●登場人物

グスコーブドリ
本編の主人公。イーハトーブの森に生まれる。冷害による飢饉で一家離散ののち森一帯を買収した資本家の経営するてぐす工場で働くが、火山噴火による降灰の被害で工場は閉鎖。続いて山師的な農家の赤ひげのもとに住み込み、農作業の手伝いと勉強に励む。その後、興味を持っていたクーボー大博士の学校で試問を受けイーハトーブ火山局への就職を紹介される。火山局では着実に技術と地位を向上させていき数々の業務に携わり、ひとかどの技師になる。27歳の時、冷害の再発を目の当たりにして苦悩する。
ネリ
ブドリの妹。冷害による飢饉の時、自宅を訪れた男に攫われてしまう。後年、新聞の記事で火山局に勤務
するブドリが無理解な農民から暴行された事件を知り兄と再会を果たす。そのときには牧場の息子に嫁いでいた。後に一児を出産し、母親となる。
グスコーナドリ
ブドリとネリの父。きこりをしていたが、冷害による飢饉の際に家族に食糧を残すため家を出て行ってしまう。
ブドリの母
飢饉の際に、ナドリの後を追うようにやはり家を出てしまった。
人さらい
序盤でネリを誘拐した男。何故か誘拐してから3日後、ネリをとある小さな牧場の近くに置き去りにしていった。
てぐす飼い
ブドリ一家の家と森一帯を買収し、てぐす工場を経営する資本家。森の外れで行き倒れていたブドリに声をかけ、てぐす工場で働かせる。
後に火山噴火でてぐすが全滅したため工場を放棄し、ブドリに野原(農地)で働くことを勧める。
赤ひげ
広大な沼ばたけを所有し、オリザ(稲)などの投機的な作付けをしている農家の主。ブドリを雇って働かせるとともに、亡くなった息子の本をブドリに与えて勉強させた。
クーボー大博士
イーハトーブでは高名な学者。無料の学校を一ヶ月間開いており、最終日に志願制の試問を行い優秀な生徒に職を斡旋している。作中では、類を見ない優れた解答を行ったブドリに火山局を紹介した。自家用の飛行船を持っており、それを使って移動している。
ブドリが就職した後も、専門知識が必要な場面で相談に乗っていた。
ペンネンナーム
通称ペンネン技師。火山局に務める老技師でブドリのよき相談相手。

                                             (Wikipediaより 抜粋)






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† D.B.U.P. †



九 カルボナード島



 それからの五年は、ブドリにはほんとうに楽しいものでした。


赤ひげの主人の家にも何べんもお礼に行きました。


 もうよほど年はとっていましたが、やはり非常な元気で、こんどは毛の長いうさぎを千匹以上飼ったり、


赤い甘藍かんらんばかり畑に作ったり、相変わらずの山師はやっていましたが、暮らしはずうっといいようでした。


 ネリには、かわいらしい男の子が生まれました。


冬に仕事がひまになると、ネリはその子にすっかりこどもの百姓のようなかたちをさせて、主人といっしょに、


ブドリの家にたずねて来て、泊まって行ったりするのでした。


 ある日、ブドリのところへ、昔てぐす飼いの男にブドリといっしょに使われていた人がたずねて来て、


ブドリたちのおとうさんのお墓が森のいちばんはずれの大きなかやの木の下にあるということを教えて行きました。


それは、はじめ、てぐす飼いの男が森に来て、森じゅうの木を見てあるいたとき、ブドリのおとうさんたちの


冷たくなったからだを見つけて、ブドリに知らせないように、そっと土に埋めて、上へ一本のかばの枝を


たてておいたというのでした。


ブドリは、すぐネリたちをつれてそこへ行って、白い石灰岩の墓をたてて、それからもその辺を通るたびに


いつも寄ってくるのでした。


 そしてちょうどブドリが二十七の年でした。


どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るような模様でした。測候所では、太陽の調子や


北のほうの海の氷の様子から、その年の二月にみんなへそれを予報しました。


それが一足ずつだんだんほんとうになって、こぶしの花が咲かなかったり、五月に十日もみぞれが降ったり


しますと、みんなはもうこの前の凶作を思い出して、生きたそらもありませんでした。


クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、


やっぱりこの激しい寒さだけはどうともできないようすでした。



 ところが六月もはじめになって、まだ黄いろなオリザの苗や、芽を出さない木を見ますと、ブドリはもう


いても立ってもいられませんでした。


このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人がたくさんできるのです。


ブドリはまるで物も食べずに幾晩も幾晩も考えました。


ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちをたずねました。


「先生、気層のなかに炭酸ガスがふえて来れば暖かくなるのですか。」


「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、たいてい空気中の炭酸ガスの量できまっていたと


 言われるくらいだからね。」
「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変えるくらいの炭酸ガスをくでしょうか。」


「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、ガスはすぐ大循環の上層の風にまじって


地球ぜんたいを包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度ぐらい


暖かくするだろうと思う。」


「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」


「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」


「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようおことばをください。」


「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事にかわれるものはそうはない。」


「私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、


 私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」


「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に話したまえ。」


 ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。


 技師はうなずきました。


「それはいい。けれども僕がやろう。僕はことしもう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ。」


「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが


雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。


先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくなると存じます。」


 老技師はだまって首をたれてしまいました。


 それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。


そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。


 すっかりしたくができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって じぶんは一人島に残りました。



 そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月があかがねいろになったのを


 見ました。



 けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、


その秋はほぼ普通の作柄になりました。



そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、


たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るいたきぎで楽しく暮らすことができたのでした。




【終】



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「グスコーブドリの伝記」 /  宮沢賢治


青空文庫 より 九章以降 抜粋 (著作権保護期間終了作品)


●DOLL : VOLKS Super Dollfie 17 Reisner the ScarFACE