ふと、寂しく思うことがある。


この部屋で子どもたちは
もう生活をすることはないんだなって・・・。


娘は二十年
息子は十八年
一緒に生活したのは
ほんの短い時間。



部屋に置いていった
本や参考書を手に取ると
ちょっとだけ鼻の奥がツンと・・・。



生活を共にしていないせいか
日常の中で
母である自分を意識することが
少くなってきた。


折に触れ子どもたちに送る
『愛の宅急便』























必ず添える手紙の最後に
"母"という文字を書いた瞬間に
母であることを強く感じる。

それはとっても幸せな瞬間でもある。



離れていても
二人を思う気持ちに変わりなく
離れているからの心配はいつもあり。


信じて見守る
これしかできないなって。



母でいさせてくれる子どもたちに
ありがとう。


夏休みの帰省を
心待ちにしているからね。















お休みなのに
目覚ましなしで起きる
いつもの時間
そんな年になったのかと
一人苦笑いしています。


ベランダにお洗濯ものを干すと
柔軟剤の爽やかな香りが
わずかな風に運ばれて来ました。



見上げた空は真っ青で
遠い場所にいる人たちを
想わせてくれます。


連絡がなくても
きっとそれぞれの時間の中にいるのだろうと・・・。



夏の匂いを含んだ風は
どこまでもどこまでも
自由に行けるのでしょう。


同じ空の下
みんな元気で
今日という一日を回している、きっと。


平日より少し
ゆっくりのんびりと
私も音楽と共に    
日曜日を回していきましょう♪














七夕の夜
天の川の右岸と左岸にいる
牽牛と織姫のため

鵲が翼を広げ
橋を作ったという





ひととせに
たった一日だけ許された逢瀬

逢えない時間があるから
今日のこの日に
色を増していく


言葉を持たずとも
伝えたい想いは同じで・・・



また明日からは
遠い場所から
互いを想う日々が続く



離れて見えること
離れて感じること


そして
唯一無二の存在である人だと





今夜は更待月
まだまだ明るさを持った月灯りが
二人の足元を
照らしてくれるだろう





二人に
あたたかな時間が
流れますように



心の中で願ったことが
どうか形を成しますように・・・








~一年に 七日の夜のみ 逢ふ人の
 恋も過ぎねば 夜は更けゆくも~
   
 (巻十・二〇三二 柿本人麻呂歌集)






~久方の 天の川瀬に 舟浮けて
 今夜か君が 我がり来まさむ~

 (巻八・一五一九 山上憶良)