「そう言えば、姫さんは人や物に触れることが出来るのかい?」

妙な沈黙を無くす為か、それとも偶然かは分からないが、口を開いたのは勒七だった。

「先刻から地面に足が着いているのを、少し気になっていたのだ」と言っているので、恐らく後者だろう……。

「触れたいと望めば可能です。けれど、周りの人がわたくしに触れることは出来ません」

そう言って、二人に手に触れるように指示を出す。

「但し、悠助様は“桜姫”の主人なので無条件で触れることが出来ます」

勒七の手が、何かに触れることはなかった。

「桜姫をわっちが持っても、姫さんに触れることは出来ないのかい」

悠助から桜姫をひょいと奪い取る。

「はい。わたくしが認めた方が主人となるので、わたくしが望まないかぎり勒七様から触れることは出来ません」

何所と無く桜の雰囲気が変わった気がした勒七は、けらけらと笑って、桜姫を返した。

そんな勒七を見た悠助は、気でも狂れたかと思いながら口を開く。

「羅刹が何処に居るか知っているか?」

桜は申し訳無さそうに首を横に振る。
それを見た(正確には悠助を)勒七は、ため息を口の中で噛み砕いて歩き始めた。

「良い情報屋を知っているよ。江戸に戻ることになるけどねえ」

歩みを止めることなく言った勒七に、悠助は無言で跡を追う。


夜烏が一匹

江戸の方へと飛び去った


第弐章 『桜姫』 完