綾菜は一人、月を眺めていた。

「どうかしたのかい、かぐや姫」

聞こえていた言葉に振り向けば、勒七がいた。
恐らく、椿は刀の中だろう。

「かぐや姫は椿ちゃんでしょう?」

笑いながら言えば、勒七は小さく笑っただけだった。

「……悪いって言われちゃった。ねえ、勒七……諦めないといけないのかなあ」

勒七は綾菜の気持ちを知っていた。
寧ろ悠助以外は、全員知っていたのではないだろうか。

悠助に対してのため息を、口の中で噛み砕いて綾菜を見る。
泣きそうな表情に、何とも言えない気持ちになった。

「諦めないといけないなんてことはないよ。諦めないのも諦めるのも、わっちら自身が決めるのだから」

月明かりが妙に優しかった。










悠助もまた、部屋で月を眺めていた。

「桜……お前は蒼黒丸を愛しているか?」

「勿論でございます」

即答した桜に、悠助は何も言わなかった。

「桜……何故お前の主人は俺なのだ?」

単なる疑問に、桜は表情を強張らせた。
急に話を変えたことに対して、何かを言う余裕すらない。

桜は目を伏せて話し始めた。

「桜姫を扱うことが出来るのは、わたくしの子孫だけなのです。他の者では主人になることが出来ません」

「……皮肉だな。羅刹を信じていなかった俺が、一番近い位置にいたのだから」

自嘲の笑いを洩らした悠助に、桜は唇を噛み締めて、再び口を開いた。

「恨んではいないのですか。悠助様を……悠助様の一族を巻き込んだわたくしを!!」

桜の体は、かたかたと震えていた。

「刀は使い手を選ぶと言うが、詮ずるに刀をどうするかを決めるのは、使い手だ。刀が刀を握るわけじゃない」

悠助は立ち上がり襖の前まで行くと、桜を振り返って言った。


「お前の主人は俺だろう」
『お前の主人は俺だ』


桜は言葉を呑み、出ていく悠助の背を見送った。
悠助とあの人が重なって見えたのだ。
同じように長い髪を結い上げた、優しき“主人”。


『桜は姫らしく、堂々としていれば良いんだよ』


あの人の声が聞こえた気がした。