感情表情参上^^
テーマ:ブログ表情はノンバーバルコミュニケーション。
セリフがなくても なにかを 伝えてくれます。
感情と表情。。わたしは一致しているだろうか。
本当は泣くようなところでごまかして笑って自分をいじめていないだろうか。
どれほど自分をいじめれば気が済むんでしょうか。
本当は怒りをだして自分を守るべきところで
ココロがまひして 相手の侵入を 許していないだろうか。
いやなことをされた と 思ったとき
どうして やめてください! と 言えないんだろうか。
こうやって いろんな場面の自分を感じて整理整頓していきます。
”「怒りを感じました。。”
と言っているのに涙を流しているその姿は
悲しみの感情に見えた。
怒っている人の心のなかは悲しみでいっぱいなのかもしれない。
いろんな感情をのりこえる。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう
と思うこと
自分がどうしようもなく ダメだ! と 思うこと
人を傷つけるくらいなら自分なんていなければいいと思うこと
あの人と自分を比べて自分が劣って見えること
あの人みたいにうまくできないとおちこむこと
何百回何千回あっても大丈夫
それを乗り越えてきたから
優しさがにじみ出てくる人柄がオーラとなる。
あなたという存在は本当は誰とも比べることができない存在。
だけど生まれ育ってきた中で誰かと比べられてきた。
その記憶が反応として今にでてくることがある。
もう 比べなくても大丈夫。
心の底からそうわかったとき
安心の世界がひろがる。
誰かに自分の素晴らしいところを見つけてもらいたい
認めてもらいたい
ほめてもらいたい
100点をとりたい
完璧にこないしたい。
自己顕示欲も 健康的な発達段階。
本当に見てもらいたいのなら
やる。 やり続ける。
そして 自分という エネルギーをそこに入れ込む。
それを一週間一か月一年5年10年とやり続ける。
あきたら ちょっとおやすみすればいい。
そして 等身大で生きる。。
調子に乗って 自己を拡大して わたしってすごい!
なんでも できる と 思える時もある
反対に縮小して 自分にダメ出しをして
なにをやっても だけだ と 思える時もある
人の評価はかわるもの
それだけに 振り回されて生きるのはしんどくないですか?
世に問う という意味で
人の評価にさらされることを選ぶことも自分できめていい。
そこの芯に 誰かがついてくれても
たとえ ひとりでも やる と 自分で決める。。
そして ありのまま 等身大で生きる。
これを意識していたら
自分の中の等身大 というものが
感じでわかってくる。
等身大で生きていたら
いいかっこうしなくていいし
とりつくろわなくていいし
離れる人は最初から離れるし
関わろうと思ってくれる人はずっと関わっていくことになるでしょう。
全員に好かれなくてもいい という 覚悟も
等身大で生きる ということに むすびつくのかもしれませんね。
今までのくせって さがのように 表情も染みついているものです。
表情トレーニング
表情研究
楽しくやっています。
そんな意識をもてば 毎日は大冒険。
なにを見ても研究対象で。。
気を抜いてはいられません^^
人の話を聴いているときの表情
自分が話をしているときにどんな表情で聞いてもらいたいだろうか
意外と自分が話をするときは
意識できていても
自分にスポットがあたっていないときの
立ち居振る舞いを見る人はみているものです。
自分にスポットがあたっているとき
ほかの人にスポットがあたっているとき
自分はどう感じているだろうか。
そんなことからも 自分の生きる道は感じていくこと
幸せで豊かな道を選んでいくことができます。
今日も一日ありがとうございます。
おやすみなさい。





