この多様性の時代、生き抜くには辛抱・我慢だけでなく、「体力」「学力」「徳力」を生涯鍛える気力がなくてはこの時代の波には乗れないだろうな❤

   


    

  • 16 Nov
    • 高尾山の紅葉狩り 2017

       この時期、晩秋になると気になるのが紅葉狩り。今年の紅葉を旬に生で体感すると、なんだか得したようなありがたい気分になるのである。幸い都内で13番目の高さを誇る(?)われらの高尾山は紅葉シーズンが開幕したばかりで、色付きもちらほらといった奥ゆかしい秋化粧。昨日15日男女四人で高尾山(599m)へ紅葉狩りに行ってきました。平日の水曜日にも関わらず好天に恵まれて頂上も大勢の観光客でごった返していました。久々の高尾山なので攻略法を思い出すために前日ネットで基本情報(路線情報、コースマップ等)をピックアップ後、現地に向かう列車内で互いにコース検討し、京王線高尾山口駅に降り立ちました。駅を出て正面のマップ看板を見て右に多少上ると、ケーブルカー清滝駅が見えてきました。が、登りは足腰を鍛えるために歩かしてもらいます。この清滝駅の手前を右折して坂道を上ります。今回は初めての高尾山というメンバーもいらっしゃったので、コース取りはやや混むが無難な1号路から上り、猿園を過ぎたあたりの分岐点を右に迂回して4号路の目玉である、つり橋を目指しました。先ず1号路では前日の雨にも関わらずコンクリなどの舗装が施されていたため、地面がぬかるんでいなかったので滑ることもなく比較的楽な山登りでした。途中吾々を追い越して行ったやたら陽気にはしゃいでいた十代らしき三人の女子会も予期しなかったのか急なつづら折りが幾重にもあり足に負担がかかったのか、鍛え方が足りなかったのか並んでハアハアゼーゼー青息吐息で息急き切って休んでいました。いい人生勉強にもなる高尾山登山。吾々も途中こまめに休憩を取りながら無理なく森林浴や山道歩きをたのしみました。4号路に入ると島崎藤村の「夜明け前」に出てくる木曽路のような辺り一帯大杉林で空気までが入れ替わったかのようで神秘的な空間に。するとメンバーの女性が「そう、これこれ。こんな山道がそれらしくていいのよ」と弾んだ声で目を輝かせて躍動感を現わしていたアンタは妖精ティンカーベルか森の精霊タイターニアのようでした(笑)。こういうのがパワースポットなのかも知れんな。このように樹木の根っこや落葉を五感で踏破し、自然の匂いや触覚をリアル体感できるのは人工媒体では無理なこと。マジ汗もかきます。 さて、そうこうすると、4号路名物のつり橋が見えてきました。この辺は暖かいのか未だ紅葉が進んでいませんね。つり橋の上で記念写真を撮りたいと思ってもこれがまたやっかいで、両方の往来が過ぎるのを、橋の端っこで多少ブラブラ揺られながら待ちながら。こんにちは。と挨拶を交わす。 そうしてようやく4号路を上がりきったと思ったら頂上はまだ先の方で、もうひと踏ん張り。展望台の表示板が見えてきたところにクレヨンしんちゃん、じゃない黄色い帽子を被った幼稚園児の一団がお手手つないでぞろぞろやってくるではないか。でかい水筒にふらふらとした足取りで。なんとも微笑ましい遠足も足腰の鍛錬か。幼稚園児でも登れる高尾山599m。そうして一際人だかりのする頂上付近。景色もきれいだが空気も美味い。山頂の紅葉とススキとこれも高尾山、山頂のグラデーション効用紅葉おめでとうございます。今回同行された御三方。達成感が漲っています。頂上付近でシートを敷いて、紅葉を見ながら四人でお弁当を食べました。そして下山ルートは1号路から今度はケーブルカーで。ということになり、しゅっぱぁーつ。途中にありました。和合歓喜天。とあります。よろこばしいことのようですが何なのでしょう。うーん、これも良く分かりません。が、珍しい建築物のように見えます。この先に天狗のブロンズ像がありましたが、天狗から想像されるのは鞍馬天狗とか藤沢周平さんの小説「春秋山伏記」ですが、あちらは羽黒山の山伏という独特の世界観を味わえました。何を凝視しているのでしょう。これですか?それともこれですか?ケーブルカーの山上駅です1両編成で定員135人なので2、30分待ちかな。これは高尾山の中腹付近。で、これが山麓の清滝に近い地点。これは麓付近です。やはり、紅葉が進んでいるでしょう。 清滝 駅ということは、600m級の山では山頂と山麓が低温で中腹は熱が溜まって暖かいのかな。言い換えれば、山頂は上空からの寒気、冷気を受けやすく、上中腹からの風、下降流が麓に降りて寒気、冷気を下に運び溜めるので麓近辺は紅葉化が進み、高尾山の中腹つまり高尾山駅やつり橋付近は山中が暖かく紅葉が進みにくい。ということが推測できるのではないでしょうか。 いや、これだけで判断するのはどうかな。植生図とか例年の紅葉情報や山の地形などあらゆる角度からの客観的データを基に綿密に検討しなければ。さて、今回の高尾山でこころ温まる光景がありましたのでここにご紹介しましょう。ケーブルカーで最後尾に立っている私の近くに寄ってくる、なにやら思いつめたようなおっかない形相の一人の老人が、うわっポケットから何か取り出さんとしています。何だろうこのお爺さん、変だな。と思ってこっちも一生懸命こわそうな顔をして睨み返しました。お爺さんそんな私に目もくれず、ポケットから小型デジカメを取り出して私の横を掠めてじーと紅葉を収めんと必死にシャッターを切ろうとしていました。よく見るとそのお爺さんの腰の後ろを両手で必死に支えている初老の品のいいご婦人の手が、そして顔がありました。お爺さんの想いを叶えようと。そのお二人の真剣さに圧倒され、そして瞬時に悟っていました。あゝ、この高尾山の紅葉で二人は結ばれ、永遠の愛に生きている千年の契り杉の化身ではないか。と。私はできるだけスペースを開けてナイスショットを提供しようとする。ちょっときついけどここは我慢だ。時間が止まる。-----カシャ-----ふぅ~。いいシャシンが撮れたのでしょう、ご婦人がしきりに私に感謝するではありませんか。その献身の笑顔も Nice Age!また来年も会えるといいですね。あの笑顔ではきっと素晴らしいシャシンが撮れたことでしょうね。ホントに良かった。   高尾山ですれ違ったりお会いした皆さん、お疲れ様でした。 (吟)(注釈:「千年の契杉というのは杉の巨木で幹回り7.8m、樹高約45mで二本の幹が成長していく過程で再び癒合して『H』の形に繋がりながらさらに成長を続けているその姿はとても神秘的です」(あきる野市観光協会「秋川渓谷」~)とある。歩ける楽しみ~TOKYOウォーク2016<第3回>あきる野・日の出エリア~)

      2
      テーマ:
  • 01 Nov
    • Mr.プレジデントとネギ

      今月11月5日、トランプ米第45代大統領が来日すると云う。飛んで来るのは自家用ジェットかAirForce1だか分からないが当分警戒でピリピリするだろうことは予測できる。失礼のないようにしなければ・・・・・・。人間ときにはピリピリして交感神経を高めることも必要らしい。適度な緊張感、緩急自在に気を張るのは、呆け認知症予防にも治安上も好ましい。そしてなぜか寒い日にはラーメンを食べたくなる。担担麺やジャージャー麺でなく鶏がらスープの刀削麺か醤油麺。麺から食う人はメン食い、つゆから呑む人はつう。とか言ったっけ。その熱々の麺の上にピリッとしたのが乗っかってる。そうネギだ。ネギから先に食う人は何と云うんだ? いやそういう人はあんまりいない。しかし、そのラーメンにピリッとしたネギが無かったらどうする?いや問題はそのネギなんだが・・・・・・。実は、玉ネギはあるのだが、長ネギがない。いや勿論ラーメン丼やラ王やチャーシュー、メンマや鍋はあるのだが・・・・・・。玉ネギが長ネギの代用にならないか・・・・・・こういう時皆さんだったらどうする?ラーメンのトッピングに丸ごと玉ネギを乗っけるのは見たことがない。それにどうやって食べたらいいのか。丸かじりするわけにもいかない。やっぱり、千切りかミジン切りでしょうな。・・・・・・で、このラーメンは4分煮るんだね。その間、米大統領をお迎えするブログ記事を考えておかないと・・・・・・な。やはりオーソドックスに Welcome President.でしょうな。正直、私はあの国の建国当時の崇高な精神は真摯にリスペクトしている。だから当時のフランス政府も自由の女神をプレゼントされたのだろう。 それはずっと前の話だが。 「アメリカ独立宣言 (1776年7月4日)We hold these truths to be self-evident,that all men are created equal,that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights,that among these are Life,Liberty,and the pursuit of Happiness.That to secure these rights,Government are instituted among Men,deriving their just powers from the consent of the governed.私たちはこれらの真実が当然のことであると信じている。すべての人間は平等である。そして(創造の)神によって生命、自由、および幸福を追求する一定の権利を与えられている。これらの権利を確かなものにするために、政府は人々の間に作られる。そして正しい権力は支配される人の同意から生まれる。」 *1) 真摯に取り組み独善に陥らなければいつまでも続く主旨であると考える。そしてその後、米でリンカーン氏がこの精神に則り「1834年、州議会議員への二度目の出馬を行い当選。1846年にはアメリカ合衆国下院議員に選出される。1860年、共和党大統領候補に選出され、民主党候補を破り、第16代米大統領となる。奴隷制の拡張に反対するリンカーンの当選が決まると、分離主義者達は連邦から脱退する意思を明らかにし、1860年12月にサウスカロライナ州が脱退条例を採択。リンカーンは、アメリカ連合国(分離独立を宣言した南部諸州が構成した国)の認知を拒否し、脱退を違法だと宣言。和平協議も失敗し、1861年4月、南軍はサウスカロライナ州サムター要塞を攻撃し、戦端が開かれる。リンカーンは最高司令官として直接戦争を指揮。戦時中の1862年に奴隷解放宣言を行う。1863年7月のゲティスバーグの戦いで北軍が大きな勝利を収め、リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」で有名な「ゲティスバーグ演説」を行う。1865年4月、南軍は降伏。しかし、その6日後、観劇中に拳銃で撃たれ、翌朝息を引き取った。」 *2)こうして米国は一定の自由、平等、幸福追求権の精神を脈々と引き継がれていくのだが、ペリーが黒船で来航した時の大統領は誰だったのか?そしてトランプ大統領がパリ協定から離脱するとか、TPP協定から離脱するというのはその独立宣言のようなものなのかな?おっ、丁度ラーメンが煮えた。ラ王は先に丼にスープを入れておいて麺だったね。それから叉焼とシナチク、刻み玉葱と。いただきまーす。やっぱり玉ネギはラーメンじゃなくハンバーグか、かのオペラ歌手シャリアピンに因んだシャリアピン・ステーキの方が合うね。 ようこそ、トランプ大統領!ま、せまい国ですがゆっくりしていってください! チュルル・・・・・・そうだ、前任者のオバマ前大統領のスピーチと比較してみれば米国の方向性というかベクトルが見えてくるのではないだろうか。就任演説をするオバマ大統領=AP 「きょう私は、私たちが負う職務の前に謙虚になり、あなた方が与えてくれた信頼に感謝し、先祖が払ってきた犠牲に心を留めながら、ここに立っている。これまで(私を含め)44人の米国人が大統領の宣誓をしてきたが、それはしばしば雲が集まり、嵐が吹き荒れる中で発せられてきた。そのような時に米国が生きながらえてきたのは、指導者の巧みさや思想だけによってではなく、国民が先人の理想に誠実で、(独立宣言などの)建国時の文書に忠実だったからだ。 私たちは危機に瀕(ひん)している。我が国は暴力と敵意のネットワークに対する戦争状態にあり、経済はひどく衰弱している。この難問は現実のものだ。深刻で数も多い。短期間で簡単には対処できない。しかし、アメリカよ、それは解決できる。 きょう、私たちは恐怖より希望を、対立と不和より目的を共有することを選び、集まった。私たちは、つまらない愚痴と口約束を終わらせると宣言する。政治を縛ってきた古びた教義を終わらせると宣言する。 私たちは今なお若い国だ。しかし、不朽の魂を再確認し、よりよい歴史を選び、何世代にもわたって受け継がれてきた気高い理念を前進させる時が来たのだ。米国の偉大さは決して神から与えられるものではなく、獲得するものなのだ。 先人らは、私たちがよりよい生活を得られるようにと奮闘し、犠牲になった。私たちは今日も、この旅を続けている。私たちは地球上で最も繁栄した、強力な国であり続けている。私たちは元気を出し、もう一度自分を奮い立たせて、アメリカを再生する仕事を始めなければならない。 我が国の経済は、力強く迅速な行動を求めている。新たな仕事を創出するだけではなく、成長のための新たな基盤を築かなければならない。経済を活性化させるために、道路や橋を造り、配電網を整備しよう。科学技術の奇跡をヘルスケアの質向上やコスト削減のために利用しよう。そして太陽や風を、車や工場の燃料に転換しよう。学校、大学を新しい世の中の要請に応じたものに作り替えていこう。これらすべてのことを私たちならできる。私たちは実行する。計画が多く、大きすぎて、私たちの組織では達成不可能だ、と疑う人がいる。そうした人たちは忘れているのだ。これまで我が国が成し遂げてきたことを。問題は、政府が大きすぎるか、小さすぎるかではなく、政府が機能するかどうかだ。 ファシズムと共産主義に対抗するために、私たちの先人たちは武器を手にしただけではなく、頼もしい同盟国と固い信念に支えられた。彼らは力だけが我が国を守ったのではないことを知った。 私たちはその遺産を受け継いでいる。世界の国々との、より偉大な協力と理解のもとに、責任ある形でイラクから撤退し、アフガニスタンの平和のために働こうとしている。また古くからの友好国、かつての敵対国とともに、核の脅威を減らし、地球温暖化の悪夢を払うべくたゆまぬ努力を惜しまないだろう。 テロを起こし罪のない人々を殺りくしようとする者に対し、私たちは言おう。いま私たちの精神はさらに強まり、くじけることはない。先に倒れるのはおまえたちだ。私たちは必ずおまえたちを打ち負かす。 米国は、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者からなる国家だ。(宗教、言語、文化の)寄せ集めの伝統は、弱さではなく、強さの証しだ。私たちは、南北戦争と人種隔離という苦い経験を踏まえ、暗黒時代から脱出してより強く、より結束したがゆえに、旧来の敵意はいつか過ぎ去ると信じる。世界がより小さくなるにつれて、共通の博愛が姿を表すだろう。そして、アメリカは、新たな平和の時代を先導する役割を果たさなければならない。 イスラム世界に対して、私たちは、共通の利益と相互の尊敬という理念に基づき、新しいやり方を目指す。貧しい国の人々に対しては、農園を豊かにし、清潔な水を流し、飢えた体と心をいやすためにあなた方とともに動くことを約束する。 私たちはもはや、国外の苦難に無関心でいることは許されないし、また影響を考えずに世界の資源を消費することも許されない。世界が変化したのだから、私たちも変化しなければならない。 挑戦は新たなものかもしれない。だが、私たちの成否を左右するのは昔と変わらぬ勤労と誠実さであり、勇気と公正さであり、忍耐と好奇心であり、忠誠と愛国心である。これが真理だ。私たちの歴史を通じて、前進の静かな力となってきた。求められているのは、こうした真理に立ち戻ることである。今、私たちに求められているのは、新たな責任の時代である。それは私たちが、自分たち自身や国、世界に対して義務を負っていると認識することである。嫌々ではなく、むしろ喜んでつかみ取るべき義務だ。私たちは、難題にすべてをなげうつことほど魂を満たし、私たちの人格を特徴づけるものはないと確信している。 これは市民権の対価と契約である。不確かな運命を形作るための知恵であり、信頼の源である。すべての人種と宗教の男性や女性、子供たちがこの場で共に祝えることが、我々の自由と信念の意味するところである。 アメリカよ。共通の危機を前にしたこの困難な冬に、私たちに不朽の言葉を思い出そう。希望と美徳をもって、冷え切った流れや嵐に耐える勇気をもう一度持とう。そして私たちの子供たちの子供たちに語らせよう。試練のときに私たちはこの旅の終わりを拒み、ひるまず、地平線に目を据えたまま、自由という偉大な贈り物を発展させて、次世代に確かに届けた、と。」どうでした。みえてきましたか? 生声CD付き [対訳] オバマ大統領就任演説 Amazon 高校演劇selection 2006 上 Amazon 参考文献等: *1) 高校演劇Selection2006上~小川幸司「南京の早春賦」~         *2) エイブラハム・リンカーンの名言・格言                   http://iyashitour.com/archives/19952                                          

      10
      テーマ:
  • 29 Oct
    • え”っ、まだ台風?と映画「先生!」

      先ず今日は雨だ。 でも何で?雨が降るの? 思春期にはそういう?が……。それはこの時期、地球自転回帰線移動に伴い列島には秋雨前線が停滞する。これを映画「先生!」にたとえるなら斗真演ずる伊藤先生が停滞する秋雨前線で、そこに新入生台風22号のすず演ずる響が入学してくる。そこでお互い接近し、台風は反時計回りに進んで周囲を巻き込んで波風を起こしていく。なぜ好きになっちゃいけないの? なぜくっついちゃいけないの?・・・・・・そして季節は巡り、やがてお互い人間的に成長していく。映画「先生!」は春、秋の四季や路面電車ロケなどが印象的でしたが、ここで、これ以上は言わぬが華でしょう。映画に行きたかった人も多かったでしょう。でも11月前なのになんでまだこの時期に台風なんでしょう。今年は異常気象だと言う説がある。今年の夏は太平洋高気圧の勢力が弱かったせいか梅雨明け宣言後に長雨で日照不足となり露地もの野菜が高騰した。おかげで食物繊維といえば、芥川竜之介の河童でもないが毎日のように胡瓜を食べていたような舌の感覚が残っている。胡瓜は天候に余り左右されないのかな。さらに今年はどうやら平年のお天気とは若干異なって天候不順傾向なのかファッションにしても衣替えや秋・冬コレクションに迷いが出て服装調節に戸惑ったこともありました。 そしてこんな疑問もありました。①洗濯物が溜まって……。秋雨ってこんなに長かったっけ?②10月に12月並みの寒気が・・・・・・。③台風シーズンって二百十日(9月1日)がピークじゃなかったっけ?などお天気に関するWhy何故?を解明したく分かるところを一つ一つ原因究明してみたいと思います。 今年が異常気象と言われる所以は、例年二百十日の9月1日頃が台風シーズンと思われていたが、10月中旬以降も南海の海水温が27℃と高く台風の発生進行を助長した要因のひとつ。そして南海を流れる黒潮も平年とは違う蛇行をし、それも要因の一つである。これは漁業関係者には深刻な問題でしょう。さらに台風の予想進路や速度を推測する偏西風の位置や角度が予想し辛いこと。秋雨前線は梅雨と同じように季節の空気を入れ替えて地球の自転気温のバランスを保つ南北回帰線機能、すなわち地球を人間に置き換えるなら、一種のカタルシス(自浄作用)、やデトックス(解毒作用)の免疫機能が自律作用しているようにもとれる。こんなことってあるの?木枯らしも吹かない10月なのに12月並みの寒気って?。それを説明するには、秋雨前線の位置と、台風の進路が関係し台風は反時計廻りで、高気圧や偏西風の位置次第で日本列島の南西から北東方向に抜ける進路パターンが多く、950ヘクトパスカル級の大きな台風だと北よりの風を呼び巻き込むために例年より早く地表の空気が冷やされ、異常気象だと感じられる方が多いのも事実で、体調を崩さないように栄養と運動を欠かさず、着るもので調節するとか早めの対策でじっと嵐が過ぎ去るのを待つしかないようである。実はウチとこのカメさんもこの寒さで冬眠準備に入ってエサは食べなくなりましたが、例年台風の後どんぐりが飛ばされてクマが冬籠りの食糧確保の為、人里へ降りてきて人を襲ったりする事案が発生します。さて今年はどうなんでしょう。二人以上で鳴り物入りで山に入ればいいとか言いますが。やや本筋から脱線してしまいましたが、このように、うるう年で時間調整するのと同じように地球は自ら大気、海水温等をコントロールして何億年も生きてきました。これは現在の自由市場経済と原理は似ていると思います。そしてそれは、満潮干潮や生物の呼吸活動とも共通しています。地球は堅いけれども活きているのです。地球は生き物という捉え方をすればそう深刻に考える必要もないかと思えてきました。やがて、こういうのはもはや異常気象ではない、という時代も来るかもしれません。長い歴史から観れば。ダイバーシティ(多様化)時代にはどこがミサイルを上げようが、どこで地球温暖化になろうが、どこまで自国第一主義が通るか、運命共同体の母体である地球との共存関係がどのようなイノベーション(規範変革)を遂げていくのかは、これは地球の寛容度次第ということになります。そして内部牽制組織が健全に機能していればさらに後何億年も自転活動を続け吾々人間の存在すら忘れられてしまう事かもしれません。世界の気象の歴史を辿れば、3世紀中国、三国志の赤壁の戦いで諸葛亮孔明が行った風向きが変わる儀式なども興味ありますが、日本では聖徳太子の7世紀前後、陰陽師は遣唐使など渡航の吉兆、祭祀を司る官職でした。そして鎌倉時代の弘安4年の夏の頃、 『勘仲記』弘安四年夏記-翻刻と注釈 元寇が神風で退散したという教科書の記述を当時の元や日本の気象学を検証もしてみたいと思っております。その後、欧州ではそれまでの天体観測の蓄積から16世紀前後、帆船で風と天候を読みながら航海するという大航海時代などが顕著な例ですが、勿論当時難破しないように命がけで位置を知るために星の観測など航海術のほかにも気象情報を取り入れたことでしょう。温故知新を反復すると今まで見落としていたものが浮かび上がってくる。陰陽師は別にして、どうやら日本の現代気象学というのは明治維新後に始まったとされ、まだ歴史的にも浅いようですから未開拓の部分があり、スパコンや観測衛星の相乗効果など応用次第では魅力ある研究分野といえるのではないでしょうか。具体例を挙げますと、偏西風や黒潮の蛇行についてまだまだ予測不可能の未知未解明の部分が残されています。それに台風のパターンにしてもフィリピン近海で発生した台風が列島の南海域の高気圧にブロックされて北上し偏西風に乗って列島の北東海域に抜けるケースが多いのですが、そこのブロックのディテールが今一つ明解ではありません。ただ考えられるのは台風は反時計回りで進むのに対して高気圧は時計廻りで互いに反発するという想像ぐらいはできますが、ブロックもできない太平洋高気圧は何が原因なんでしょうか?いや、それは先に予測不能なのか。また重力波に関するコンセプト(基本概念)も応用できるヒントがあるかも知れません。そしていわゆる地球温暖化というのは地球が自然撹拌しているので実はそんなに深刻でなくて、つまり電気自動車コンセプトカー開発販売促進用の一部学説であるというトランプ米大統領の意見も一考してみる余地はあるのではないでしょうか。利害関係でいえば米国の連邦法と州法で異なってくることも考えられる。テキサス州では石油産業の雇用維持を第一優先する為に慣例法を持ち出して国際条約等に対抗することもあの国ではありうることで、これもダイバーシティ時代一方に偏って、中国などで電気自動車一辺倒になっては、今度は却って温暖化から氷河期時代へと凍りつくようなアンバランスになってもまた困るのではないでしょうか。こういう産業構造も気象予報には全く無関係とは言い切れないでしょう。世の中にはブラックホールではありませんが、「秘すれば花」(風姿花伝~)というミステリアスな部分も必要かもしれません。 というわけで異常気象の正体は現段階では複合的な原因を解明中ということにして、折角ですから今は日本の秋景色をたのしみましょう。 しかし楽しみたくっても、こう雨じゃ・・・・・・。今日も練馬文化センターで昼から里神楽を観に行くつもりなのにここまで丁寧に説明したのだから、なんとか晴れてくれ。いや曇りでもいい、雨風さえやんでくれるならもっと書くから。 うーん、参ったなあ。ここまで読んでくださった皆さまのご健康を讃えて敬意と感謝を申し上げます。ありがとうございました。Trick or Treat ♪それでは今日はここまで。 (吟)

      4
      テーマ:
  • 08 Oct
    • 【特集】お台場は誰がつくったのか⁉

      東京のお台場は誰がつくったのか?この8人か?いや、昨日はそんな風なフォーラムではなかったような・・・・・・。正しくは「明治150周年記念 薩長土肥フォーラム」~近代日本の礎を築いた人・風土・文化を知り、未来を拓く~と題して昨日7日東京ビッグサイト国際会議場で行われたフォーラム(*国際フォーラムと混同しないように) の一コマだ。上の写真は。 順を追って解説しよう。りんかい線で国際展示場駅から向こうにCXの観覧車が見える。そうして歩く事7分。ビッグサイト国際会議場が見えてきました。千人入れるそうな。内容は薩長土肥各藩の知事とその県出身のAKB48各一人の二人ずつがパネル(パワーポイント)を使ってお国自慢、PRをするわけだが。なかには県のイベントを紹介する場面で・・・・・・。「では踊って見せてください」という昨夜の酒が残ってる司会のアドリブでこーんな格好して踊って盛り上げる一幕も。ちなみに後ろで法被を着て踊っているのは鹿児島県知事。これは長州組で、これは土佐勤王党。で、右側の二人が肥前代表。 佐賀県知事がPRコーナーで「江戸のお台場は肥前佐賀藩がつくった」と仰られていたが、どうも違う気がする。確かに肥前の鍋島家で作った大砲はお台場の上に据えたが、お台場をつくったとなると別だ。杭にする木材や巨石、砂利を手配してこなければならずそんなに簡単ではない。肥前佐賀藩鍋島家は地の利で長崎から蘭学などの外国文化が入り、砲術や銃砲の製造法も入手できた。もともと鍋島というから、鍋、釜の鋳鉄職人は大勢いた。そこへ反射炉の技術輸入でアームストロング砲やCanon砲の鋳造技術も入り当時の武器製造では国内最先端だったはず。然し1953年ペリーが4隻引連れて一応引き上げた後が大変だった。来年また来るぞ。と言い残して。それから遡る事10年以上前の1841年、外国の大砲の威力を長崎の豪商・高島秋帆が江戸郊外板橋・徳丸ヶ原(のち高島平)において林大学の子息で当時要職にあった鳥居耀蔵や伊豆韮山代官・江川太郎左衛門英龍ら幕閣が見守るなか制服調練された肥前佐賀藩士たち塾生に対し号令操練して実弾射撃演習を披露した。その時の地が割れ空気がビリビリ震え、耳をつんざく轟音と共に着弾の破壊力はそれまでの丸玉の比ではなかった衝撃体験が江川太郎左衛門の危機感を煽った。当初、江川太郎左衛門は千石船の何倍もある黒船に江戸城に近い江戸湾に入られたらどこにでも接岸、上陸されるので水際作戦として浦賀・上総・安房の湾口に砲台を設置して湾内入港を食い止めようと幕閣に建議書を上呈。しかしペリー来航当時(1953年6月3日)の将軍は第12代の家慶で黒船に衝撃を受けたか6月22日に早々と無責任にも薨去(61歳)してしまう。残された土井利位、阿部正弘ら幕閣は保身優先し江戸湾は遠浅だから近場、江戸城の前面にズラーと砲台を並べればよかろうと内海御台場築立御普請(お台場建設)奉行に先ず材木石奉行(材料の用立て)から作事方、普請奉行までに目配りできる鳥居耀蔵を責任者とし副に江川太郎左衛門を置き、来年まで突貫工事を施工した。これにあたっては江川は多分、肥前佐賀藩のノウハウを用いたのではないかと思う。諫早湾など満干の差を利して暦から満潮時を割出し、引けたら準備していた大石等をポイントに注入。遠浅の地の利を活かしたお台場建設であったように思われる。そこへ肥前佐賀藩で鋳造した大砲を千石船で肥州から品川沖まで海路搬送した。したがってお台場は誰がつくったの?  ということになれば、ここは映画と同じように製作者より直接の現場監督である天領韮山の世襲代官・江川太郎左衛門ということになろう。今のお台場は砲を備えたガンダムがニラミをきかしている。 ダイバーシティ(多様性)の守り手として。   (吟)

      7
      テーマ:
  • 30 Sep
    • ○○の秋~DISCOVER JAPAN~④

      はて、これは何でしょう? 水戸市の千波湖に浮かんでいました。つがい、カップルのようです。これは・・・・・・、  カモではないかも。カモ科のコクチョウですね。鴨というと新選組の親分、芹沢鴨も水戸でしたか。 ここ千波湖の湖水は東に桜川として流れ、やがて那珂川に合流します。政党政治みたいですね。ここで一句。 「名月や あゝ名月や 無常に 流るゝ川に 月は動ぜず」 ・・・・・・(風の吟)  ここでクイズ。さて次の写真は何でしょう?弘道館にありました。これは「湯殿」とありました。確かに床は湯水が流れるように傾斜していますが・・・・・・。そしてD51蒸気機関車(通称デコイチ)機関士席  しゅっぱぁつ しんこーその千波湖から北にJRを跨いだところに梅でお馴染み、日本三大名園の一角、偕楽園があります。そこに至るまで、その土地の神社に先ずごあいさつお詣り。常盤神社から偕楽園東門が近いのですが、お神楽に関するご当地の信仰、考え方が出ているように思えましたので載せます。これを読んではて?と考え込んでしまいました。「天照大神が天の岩戸に隠れたので、八百万の神が集ひ、天鈿女命(あまのうずめのみこと)が奉納神楽を神懸かり的に舞うた。踊るごとに周囲からやんやの喝采を受け場が和み、天照大神が何事かとそっと岩戸を細目に開けたとき、強力無双の手力男の御命が岩戸に双手をかけ、それっとばかり岩戸を押し開け、また日が照り元の天下泰平の世になった」・・・・・・世が乱れたら神楽を舞えばいいのか。 それに天照大神は岩に隠れるのに天下無双の手力男並みの力があったのか。たぶん神様だから神懸かり的なこともいとも容易くできたのでしょう。また他の地方では神楽を舞う代わりに、これは中国の故事から来たのであろうが、鶏を鳴かせて開かせた。とか鳥居はなぜ鳥居というのか?では神のお使いの鳥がとまって居た神聖な場所(神域)とされているから鳥居とか。諸説紛々。地域色があるからこそ旅は楽しい。さて、清々しい空気が漂う参道左側に並ぶ自販機の拭き掃除をしていた茶店の美しい娘さんに道を尋ねれば、「おみくじ」にある通り親切にも地図をくださった。忝い。さっそくその通り偕楽園に入って行く。時代劇風の風格のある門をくぐってさらに進むと、「好文亭」が出てきました。コーブン?何でしょう分詞構文ではなさそうだし。正しくは好文というのは梅の別名「好文木」に由来する。「学問に親しめば梅が咲いたが、怠れば咲かなかった」。という中国の故事から来ている。これは現代にもあてはまると思う。晴耕雨読で勤勉なればいい伴侶を得て立身出世も可、生涯学習を怠れば華の咲かない人生で終わる。梅に鶯か。それとはまた別に勉学の神、湯島天神の白梅も泉鏡花の「婦系図」も、さらに学問の神様・菅原道真の天神様と梅に纏わる逸話など今の世にも現存する。信ずる者は報われる。三階の楽壽楼から千波湖を眺む<偕楽園の沿革> 天保4年(1833)、徳川斉昭が藩内を巡った際、南に千波湖や緑が岡を臨み、筑波山や大洗の海を遠望できる高台(七面山)を藩内随一の景勝地として遊園を設けることを決め、自ら造園構想を練りました。天保12年から造園工事を行い、翌13年(1842)7月に開園。偕楽園の名称は『孟子』の「古(いにしえ)の人は民と偕(とも)に楽しむ、故に能(よ)く楽しむなり」という一節から採ったものです。<特徴> 偕楽園は「偕楽園記」に「是れ余(斉昭)が衆と楽しみを同じくするなり」とある通り、藩主や藩士のみならず庶民にも広く開放する目的を掲げて造園された江戸時代の近代的庭園。 また地勢や周囲の自然を生かしたつくりは「風景簡素にして雄渾を究める」「様式斬新にして空前也」と林学の専門家・本多静六博士も絶賛、とある。こうしてみると緑や松は確かに色がいい。左の方に好文亭が見える。地方の城下町によってはお城の天守閣がシンボル、誇りとなっているところもあるようだが、ここ水戸藩の水戸城には守るべき城も天守閣もない。その代りに県民、国民皆が堅苦しくなく寛げるよう、梅の名園・偕楽園に二層三階建ての好文亭が地域の自然と一体となって春夏秋冬・四季を愛でる憩の場となっているようだ。それも其の筈、烈公斉昭の造園設立趣旨は「一張一弛」 藩政改革に力を注いだ斉昭は、優れた人材の育成を目指して天保12年(1841)に弘道館を、よく13年(1842)には偕楽園を開きます。 偕楽園創設の由来を記した「偕楽園記」に「一張一弛」とあります。「一張一弛」とは「礼記(らいき)」にある孔子の言葉で厳しいだけでなく時には弛(ゆる)めて楽しませることも大事であるという教えです。文武修行の場である弘道館に対し、偕楽園は修行の余暇に趣味など芸を楽しめとの当時の自然を愛でる娯楽施設として開園しました。ここ偕楽園は春には梅、秋は萩が。ところで何故、偕楽園及び水戸は梅なのか?偕楽園、好文亭でいただいたパンフレットなどを参考に私見を述べますと、「<梅を愛した斉昭> 古来梅は学問と相性がよく、また実用的でもあったことから、九代藩主・斉昭烈公は、弘道館と偕楽園に多くの梅を植えた由来を種梅記碑(弘道館公園内)に刻んでいます。 梅は春の魁(さきがけ)として清らかな花を咲かせ、またその実は梅干しにしていざという時の飢饉や籠城、軍旅の携帯口糧、お握りの具として体調管理に欠かせない食物繊維でした。これらの実用性も重んじた斉昭はこよなく梅を愛し、領内に広く植樹することを奨めました」・・・・・・とさ。ひと頃の運動会でお弁当は手づくりの卵焼きや海苔で巻いたお握りで、その中身には赤い梅がガリッと。それが定番だったように思いますが、あの酸っぱいクエン酸が身も心も引き締めてくれるのですね。(風の吟)(編集後記)4000字を越えると字数制限になって更新できず、前回の「○○の秋~DISCOVER JAPAN~③」(弘道館篇)とやむなく分割せざるを得なくて一気に読み抜けなかったのではないかと心残りです。本当は一張一弛で緊張から一気に緩和へと落差を楽しんでいただきたかったのですが今の世にあってはそれも難しいこと。 やがてアメブロさんもスマホも容量や機能が増すことでしょう。斉昭公もこんな苛立たしさを当時感じていたのかも知れません。お陰様でそれとなく共感できました。皆さまには拙文「○○の秋~DISCOVER JAPAN~」最後までご覧いただきありがとうございました。

      6
      テーマ:
  • 29 Sep
    • ○○の秋~DISCOVER JAPAN~③

      キンモクセイの甘い香りと萩の紅い可憐な花がウオーキングを楽しませてくれます。先日、水戸の名所旧跡で言葉を交わした素適な方々へ感謝をこめて                           私独自の感性で観た水戸市内漫遊記を書きます。旅のはじめは、先ず航海の安全を願う女神像の舳のような老舗JTBで手配していただいた旅の切符とバウチャーを手に所定の時刻に所定の場所で所定の特急席に乗り込み、都内から2時間弱で水戸着。ほーら、ちゃ~と水戸駅と書いてあるでしょう。こっちは南口。随分近代的でしょう。こっちは。 標準語で通じる。そして旅のお宿も見えてきました。今はホテルの近くにコンビニが必ず建っている。系列グループかな。おっと、それはいいが、駅の反対側、北口に立ったらそこはもう古代の時代。茨城弁を勉強しておがなくては。まんず、こごわ、いばらぎでねぇっす。いばらき、とはづおんすべ。ん?だれだおめえ。こーもん様でねえか。こりゃまんずすつれいすますた。ほーれーもっど、納豆食っで粘り強いはづおんばしねえっどわらぁわれんどぉ。あれぇ、由美かおるがいねえど。風呂にでも入ってるんでねえべか。   ごんな時間にが。 ばかこくでね。  んで、これがらどっちさいぐべ? まんずお城、水戸城に登城すべ。こごに徳川光圀さんや、斉昭さん、慶喜さんが住んでたのけ?こごわ、義公生誕の地どある。義公って黄門様のこどだべ。こ、こーもんあ、もう下手なバラキ弁はいい。誤解されるから標準語オンリーでいくよ。黄門様つまり徳川光圀公は1628年に家臣 三木仁兵衛之次の屋敷で生まれ、4歳まで三木家の子としてここで養育されました。現在この地に水戸黄門神社が祀られています。絵馬は向かいの美容室で。こりゃまた、古いんだが、あだらしいんだがわがんねハイカラな建物でねが。もういいっでば。あれっ、こっちまでうつったべか。え、おほん、(気を取り直して)えー、これは水戸市水道低区配水塔です。水戸市の低地への配水を目的として1932年(昭和7年)に造られた配水塔で有形登録文化財に登録されています。二階塔屋部の壁面や窓の周囲に施されたウエッジウッドのような細かいレリーフ、流麗なテラス風の廻廊、そして一階入口のゴシック調装飾など優雅で瀟洒な外観ですね。旧水戸彰考館跡義公、徳川光圀公が1657年、「大日本史」の編纂をここ水戸彰考館ではじめて以来紆余曲折12代250年かけて402巻完成した。250年に亘って藩主リレーされていった一大事業。(年平均1.6巻、一代あたり約34巻の宿題?)  偕楽園での石碑「大日本史」は古代神武天皇以来、歴代天皇とその周辺で関わった歌人武人女人等の言行録。といえば「日本書紀」や中国歴代王朝の帝王学「貞観政要」や邦史「本朝通鑑」を思い出すが、こちらは当時の儒医学者(安積、幽谷、立原ら)を招じて進講もし、また史料収拾の為諸国を旅した佐々宗淳(介三郎)<助さん>と格さん役の覚兵衛こと安積澹泊が「彰考館」の総裁を務め15歳年長の光圀義公の意思でもある人材教育を次代に繋いだ。それらから天皇を主体とした尊王攘夷という水戸藩の伝統もうかがわれよう。 調べれば調べるほど奥深い人間模様。時代が変われば権威も価値観も少しずつ変わるのが世の倣い。やがて編纂から二世紀を経て、その間、人材育成や人民のための娯楽として弘道館や偕楽園もできた。絵画に例えるならミレーの<種をまく人>が二代目の光圀義公ならば、ミレーの<落穂拾い>は人材や民意を耕した九代目の斉昭烈公といえよう。 そしてその九代水戸藩主・斉昭の子七男の慶喜がのちに江戸幕府最高位の第15代征夷大将軍・徳川慶喜となるのである。(慶応2年・1867年) なぜ徳川光圀公が1657年、「大日本史」の編纂をここ水戸彰考館ではじめたか。また何世紀にも跨る大事業を最初から計画していたのか?当時の関係者の声を聴くこともままならないが、現存する古文書や歴史年表から前後の状況を検証して推測するのも歴史の楽しみだ。①1628年光圀は水戸藩主・徳川頼房の庶子として産まれる。思春期は吉原通いなど乱行三昧。②1646年光圀18歳元服を機に司馬遷の「史記」を読み通ずる処あり感銘を受け以後素行改まる。③1657年明暦の大火(振袖火事)。江戸幕府でも林羅山らが史書の編纂をしていたが、江戸大火に包まれ多くの史料焼失で編者の林羅山も傷心からやがて病死。④1657年光圀30歳で羅山の遺志を継ぎ復興策の一助として「大日本史」の編纂を始める。⑤1661年34歳で水戸藩28万石の第二代藩主となり、亡命来日中の明・朱舜水の助言を受け徳政に務。⑥1662年林鵞峰を藩邸に招き史書編纂に関する意見交換。⑦1668年光圀41歳以降、水戸に相次ぐ災害。城下町大火~水不足~飢饉~洪水等に城下視察・対策。⑧1687年光圀60歳。将軍・綱吉に引退を届けるが諸大名が光圀に助言を求め相談役、のち63歳で隠居⑨1700年、光圀、隠居先の西山荘(現・常陸太田市)で12月6日しずかに息をひきとる。73歳。⑩1906年、「大日本史」が完成し後裔の徳川圀順が明治天皇に献上。1929年「大日本史」の歴代編纂功績に対し公爵に叙す。ついで1962年貴族院議長となる。光圀公は後裔が公爵になり、議長となる。果たしてそこまで先見の明があったかどうか。までは推測できませんが、このようにこつこつ正しいことを繰り返していけば子供や孫が恩恵を受けるという、まさに世紀を超えた実例でもあり、史書を編み歴史を振り返ることにより、物事の善悪や行動の指針としようという経験からくる確かな考えでもあったのでしょう。「大日本史」は単なる藩主藩士の認知症予防生涯学習ではなかった。これは一体何だったのか。「大日本史」があったから「弘道館」で教育もでき、学者や文房具関連の生産雇用も生まれ、また観光遺産ともなって今では地域社会をも潤している投資の好循環ともとれる。そして水戸城跡を後にして次は藩校・弘道館に。第十五代将軍 徳川慶喜は最後の将軍で水戸徳川家初代・頼房、二代光圀、と続き、九代斉昭の第七子として小石川水戸藩邸で生まれた。 光圀の教育方針を踏襲した斉昭が慶喜に少年期をここ弘道館で学ばせた。  弘道館  http://www.koen.pref.ibaraki.jp/park/kodokan01.htmlあんれ、こんな丸瓦にまで黄門様の印籠が。瓦屋も大変だべ烙印も保存も。<尊王攘夷> (当時の時代的背景)ペリー来航以前の江戸幕府鎖国令の中、水戸藩内大洗海岸などにもロシア船等異国船の強引な接岸、上陸という事態を受けて、藩内には適確な判断措置のできる人材の育成が急務となった。とうとう1825年幕府は異国船打払令を下した。当面はそれで凌げたが、1862年薩摩の参勤交代行列を横切った英国人を無礼討ちで島津藩士が殺傷したことから起きた生麦事件に対し、翌1863年英艦隊が薩摩に報復来航し薩英戦争に。また同1863年長州藩が英仏蘭艦隊を砲撃したが、戦争が続く欧州の艦隊相手では砲や戦のスキル、スケールが違っていた。同胞を見殺しにした無力幕府の威信低下と共に士農工商の階級を排し天皇のもと同じ日本人として外国からの侵略から祖国を護ろう。という機運が拡がっていった。つまり、尊王とは王政復古で攘夷とは外敵を払って国内に入れないこと。<藩主就任と藩政改革>水戸藩の徳川斉昭(1800~1860)がこの時代国内に与えた影響は大きい。徳川斉昭(烈公)は第七代藩主治紀の三男として江戸小石川藩邸(現・後楽園遊園地)に生まれ、30歳で藩主に就任。就任後すぐに藩政改革に着手。倹約の徹底、軍制改革、藩内総検地、弘道館と偕楽園の造成、定府制の廃止などの施策を推進(天保の改革)<致仕謹慎>しかし弘化元年(1844年)改革の行き過ぎなどを理由に幕府(当時の大老は酒井忠勝)から致仕謹慎を命じられ、藩主を退き、子の慶篤(順公)に譲る。当時の幕閣は無能ばかりと思ったか。<藩政復帰>やがて、斉昭の謹慎は士民の雪冤(無実の証明)運動により半年後には解かれるが、藩政への参与が許されたのは5年後の嘉永2年(1849年)のことでした。嘉永6年(1853年)のペリー来航を機に斉昭は海防参与として幕政に参加。藩内においても那珂湊に反射炉を築造し大砲を鋳造するなど対外軍備の充実にも傾注した(安政の改革)。<激動の中>安政5年(1858年)将軍継嗣問題と日米修好通商条約をめぐり、斉昭は再び幕府の処分をうけます。将軍継嗣問題では、斉昭の七男で一橋家の養子となっていた徳川慶喜(のちの第十五代将軍)を推す一橋派と紀伊藩主・徳川慶福を推す南紀派との対立が表面化していました。 南紀派の井伊直弼は大老に就任すると通商条約に調印し、徳川家茂(慶福)を第十四代将軍にしました。直弼の断行に強く反対した斉昭や尊攘派の志士たちは、安政の大獄と呼ばれる弾圧や処分をうけ、安政6年(1859年)8月、斉昭は水戸城に永蟄居を命じられた。 翌万延元年(1860年)3月、桜田門外の変。  同年8月、斉昭は水戸城内で逝去。烈公と諱され水戸徳川家歴代の墓地瑞龍山(常陸太田市)に祀られました。楷書の由来字体に楷書とか隷書、草書、とかありますが、漢字としての基本は楷書です。その理由はこれです。さらに「大日本史」の書体をご覧いただければ納得できるかと思います。もっとも今の中国では孔子を知らない風潮もあるようですが。烈公の偉業はまだありますぞ。その前に藩校・弘道館のおさらいをしておいた方が入り易いでしょう。弘道館は今でいうユニバーシティー(総合大学)ですが、ただ残念ながら当時「男女七歳ニシテ席ヲ同ジュウセズ」で共学ではなかったようです。で、藩の人材教育としてどんなことを教えていたかといいますと、まず沿革から説明します。<沿革>旧水戸藩の藩校である弘道館は、徳川斉昭が推進した藩政改革の一つとして開設された。弘道館建学の精神は天保9年(1838年)に斉昭の名で公表された「弘道館記」に「神儒一致」「忠孝一致」「文武一致」「学問事業一致」「治教一致」の5項目として示されています。弘道館は天保12年(1841年)8月仮開館、安政4年(1857年)5月本開館式を行う。弘道館では藩士とその子弟が学び、入学年齢は15歳で卒業は無かった。学問と武芸の両方が重視され、学問では儒学、礼儀、歴史、天文、数学、地図、和歌、音楽など。武芸では剣術、槍、柔術、兵学、鉄砲、馬術、水泳など多様な科目が教えられていた。この至善、最高善というのは何でしょう? なんだか抽象的で迷ってしまいます。仕方がないので二代光圀(義)公の彰考館~九代斉昭(烈)公の主張を落ち着いて見つめ直してみます。手がかりは設立趣旨ではないかと思い「神儒一致」「忠孝一致」「文武一致」「学問事業一致」「治教一致」を洗い直してみます。「神儒一致」とは神道と儒教は同じように大事。「忠孝一致」忠義 而して 孝行。義理と親孝行は人間の基本。「文武一致」知識馬鹿にならないで躰も鍛えよ。「学問事業一致」学者バカにならず事業も手掛けよ。「治教一致」うーん、これがわからん。今は政教分離の時代。時代を遡って宗教哲学書をあさってみると、西田幾多郎博士の「善の研究」に価値観と宗教と人格的善の記述があった。 善の研究 (岩波文庫) Amazon 現代語要訳すると、宗教とは神と人との関係でお互いに敬うことから人格が磨かれていく。また価値観に於いてはどの時代にも共通する、富、名声、力、知識におぼれることなく中身、人格形成に重きを置いて自他を育てていく心がけ。そして一致ということは、「対象を愛し、自身を委ね無心になり一体感を感ずる」。多分、これは今でいう共感のことでしょう。善とはなんと奥深いものか。 私は一日一善でいいや。そういう東洋的な善でなく西洋的な情操教育で善を学ぶならこういう方法もあります。 理論で解らなければ感性エモーショナルに訴える。そう、魔法です。人間愛。ちちんぷいぷい。出てこい。  こころを育てる魔法の言葉〈2〉やさしくなれる言葉 Amazon ハンス・ウイルヘルム(童話作家の言葉に)【すきなら好きと言ってやればよかったのに、だれも言ってやらなかった。いわなくってもわかると思っていたんだね。『ずーっと、ずっと、大すきだよ』     (評論社)「すきだよ」 「大すきだよ」こんな言葉を言ってもらえたら、どんなにうれしいでしょう。みじめなとき、辛いとき、言ってもらえたら、     どんなになぐさめられ勇気づけられるでしょう。だから、君も大切なだれかに言ってあげてください。君のペットに、君の友達に、君の家族に・・・・・・。これからもずーっと、ずっと、一番長くつきあっていく自分にも。恥ずかしがらずに、勇気を出して、「すきだよ」 「大すきだよ」って・・・・・・。】と、幼子に諭すことばですが、これも一種の善ではなかろうか、いじめのない弱者救済の精神は徳善、道徳教育に洋の東西もないと思います。ただ、共学でもない武士の子弟を預かる藩校でそんな女々しい教育はできなかったでしょう。よって他藩の藩校の如く文武両道を基本とし、それに加えてこういう扁額まで懸かっていた。 資料名:「游於藝」扁額 (「げいにあそぶ」 へんがく)この扁額は、対試場に面した正庁の長押(なげし)に掲げられています。縦90㎝、横248㎝の大きな欅板に斉昭書で「游於藝(げいにあそぶ)」と刻まれています。「游於藝」は、「論語」述而篇の一節「子曰 志於道 據於徳 依於仁 游於藝」(子曰く 道に志し 徳に拠り 仁に依り 芸に遊ぶ)によります。「游於藝」の「藝」は六芸(りくげい)、礼(儀礼)、楽(音楽)、射(弓術)、御(馬術)、書(習字)、数(算数)をさします。「文武にこりかたまらず悠々と芸をきわめる」という意味があります。 この弘道館は文武両道プラス藝で文武藝三道ですか。また一芸に秀ずれば百芸に通ず。ともいいます。という訳で前回の拙ブログ「○○の秋~DISCOVER JAPAN~②」で取り上げた水戸芸術館に現代の「游於藝」の精神が息づいていましたね。文武両道のみならず芸術に秀でる者をも育てる。そうして育ったのが・・・・・・最後の将軍徳川慶喜。一方その頃の国際情勢は、1840年に中国東岸部で勃発した阿片戦争で英国が清国領・香港を占領し列強の植民地化が進んだ。そして1846年、英・米・蘭船がしきりに鎖国中の日本に鮫のように頻繁に来航するのであった。日本もその獲物にされていて、列国武器商人らの思惑通り、やがて幕府令である異国船打払令を履行した薩長戦争、馬関戦争での藩敗戦.。安政5年(1858年)将軍継嗣問題と日米修好通商条約をめぐり前年来航した黒船のペリーと屈辱的な日米修好条約や日露条約を結ばされるなど、このままの弱体幕府では日本が危ない。なんとかせねばと立ち上がる勤王の志士vs.そうはさせじと保守佐幕。日本人同士の内戦となり、幕府の弱体化そして列強の国内分断侵略か、という危機的状況に陥っていた。清国の轍(被占領)を踏まないでしかも水戸藩是たる尊王攘夷も外せない。ここで内戦が長引けばどうなるか。無駄な日本人の血を流させたくない。逡巡葛藤の末、名を捨て今後の日本という実を採った政権移譲、大政奉還という対外的国体国力温存優先という苦渋の選択をした国家の危機に際して、ある意味時代国家の救世主ともいえよう。燕雀安知鴻鵠之志哉論語、禅学、善道をここ弘道館・至善堂でご幼少のみぎりご修得なされた第15代徳川宗家将軍・徳川慶喜公がその善の道の恩恵を受けられたのが、大政奉還にあって犠牲的精神を有する千人以上の彰義隊という尊王恭順有志隊に護られながら母国水戸領まで無事落ち延びられ天寿を全うされた善というか仁徳というか人望のご威光は測り知れないものがある。ついでに申しておこう。官軍に政都江戸を奪われた徳川家はどうなったか。徳川家は駿河より興り、そしてまた駿河遠江に移封された。膨大な数の幕臣たちもまたとぼとぼ刀尽き矢折れたようにしな垂れ付き従って野に下った。その幕臣たちの多くは麹町、番町、九段近辺に屋敷を構えていたため、その一帯は空き家だらけになった。今さら田舎侍官軍などに仕えられるか。武士の誇りが屋根瓦からも睨みを利かせる。官軍もそんな埃だらけの古家に住めるか。じゃ、その辺一帯を更地にしてしまえ。ってんで、そこに官軍の戦死者を祀る神社を建立した。それがくだんの、靖国神社であった。以来犠牲となられた建国、忠国の志士たちの慰霊、御霊を奉るわが国固有の忠魂の拠り所となったのである。さて、神社といえばここ弘道館の裏手に鹿島神社があります。鹿島神社。武甕槌神(たけみかづちのかみ)が祀られています。八卦堂。これも神儒一致で徳川斉昭の建立孔子廟。たいていの藩校(昌平黌然り)に行けば儒学の祖・孔子廟は並立されています。要石。烈公自筆。 意思あるところに道あり。              (Where there is a will, there is a way.)さて、字数制限になってしまったのでこの続きはまた。次は偕楽園を予定しています。SPECIAL THANKS TOエースJTB JR藩校・弘道館好文亭偕楽園千波湖水戸芸術館そして水戸市の皆さん

      3
      テーマ:
  • 25 Sep
    • ○○の秋~DISCOVER JAPAN~②

      愛読者の皆さん、こんにちは。今日は地上86mの空中ブログをご覧いただきます。さて、卒爾ながら下の画像は何だと思いますか?日本アカデミー賞のトロフィーに似ていますね。しかし、上の幾何学的オブジェは皆さん、NHKニュースでご覧になった事がある筈です。そう、これは水戸芸術館。今は子どもたちの美術の才能を伸ばそうと展覧会の絵でいっぱい。そして水戸芸術館シンボルタワー。だが、この構造はなんだか変じゃないか。ひしゃげかかったような立体に丸い粒々。中は一体どうなってるんだ?検証して安全性を確かめナイト。「てっぺんに上りたいのですが」と言うと、「わたくしがご案内しましょう」と塔館の鍵を開けて案内してくれた美人クローク嬢が、「地震の時は近くのNHKさんがいつもこれを映して下さるんですのよ」と誇らしく微笑みを浮かべながら言う因果を含んだ目になぜか冷ややかな光が見えた。タワーの入口自販機で200円の切符を買うと、「最上階は風で揺れます。それではお気をつけて、ごゆっくりお楽しみください」と深々とお辞儀して私一人エレベーターの人となった。 ドアもしまった。 ん、あの女性なんだか笑ってなかった?クックックと。おかしさを噛み殺すように。上昇してるみたいだ。高所恐怖症とか閉所恐怖症だったら堪らないだろうな。それにしても頂上に着くまでに随分時間がかかるな。なんだか心細くなってきた。おいおい、揺らすなよ。ここは空中で地に足がついてないんだから・・・・・・。 ん、風か。おいおい、どこまで行くんだ? 天国まで行くのはまだ早いよ~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。 足がすくんできたよ~あの美人クローク嬢の謎の微笑の意味がやっと分かった。が、もう遅い。こうなったら行き着くとこまで行かなきゃ・・・・・。もう誰にも止められない。それにしても随分時間がかかるな。故障したんじゃないだろうな。おいおい・・・・・・。    (間)ガタン。         と、止まった。オープンザドアー。光明におそるおそる目を開ける。 天国に近い展望台に着いた。下から見た丸い粒々は丸窓だった。下界がうっすらかなたに見える。おいおい、こんなところで独りぼっち・・・・・・。 (((( ;°Д°))))     。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。なんだか寒気を感じるな~。足はすくむし。このタワー、へしゃげていたから途中でポキッと折れたりしないかな・・・・・・。今やっと丸窓の意味が分かったよ。省エネだ。それと安全性か。好きな彼女とこういうところで二人きりになれたら幸せだろうな(400円で)2011年の3.11、東日本大震災の時、一部が破損しタワーの展望室にいた観客が取り残され非常階段で避難したとあるが誘導も大変だなフウフウ登って安全に皆をおろす。と云うことは定期的に避難訓練を実施しているということかな。しかし何故クネクネ折れ曲がってるんだ?えっ、DNAの直線形だって? ロボットのDNAか。カクッカクッと血管でつかえたりしないのか・・・・・・。ここ水戸芸術館はNHKの映像地震計被写体ばかりでなく、音楽監督の小澤征爾氏が館長就任し、美術、演劇、音楽等現代芸術文化の歴史に残る活動拠点と人材育成の複合施設でもある。さてこの項これまで。

      3
      テーマ:
  • 24 Sep
    • ○○の秋~DISCOVER JAPAN~①

       現代のスーパースター安室奈美恵さんが突如引退宣言をされ、その衝撃波インパルスが日本の津々浦々に駆け巡ったようだが、それに伴って思い出されるのがその先駆けたる当時の国民的歌姫・山口百恵さんであり、また当時一世を風靡した彼女のヒット曲「いい日♪旅立ち」は DISCOVER JAPAN (JNR 日本国有鉄道)のキャンペーン・ソングでもある。旅情をかき立てる凛とした歌声「・・・・・・ああ、日本のどこかに わたしを待ってる人がいる♪」の歌曲は今でも旅時になると私の中で甦ってくるのである。  (=⌒▽⌒=)アクションを起こすにはモチーフ((動機)を駆り立てる確かな脚本を読んでからでないとむやみに動くわけにはいかない。スーパースター同様、時々神懸かり的に時代を行き来するある種の専門的作家が出てくるもの。 「不抜(ぬかず)の剣」(植松三十里)という本があるが、これが今の時代に似た状況のなか、なかなか考えさせられる作品で当時のミサイル騒動ともいえるペリーの黒船来航により国内騒動から尊王攘夷など余計な誇張もなく淡々と歴史に忠実に対応事象を描いている。参考資料23点から真偽を嗅ぎ分けられる能力たるや五感に加えて 第六感の Sense of true (真実感)も独自性として好感を呼ぶ。 不抜の剣 Amazon 実はこの本を読んでいて調べたい、旅に行きたい。という動機モチーフが湧き発ったのは事実で、この本に出てくる水戸藩の藩校・弘道館の校風に触れてみたい研究欲からでもあった。江戸練兵館主で剣客の斎藤弥九郎が友人代官と共に外国に侵略されない日本の海防、砲術向上に協力せんと東奔西走、葛藤、自問自答し悟り成長していく過程が解りやすい。たとえば文武両道とは? 第2章にこういう文言がある。「天下のために文武を用いるは、治乱に備えるなり。一治一乱は世の慣わしなれば、治にも乱を忘れずとこそ」 や 「武は戈を止めるの義なれば、少しも争心あるべからず」 等政治家に利用されたくない真理でもある。そして第7章では鉄砲大砲など飛び道具は卑怯だという当時の士道としてのコンセプトに対し、次のような柔軟性も見せる。「剣術も砲術も、どちらも武術だと考えれば、迷いは消えます」「刀は武士の命だと申します。刀が自分の命を守ってくれるものだからでしょう。もし名刀を持つものと、鈍刀しか持たぬ者が戦ったとしたら、名刀を持つ方が有利です。鈍刀だと折れることもあるし、尖端にまで神経が集中できないこともあるでしょうから」と。 ただ名刀を手にするものは刀におぼれず自制自律自覚が必要だとも説いている。「刀は抜かずして攻撃をかわすのが最善。大砲も銃も自在に使える力を持ちながらも、火を噴かぬのが最善なり」 武器を持てば子どもでも使いたくなるのが人情だが、それは武器本来の目的から外れる。抑止力としての備えで、治にあって乱を忘れず、乱にあって治を忘れずの経験を経た心構えが無ければ持つこと自体に恐怖を感ずるとも。そして「大日本史」の記述についても気になったので実際に調べて大体の内容を把握してきた。未完のサグラダファミリアを皆さんご存知だと思うが、この大日本史も水戸徳川家何代もかけての大事業だったようである。黄門様でお馴染みの水戸徳川家第二代藩主・徳川光圀が学者など招じて手がけ、延々12代にわたって完成した日本の歴史書である。ちなみに黄門というのは朝廷から賜った官位、権中納言の略章、別名で「江戸時代制度の研究」(松平太郎・著)に拠れば 694頁「参府三月一年在府 名古屋 尾張大納言 茂徳水 戸 水戸中納言 慶篤和歌山 紀伊中納言 茂承 」とあるところから、御三家は参勤交代を軽減され、御三家筆頭は尾張大納言であることが判る。                                                   (以下、好文亭)これぞまさしく ディスカバージャパン! (ペリーもそう言ったのかな)もう要らざる説明は無用だろう二層三階建ての好文亭、三階楽壽楼から千波湖を眺むる好文亭。屋根は杮(こけら)葺き。木材の薄板を使用し、落成式のこけらおとしはこれから来たものだとここで説明をいただいた。偕楽園から千波湖を眺むる。ちなみに偕楽園の偕楽とは民と共に楽しむという趣旨で水戸藩第九代藩主・徳川斉昭が天保13年に開園した。 着工から1年3ヶ月を要した日本三大名園の一つである。今日はこれまで。ごきげんよう。

      2
      テーマ:
  • 16 Sep
    • 映画「ダンケルク」とミサイルと実りの秋

      実りの秋古今東西、収穫を迎えるこの時期だがそれを狙ってか、襲ってくるのは台風やクマだけではない。黒澤明監督の映画「七人の侍」では、野党の群れが刈り入れを終えた弱小の村々を襲う。そんな野武士どもに対抗すべく村の長老たちが何とかせねばと立ち上がった。まるで藤沢周平作品の「義民が駆ける」だが、こちらは直訴でなく自主防衛でおらたちの村はおらたちでまもる。だった。 村で用心棒を雇うべく先ず腕の立ちそうな者の選別スカウトから始め、なんとか七人で馴れない百姓どもの戦闘訓練から、そして野武士軍団との勝ち目の見えない決戦へと白黒の物語は繰り広げられていく。それは映画だが、実際に「吾妻鏡」など読むと1232年北条泰時が制定した「御成敗式目」でやっと法の精神の基本、「人の強弱によらない公正な裁判を行うために式目を制定した」とある。しかし鎌倉時代後の戦国時代や、いや現代までもいじめや、ミサイル威嚇、不安ビジネスなど武力をちらつかせて要求する無法者は後を絶たないようだ。安倍総理の外国首脳との折衝も円借款も功を奏すのか。実りの秋そんなきな臭い現実から離れて、こちらはクオリティーの高い吾が読者諸君の皆さん一度はご覧になっているでしょう。ご存じミレーの≪落穂拾い≫から芸術の秋を見出して戴きましょう。構図といい、筆の繊細重厚なタッチといい、仏プロバンス地方ののどかな雰囲気がキャンバスから漂ってきませんか?これは1949年以降、政治的混乱のパリから疎開していたジャンF・ミレーが仏バルビゾン村で描いた実りの秋を描いた作品。貧困不況対策として心豊かな領主がノブレス・オブリージュで領民に目こぼしして慈悲の精神を描いたサロン出展(1857年)の名作。 しかし治にあって乱を忘れず、乱に逢って治を忘れずというが、平和の尊さを見失った90年後同じフランスのこの台地の向こう、ドーバー海峡に面したダンケルクという海岸で悲惨な戦争があった。ドイツ軍のフランス侵攻で救援にかけつけ進軍していた英チャーチル首相指揮下のイギリス軍は、敵対するドイツ軍のユンカース急降下爆撃機やメッサーシュミット戦闘機、タイガー戦車等ドイツ機甲師団などの空と陸での進撃に圧され、さらに海中にはUボートという潜水艦が待ち構えるなか、英軍はフランス領の海岸に面したダンケルクから約40万人の将兵を英国本土に撤退させるべく「ダイナモ作戦」という官民合同の救出プロジェクトが施行された。それは1940年5月24日から2週間弱の間に遂行された救出劇であった。大英帝国海軍の艦船が間に合わなかったほど独軍の侵攻が速かったのかUボートに制海権を奪われていたのか、民間漁船を総動員しての救出劇。以下は9月9日封切りの英米仏蘭合作の戦争映画「ダンケルク」をみて感じ思ったことを述べ、次に吾が家の救出実体験を述べる。 予告編で臨場感とか戦場体感とか出ていたのでこの時期ミサイル騒動の世相と照らして考えてみようと思う。映画「ダンケルク」では冒頭、仏ダンケルク海岸でいきなり緊迫した戦場に立たされ、観客はダンケルクがどこなのか位置も、どっちの方向に逃げればいいのか分からずとまどう。まるで北朝鮮のミサイル発射であたふたのJアラートのようだった。 ドルビー・サラウンドの重低音がこれまでの視覚、聴覚に加えて館内中空気振動を伴った触覚までをも揺さぶらせてくれる。さらに往年の名機スピットファイヤー(英)やユンカース急降下爆撃機(独)、メッサーシュミット(独)が飛び交う。なかでもスピットファイヤーのコクピットがふんだんに再現され臨場感を煽る。 これは安直にCGを多用せず手づくりの合作による各国の叡智を集約した重量感あるリアリティーが35㎜フィルム時代を彷彿とさせ、ここにも映画づくりの伝統が脈々と息づいているのを感じ、国際映画人の意気込み、頼もしさを感じた。 たとえば、映画のシーンで挙げるとダンケルク砂浜での爆撃シーンがあるが、あたかも映画館がいきなり戦場に変わったような効果音だけで無駄なセリフを割愛し、おおっと、いきなり敵戦闘機が攻撃してくる。ウィーンと羽音のようなエンジン音をさせ上空からこちらをめがけて徐々に敵機が接近してくる。さて、どうする? といった具合だ。机や椅子の下に潜り込んでも爆弾ならぬミサイルが落ちてきたら無駄だろう。そういう時はおまじないをして運を天に任せるよりなかろう。 さらに恐怖体験の1シーンとして、本隊とはぐれた一個分隊が浜辺で座礁した無人の漁船を見つける。それで満潮になったら船が浮かび沖に逃れられると読んで、その漁船に身を隠す英兵士たち。やがて潮が満ちるのを中でじっと待つ。するとそこへ、いきなり銃弾が外から撃ち込まれ、漁船の中は瞬時戦慄に包まれる。銃弾が的当てのようにきっちりまとまって貫通している船体を中から見やり、外から敵が射撃訓練でこの船を狙ってると分かり恐怖が奔った。迂闊に外に出れば絶好の標的になる。ここのところは照明が素晴らしい仕事をしていて、穴が空いたところから明るい光明が同方向から差しこんで切羽詰った明暗を対照的に表現している。またS/E(音響効果)さんもいい仕事をしている。外から船内に銃弾が撃ち込まれるのだが、音だけで弾頭部分がチューン、カラカラ・・・・・・船内を駆け巡る跳弾のたびに熱さや匂いまで伝わってくる、のけぞるような恐怖体験を与えてくれる。この辺は独映画「Uボート」やその前に遡れば、「頭上の敵機」やもっと遡れば、モンタージュ理論のセルゲイ・エイゼンシュタイン監督「戦艦ポチョムキン」などの積み重ね映画手法を踏襲している感さえ蘇らせてくれる。ただ欲を言えば、「ハノーバー・ストリート哀愁の街かど」や「ディア・ハンター」のような恋愛シーンもあって演技演出でイメージも観客も膨らむようなつくりに出来なかったのかなとやや不満は残る。この映画「ダンケルク」を観た数日前、こんな実体験をした。ウチのペット、金魚軍団「レッドエンジェルす」のメンバー、カマトト(和金)が水槽の水を入れ換え中に何を思ったか水槽から飛び出してキッチン流し台にピョンとジャンプ。水も張ってないそこでパシャパシャ飛び跳ねている。慌てて手を差し出すも、ツルッと滑ってそのまま排水口へ落ちていく。とうとうヌルヌルした下水口に挟まった。口をパクパクあけて「たすけてー」って必死に叫んでいる。頭だけ出しているカマトトをなんとか引っ張り上げるべく指でつまもうとするが、つるっと滑って掴めない。カマトトは口パクでしきりに叫んでいる。一瞬、もうダメかなと覚悟した。ちょうど映画「ダンケルク」でラストシーン司令官が桟橋に残って敵機が襲いかかって運を天に任せるといった「主よ、神よ」と目を閉じて祈った心境で無念を感じた瞬間、閃いた。そうだ今このこを助けないと一生悔やむだろうと観念しつつも刻々時間が迫る。瞬間的に忙しく策を駆け巡らせる。そして身近に在ったハブラシで下水口のカマトトの肩口にあてて少しずつ引き上げた。そうして汚物だらけになったカマトトの全身が見えた時、すぐさま生死を確かめもせず水槽にチャポンと入れた。するとどうだ、カマトトは何事も無かったかのように平気な顔をしてスイスイ泳いでいるではないか。こいつ大したカマトトだな。とこちらが驚いた。だが、うろこがはがれても気にせず和金のタフな生命力を知った。そして命の大切さも実感した。映画「ダンケルク」でもチッチッチッチ・・・・・・と時計の音がずーと流れていたが或る意味生命は時間との駆け引きなのかも知れない。映画も人が耐えられる2時間余の尺の中にいかに効果的に詰められるか。起承転結、喜怒哀楽、人生を独自な表現で後世に残る素晴らしい作品づくりは映画人、いや万民の夢だな。北朝鮮もあの統率力というか求心力をミサイルなどに向けないで映画という文化的な方向に舵をきれば万国万々歳なんだがな。ひとつ北朝鮮と米・韓国に魔法をかけてやるか。「己の欲せざる所は、人に施す事なかれ  (自分のして欲しくないことは他の人にもしてはいけない) 論語~孔子」これについて書かれている書籍があるので紹介する。孔子は弟子の一人から「一つの言葉に表せるもので、生涯ずっと行うべきことは何でしょう」と訊かれて、子曰く、それは恕(思いやり)だと答えました。その恕をわかりやすくおまじないにしたのが上記の言葉です。自分がして欲しくないこと。たとえば、いじめたり意地悪、悪口を言ったり、仲間外れにしないで欲しい、などはどこの国民でも人間なら誰でもが思うことです。自分がして欲しくないことを他人にもしないことが、恕つまり相手を思いやるということです。逆に自分がして欲しいこと。たとえば、あいさつをすることから始まる意思の疎通や困っていたら助け合うなど周りの人の気持ちを考えてどうしてもらいたいのか考え合うことだと「こころを育てる魔法の言葉 2やさしくなれる言葉」で訓えています。ダンケ。(吟)

      4
      テーマ:
  • 10 Sep
    • 青梅ウオークでみた世界

      あれは昨日だったのか?三人で不思議な世界に迷い込んでしまったような・・・・・・。秋の好天に恵まれた重陽の節句9月9日のTOKYOウオーク2017 第3回大会・青梅コースも健康ウオークを楽しむ老若男女でみち溢れていた。まず現場着到までが何度も電車乗り換えて一苦労。まるで秘境に分け入るよう。都下の「河辺」という停車場で下車して会場へ。コースマップなど渡されて三人意気揚々といざしゅっぱあーつ。しばらく歩くとなんだか体が軽く感じられてくる。これはオゾン、空気の違いからくる軽快感か。動物占いごっこなどしてたわいもないおしゃべりに秋の風が心地いい。前方に杉林が見えてきた。右手に小中学生のサッカー試合ちう。左手に落ち葉の浮かぶ小川のせせらぎ。夏草の甘温い香も、つくつくほーしの美声ものどかな田舎の自然、雰囲気を醸し出している。山路を上りながらふと考えた。この辺の子供達は杉林の近辺で運動する生活習慣によって花粉症に対する免疫が適度に調整されているのかな。運動機能が健康にいい、としたら花粉症は運動不足も一つの要因ということになる。いや、それだけではない。この辺は空気がフレッシュということもあり、花粉症に罹らず都区内の密集地でヒートアイランドとかエアコン排気、排煙などに付着する都市花粉が有害化するのかもしれない。いずれ助成金が出ればチームを組んで実験してみたい。さて、そうこうするうちにてっぺんが見えてきた。さすがに見晴らしがいい。遠くが見渡せる。ひとやま越えた労働の対価は躰のすみずみにまで元気をフィードバックしてくれた。 苦あれば楽あり。(ってこーもん様かぁ)野を越え山を越えしての「第3回青梅エリア・景色のうつろいとアップダウンを楽しむアクティブウオーク」とメニューにある。そしていつ間にやらややレトロな停車場、いや駅が。看板が大正ロマン風なのか。なにやら違う世界の入口に立ったようだ。そしてしばらく通りを歩くと連れの女性が「ねえ、あれ撮って」と。思わずシャッター押しちゃったじゃないか。どこがいいのか・・・・・。ん。招き猫?それに招かれたのかにゃん。なんだか、昔あったような洋画の看板のようだ。「雨に唄えば」だっけ。連れの一人が歌詞♪を口ずさむ。確かに愉しそうな1しーんの切り取りで、映画の断片がポジってきたじゃないか。ニャロメ。そういうことか。赤塚不二夫さんの世界に足を踏み入れたってことなんだ。しかし、今日はこの後の予定もあるので素通りしてゴメンなのだ。しかし、随所に懐かしのオードリー・ヘプバーンとかで足を留めさせようとあの手この手で通り全体が「赤塚ワールド」で蜘蛛の巣のように触手を展ばしている。吾煩悶、葛藤ス。これも青梅の藍染半纏なのか。商品も左のお店者の着衣も。しえー。ンカムバーク。(古洋画とイヤミのシェーをオーバーラップ?)この白木屋(しろきや)呉服店は時代劇に度々出てくる老舗で、火事に纏わるエピソードや東急百貨店に絡む逸話は事欠かないが、この店はただ単に屋号が同じというだけかも知れない。おっと、ここに博物館が。 なんの博物館だらふ。出ました。赤塚不二夫会館。洋画「お熱いのがお好き」のマリリンモンローと「熱いトタン屋根の猫」はリズことエリザベス・テイラーをもじったパロディかな。よく見ると、ニャリリン・モンローが猫を抱いている。そうだ思い出した、赤塚先生の家に遊びに行ったとき、猫を飼っていらした。 あの猫の名前は・・・・・・。たしか「菊千代」じゃなかったかな。映画好きの先生だったから「七人の侍」の三船敏郎演ずる主役の菊千代からとったとか聞いた記憶がある。これは、天才バカボンのパパなのだー。なるほど先生らしい。写真に撮ると魚眼のように、ウルトラゾーンのように歪んで揺らいで映るように上手く設計されている。芸が細かい。恐れ入りました。これは何だ?待合か。右の連れも微笑ましく魅入っているようだ。ああ、そうか。連れが笑っているのが分かった。男が接吻をしているのが不自然、滑稽に思えたのだろう。これもパロディ、いや赤塚ギャグなのだ。名匠小津安二郎を小猫になってるし、原節子が鰹になってる。しかし、この町で生きたなま猫は見なかったがどこに隠れたんだ。いたっ。ここに、仔猫ちゃん。ソフトクリームを舐めてるにゃーん。何のソフトだ? マロンソフト。見るからにマロンつぶが栗っぽいな。えっ、これで¥300?ここまで来た甲斐があったな。美味しさの独り占めはいかんな。ここは「クレープハウス・ベリー」(☎0428-22-0223) だにゃ~ん。下落合からここに引っ越してきて赤塚さん、のびのびと人々の心の中で育っているいるようでよかったね。良心のふるさとの村長さん、ありがとう。 「これで いいのだ」

      2
      テーマ:
  • 25 Aug
    • 自由研究 あ~あ夏休みどこも行かなかった……(第6部)

      「あ~あ、夏休みどこも行かなかった・・・・・・。」ここ亀金家では二女のカマトトがこーんな顔しておこってる。カマトト「今年はどこも行かなかった。お父さんだけずるい」父「えっ、ワシか?・・・・・・おいおい、こんな年もある。雨が多くちゃ出かけられんじゃろう」金トト「雨が降っても開館してる水族館とかあるもん」父「水族館?ここだって水族館みたいなもんだろ。おんなじ館でも図書館なら涼しいし、本を読めば頭もよくなる。ほら琉子のように」カマトト「琉子お姉さんはいつも考え事してるわね」金時 「何を考えてるんだろう。もしかして水槽のど      こかに頭ぶっつけた?父  「そんなこというもんじゃない。本人に聞いて      みればいいだろ」金トト「琉子おねえさん、なに考えてるの」「・・・・・・」金時 「ありゃ、もうすぐ夏休みが終わるんでうか      ないんじゃないの?」父  「お前じゃないんだから、そんな事じゃない        だろう」カマトト「琉金の琉子お姉さま、どうなさったの?物     思いに耽って」 (一同、琉子を凝視)琉子「(視線に気づき)あらっ」父  「どうしたんだ、いったい?あらぬ方を見て」琉子 「いえね、今年の夏休みの研究論文思考し      てたの。『恋することによってなんにでも変    化できる変身願望の術』・・・・・・。人魚にな    れたら・・・・・・と思って」父  「ん。まあ、尾びれはくっついてるからなれる    可能性はなくもないが・・・・・・。そんなもん    になってどうするんだ?琉子「ダーウィンの実験なの」父  「ダーウィン?進化論の……」琉子「そう、『こころを育てる魔法の言葉①夢を叶   える言葉』(汐文社)にこういう文言があるの。『恐竜やマンモスなど大きいものが生き残るのではない。かと言って賢いものが生き残るのではない。時代に応じ「変化(成長)」するものが生き残れるのだ』」 私このチャールズ・ダーウィンの学説を     試してみたいの」一同 「・・・・・・」金時「それって魔法なの?」琉子「ふふ、魔法も宗教も信じる者は救われるっ    ていうわね。恋も似てるわね。命を懸けれ    ば」金トト「でも、なんで?わけわかんなーい」琉子「そうね、いきなりでは無理よね。じゃ、順序だ     てて説明するわね。こういう言葉があるの」「心が変われば 言葉が変わる言葉が変われば 行動が変わる行動が変われば 態度が変わる態度が変われば 習慣が変わる習慣が変われば 人格が変わる人格が変われば 運命が変わる運命が変われば 人生が変わる」負のスパイラルから抜け出すおまじない。わたし、いつまでの金魚鉢の中でなんていやなの。広い世界に羽ばたいてみたいの。あっ、時間ね。今日はこれまでね。  じゃ、またね。 <第6話、ここまで 以下じごうにつづく>キャスト:レッドエンジェルす(琉子、カマトト、金トト、金時)、亀之助参考書籍:汐文社発行/こころを育てる 魔法の言葉             1 夢をかなえる言葉

      2
      テーマ:
  • 22 Aug
    • 自由研究 異常気象 (第5部)

      今度は子から父への返信書簡「前略  おとうさんお手紙ありがとう。今のボクには政治の事はまだわかりませんが地球の事には関心があります。たとえば今夏、梅雨明けが延びたのか冷夏なのか地球のメカニズムについて調べてみました。いつもなら地球温暖化といわれる暑い夏ですがそれを撹拌、さますようなエルニーニョと反対のラニーニャ現象の一部ではないかと思われる異常気象およびオホーツク海高気圧の複雑な張り出しに関連があるのではないかと見守っていますが、日本では山背(ヤマセ)と昔から呼ばれている低温の東風が地表に吹き降りてくるのでこれは作物によくないそうです。露地ものとか葉物が高くなるとか人々が騒いでいます。これはいつもの偏西風の蛇行の位置と、太平洋高気圧の勢力が弱いためでしょうか。こうして地球は熱さまし自浄作用をしているのでしょうか?そうすると、トランプ米国大統領が言っていた、地球温暖化はフェイクニュースだという発言ももっぱらでっち上げではありませんね。もっとも来年の天気次第ですけどね。とか思ってるうちに今年の夏休みもいよいよラストスパート。「少年老い易く学成り難し」「鉄は熱いうちに打て」と爺やが教えてくれました。だから今のうちにすべきことをするつもりです。お父上もお元気で。                         早々                   愚息 カメカメハ」以上第5部 はここまで     以下次号につづく

      2
      テーマ:
  • 19 Aug
    • 自由研究 父の手紙 (第4部)

      第1部~第2部~第3部 に続いて  父からの手紙「拝啓 地球温暖化も梅雨のような雨夏でやや一服か。さて、先日は積もる話もあったが、壁に耳あり障子に目ありの状況で、お前の施政に幾分とも支障が出てはいかんから書にしたためる。尚この書簡も読了後焼却されんことを願う。お前を孤独に押しやって胸が痛むが、大衆を、偏らず正しい方向に導く吾が家系、遺伝子の天から与えられた使命は今さら覆すことはできぬゆえ、不憫とは思うがどうか堪えて地球のために貢献していただきたい。先憂後楽、滅私奉公は当家の家伝と心得よ。 先の大戦でも言うべき正しいことを言えなかったために多くの罪のない者の犠牲が出た。その反省の上に立って二度と間違いはしたくない。 君も断片的に分かってると思うが、この地球上は多くの人種で価値観も多様な問題をはらんできた。世界は今、冷戦時代と違って、難民や人種差別、或いはテロと世界秩序の構図が変化しつつある。一口にテロと言っても経済的テロ、信条宗教的テロ、政権奪取など多岐に亘る。それは武器売買を生業とする者があるからでもあり、国民の声を聴かないからでもある。一方で世界の警察を自負してきた米国の力関係、米経済が衰退してきているからでもある。それでも米国は植民地、領土は保持したいし、経済大国の看板は下ろせない。飽食、肥大化してランニングコストがかかる。そのために冷戦時代は終わっても米韓合同軍事演習とかで必要以上に北朝鮮を煽って、日本からみかじめ料、もとい、核の傘護衛付属品を購入させようと目論んでいるという見方もある。どうもT大統領は日米メディア側と相性がよくないようだ。品位の問題というより、謙譲の美徳に欠ける言動に指導層が離れていっているようだ。メディアサイドの意図的編集かどうかは判らないが、先日T大統領がプロレス会場で暴力をふるっている報道映像が流れたが、公人が疑問を持たれるようなそういう場所に行くこと自体も問題ではないか。 それらからイメージされることは・・・・・・それはプロレス興行のようにいわゆる”やらせ”が横行蔓延しているとも受け取られかねない。それなら北朝鮮と”できレース”もありうるという論理に至るのが自然ではないだろうか。さらに、そんな暴力肯定派首脳が核の発射ボタンを操作できるとしたら・・・・・・。逃げ場のない堪らない戦慄が奔るのではないだろうか。また、不安ビジネスに煽られ、その都度うろたえて防具を買わされるという主体性のない国にさせないようしっかり見張っていなければならない。またあの国には建国以来の人種差別問題がある。WASP(白人)を優先することで国民が割れる。 お前は亀だが、お姉さんたちは金魚だ。そのことは知っているだろうが、お前はお姉さんたちと一緒に住めるか?金魚に身をやつしているお姉さんたちを同じ家族、同胞として分け隔てなく愛せるか?金魚族の悩みや言い分を理解できるか。そういう問題をクリアしていかないと今後の地球には住みづらいぞ。経済的相談役の意見を聴いたり、群衆の支持信望を向上させていける自信があるか?指導者は初動措置を誤ってはならん。またスペイン等欧州の不景気は一つに少子高齢化で経済鈍化~警官等治安当局の脆弱化を招き悪循環を辿っている。これも初動傾向を見誤った例だな。これらの現代世界情勢を反面教師として、次の世界の指導者はどうあるべきか。読み取ってほしい。 お前ならできる。今は中庸の徳、人望の力を学んで、次のステージに備えてもらいたい。以上だ。 この頃赤トンボも見かけるようになり、蝉しぐれも今が盛りかと思いますが、来るべき季節の変わり目に備え、何卒ご自愛(健康管理)のほどを祈っております。                                 敬具 平成29年 夏の或る日                                          父の亀之助亀亀(カメカメ)ハ 様              」&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&一方、こちらでは少女像やリー将軍の像、撤去をめぐって反対派と小憎らしい小競り合いが起こっています。押し合いへし合いしています。同じカニ族に見えますが、何がどう違うんでしょうね?つまり偉大な指導者に恵まれていない烏合の衆ならぬカニ道楽の戯れ合いでしょうか。            ~ 現場からお伝えしました。<以上、第4部はこれまで。  ~ 以下次号につづく>

      テーマ:
    • 自由研究 は何の為 (第3部)

      第1部 第2部 に続いてカマトト「ちょっとお父さん、自由研究はどうなるのー」父の声「それはな、おい琉子ぉ、お前に頼むぞー」琉子 「はーい、任せといてー」カマトト「どういうこと?」琉子 「お父さんの考えはね。自由研究は、興味のあることをどこま      でも追い続けろってことなの」カマトト「・・・・・・」琉子  「ほらっ、好きこそものの上手なれって言うじゃない」カマトト「でも自由研究は好きじゃないわ」琉子  「そりゃ、しなきゃ。とかやらされてるからよ」カマトト「そういったって」琉子  「いつだったか、お父さんが教えてくれたことがあったの」カマトト「なにを?」琉子  「作文ほめられたことがあるんですって。うふふふ」カマトト「お父さんが?」琉子  「そう、学校で。それ以来感想文とか論文、出すの楽しくなった     みたい」カマトト「へぇー、論文・・・・・・」琉子  「そう、論文の基礎はね、観察、疑問、考察、仮説、検証、そし      て、興味の継続よ」カマトト「ふーん。なんだか、希望が見えてきたみたいだわ。ありがとう」  琉子  「そう?そりゃよかった。頑張ってね」(カマトトの目を見やって)カマトト「ところで、お父さん、なんであんな恰好してるの?」琉子  「それは、今、秘密の任務に就いてるからだって」カマトト「そっちの方に興味があるわね。自由研究の題材にしようかな」琉子  「ダメダメ、それが公表されたら多くの生物が活きていられなく     なるから今はまずいって」カマトト「へー、カメの格好して亀ルーンへ行って2+2 わけわかんな     い」琉子  「いいの、一般公開されるまでトップシークレットなんだから」カマトト「あっそ」琉子 「なんて言ってて意外と外に女が居たりしててね。フフフ」カマトト「えっ、あのお父さんが?」@@@@@@@@@@@@@@@@@<一方、こちらはカメぃルーン城>  父   「吾が子、カメカメハ。元気にして居ったか?」亀亀ハ「はい、父上、お陰様で。お父上も益々ご壮健でなにより。と存      じ上げます」父   「ハハハ、こいつ世辞がうまくなったのお。この宮殿の居心地が     余程いいと見える」亀亀ハ「ここの皆さんはよくしてくれます。・・・・・・こんな父なし子のよう     なわたくしにも」父   「ん。なにやら皮肉交じりの愚痴のようにも聞こえるが・・・・・・」亀亀ハ「いつになったら、父上と一緒に暮らせるのですか」父   「そうだな、お前がいろんな生物の勉強をして金魚の世界も理     解できるようになったら・・・・・・」亀亀ハ「えっ、私は亀の子タワシではないのですか?というとやがて、     私は金魚になるのですか?」父   「ま、やがてそのときが来ればな。ふふふ大王にもなろうて」亀亀ハ「一体どんな宿命を背負ってるのですか。わたくしは・・・・・・」父   「それを探るために、吾々はこうして調査、研究の神に仕えてい     るのではないのか」亀亀ハ「・・・・・・孤独な旅ですね」父   「それはやむを得ん。誰かが成し遂げなければならん仕事だ」亀亀ハ「わかりました。肝に銘じておきます」父   「おっと、こうしてはおれん。アメブロUPの刻限だ。達者に暮ら     せよ」亀亀ハ「お父上も ごきげんよう」<第3部、はここまで。 以下第4部につづく>

      テーマ:
  • 18 Aug
    • 自由研究 「真夏の夜の夢」~(第2部) 

      <父帰って>第2部キャスト 左列 上から 金トト(和金)、母(琉金)、琉子(琉金) 右列 上に カマトト(白口和金)、その下に隠れて太っているのが金        時(和金)平面図 ↑               断面図 ↓開幕前の集合写真(左から金時、金トト、カマトト、琉子、母)右が父(カメのコスチューム)、左が母(琉金のコスチューム)<1ベル>--------------------------------------------------<2ベル>それでは第2幕 開幕します。自由研究 「真夏の夜の夢」 父帰って父(カメ)は久々に妻子(金魚)のもとへ帰ってきた。母   「お父さんのご飯、残しておきましたよ。菜食主義でしたからね」琉子 「お父さんお帰りなさい。暑かったでしょう。まぁ、よく焼けて。        真っ黒よ」父   「そうか、モグモグ。噛めカメ。これ喰い終わったら遊んでやる         からな。琉子も随分肥ったなぁ」琉子 「まぁ失礼ね。夏バテしないようによ」金時 「お父さん、もう夏休み終わっちゃうよ。ねぇどこか遊びに連れ     てってよー」父   「ん。そうか、どこがいい?    じゃあ、市民プールでも連れてっちゃるか」金時 「・・・・・・・いやプールはいいや。ここだってプールじゃないか」金トト 「おとうさん、それより夏休みの宿題がまだなのよ」金時 「あ、ぼくもだった。自由研究も、絵日記も……」父   「なんだぁ、また今年もかぁ……」金トト 「だってぇ」父  「しようがない。ちょっとだけだぞ」子ら 「わぁ~い!、やっぱりボクらのお父さんだー」父  「こらこらあんまりはしゃぐんじゃない。カメラがブレるじゃないか」父  「自由研究かぁ。お父さんが子どものころは観察日記をつけてた     なぁ」金時 「何の?」父   「カブトムシとかクワガタだったかな」金時 「今は高いよ。我々金魚より高いよ」父   「そうか。じゃ金魚にするか。    金魚のヒレってどこに何本何枚あるか知ってるか?」琉子 「おとうさん……」カマトト「もう、お父さんったら・・・・・・・帰って」父   「あ、いや、わりいわりい」金時 「今どきそんなのWikiで調べれば誰でも分かるから自由研究に     ならないよ」父   「そうか。浦島太郎の送迎をしてるうちにそんな時代になってた     のか」琉子 「・・・・・・」金トト 「おとうさんっ!」子ら 「もう~お父さんたらぁ」母  「まあまぁ、みんな、お父さんはね、今重要研究しててピントが違    うんですよ」カマトト「重要研究?」母  「そうよ、金魚とカメの同盟を結ぶために今カメルーンに潜入捜    査に出向してるのよ」父  「おい、その話はまだ早いよ」母  「あっ、そうだったわね。つい口が滑って。ごめんなさい」父  「おっと、そろそろツープラスツーの会議の時間だった。じゃ行っ      てくる。アデュー」このあと返却期限の読みたい本があるので第2部はこのへんで幕~                  ~  第3部につづく

      2
      テーマ:
  • 17 Aug
    • 自由研究 「父帰る」 第1部

      拙ブログは「地球の日記~」とあります関係上、地球上の事なら分野は自由として、また夏休み中でもありますことから皆さんの自由研究のヒントにでもなればと思ってここに金魚文学(?)を戯曲形式に綴ってみました。(物言わぬペットにも愛を)金魚① 「ねえ、みて。あそこに何か汚らしい物がある」金魚② 「えっ、あらっやだっ。あれ、お父さんじゃない」金魚③ 「えっ、あれがおとうさん?……やだー。いきてるの?石みた         いに動かないわ」 金魚④ 「いいの。お父さんはわけあって今ああしてるんだから」金魚① 「えっ、わけって?」金魚④ 「そのうち分かりますよ」金魚⑤ 「でもご飯の時間になったらちゃんと帰ってくるんですもの心       配ないわよねえ」金魚④ 「ほうらご覧なさい。起きたみたいよ」カメ   「おい、わしのご飯、まだ残っとるか?」金魚④ 「はいはい、ちゃんとありますよ」カメ   「おい、あれかけてくれ」--------BGM ♪コロンビアローズの「東京のバスガール」♪--------------BGM 「♪若い希望も 恋もある             ビルの街から 山の手へ             紺の制服 身につけて             私は東京の バスガール♪--------BGM 「♪『はっしゃー、おーらい♪」一同  「よいしょっ」父  「おい、いま帰ったぞ」    ~ 第2部につづく 出演:亀之助、レッドエンジェルす

      テーマ:
  • 10 Aug
    • 北朝鮮の予告ミサイルと高校野球と

      北朝鮮がミサイル発射予告したという。それによると日本の中国・四国上空を通過して太平洋上の米国領グアム島に到達するらしい。ほんとうかなあ。本当だとすると見上げたものだよ屋根やのふんどしだが、そうなると北はどのくらいの報復を覚悟してるのか。国土消滅?それとも単なる米韓軍事演習前の牽制球か。ただ、最悪は途中で失敗し日本上空で何らかの飛行物体が落ちて来て国民に被害が出ないかってことだ。そのためのNSC(国家安全保障会議)でもあるが、そうしたシビリアンコントロール(文民統制)下での有事緊急体制も敷かれよう。米ソ時代キューバミサイル危機で警戒レベル7だったから今回はどれだけ信憑性があるのか。まず内調など事実確認からだがウラがとれたら、NSCで緊急会議後、内閣総理大臣~防衛大臣~(事務次官)~統幕議長~三幕僚長に緊急配備態勢発令される運びとなるだろう。空自はAWACS(早期警戒管制機)E-767,E-2Cを飛ばして上空からレーダー等で監視、及びどさくさ紛れの領空侵犯に対してのスクランブル(緊急発進)シフトで非常呼集。海自は飛行ルートにイージス艦配置だがSM-3迎撃ミサイル果たして迎撃できるのか。よしんばSM-3が外れたとしても空自、陸自のペトリオット迎撃ミサイルPAC-3で撃ち落とせるかが一つのカギだが、これは高校野球で言うと練習中にファウルが上空に上がったとして、それを別のボールで当てられるかという以上の困難な確率だ。また敵のピッチャーがスライダーに自信を持って前のバッターもそれで打ち取られた。バットが空を切る。焦れば焦るほど敵投手の術中にはまっていく。そういう時、どうする?私なら、先ずタイムをとるなり靴紐を直したり、間合いを外してこちらのペースに引きこみ、落ち着いたところで1球目は球筋を観るために見送るな。そしてデータを読んだらファールしてタイミングが合うまで何度もファウルする。そのうち失投もあると信じて根競べだ。ここぞと思った球が来たら好球必打、シンに当てて振りぬく。そこから先は自分たちで考える。さて、国防に話を戻す。ただこれは国家国民を背負っているだけに、見逃し三振や空振り三振はできない。もし迎撃ミサイルを発射して命中しなかったらどうするか。警官だって犯人を追跡しても発砲の制限がある。相手が凶悪犯でここで取り逃がしたら多くの善良な国民が命の危機にさらされる、といった状況でもむやみに発砲は出来ない。後ほど審問で充分な周囲の安全確認とその警官の射撃習熟度と命中率の成績が取り沙汰されるだろう。流れ弾による市民の犠牲という事案に至れば全署員が精神的苦痛を受ける。空自のスクランブルとはそういうものだ。緊張の中で瞬間的な正しい判断できる習熟度と技能度量。さて、上記のようなシチュエーションで実際に北朝鮮が弾道ミサイルを発射してきたらどうするか。以前にも実際に北が発射したミサイルが日本上空を通過して太平洋上に着水した事例があるが。まかり間違えば甚大な被害が出ていたし、飛行計画なしに領空侵犯された国家の主権侵害という国際問題でもある。これまで航行する漁船等にに被害がなかったのが不思議なくらいだ。さて、それではそろそろこの問題のまとめとしてこの設問(北がミサイル発射してきたら我が国としてはどうすればいいか)の模範解答例を提示したい。先ずは国民の生命と財産をまもる観点から考えてみたい。責任の分担という言葉があるが、三幕は勿論の事、日米韓の連携が必要だと思う。監視体制に加えて、北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射と同時に韓国が配備しているTHAADミサイルを発射。それが第1弾で第2弾は海上で日韓のイージス艦によるSM-3迎撃ミサイル発射。第3弾は陸上のペトリオット迎撃ミサイルPAC-3発射。但しもし万が一命中しなかったら安全を確認していつでも自爆させる態勢も採りつつ、国民に危害を与えないように、うてる手はうっておく。そして第4弾。これが最もお目当てでもある。これまで一応日米同盟を遵守して然るべき義務を遂行してきたが、米国より購入した迎撃ミサイルが一個も当たらなかったという事実を基に、その苦情は後回しにして、それでは米軍の実力を見せてもらおうか。という好戦的な米国に対して被爆国日本は戦争に巻き込まれないよう予防線を張るなり常に優位に外交交渉することも必要ではないか。少子高齢化の日本で防衛省自衛隊職員は一体何人いると思っているのか。PKOなどで島国日本から無理な海外派兵などするから予期せぬ問題が起こる。ここは熱くならずにグアム米軍の迎撃能力を拝見させてもらう絶好のチャンスではないだろうか。しかし、好戦的な4番バッターが空振り三振したらカッコわるいだろうなあ・・・・・・。万が一ホームラン撃ったら喜ぶのは韓国か。 たまや~。かぎやぁ~!(吟)(お知らせ)金が無くても入れる大学がある。日本を、愛する日本国民をまもれ! 防衛大学  http://www.mod.go.jp/nda/

      7
      テーマ:
  • 23 Jul
    • アンチエイジング(活性酸素と抗酸化酵素)

      人間には栄養と運動が必要であることは皆さんご存知の通りですが、それがなかなか管理実行するのが難しいところではないでしょうか。栄養の摂り過ぎ?でもないでしょうが運動が億劫になったりで肥満ぎみに……。など私も経験しました。健康器具も試してみました。がサプリはやりませんし勧めません。食事療法と運動と、それにちょっぴり恋愛を加えた健康意識習慣をお薦めします。タダです。そして前著と重複しないように強調したいのは、本編では細胞を新陳代謝させアンチエイジング(若返り)に心がけ食生活などで健康改善しようという提案です。代謝の一部である活性酸素と抗酸化酵素の医食同源に沿ったタダでできる健康法についての研究小論文を公開します。後悔はさせません。人間の自律神経は不随意神経なので意識して調節するのは役者でも難しいところですが、寒さや恐怖を感じるとまるで猫が毛を逆立てるように瞬間的に鳥肌がたったり、無意識に自動的に防衛本能が機能する人間の仕組みは皆さんもご経験がおありのことでしょう。あれは自律神経の交感神経が優位に働いているのです。瞬発力や集中力が必要な時には珈琲などカフェイン系を適度に飲んで交感神経を優位にするのは誰でもできますが、逆に観客に注視注目されている中で、「楽にしろ」と言われてどのくらいの人がリラックスできるすべ(スキル)をお持ちでしょうか。照明が当たり監督やスタッフ、カメラ前で「おい、肩の力を抜け。フレームが定まらないぞ」。と言われ、なんとか喰いしばって踏ん張る。「はい、ヨーイ・・・・・・」 、 「アークション!」 カチンコが叩かれる。脚は震える。セリフはうわずる。ガチガチ。おいおい、それじゃガチンコだ。そんなシーンで副交感神経を優位にすることができれば手慣れた名優か鈍感なバカでしょう。こっちの方が普通では難しい。もっともプロはそうならないようにいくつものスキルがあるが。そのいくつかを特別公開しましよう。深呼吸や腹式呼吸もいい。手に「人」の字を書いて呑み込むのもある程度までは効果がある。名優はそのプレッシャー(エネルギー)をしっかり受け止めて、カメラが回っていないテストでセリフを馴染ませながら(副)交感神経の出し入れ(リラックス)をして、徐々に役になりきるべく集中へとエネルギーを高めていき、本番でヒューマニズムにそった(解りやすい)「役の昇華」を共感する台詞で伝え、人々を感動に巻き込んでいく。と言ってもこれはトレーニングの浅い素人には無理だから、先ずは誰でもできる実践エクササイズを紹介します。力を抜こうと思ったら逆に一杯力を入れる。そして耐え切れなくなったら一気に息を吐き出すと同時に脱力する。そしてサニー・エクササイズでイマジネーションを鍛える。フィクションの世界は自然界のリアリティーをいかにイマジネーションで再現するか、表現の独自性。砂上の楼閣のような構築の真実です。そうしてリラックスしたところで次に上から太陽がおでこに当たっていると信じるられるまで集中する。熱が感じられてきましたか?五感で。セロトニンまで感じられてきたら陽気になります。難しければ次。食べ物、味覚のエクササイズ。今ならスイカ。をイメージして。色や形はどんなんでもよろしい。一口食べてみようか。どんな音がする?温度は?味は?甘味?酸味?苦味?塩味?旨味?など基本五味覚をチェックする。さらに想像でそれを平らげたとして、さて熱量何カロリー摂取したか?これは食感で判る人はあんまりいないと思うが、スイカは平均37kcal(厚労省「生活習慣病を知ろう」より抜粋)スイカは糖分がミカン(46kcal)に較べて多そうに思えるが、そんなに甘くはないぞ。普通のエクササイズで熱量までイメージするシチュエーションはまずないが、CF(コマーシャル)撮りや通販番組ではセリフにリアリティーが求められることもある。(余談だが一般的な成人の摂取カロリーの目安は、一日だいたい1500kcal~2200kcal前後とされている。因みにご飯は168kcal、パン、264kcal、素麺127kcal、牛バラ517kcal、豚バラ386kcal、手羽195kcal、うなぎ255kcal、秋刀魚310kcal、胡瓜14kcal、キャベツ23kcal、甘藷132kcal、鶏卵151kcal、ショートケーキ344kcal、ビール253kcal、ハンバーグ578kcal、焼魚125kcal、カレーライス999kcal)こうして五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)で感じられる事物を台本のシーンに応じて自由にイマジネーション・コントロールできるときはリラックスした副交感神経が優位な状態の時が多く、またシチュエーション(状況)に集中し易くなる。 そうやって四苦八苦し、やっと自分だけの時間になりました。皆さんも裸になって湯につかる入浴時や湯上りの床に就くときはふつうにリラックスしているのではないでしょうか。うーん、シャボンのいい香りもします。その時は副交感神経が優位になっている状態で、白血球のなかのリンパ球、NK(ナチュラルキラー)細胞が活性化しているので病原菌などを駆除して免疫性能が高まっている健康的な時間ですね。さて、ここまでおおまかな自律神経の仕組みを説明させて戴いたところで本日の本題に入ります。それでは表題の活性酸素についてかいつまんで説明します。通常生活をしている人間の体内には自然と活性酸素がつくられてきます。体内に侵入してきた細菌やウィルスを駆除するためですが、それが必要以上に増えてしまうと、今度は正常な細胞まで酸化させて老化や生活習慣病を招く要因ともなりかねません。酸化がいけないのは、空気に触れることによって鉄(Fe)が錆(さび/FeO)など劣化させる現象を起こすのと同様に人間の細胞を酸化することで損傷、劣化させ生活習慣病を引き起こすことになるからです。それでは真空の宇宙空間なら細胞が酸化されないのではと思いますが、体内に酸素が入っている以上酸化は免れないことかもしれません。次に同じく表題の抗酸化酵素ですが、これは上記の増えすぎた活性酸素を除去、または中和する働きをしてくれます。栄養素だとβカロティンやビタミンB,C,E、ポリフェノールなどで、食べ物でいうと紅鮭、青魚、緑黄色野菜などの食物繊維がアンチエイジングにもいいとされています。同時に腸内細菌を増やす豆類や乳製品、魚介類、たんぱく質も適度に組み合わせ摂取することで「恋の栄養素」である脳内物質セロトニンと良好なパートナー関係も築け「幸せホルモン」を産みだします。これにはちょっと補足説明が要るかも知れません。セロトニンというのは筑波大学のショウジョウバエ研究論文でもありますように繁殖作用を促す一種のホルモンで、やる気ドーパミンをもコントロールできる脳内のごく小さな器官で分泌される脳内物質です。それらによるとセロトニンを生成するには朝の日の光が必要だという実験結果が出ています。朝、おでこに適度な日光を浴びると網膜に刺激が入り、それが脳に伝わってセロトニン神経が活性化する。これには原料である腸内細菌が必要です。そしてセロトニンが充分役目を果たすと、夜になり今度は逆にそのセロトニンを原料とするメラトニンが交替して出てきて睡眠の手助けをする。という規則正しい生活習慣の好循環パターンが展開されていきます。ただセロトニン単独では分泌されません。それには幾多の腸内細菌の協力が必要です。これも生物の起源は腔腸動物からという学説しかり、人間の赤ちゃんの最初に胎内でつくられるのが脳でも心臓でもなく腸だという定説に基づくものです。ヨーロッパには「愛情は胃袋から」というげんきんな諺があるくらいで腸からと言わないところがわかり易いところです。そうすると胃や腸が先で、ではこころ、心臓はどうなるんだ?と心細くなりますが、互いの連繋でバランスよく構築が理想ではないでしょうか。「幸せホルモン」は先ず胃袋が満たされて、腸が正常に働き、腸内細菌が脳の中枢神経に伝達することで脳内のセロトニンが活性化され、それが異性に対する刺激やフェロモンを感じ、健全な生殖機能が働く。と、こういったメカニズムになりますが……(ここではショウジョウバエのことは忘れてください)いや、ショウジョウバエの表情は私には判別しかねますが、人間、笑顔は元気を与えてくれます。笑う門に福来たる。と申します。そしてしあわせな表情は幸運を招きます。それは諦めないで、より美しくなろうと努力するからです。たとえば愛するひとや吾が子のためには気を張って美しくあろうと色白でしっとりお肌や目の光(表情)や動作に気を遣っている方も多多見受けられます。真剣なまなざしは美しく魅かれるものがあります。人に見られているという意識、そのときめきがアンチエイジングにもなります。恋する。とか煌めいている。輝いている瞬間(とき)、は電気エネルギーを発するのでダイエットにいいかもしれません。キミの瞳は100万ボルト?というフレーズもありました。感電する、いや、恋すると食事も喉を通らないとも申します。恋やせもダイエットなのでしょうか?   (フロク)ついでに、内緒ですが、本気でダイエットしたいのなら こっそり秘策を授けます。夜9時以降に食べたくなる衝動をいかに抑えるか紛らわすか。(水か白湯で)それには普段甘いものを摂る間食衝動をいかにコントロールするかの自制心トレーニングが有効です。これは自尊心の問題でもあり糖尿病等に対する健康意識でもあり、美意識は人間特有の美徳です。 あ、またやっちゃった。  それでは、また。ごきげんよう。  (銀吟)<お知らせ> 立派な軍医になりたい人は 防衛医科大学校 http://www.ndmc.ac.jp/ へ来たれ。参考資料:安保徹・著/病気にならない人の免疫の新常識       福咲ユウミ・著/太らない人は食べている・                  食べてやせる細胞ダイエット        CiNii 日本の論文 http://ci.nii.ac.jp/       ほか

      18
      テーマ:
  • 17 Jul
    • 道徳ゼミ 其の壱

      論語   子曰。学而時習之。不亦説乎。有朋自遠方来。不亦楽乎。人不知而不愠。不亦君子乎。(学而篇)(問い①)上記の漢文を現代語に訳しなさい。(問い②)さて、ここはどこでせふ?

      6
      1
      テーマ:
  • 09 Jul
    • 葛飾柴又、下町をウオークする

      "Walk Life Balance" (22km単独完歩)直木賞作家・藤沢周平さんの作品群は海坂藩の武家ものと、江戸では本所、深川、浅草などの下町人情を扱った市井ものが多いように見受けられる。そしてこたび7月8日の“TOKYOウオーク2017”<第2回大会>葛飾・足立エリアのAコース(22km)も下町ウォークと題しての葛飾・柴又や足立の風情・人情に出会う歩き起こしの健康ウォーキング日和となった。下町と言えば人情もの、弱い者同士が熱い絆のもとで懸命に生きる健気な生き様が文学にしても映画にしても人々に感銘を与えてきたのではないだろうか。たとえば藤沢周平さんの「時雨のあと」では、下町でできそこないの兄と健気な妹の現実を描いているし、映画ならお馴染み寅さんの「男はつらいよ」のどこかアンバランスな兄妹の繋がり愛も胸を打つものがある。おっと、もう一つあったこれは兄妹愛ではないが、両さんこと「こち亀」もご当地出身の人気キャラクターでありました。いずれもフィクションではあるが、話の原型モデルがいたはずである。たとえば、ちばてつやさんの「あしたのジョー」のモデルは故赤塚不二夫さんのとこに居た「たこ八郎さん」の実話を基にしてできた逸話のように。おっとそうこうしてるうちに「寅さん」オッス! おやおや「さくら」じゃないか。 ここは? ご存知、葛飾柴又かぁ。 門前町と、くりゃ帝釈天か。笠(りゅう)智衆の御前様ごきげんよう。で、いつもの河川敷。今日は労働者が草野球はやってないようだな。代わりに随分人だかりがしているな。チアガールも声援してるぞ。で、ここはリズムよく啖呵売のようにトントントンと威勢良くいくよ。こうやって江戸川を川上へ遡上。って、鮭じゃないんだから、北上。ほらこうやってちびっ子も自己鍛錬してるじゃないか。頑張れ未来のアスリート。日本の将来はボクの手に足にかかってる。ん?ここはどこだ? 4、5km進んだ水元公園付近か。かだんか。水元かわせみの里辺りかなこの辺りまで歩いて来ると寅さんや両津勘吉はどんなリアクションをするかな。多分、BBQやってる中に入ってビールでもかっくらって騒いでるんだろうな。ほうー、全天候型BBQガーデンか。汗流して30℃の炎天下を修行僧のように黙黙と歩いているとこういう緑の葦だか葦の酸素が濃いところは心身リフレッシュされる思い。かわせみの里というからにはこれが「かわせみ」なのか。なんだか、一幅の絵画「並木道」のようでもある。そして綾瀬を経てカメアリへ。と、くりゃ、本官両津だろうがぁ~。ワハハ。とこうして無事にAコース、22km完歩したのであります。しかし、振り返ってみればこのクソ熱いのにコンビニでアイスを舐めあってるバカップルが余計暑く見えたが、両津カン吉だったら……「コラッ、舐めんじゃあねえぞ!ちったあ地球温暖化軽減エコも考えろってんだ。ばぁろめっ」って、カン吉の言いそうなセリフだ。それを基に下町の風情を紐解いていくに、貧困なるがゆえに充分な教育が行き届かず理性より直感を優先する環境習慣に埋没。前方に確かな光が見えないままその日暮らしを親から子へとしがない慣習連鎖は人間性の向上を目指すドラマの基にはなりそうだ。が、果たしてそれで幸せかどうかは本人次第といえよう。願わくば広く世間を世界を見渡して日本の地域未来を正しく的確に導く人々に育ってほしいと希望します。軒下にひらひらとお馴染みの「氷」の吊し旗、しかも「とらや」って……。2階で食券を並んで買っておばさんに券を渡したのはいいが、待てど暮らせど宵待ち草で忘れてるのじゃないだろうかと心配になって、今度はさくらのような若い娘さんに催促してみた。あれ何を注文したんだっけ?忘れてしまうほど時間が経って忘れたころ宇治金(650円)がテーブルの上に乗っかった。ほうー、これを注文したのか。 (it's joke)

      2
      テーマ:

プロフィール

銀史朗(ぎんちゃん)

性別:
The man.
誕生日:
個人情報につき。
血液型:
はて・・・・・・
お住まいの地域:
東京都

読者になる

AD

テーマ

一覧を見る

カレンダー

1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

月別

一覧を見る

ブログランキング・にほんブログ村へ

地球の日記☆マーク♪のblog☆








AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。