シルバーバーチの教えとともに

苦悩も悲しみ、人それぞれにあります。
それらには意味があり原因があります。
知ることで救われます。知識は大切です。知識は武器です。

シルバーバーチが教えてくれます。
「地上を旅する者であれ、地上の住人になるなかれ」


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自分の霊性の発達にとって、どういう体験が大切であるかの判断は、あなた方自身にはできません。
大きな全体像の中のごく限られた一部しか目に入らないために、あなた方自身が下す判断はどうしても歪められたものとなります。
ですから、体験の価値をうんぬんしていないで、とにかくそれを克服していくのです。
きっと克服できます。

[シルバーバーチの新たなる啓示 P75]


誰でも、不幸や困難な出来事は避けたいものです。
そう思っていても、すべての人に大なり小なりの出来事が起こります。
自分が不運だったわけではありません。
たまたま起きたわけでもありません。

必要だから起きた、それだけです。

自分の蒔いた種の刈り取り、
今の自分に必要な体験だから起きたのです。


私たちは、摂理のひとかけらほどしか理解していません。
そのほんのわずかな知識で何を判断できるのでしょうか。

摂理のひとかけらさえ、理解できていないのかも…

それすらも、わかりません。

ただ、わかることは
背負えないほど重い荷を背負わされることはありません。

これも摂理の一つです。

だから、大丈夫
克服できるはず
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人生の目的は至って単純です。
霊の世界から物質の世界へ来て、再び霊の世界へ戻った時にあなたを待ち受けている仕事と楽しみを享受する資格を身につけるために、さまざまな体験を積むということです。
この地上があなたにとって死後の生活に備える絶好の教訓を与えてくれる場所なのです。
その教訓を学ばずに終われば、地上生活は無駄になり、次の段階へ進む資格が得られないことになります。
」(シルバーバーチの霊訓[1]P45/3~8)

私たちは霊の世界からこの地上に生まれました。
地上生活の間のさまざまな体験を通して、自分を創り上げていきます。
自分が経験する出来事に対して、
何を感じ、
何を思い、
何を言葉にし、
どう行動したか。
この一つ一つの積み重ねで自分を創っています。
霊界へ戻る自分が、地上でどのように変化し、進化しているかは、今こうして地上にいる間に創りつつあるのです。

この世的な幸せばかりを求めていると、地上でしか経験できないことで成長できるチャンスを逃します。
それはせっかくの地上生活を無駄にしたことになります。

地上での苦労は、決して不幸ではありません。
苦労を通して、忍耐や寛容や慈悲心を育むことができるはずです。
そういったものを身に付けて霊界へ帰ることが、地上人生の目的です。





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死は消滅ではありません。
死は無になることでもありません。

私たちは、“肉体の死”という体験をするだけです。
‥地上生活の最後の体験‥

死とは肉体の全機能停止であり、その肉体から霊が解放されることです。

霊は生命そのものであり、生命は霊そのものです。
霊の無いところに生命はありません。
物質は殻に過ぎません。
霊という実在によって投影されたカゲに過ぎません。
物質それ自体には存在はないのです。
あなたが存在し、呼吸し、動き、考え、判断し、反省し、要約し、決断し、勘案し、
熟考することができるのは、あなたが霊であるからこそです。
霊があなたの身体を動かしているのです。
霊が離れたら最期、その身体は崩壊して元の土くれに戻ってしまいます。

(シルバーバーチの霊訓[1]P40/6~11)


肉体の死を体験し、本来の姿である霊に戻るだけです。
死は終わりではなく、霊としての生活の始まりです。
霊として《生きる》生活の場があります。
それが、霊界です。
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以前、私は親しくなった人によく聞いていたことがあります。

「あなたにとって、“生きる”って何?」



スノボ―が何よりも好きで、
知らない人ばかりのメンバーでもスキー場まで連れて行ってもらえるなら、
誰とでも行動できる女性は、
『生きるとは食べること』と答えました。
…とても本能的…

『呼吸をして、生活をすること』と答えたのは、
小学生の時、野球中継を一緒に見ていた父親が興奮し過ぎたせいか、急に目の前で倒れ救急車で運ばれた病院でそのまま亡くなった経験をした男性。
(子どものころの記憶なのであやふやですが、本人は興奮したことが死因だと思っています。)
この地上界がすべてで、地上界に存在することが一番重要。

大変な子煩悩の男性は、『横と縦のつながり』と答えました。
子どもをとても可愛がっていましたが、
離婚したため子どもと離れて暮らしています。
最も愛おしく最も遠い存在の子ども。
人のつながりが一番大切。
家庭を維持していたなら、違った答えになっていたかもしれません。

『日常を繰り返すこと』と答えたのは、肝臓がんになった知人です。
長い入院生活でわかった、当たり前と思っていた健康と日常の有難さでしょうか。


そのころの私にとって、『生きるとは考えること』でした。

私にとって地上世界は、さまざまなことが納得できない世界でした。
なぜ、こんな世界に生きなければいけないのか。
私がいなくても世界はたいして変わらないのに、
なぜ私はここに存在しなくてはいけないのか。
答えを見つけられず、同じ思考をぐるぐるしている時に、
ふと、
 “一体、人は何を思って生きているのか”を知りたくなったのです。

いろいろな人に聞きましたが、同じ答えはありませんでした。
そして、そのどれもが正解とは思えませんでした。

わかったことは“自分の体験したことでしか、生きる意味を考えられない”でした。




今は理解できます。

自分がなぜここにいるのか。
地上世界が不公平で理不尽なのはなぜか。
私の目的は何か。
本当の幸せとは何か。

人間の知性では辿りつけない答えです。
しかし、答えは単純で素朴です。
問題は受け入れられるか受け入れられないかだけ…


地上の人間がその本来の姿で生きていくには、
神の摂理、霊的真理を理解する以外にないからです。
盲目でいるよりは見える方がいいはずです。
聞こえないよりは聞こえた方がいいはずです。
居眠りをしているよりは目覚めていた方がいいはずです。

(古代霊は語る P43/1)


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数年前の冬の深夜に、父の危篤の連絡を受け入院先に駆けつけました。
病室の扉は開いており、中には親族が数人集まっていました。
白すぎる蛍光灯の下の父は、顔も身体も黄色味がかっていて、すでに父が肉体に宿っていないことは明白でした。

その父の抜け殻に、担当医は機械的に心臓マッサージを続けていました。
どれほどの時間心臓マッサージを続けていたのか、私にはわかりません。
私は「父はもうここにいないし、戻ってもこないのに…」と、空しい思いで眺めていました。


父の死を実感できたのは、父の亡骸を自宅に連れて帰る車中です。
葬儀社の車には運転手と、後ろに父の亡骸と私だけでした。
やっと父に語りかけることができた気分でした。

このとき、父はどこにいたのでしょうか。
霊能力のない私にはわかりません。

私も地上人生を終え霊界へ帰ったとき、父に会って聞いてみたい。
それとも、今夜睡眠中に霊界で父に聞けるでしょうか。
聞けたとしても、朝目が覚めた時は覚えていないでしょうけど…


父は、物欲や趣味や娯楽が人よりも少ない人でした。
真面目にコツコツと働き人並み以上の収入もありましたが、決して贅沢することもなくお金に執着することもありませんでした。


なぜか、今日は父を思い出します。
父が私に何か語りかけているのでしょうか。
そばにいるのでしょうか。

やっぱり、霊能力のない私には何もわかりません。

霊界で父に会って聞くしかないようです。

「お父さん、今何してるの?」

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