真冬に怖い話でもいかがですか?
しかし、今回のは経験した中でもそんなに怖くない話。
むしろ染井が怖がらせてしまったという、不思議な話です。
染井はある事情から、赤ん坊の頃から都内の大学病院に通っていました。
病院は怪談の宝庫。
しかし、染井が20年通った病院で怪異に遭遇したのは2回しかありません。
それは染井が高校生だった頃のこと。
通い慣れた大学病院で診察を済ませ、3階から1階の会計に向かって階段を降っていた。
古い建物ではあるが小学生の頃には一人で入院していたこともあって、当時は恐がりだった染井も普通に歩いていた。
階段の踊り場にさしかかった時、何者かの気配を感じた。
明らかに誰かがこちらを見ている。
しかし、踊り場どころか階段にも、階段の先に見える廊下にも人はいない。
気のせいだろうかと通り過ぎようとするが、痛いほどの視線は変わらず染井に刺さる。
その視線がどこから発しているのか、指を差して場所を示せるぐらいである。
だが、そこを見ても何もない空間が広がっていた。
よくわからないので、やっぱり通り過ぎようと思ったが、ふと(ひょっとして視線を発している辺りを凝視したら、何かが見えるかもしれない)と考え、その空間を凝視してみた。
端から見たら女子高生が踊り場でボーッとしているように見えたかもしれない。
が、幸い人は来なかった。
30秒ほど空間を見つめていたが、ついに何かが見えることはなかった。
何も見えなかったが、視線が怯え始めたことは気配でなんとなく判った。
染井から逃げようと気配が後ずさりしたのか、ちょっと離れたような。
怯えて視線が泳いでいるような。
気のせいかとも思ったのだが、どうしても気配が怯えているように感じた。
なんだか申し訳なくなって「ゴメンね」と小さく呟いて、その場を立ち去った。
それから一年ほどが経って、再び病院を訪れた時のこと。
前にあった怪異のことなどすっかり忘れ、ボーッと廊下を歩いていたら視線を感じて足を止めた。
建て増しした建物を繋ぐ廊下なのか、明らかに不自然な勾配と、無駄に曲がり角が多い廊下。
その途中の角に前は置かれていなかったナイチンゲールの彫像があり、その台座の辺りから染井を見つめる視線があった。
その途端、以前も階段の踊り場で何かに見られたこと、その見ている者を見ようとして凝視したことを思い出した。
(よし、今日こそ正体を見てやろう!)と思った染井は、周りに人気(ひとけ)が無いことを確認してツカツカとナイチンゲールに近づいた。
すると、気配がササッと台座の陰に逃げ込む。
(…え? オバケがビビってる?)
そんな馬鹿なと思った瞬間、以前遭遇した視線の主が凝視する染井に怯えたことを思い出した。
(… ってことは、前に会ったオバケと同じオバケってこと?)
台座の陰に逃げ込んだ何かは怯えた視線で染井を見上げている。
囁くように「…本当にゴメンね」と謝って、その場を離れた。
それからその病院は改装工事をしてすっかり新しくなって、古めかしくも大学病院らしかった大理石の階段や踊り場も、不自然な勾配と曲がり角があった廊下も無くなり、近代的なビルに生まれ変わりました。
ナイチンゲールの彫像とは新しくなった病院の別の場所で再会しましたが、例の視線の主はいませんでした。
その後、入院することになりましたが、視線を感じることはありませんでした。
あの視線の主は病院の中を自由に移動できるようだったけど、新しくなった病院に今もまだいるのでしょうか?
視線の高さが染井の胸の高さなので、恐らく子どもだと思うのだけれど…。
思い出すと、ちょっと切なくなるような、そして大変申し訳なくなる怪異でした。