恋の街札幌は、深い雪だった。
私は羽田発朝一番の飛行機で新千歳空港に降り立ち、そのままここ札幌にやってきた。
さすがに寒い。最高気温が氷点下だというこの日。
しかし、それにしてもこんなに雪が積もっているとは思わなかった。
私は午前中の早い時間に、当地で裁判をすませ、いつかこのブログでも紹介した市内のカレーショップで「オムカツカレー」980円というのを食べ、そのためついに所持金が10,000円を切ったが、明日の予定に備えるべく、札幌午前11時51分発の特急「スーパーおおぞら5号」で、一路釧路に向かうことにした。
釧路まで4時間以上の旅である。
北海道というのは、東京や大阪から来るよりも、道内の移動の方に手間ひまがかかるところである。
しかし、それにしても実にあったかい車内。
私はコートはもちろん、背広の上着も脱いで、ワイシャツ姿になった。
まわりのお客さんにもそういう人が多い。
ディーゼル特急は、うなるような音を発しながら、雪の札幌駅を定刻に発車した。
実は、昨晩徹夜していたため(今年に入ってもう何日徹夜をしたことか。情けない。)、窓の外からのまぶしいほどの雪の照り返しの中、私はじきにぐっすり寝入ってしまった。
で、携帯電話で目がさめたのは、列車が南千歳に近づくころ。
車窓の外は果てしない雪原だった。
それが、南千歳から石勝線に入るとなおさら深まる。
人工物がまったく視界に入ってこない、ただただ静まり返った深い雪の原野が続く。
特急「スーパーおおぞら」は、雪煙りをまき散らしながら、轟音を立てて突っ走る。まるで人跡未踏といった感じの白い世界の中、単線の線路だけが心細く続いている。
よく「銀世界」というが、一面の雪の世界は決して銀色には見えなかった。
午後1時過ぎ、特急は、スキー場で有名なトマムに停車したが、駅のプラットホームもまた半分雪に埋もれており(外はいつしか吹雪になっていた。)、特急からは1人か2人が降りただけのようだったし、逆にこの駅から特急に乗ってきた客もほとんどいないようだった。
私は、寝たり、電話に出たり、寝たり、電話に出たり、を繰り返した。こんな山間なのに、私のこの古い携帯に電波が届くのが意外だ。
特急は、トマムを発した後、さらに古びたスノー・シェルターを何度もくぐりながら、やがて石勝線とは別れを告げ、根室本線に入り、新得(しんとく)、帯広、池田…と鉄路を刻む。
次に私が目をさましたときは、右手の車窓に太平洋の冬の海原が迫っていた。
白糠(しらぬか)、そして終点釧路も近い。
このあたり海沿いは積雪はそんなにないようだった。むしろ海があるのに乾いた感じの景色が続く。
そして、午後3時半ころ、まだそんな時間だというのに、早くも真っ赤な夕日が太平洋に沈もうとしていた。
帯広で半分くらいのお客をおろした特急は、定刻よりも5分程度遅れた午後3時50分、無事に釧路にたどり着いた。
それにしても、少しでも油断すれば雪に埋もれてしまうだろう雪国の鉄道路線を保守する鉄道マンの苦労はいかばかりだろう。よほど緻密な計画や備えがあるのに違いない。しかし、石勝線にせよ、根室本線にせよ、JR北海道。決して黒字のドル箱路線とかいうことではないはずだ。
こうして凍え死ぬことなく、あったかい車内で無事に移動できるのもそういった努力のおかげなのだ。
時間を要するとはいえ、こうして旅行を楽しめる。本当にありがたいことだと思わずにいられなかった。
鉄道旅行には、飛行機旅行にはない、なんというか重みみたいなのを感じる。
旅のブログでないのに、旅行のことばかり書いてすみません。
次は法律家らしい記事を書こうと思います。