海も 暮れきる・尾崎放哉 | ひでの天声時評(甘辛ブログ)

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 咳をしても ひとり

 これは自由律俳句を作った尾崎放哉の代表作である。

 明治18年鳥取県邑美郡吉方町に生まれた放哉は子供の頃より秀才の誉れが高かった。

 地元中学を首席で卒業すると、第一高等学校(現東大教養部)、東京帝国大学法学部へと進む。

 しかし、東京帝大に入学後、酒に耽溺するようになり、加えて結核も発症し奈落の底へと落ち込んでいくのである。

 放哉は従妹の芳衛(よしえ)に魅かれていく。しかしこの恋は実らなかった。句を作るのに芳哉(ほうさい)と名乗ったのはこの頃である。

 彼の芳衛(よしえ)に宛てた葉書きには、次のような二行が書かれていた。

 ー 我過(われあや)まてり

   芳衛様

 恋に破れた彼は以後放哉と名乗るようになった。

 そんな、尾崎放哉の俳句が、

 海も
 暮れきる

 なんと、素晴らしい表現ではないだろうか。

 しみじみと、胸に染み入る。

 「暮れる」ではなく、「暮れきる」。ここに情景のしみじみとした味わい、深い慈愛が感じられるではないだろうか。

 吉村昭のこの小説を、僕はいま読んでいる。