【たわごと】牧伸二さんと昭和の時代。 | さすらいのタマネギ☆ハム式ブログ☆さすらいのタマネギがゆく(っΞ⌒ω⌒Ξ)っ

【たわごと】牧伸二さんと昭和の時代。

ご無沙汰をしておりました。

本当にいろいろな事がありまして、病にも苦しめられていました。

完治とまではいきませんが、良くなってきましたので、ちょっと復活です。

ウクレレ漫談の牧伸二さをがお亡くなりになったそうです。

自ら命を絶たれたのではないか?という状況らしく、残念でなりません。

ああいう笑いが受け入れられなくなってしまった時代なんだ。

病気後に以前のようなネタ作りが出来ず、悩んでいたようだ。

いろいろな話が飛び交っている状況ですが、本当に残念でならず、ご冥福をお祈りいたします。


あのウクレレ漫談は、まさに昭和の時代を写していたのだな!と思います。

戦後を脱却し、高度経済成長と言われた時代。

まだまだ海外旅行など、夢また夢のころ。
あこがれのハワイを想い抱かせる、ウクレレによるハワイアン(を模した)メロディーに載せて、ストーリーのある話をした最後に『あ~んあーぁ、やんなっちゃった、あ~んあーぁ、驚いた』と締める。

同時代か少し前なのか、牧伸二さんの全盛期時代、さすがの自分も幼少期なので分かりませんが、あきれたボーイズというグループ漫談の芸人もいた頃。

映画のヒーローのセリフも『あぁ、あきれてしまうな!』だけで、観客が沸いていた、どこか心優しき時代だったと思います。

あーぁ、イヤんなっちゃったな!って呟いても、でもまぁどうにかなるさ!って翌日には、ケロッとしていられた時代というか。

たまに、ビートたけしが選ぶ、今見たい芸人って番組をやっていますが。

あれには、やはり昭和を代表する芸人である、ケーシー高峰さんが、毎回トリを務めていて。

たけしさん曰わく、あんなドスケベオヤジは居ないってくらいのネタなんですが、白衣を来てのダジャレでの医療漫談だから、スケベさに変な粘りが無いのですよね。

あ…スケベな粘りって…(笑)

病気回復度80%(笑)


永遠のマンネリなんて、誰が言った言葉か知りませんが。

でも、昭和の芸人のネタって、最後は分かってるけど、安心して見れちゃう、水戸黄門みたいな安らぎがあるんですよね。

今どきのなんて言うと、自分もオヤジだなって思いますが。

そういえば、自分も本当に小さな頃に見たような見ないような記憶の話ですが、伊東四朗さんが【てんぷくトリオ】という漫才?コント?そんな芸人だった事を知らない世代のほうが、すでに多いのですよ。

のちにベンジャミン伊東って名で、インチキなサーカスの団長みたいな格好して【電線音読】を歌ってたのも、遠い昔の話かぁ…。

『ニン♪』

ってね(笑)

小松政夫が、目尻を横に伸ばして『なが~い目で見てください』とかね。

しらけ鳥。


あれはドリフというか、志村けんのカラスね唄の原型みたいなもんだな。

『白ける』なんて言葉も昭和の異物的なものですかね。


せんだみつおの『ナハナハ!』も、沖縄の日本への返還に絡めたネタだもんなぁ…。


もう何年も前の事ですが、こんなワタクシに中学校時代の恩師の先生が、人前で話をする機会を与えて下さいました。


その中で

【イジメが起きる、子どもたちが生きにくい時代の背景に、まんが日本むかし話が放送されなくなった影響】という話をしました。

家政婦は見たの女優、市原悦子さんと、個性派俳優常田(ときた)富士夫さんが、子どもから爺さん婆さん、時には化け物まで声を担当していた、番組です。

全国各地に伝わる、昔話を時にはコミカルに、時には子どもにはかなりショッキングなキャラクターの漫画(アニメ)で、土曜の夜7時から30分の番組。

普段は夜7時からは、父親の威厳でチャンネル権は、子どもには与えられず、NHKのニュースであっても、土曜日だけは許されたという伝説もある番組。

福島県だと、手長足長や、屁っぴり女房(屁こき嫁)なんて話が取り上げられてましたね。

何の話だったから忘れてしまいましが、人気の話は繰り返し放送(と言っても再放送でなく、微妙に作り変えられていることもあった)の中で、人の良い爺さんが

『婆さんや、おらー、あんころ餅が食いてぇだ』
ってセリフの話があって。小学生ならば、月曜日には教室中で、常田さんの少し枯れたような声を真似て

『おらぁ、あんころ餅が食いてぇだ』

のセリフが飛び交っているほど、みんな見ていた番組でした。

それに飽きたらば、そのあと放送の『8時だヨ、全員集合』の話題。

さて、そんな番組に何がって思うでしょうが。

今の時代、たとえゴールデンタイム(夜7時から)の番組とはいえ、家族全員が一緒に見ていて、子どもに見させたく無い、親と見るのは恥ずかしい場面、芸人イジメ、や暴力的な場面の無い番組は、果たしてどれくらいあるでしょうか。

まんが日本むかし話 は、子どもに教えるべきこと、伝えていかなくてはいけないことが、本当にたくさん詰まった話を、時にコミカルに、時に真剣に、恐怖心すらも与えるような番組だったのです。

屁の話がいい話?って思うでしょうが。

屁っぴり女房という話だって、子どもにガマンしなきゃいけない事がある、でも一方では許すことの必要性もあるという、現代人にこそ教え伝えるべき話なのです。


ウィキペディアで【まんが日本むかし話】の事を調べてみると、ワタクシと同じように考える人はたくさん居るようで。

番組が打ち切られた後、テレビ局には抗議の電話や手紙が殺到。

それは、子どもたちではなく大人たちからの、あんな良い番組をやめるな、再放送して欲しい、テレビで流せないならば、せめてDVDを発売して欲しい、子どもに、孫に見せてあげたいとの話が、今も続いているとの事。
そんなにも愛されている、信頼されているテレビ番組など、世界中探しても他に無いかもしれません。

時にはガマンも必要。
憎むばかりでなく、許す事も必要。悪いことはしてはいけない。自然のチカラを侮るな。

子どもたち、いや現代の大人たちにも、教えること、伝える事が詰まったいるのです。


話を聞いて下さった皆様は、最初は一体なんだと疑念をもった顔をしていましたが、最後には、そうだった!確かにその通りだと納得して、笑顔で拍手をして下さいました。

昨年の終わり頃であったか。アメトークという番組のスピンオフ企画の番組で、ネプチューンのホリケン(堀内健)さんが、その特異な人間性を生かして、旅先で出会った人々と仲良くなろうという内容。

そこでホリケンさんが歌っていたのが、まんが日本むかしで長年エンディング曲として流れていた『人間っていいな』でした。

クマの子見ていたかくれんぼ お尻を出した子一等賞 夕焼け小やけでまた明日 また明日 いいな いいな 人間っていいな おいしいおやつに ホカホカお風呂 暖かい布団で眠るんだろな 僕もかえろ お家へかえろ でんでんでんぐりかえってバイバイバイ!


一部自信がありませんが、こんな歌詞の唄。

いいないいな、人間っていいな♪ と、今あったばかりの人々と一瞬にして仲良くなっていくホリケンさん。

彼もほぼ同世代なんですよね。あの番組を見て育った世代。

唄ひとつでも、仲良くしなきゃいけないよ!を、ホリケンさんは見せてくれたと、自分は受けとりました。


そんな時代でも、昔は良かったと言える訳ではありません。

ワタクシの中学校時代というのは、学校がいちばん荒れ果てていた時かもしれません。

校内暴力という言葉があり、窓ガラスが割られるのは日常茶飯事。教室の角では毎日のように、今はイジメと言われる行為のひとつ、殴る蹴るね暴力が振るわれて、生徒の自殺も多発していました。

のちに、ゆとり教育というものが行われ、学力が低下したので、再び詰め込み型の教育に戻されようとしています。

ゆとり教育。

イジメはいけない、いのちの大切さを教える時間を作ろうとしたはずですが。

教育現場にも、文部省にも、教育研究家の中にも、では具体的に何をどう教えていくべきか、それを現役教師に教えられる者が居なかった。

試行錯誤するうちに学力テストの点数が下がり。
ゆとり教育をめざした本来の目的は果たせぬまま、イジメや暴力が減るどころか、減ったと見せかけていた偽装工作が露呈し、教育界が滅茶苦茶になっただけでした。

果たせたのは、市町村所属の教師たちの、同じ公務員である役所勤務の公務員との、格差是正(完全週休2日制への移行)だけでした。

まんが日本むかし話のビデオを見せて、この話が教えようとした意味は何か?
といった教育は、果たしてどこかで成されたか?

ウクレレ漫談の牧伸二さんを惜しむ中で、昭和の時代を懐かしみ、いろいろな事を考えさせられた本日でした。