前にも書いた話…。
移植入院中、激しい胃痛,腹痛,腰痛があった。
麻薬系鎮痛剤を PCAポンプ という物で静注していた。
痛みが酷い時は、早送り という追加投与が上限無く使える。
自分で 早送り ボタンを押す事が出来る。
ただし15分に1回。
痛くてどうしようもなくても、次押せるまでロックがかかっており、ひたすら我慢である。
一晩中押していた時があった。
早送り の回数や投与量は、ポンプに表示され、看護師はチェックしている。
早送り が多ければ、投与量のベースアップが必要。
言わなくても看護師は考えていると思っていた。
そっと看護師に尋ねると、「早送りしていればいいじゃないですか。」と言われた。
痛い痛いと口に出してみることにした。
「痛いね~痛いね~。」とその看護師は言うだけだった。
赤ちゃん言葉に近かった。
「先生とお話したいです。」と言ったが、医師が来たのはそれから2時間後で、結局、1から説明をしなければならなかった。
あるがん患者さんの集まりで、この話を笑い話にして伝えた。
自分にとっては小さくない苦痛が、医療者には軽視されている事実は、殆どの方々が経験しているのを確信した。
皆さん、深く何度も頷いて苦笑していたから。
共感も寄り添う気持ちの言葉も大切で基本である。
でもそれは、可能な限りのソノモノの除去や軽減が大前提だと考える。
被災地での心のケアで、問題点の変化が生じているらしい。
TVで見た。
そっとしておいて欲しい
根掘り葉堀り聞かれたくない
何もかも無くして、現在の衣食住もまだまだ大変で、自分の努力だけではどうにもならない。
生存に直結した問題に、少しでも進歩が見えたり、ゴールや見通しがついたなら、心のケアももっと有用になるのではないか。
辛いね辛いね
悲しいね悲しいね
と、やるべき事もなされずに言われても、満たされない思いがあって当然ではないか。
でも、私も、果てしない思いにゴールが見える事を祈るしか出来ない…。