休暇中の読書 | 紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感 最後の空冷ポルシェとともに

休暇中の読書

休暇中に読了したのは3冊というか4冊。
すべて読む価値があったと思える本だった。

この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」上下巻、白石一文。
昭和天皇 第三部 金融恐慌と血盟団事件」、福田和也。
ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」秋尾沙戸子。

どれも興味深く読み進んだが。
この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」は上下巻600ページ超を1日で一気に読了してしまったぐらい引き込まれた。

見てみると、初版だったので。
どうやら1月に家人が読んで勧めてくれたのを、そのまま私の机の上に積みっぱなしにしてあったらしく。
早く読むべきだったと悔やまれた。

白石一文は、2005年の「私という運命について」の頃からフォローアップしていて。

当時は、プロットは別に驚くほど新しくはなく、というかむしろ古典的で。
書き方もどちらかというと冗長な点が多くて。
書き手としては超洗練されているとは言えなかったものの。

人が生きていくことはどういうことか、という問いに対しての書き手の誠実な態度での精神的格闘が、文章の中に生々しく織り込まれている点に惹かれて。

ずっと追いかけるでもなく、でも自分にとって必要なときには彼の本を自然に手にとっていた、という作家で。

その小説で繰り返し違った形で示される、錐のように鋭い思惟が。
この長編を貫く。

しかしこんなところでミルトン・フリードマンについて読むとは思わなかったよ。
(どのようなコンテクストで登場するかは、読んでのお楽しみです)

あと、文藝春秋ではなく講談社から出版されている、という点もちょっと面白い。

ある意味小説というツールは。
行動経済学やその実験結果よりも鋭く、人間の本質をえぐり出す。
「効用」とか「便益」とか言う言葉を簡単に口にする前に。
本書のような小説を読んでみた方がよっぽど役に立つ。

「大人」の読み手に、強くおすすめします。

「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」 白石一文、2009年1月、上下巻とも1680円 
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-この胸に深々と突き刺さる矢を抜け


ところで。
アマゾンの書評を見て、いつも思うのだが。

世間の矛盾や問題点を描写する小説に、必ずといっていいほど「なんで主人公がそれらに気がついているのに何も行動を取らず、日和見主義に走るのか理解できない。したがってこの小説は評価しない」というようなレビューを書く人が多いのは、何故なのだろうか。

意味が分からない。

世の中の暗い面、悪い面を描写する小説の中では、必ず登場人物はなんとしてでもそれらを克服するようなストーリーを展開しなればならないのだろうか。

じゃあそんなレビューをわざわざ積極的に書いている人は。
そんな要求するのであれば、「くだらない」小説読む暇あったら世のため人のため働けよ、と言いたくなる。

村上春樹氏の1Q84の中に登場する小説(=「メタ小説」)に対する、作中での批判(=「メタ小説」に対する「メタ批評」)で。

「文章は面白いが、小説の中で提示させる「謎」について解題が行われないのは小説家として怠慢だ」というような記述があり。

それに対して、「小説として面白いのであれば、それでいいではないか。なぜ解題が必ず要求されなければならないのか?」という意味のセリフが書かれていたが。

まさにおっしゃるとおりで。
小説というものが何なのかを理解しないで批評するのは、意味が分からない。

昭和天皇 第三部 金融恐慌と血盟団事件」、「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」も、それぞれ1日で一気に読んだ。

「昭和天皇」は、第一部からずっと読んできて。

福田和也氏の書く文章は、「彼の人」についての本という難しい舞台設定なのに。
時代背景にそぐう語彙の選択とその多さ、そして織り込まれるエピソードの面白さ、歴史資料から生々しいストーリーをビビッドに再現する能力、同時代性を明らかにするために差し入れられる海外の動向の、差し入れ方の巧みさ、どれをとっても秀逸で。

ぐいぐい引き込まれて読めます。

変な歴史の本で無味乾燥な近現代史を勉強するより。
面白くてためになる。って何だか恐ろしく陳腐なセリフですが。

「昭和天皇 第三部 金融恐慌と血盟団事件」、福田和也、2009年8月、1750円
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-昭和天皇


「ワシントンハイツ」も。
東京のど真ん中で、戦中、占領中にどのような出来事があって、それが後世にどのような影響を与えたのかを様々な角度から示す。

表参道のみずほ銀行前が、空襲によって阿鼻叫喚の図を呈していたなどということは、平和ボケの我々には想像も付かないし。
いつも通る代々木公園がどのような場所だったのかも、本書を読むまでは詳しく知らなかったし。
政教分離の建前のもとに、国家神道が禁じられた直後にクリスマスをマッカーサーがGHQとして祝った際に。
「クリスマスを祝うのは宗教儀式ではなく、政教分離に反しない」と強弁したが故に。
不思議な宗教観が日本に根付く一因になった、という指摘も面白かった。

また、アメリカでの日系二世が、普通のアメリカ人以上に国家に対する忠誠が強かった理由や。
日系二世の中でも、日本で生活したことのある人とそうでない人での、対戦国としての日本に対する感情が大きく違った点なども。

極めて興味深かった。

「オリンピックの身代金」を読んで面白かった、という人にもおすすめできます。

「ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」秋尾沙戸子、2009年7月、1995円
紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感  最後の空冷ポルシェとともに-ワシントンハイツ


仕掛かりは再読も含め3冊。

権利のための闘争」、イェーリング。
自由論」、J・S・ミル。
The Myth of the Rational Market: A History of Risk, Reward, and Delusion on Wall Street」、Justin Fox。

添乗員さんごっこしていなければ、もう少し読書はかどったかも。

しかし読む価値のある本ばかり読めて良かった。