秋田県は東北なのですがぶっちゃけ東日本大震災の被害がほとんどありません。せいぜい古い建物にヒビが入ったり天井の石膏ボードが落ちた程度で、福島、宮城、岩手の被害に比べたら屁みたいなもんです。放射能汚染なんて東京よりも少ないくらい。
そんなわけで秋田県の各市町村にある旅館や保養施設では被災者を無料でご招待するサービスを行いました。しかし被災者は最初のうちはありがたがっていたのに、日が経つごとに自分たちが無料でおもてなしされることが当たり前だという態度をとるようになっていったそうです。料理がまずいやらスタッフのサービスの質が悪いやらとケチを付けるようになり、何かというと「我々は地震で全てを失ったんだ。だから施しを受けるのは当然の権利だ」という内容の発言を繰り返す。施設側は経費を全部自分達で持ち出し完全に善意でやっていたというのに。しかも部屋が長期間埋まってしまえばそれだけ回転率も悪くなります。この現象はどこの旅館・保養施設でも同様だったようで、経営者達は口を揃えて「いくら被災者とは言えぜんぜん可哀想に思えなかった」と言っているそうです。
またこれは別の話。現在被災地の仮設住宅では必要最低限の生活環境は整っていますが「娯楽」が何にもない。若者や車の免許を持っている人なら自力で動けますが、年寄りは本当に一日中何もすることがなく部屋でテレビを見るくらいしかできません。それが長期間続くと鬱病など心の病の元になります。そこで暇を持て余している年寄り達を集めて古着の着物を材料に手芸をやるサークルができたそうですが、材料も道具も必要なものは全て津波で流されてしまったので、彼らは新聞記事で材料となる古着の着物や反物の寄付を呼びかけました。それを見た母は何度かそこへ古着の着物や帯、細々とした裁縫道具を寄付し、最初のうちは寄付をするたび丁寧な御礼の電話がかかってきたそうです。しかし回を重ねるごとに「あと○○と○○がない」「次は○○が欲しい」などと寄付の催促をされるようになったそうです。
悲しいかな人間は良くも悪くも「慣れる」生き物です。最初はありがたいと思っていたのに、それが続けば「当たり前」となりその身分に安住するようになる。本当の福祉とは、食べ物の無い人に食べ物をあげたり、着るものが無い人に服をあげたり、金の無い人に金をあげることではなく、それらを自力で手に入れるための手段と環境を作ることでしょう。そう考えると究極の福祉とは経済の活性化なのかもしれません。とにかく新しい仕事を創出し金を循環させる。これは被災地に限らず今問題となっている生活保護でも同じことが言えるかもしれません。













