“剛腕”政治家、金メダリスト、オウム真理教元信者-。東京地裁では平成24年も、さまざまな境遇で社会の注目を集めた著名人らが、被告として証言台に立った。彼らが語った法廷ならではの「本音」の数々を振り返る。(時吉達也、年齢、呼称は当時)
■「私の関心は『天下国家』」
年明け早々の1月10、11日に被告人質問が行われたのは、資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐり、政治資金規正法違反(虚偽記載)罪で強制起訴された民主党元代表、小沢一郎被告(69)=1、2審の無罪判決が確定。検察官役の指定弁護士は、秘書の会計業務について、一切監督行為を行っていなかったと主張する小沢氏を追及した。
指定弁護士「政治資金規正法の趣旨は理解しているか」
被告「直接的に法律の制定に関与していないが、できるだけオープンに、と主張した」
指定弁護士「(会計責任者の秘書が)政治資金収支報告書の作成に関与しなくてもよい、としたのか」
被告「実務担当の秘書が法の趣旨にのっとって経理をやればいいと思っていた。会計事務は普通の読み書きと計算ができれば可能だ」
指定弁護士「ふさわしいかかわり方だったか」
被告「収支報告書が大事じゃないとは言わないが、実務は秘書に任せて十分やれる。私の関心事は天下国家の話で、それに邁進(まいしん)する日常を送っているつもりであります」
■「生きる尊さ、自分の大切さ。すべて幻だった」
17歳の時に面識のない4歳の男児をハンマーで殴り重傷を負わせた少年が、6年を経て昨年8月、東京・渋谷のライブハウスにガソリンをまき、無差別殺人を図った事件。殺人予備などの罪に問われた島野悟志被告(24)=1審懲役4年、判決確定=の心の闇が、今年2月の初公判で浮き彫りになった。
被告「当時の大臣が死刑執行命令を出していなかった。殺人事件を起こせばシステムを変えられる。一種の行政テロで、自分もすぐに死刑執行してほしかった」
弁護人「ライブハウスの経営者や搬送された人に対してどう思う?」
被告「この世界は不条理。運が悪ければ被害に遭うのは仕方ない。冷たい目で見ている」
弁護人「社会復帰後はどうする」
被告「更生して真面目に生きて、何のメリットがあるんだ。ばからしい。少年院時代に感じた人生の素晴らしさ、生きる尊さ、自分の大切さ。すべて幻を見せられただけだった。社会は閉鎖的でシビアで、冷たく退屈だった」
■「父の叱責が怖かった」
東証一部上場の大企業で、東大法学部卒の創業家御曹司がカジノにのめり込み、子会社から約55億円を無担保で借り入れていたことが発覚した前代未聞の不祥事。会社法違反(特別背任)罪に問われた大王製紙元会長、井川意(もと)高(たか)被告(47)=1審懲役4年、控訴中=は7月の被告人質問で、借り入れを加速させた経緯について問われ、創業家2代目として社内で権勢を振るった父の存在に言及した。
被告「父に借り入れが発覚し、使途がギャンブルといえば激しく叱責されるため、事実と違う説明をした。そのため借金が一部残ってしまい、何とかギャンブルに勝って返済しよう、と考えました」
弁護人「カジノにはまったのは仕事の重圧が原因ですか」
被告「私より大変な重圧を受ける経営者はいくらでもいる。ただ、自分も若くして高いポジションに就き、『創業家だから』と思われたくない、という気持ちは強くありました」
裁判官「ギャンブルで損失を取り戻せないのは、子供でもわかることです。あなたは本来極めて合理的な考えを持っているのに、そのギャップが埋められません」
被告「大きく負けると深みにはまり、取り返しがつかなくなりました。今考えると馬鹿げた話だが、ツキがあれば何とかなると思っていました」
■「菊地との今後は、ちょっと考えたい…」
昨年の大みそか深夜、オウム真理教元幹部、平田信(まこと)被告=逮捕監禁などの罪で起訴=が出頭したのを皮切りに、平田被告、元幹部の菊地直子被告=東京都庁郵便物爆発事件の殺人未遂幇助(ほうじょ)などの罪で起訴=ら教団の特別手配犯3人が逮捕、起訴された。いずれも公判開始は来年に持ち越しとなったが、平田、菊地両被告をそれぞれかくまったとして犯人蔵匿などの罪に問われた同居人の斎藤明美(49)=1、2審の懲役1年2月判決が確定、高橋寛人(41)=1審懲役1年6月、執行猶予5年が確定=両被告の公判では、逃亡生活の一端が明らかにされた。
長らく生活を共にした同居人への愛情を強調した両被告。しかし、今後の生活について、「社会復帰後はまた平田と一緒に暮らしたい」とはっきり述べた斎藤被告とは対照的に、高橋被告は複雑な表情を浮かべた。
被告「これまで(前妻との)子供に何も言わず、菊地と暮らしていた。今回の事件で迷惑をかけた子供や両親の理解なしに、菊地と一緒に生活することはできません」
検察官「じゃあ、別れるんですか?」
被告「出会った当時、精神的に普通でなかった自分を助けてもらった恩がある。簡単には離れられない。ちょっと、考えさせてください…」
■「俺から柔道を取ったら、何も残らない」
泥酔した教え子の女子柔道部員に乱暴したとして、準強姦罪に問われたアテネ、北京両五輪の柔道金メダリスト、内柴正人被告(34)は11月末、逮捕から約1年を経て被告人質問に臨んだ。
妻子のある身でありながら、刑事告訴した女子部員にとどまらず、同じ日に別の部員とも関係を持っていたことを認めた被告。事態発覚後の心境について、涙ながらに話した。
被告「この先どうなるんだろう、と…。俺から柔道を取ったら何も残らない。死のうと思いました」
弁護人「実際に行動に移したんですか」
被告「家族全員を連れて、実家に帰りました。家族が寝静まった後で、死のう、気持ちを決めて家を出ようと。その時、突然妻から声をかけられたんです。『死ぬなよ』と。それで引き留められました」
■震災、愛憎、ネット犯罪…
こうした著名事件以外の法廷でも、それぞれの事情を抱えた被告が「素顔」を垣間見せた。ストレスを口実にバーゲンセールで窃盗行為に及んだ福島第1原発職員。覚醒剤に手を染めた朝日新聞記者。20年に及ぶ不倫愛の末に結ばれた妻を殺害した元銀行員。人気漫画家に9千通の脅迫メールを送り続けた男-。
法廷を傍聴すると、そうした犯罪者の多くが、自分と変わりない市井の人であることに気付く。誘惑、嫉妬、心の弱さ…。25年も法廷で展開される「人間ドラマ」をお伝えしていきたい。