「に、逃げ・・ろ……」

勒七は目を見張った。
己を斬ると思っていた刀が、父の体を貫いていたのだ。

「は…やく、にげ・・ごほっ…はぁ、はぁ……」

「い、嫌だよ。おっとうを置いて逃げるなんて」

ぽろぽろと涙をこぼす勒七に父親は目を細めた後、血を吐いて倒れた。

「おっとう……?」

揺さぶっても起きることがない。
そんな現実に体が震えた。


「うわぁああああああああ!!!」



の海と化した幸せな場所。
遣る瀬無い思いに押し潰されそうだった。

カナカナカナカ……

蜩が

死んだ……

―――
―――――

「その後父の体から黒い靄のようなものが出てきてねえ。父が自ら死んだことが何よりの証左だと思わないかい」

雰囲気は戻っていた。

「……下らない」

悠助は呟いて歩き始めた。

「お前さん、それ口癖かい」

勒七はけらけらと笑いながら跡を追う。

午の刻

二人は雑踏する江戸へと消えていった。


第壱章 『始まり』 完