日頃から自分の置かれた状況を「世間一般」と比較してどの位置にいるのかを知る事はとても大切な事です☆
なぜなら自分の「おろそかな部分」を軌道修正させる為の「目安」になるからです☆
でも現代の人達は、「世間一般」という基準を使って「優越感」と「罪悪感」にもてあそんでるだけになっています…。
自分は正しいんだ!
とか…
自分は役立たず…
とか…
そこで答えを完結させて 自分を「安全位置」に居させたいだけのルールになってしまっているのです…。
そして自分だけ「安全位置」にいって、それ以外の位置にいる人を可哀相に見下す始末…。
「安全位置」を理解できない人達には罵声を浴びせて 終わり…。
「常識」や「世間一般」はそんな使い方をする為に作られたのでしょうか?…。
だから「劣等感」にさいなまれる人達のリベンジも許されない「狭い心の萬栄」が起きてしまうのではないでしょうか?
僕から見ると「劣等感」にさいなまれている人のほうが素敵に写っています☆
劣等感や罪悪感を持っているって事は、イコールで自分が人の為になっていないという自覚があり、少なくとも
「人の役に立ちたい」
という思いが心に宿っているという事をあらわしています☆
劣等感や罪悪感を持つ人は、自分を磨く努力さえすれば「優しい人」になれるわけです☆
というか「根が優しい人」だから劣等感や罪悪感を感じられるわけです☆
常識的な生き方…
世間一般の答え…
それが本当にどういうものなのかを知らずに、自分を優等生にしても何の「善」にもなりません。
世間的にイイ子ちゃんだとして…
それが本当に生きる価値なのか…
己の心に問いただしてみて下さい。
本当に人を人として見ているのかどうかを…。