スペサルチン…(マンバン柘榴石)No.6 & エネルギー41 | 8484yogiさんのブログ

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田口鉱山のマンバンザクロイシです。

オレンジ色の濃淡が分かるものを比較用に選んでみました。

ザクロイシが石英脈に大小かたまって産出される場合は色が薄いような気がします。薔薇輝石に出る場合はやや濃いめですね。





エネルギー41

前回は諏訪のミシャグチと第六天魔王が同一の神とされ諏訪で広く信仰されていることから、魔王の正体を探りました。そして魔王が釈迦に対して行った攻撃内容がクンダリーニ昇華に伴う諸現象であることが分かりましたよね。それはシャクティによる肉体への影響と幻覚を伴う精神への影響でした…(自分はどちらも経験済みです)。

両者は一方は大地のクンダリーニ、一方は人のクンダリーニということで表出の場が異なるだけでエネルギー自体は同じものです…。

個々の神をみると、それぞれ特質があって一見異なるように見えますけど、広角の目で見れば、そこには大差はありません。道祖神もミシャグチも地蔵も第六天魔王も岐神もヘルメスも猿田彦も同じです。

それは大地からの螺旋渦巻くエネルギー、宇宙根源の創造の生命エネルギーであるクンダリーニ(シャクティ)です。

そしてそれは法則に従い働きますので、善にも悪にもなります。言葉を変えれば創造にも破壊にもなると言えます。ただし、エネルギー自体に善悪はありませんけどね…。

釈迦の教えとはそうしたことを踏まえた生き方の教えなのです。シャクティは現界だけではなく、冥界や天界、涅槃へも導く案内人であり、次元を超えたエネルギーです。それは人がいかなる波動を放つかで左右されます。創造も破壊も本人の意識次第であり、それはひとつの生命体である自然に対しても同様であって、いかに人間がそれに対応するかなのですね。

前回出て来た釈迦が魔王の飲食(おんじき)供養を三度断ったとはそこのところを意味します。魔王の飲食とは人間の煩悩・自我を満足させんとする御馳走です。潜在意識に潜伏している自我にまとわり付く欲望に囚われず、それを絶つことが即ち飲食を断るということです。魔王の第六天とは人の楽しみを自分のものにできる天界ですから、人が悟って輪廻の輪から外れたり、そうした教えを説かれたりすることは阻止したいわけです。

日本を統治していた魔王が天照大神に国譲りをする際、仏教を広まらせないと約束の上、譲り渡したという平安末の説話は出雲系民族の朝廷や堕落した仏教への反感からの話だと思いますが、自分としてはなぜ悪魔でもある第六天魔王を持ち出してきたかの方が気になりますね。魔王たるマーラの前身はカーマと言われる愛とエロスの神とも言われ、実はシヴァに焼き殺された神なんですよね。

だから、魔王=大国主命という公式はいくら後代のこじつけであっても成り立ちません。シヴァが自分を焼き殺したことになってしまいますからね…。


さて、魔王・マーラは「殺すもの・死」を意味するそうです。しかし、魔も裏返せば善であり神ですから、そこは深読みしないと、ただの忌むべき存在となってしまいますよね。

この言葉をミシャグチに対応させると、死と再生、創造と破壊、豊饒と犠牲…こうした原初的エネルギーとその対立する二極の循環が思い浮かびます。高尚な哲学などないありのままの自然のサイクルといった感じです。

そうしたエネルギーを直球で表したものが男根石や女陰石といった性器崇拝だと思います。それは結局生命力たるクンダリーニです。
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上の写真の石も男女の陰陽エネルギーをさりげなく表しています。女性器は手水鉢(ちょうずばち)で表されます。ヒンズーのリンガとヨニにそっくりなものが日本にもあるそうですよ。間違いなくヒンズー教は太古日本に入って来ていますね。

ミシャグチと地母神たるカーリーの共通項をあげると、両神共大地に豊饒を与える代わりに生贄(いけにえ)を求めます。ミシャグチに対して御頭祭では鹿等、蛙狩神事では弓矢で射た串刺し蛙を捧げます。昔は人も…?

生贄って、今の人は当然残酷に思うでしょうが、世界中で神への捧げ物として「血」は流されてきました。日本でも牛や馬の首が雨乞い神事で切り落とされてきた歴史があります。神とのギブアンドテイクなのでしょうか?



さて、自分は何度も言うように人格を与えられる以前の神は火水(かみ)であり、それは大地のクンダリーニエネルギーであるという視点から古代を追っているわけですが、それは歴史学的には当然、トンデモ系の与太話と解釈されるでしょう。しかし、縄文人はエネルギーを理解し、それを応用していたという確信があります。

人体には経絡という気脈が縦横に走り、その中でも最重要なのが背骨のスシュムナー管です。そして我々の住むこの大地にも気脈、水脈などのエネルギーラインが縦横に走っています。

人の背骨にクンダリーニが上昇しても、それが全てにおいて善なる結果に結び付くわけではありません。覚醒する人もいれば、エネルギーにより体内でショートを起こして廃人になる人、幻覚から自殺する人もいます。

人であっても、大地であってもそれは電磁気的エネルギーのなせるわざで、その正体はプラズマだと思います。しかし、プラズマと精神活動の関連性を見ないでただ物理的に単純にエネルギーとして扱うとそこにはリスクが生じますけどね…。それは人にも自然にも心があるということです。そして心には波動のレベルがあります。土地の波動にも善し悪しがありますよ。

で、五の目構造についていろいろ書きました。魔法陣でも十字路と中心の関係は不思議な結果が出ましたよね。天地のエネルギーが合わさるとゼロ磁場になるような数字の並びでした。
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古代の道は気脈の上に造られ、その十字路の交点は異界へのゲートが開かれているということを以前かきました。それが、五の目構造なのですが、さらにフラクタルに拡大解釈すれば、大地の気脈とは断層のことです。

ひとつ、頭に入れておいて頂きたいのは(偉そ~に~!)、大地にも心があり、そのエネルギーが神だということです。

日本が世界の雛型だということはよく言われます。世界の大陸を集めると日本の形ができますよね。

では、エネルギー的に見て、日本の中心は何処だろうと考えてみました。

すると、大きな断層を五の目でみた場合、中央構造線と糸魚川静岡線が正確ではありませんが十字路を作ります。

その交わる位置は「杖突峠近辺」です。

はい、もう一度。

「つえつきとうげです!」

「エ~ッ、杖ですか~?」

これまでのブログの経過がなければ、杖突峠と聞いても反応はしなかったでしょう。しかし、「杖=ヘルメス=岐神=お供え餅(笑)」などと追って来た自分には、ちと驚きでした。いや、ちーっとどころかちびるくらいの驚きです。
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分かりますか?杖突峠は諏訪大社上社やその御神体山である守屋山のすぐ傍です。守屋山はモレヤ神というミシャグチを纏めるような神ですが、大きなミシャグチと考えてもいいでしょう。物部守屋とも関連性がありそうですが、そちらは今回はパスです。

杖突峠という名を聞くと、構造線上で急な勾配な為、歩くのにきつい峠であるから名付けられたと想像しますが…、そして実際そうなのですが、調べてみたら、アワワワワーッでした。

以下、ウィキを引用すると、「杖突峠は高遠と茅野市の境界の峠。本当の名の由来は杖突峠の南の守屋山は諏訪大社の御神体であり、かつてこの峠では神降ろしの儀式が行われていた。降りて来た神がはじめてその杖をつく場所がこの峠であることから杖突峠という」…とありました。

アワワワワーッでしょ?なんと杖突峠は神が降臨する場所だったのです。「杖を突いた場所」とされますが、「杖(柱)が立つ場所」というイメージで自分は捉えたいです。断層の十字路に立つ柱、五の目の中心に立つ神であり、大地のクンダリーニエネルギーが光の柱となって上昇する場所。

日本が世界の雛型であるなら、その日本の中心であるこの場所は世界の柱、世界の生命樹の立つ場所と言ってもよいでしょう。←ちょっと大袈裟(笑)?

中央構造線と糸魚川静岡構造線の正確な交点は峠の登り口らしいのですが、地下の構造ははっきり分からないし、どこで儀式が行われていたかも分かりません。しかし、守屋山から諏訪大社上社、杖突峠近辺の諏訪湖周辺が縄文人のエネルギー感覚を刺激していた重要なポイントであることは間違いなく、この辺りには絶対何かありますよね?…って誰に賛同求めてんだよ!
で、ちょっと調べたら、杖突峠はパワースポットになっているそうです。詳しく調べてないので分かりませんが、調べなくても自分には分かります(笑)!近くにはゼロ磁場で有名な分杭峠がありますね。気の出ているパワースポットです。で、こちらは「杭」です!多分杖突峠とリンクしてますね…。

自分でもちょっとびっくりの展開になってきました(笑)。ここに立つ神はカーリー女神なのでしょうか?はたまた、杖の大神たるクナトノ大神(岐神)なのでしょうか?

書きたいことは、いっぱいあるのですが、また長くなってきました。

最後に糸魚川静岡構造線について少しエネルギー視点で私感を述べて残りは次回に回します。

糸魚川静岡構造線はフォッサマグナという地溝帯の一部です。50ヘルツと60ヘルツの周波数帯を東西に別けているラインですね。
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日本は古アジア大陸の一部だったのですが、やがて分離して日本の国土を形成しました。その時分離した島輿の東西が反時計回りと時計回りの逆方向に回転しながら折れ曲がったのですが、その部分が今のフォッサマグナということです。

東西の島が回転ってここにも陰陽エネルギーの回転運動が見てとれますよね。

で、その千数百万年前の時代には海底火山が活発でした。自分が紹介しているジャスパーやオパール等はその当時の火山活動によって生成したもなんですよ。


石の話をすると、日本が誇れる宝石は「ヒスイ」です。
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糸魚川静岡構造線の一端糸魚川は縄文の昔からヒスイの産地でした。ここの神様はヌナカワヒメという女神様です。糸魚川の翡翠は五千年以上前から勾玉などの形で日本に広まっていますし、卑弥呼が今の中国に勾玉を献上しています。しかし、蘇我氏の衰亡とともに歴史からは消えていき、昭和になって再発見されるまで産地も不明となっていました。

産地が不明であったのは神の意思で封印されたのではないかと自分は思います。糸魚川静岡構造線を見ると分かるように断層近くにヒスイ峡があります。

それは巨大なヒスイが日本を守るパワーストーンとして見えざる神の意思により断層に配置されているのではないかと自分は感じるのです。今は天然記念物となっていて指定地内での採取は禁止です。それが正解だと思います。小滝などのヒスイの岩塊は磐座みたいなものですからね。

で、別の観点で糸魚川静岡構造線やフォッサマグナを見ると、自分はニュージーランドを想像してしまいます。
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もし、フォッサマグナで日本が分断されるようなことがあれば、東側はニュージーランドに似ていませんか?東北の震災に先立ちニュージーランドでも地震がありましたよね?場所はクライストチャーチ。日本に当て嵌めるとその位置関係は……うーむ、偶然とは思えませんねぇ!

(続く)