今日の帰り道、濃霧で、車の運転が怖かった。
霧の中を運転しながら、PTSD未治療の頃を思った。
必ず、きっと、絶対、なんとかする。の信念だけだった。非常に苦しくキツかった。今日の霧の中に居るような心境だった。
地球上に絶対有る。と信じていた。
アメリカはダメだ。イギリスの方が幾分いい感じか? もしかしたら、小国に有るのかも…?
治るならば世界のどこにでも行く。全財産をはたいても、山のような借金を抱えても、身体と人生に代えられるモノは何もない。と、強く思っていた。
絶対に(治らない。遺伝の)精神病の筈がない。おかしい。「寛解」という単語に吐き気がした。今でも大っきらいな単語だ。
「完治」「治癒」「健常」しか有り得ない。
だって、精神病になる要因を持って産まれて来ていないのだから。
一番大切な「人生」を無くすことは絶対に許されない。
「絶対」ということは無い。という人もいるが、当時の私には「絶対」以外有り得なかった。
あの時「絶対に」と、念じていた・信じていた状況に成った。「絶対に」は有った。
「きっと。」じゃない!
私は「絶対に。」だった。
正しい、真実の、医学的PTSD治療方法の確立に、心より敬意を申し上げます。
この治療方法が、人類の誉れである。ということは疑う余地も無い。
この治療方法が有る時代に、PTSD発症でほんとうに良かった。