何年も放置していて申し訳ありません

楽しみにしていらっしゃる方がいるのはわかっていながら、相当ブログから離れてしまいました


久しぶりにひとつ屋根の下を読み返しました

今では登場するほとんどのメンバーは卒業してしまいました

あの頃がとても輝いていのだなと改めて実感しています


優子さん、御出産おめでとうございます

みなさま、お久しぶりです


あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます(2年分)



しばらく放置をしてしまい申し訳ありませんでした

なかなかパソコンに触れる余裕すらない毎日を過ごしています


ホルモン結成記を書き進めたい気持ちは納まっていません




マジすか4

楽しみです



Siede W


「さて、それでは第一回チーム名会議を始めたいと思います。司会はわたくし、リーダーのヲタが務めさせていただきます。ゲストはこの方々です」
「どうも、紫色の唇には定評ありのウナギです」
「緑のジャージが良く似合う、こんにちは、アキチャです」
『フリップでお送りします。笑顔がチャーミングなムクチです★』
「……」
「あれあれ、どうしましたか、バンジーさん!放送始ってますよ」
「くだんねー……」
「いつもながらにバンジーさんは不機嫌ですね、仕方がない。では始めたいと思いますが。いかがでしょうか、皆さん。チーム名のアイディアは出ましたか?」
「ヲタさん、こんなのはいかがでしょうか!チームカバヤキ!!」
「かば焼きって……。まんまウナギじゃねーか、リーダーはヲタだろうが」
「そうだそうだー」
「いやいや、ここはあえてのね。変化球って奴ですよ」
『却下!!』
「では続いてアキチャさんですが」
「よくぞ聞いてくれましたよヲタさん。リーダーであるヲタさんをメインに押し出しました!」
「ほほー、自信満々ですね!ではどうぞっ!!」
「これですっ!ヲタとアキチャとゆかいな仲間!!」
「却下!!ヲタはともかくとして、何でお前までメインなんだよ」
「いいじゃねーか、俺とヲタでシブヤさんから逃げたことは良い思い出」
『却下却下!!』
「続いてバンジーさん!!」
「……インガルス」
「大草原の小さな家じゃねーかっ!!」
「……ワイルダー」
「だからお前の趣味じゃねーかよ!!」
『大却下!!』
「はぁ……、そんじゃ満を持してのムクチさんですけど」
『はいはーい♪たくさん考えたんだけどどうしようかなー』
「お前、よく書くよな……」
「喋らねーくせにマジでうるせーな」
「なんなんだよ、ムクチ」
『どんっ!!題して「ガールズトーク」★』
「うわー……」
「トークも何も喋らねーじゃんかっ!!」
「つかガールズトークのどこにもヤンキーの要素ねーしっ」
『お茶会★』
「うっざ!!」
『まぁまぁ!ちゃんと話し合おうじゃないか』
「なら喋れよ!!」
「で、ヲタは?」
「俺か?俺はこれだ!チームヤキニク!!」
「私のとあんま変わんねーじゃん。ならカバヤキにしようぜ」
「いやいや、焼肉うめーじゃん!!」
「エドワーズ……」
「だから小さな家はいいっつの!」
「もう何でも良いんじゃねー?」
『おしゃべりパーティー★』
「「「「お前は黙ってろ!!」」」」
「あ、あのー……指原さん達」
「あ?」


 俺らの会議を邪魔するかのように、教壇に立つ一人の男。一応はこのクラスの担任。クラスの誰からも無視されるほどの存在。馬路須加女学園において、あまりその意味を成していない教員の一人。名前は知らない。入学式のときに名乗ったらしいけど、俺は保健室にいたし。なんなら保健室のキケンの方が印象は強いぐらいだ。
 一応、時間としては授業中だ。黒板一面に描かれた落書きの隅っこで、担任は板書をしていた。けれどクラスの誰も聴いている気配は無い。教室内で思い思いのことをしている。音楽を聞いていたり、雑誌を読んでいたり、オセロをしていたり。そして俺たちは会議中。マジ女に名を広めるためのチーム名を考えているところだ。全くもって良い案は出ないようだが。歌舞伎シスターズなんて、結構良いよな。ラッパッパとか、大島軍団も良い。あんな感じのを名付けたいんだが……。まぁ思うようにはいかないわけで。
 授業聞かなくて良いのかって?うーん、まぁ良いんじゃね?他の誰も聞いてねーんだ。俺達が聞いたって何が変わる訳でも無い。勉強を、この学校で真面目にやろうと思っても駄目だ。これでいいんだよ。


「授業中なんだけど……」
「うるせーっ」


 俺に似合わず、反撃をしてみた。別にヤンキーじゃねーし怖くなんかない。投げた消しゴムは、空気のような担任の額にクリーンヒット。おぉ、すげーじゃん、俺。よくできましたってところか。


「ヲタも随分悪になったな」
「別にいいだろ、俺だってヤンキーだ」
『よっ、リーダー!』
「さすがー」


 不思議なことに、こいつらはしっかりと俺のことをリーダーとして認めてくれていた。よくわかんねーけど、嬉しい。あと、恥ずかしい。あんまり素直ではないけれど、最近は俺のことを支えてくれる。何だろ、こういうもんなのかな。リーダーって。バンジーだってツンツンしっぱなしだけど、認めてくれてる。優子さんみたいになれるかはわからないけど、このチームで頑張りてーな。
 そういや、優子さんは大丈夫だろうか。あの日。あの雨の日に崩れ落ちて以来、音沙汰は無い。サドさんやシブヤさんが動き回っている話は聞くけれど、肝心のリーダーが動かない。それとも……動けないのか?校内には様々な憶測が流れている。優子さんが崩れ落ちたことは噂として完全に広まっていた。警察に捕まったとか、セリーナさんにやられたとか。当事者として見ていた俺は、別に語ることはしない。しないけれど、やっぱり心配だった。優子さんには助けて貰った借りがあるから。


「お、まただ」


 教室の端っこで机を固めている俺達。窓際にいたアキチャが呑気に窓の外を指差した。俺達も一緒になって窓の外を見る。噂をすれば影。優子さんじゃないけれど、大島軍団だ。校庭の隅をシブヤさんとトリゴヤさんが駆けて行く。ラッパッパの下っ端らしきヤンキーに追いかけられながら。トリゴヤさんを庇うようにして逃げるシブヤさんは少し焦り気味。無理もない。トリゴヤさんは戦力として数えることは出来ないし、人数の差で言えば苦労しかないだろう。
 しかし、シブヤさんは退くことは無い。多分だけれど、あの人は相当な負けず嫌いだと思う。負けるくらいなら、プライドのひとつぐらい捨てそうなイメージもある。大島軍団に入ったのも、プライドを捨ててるんじゃないだろうか。
 一瞬、摺り足のように動いたかと思えば、その素早い拳がヤンキーの顎を的確に捕らえる。


「すげ……」


 バンジーもアキチャも、シブヤさんの技に見惚れている。一見中学生にも見えてしまうあの体型だが、強さは本物だ。強さだけじゃない。喧嘩のセンスもあるのだろう。だが結局は多勢に無勢だったようだ。逃げて行くトリゴヤさんを尻目に、シブヤさんがどれだけ持ちこたえるのかと思えば、さらに敵の援軍がやってきた。これではシブヤさんも逃げざるを得ない。悔しそうな顔を滲ませて、退散していくのだった。


「優子さん、もうやられてたりして……」
「んな訳ねーだろ」


 根拠なんて全くない。ウナギの言う通り、もしかしたら知らないところで優子さんはもうやられてしまったのかもしれない。けど信じたくは無かった。だってあの強さを間近で見ているのだから。矢場苦根のヤンキー何十人を1人でやっつけるような人だ。簡単に……やられてるわけがない。


「そんなことより……チーム名どうすっか」
「そんなことって……」


 でも、そんなことなのかな。結局のところ、俺達は何も関係がない。ラッパッパと大島軍団の抗争には。セリーナさん達は関連づけてるけど。首からかけたホイッスルを関連付けてるけど、本当にただの偶然だと思う。ただ、ホイッスルを吹いた時にラッパッパがすぐ傍にいて、大島軍団の誰かもまた、近くにいただけなのかもしれない。同じ町内だ。偶然に偶然が重なって、助けられるという形になっただけ……なのかもしれない。そんなことである証拠に、俺達はシブヤさんを助けに行こうなんて考えていない。助けて貰った恩があるにも関わらず。やっぱりただの傍観者に過ぎない。


「今日も各自宿題かなー」






Side Y


 徐々に本格的な夏が近づいていた。ブラックの実家である教会。講堂の中がかなり蒸し暑い。この暑さじゃ、まだまだ本調子が戻りそうにねぇな。風邪を引いた時にでも使うような冷却シートを額に貼り、講堂の天井を見上げる。エアコンの聞いた部屋なんてわがままは言えない。短期間でも居候な訳だからな。ここに居れるだけで……それだけで十分だ。つか、扇風機があるし、この風でいいよな。


「優子さん……大丈夫ですか?」
「おう、おかえり。ブラック」
「……ただいま戻りました」


 珍しくも珍しく、ブラックが頬に色を付けた。真っ白な肌に少しだけ赤みが差す。それぐらいに、ブラックはおかえりという言葉が嬉しいようだ。おかえり。ただいま。そんな当たり前のようなやり取りが嬉しいらしい。まぁあんな親父さんだからな。人を嫌いながら生きてきたんだからな。当然だ。私だって同じだ。一人で生きてきた。当たり前のやり取りなんて言ったけれど、私自身あまり体験しては来なかった。


「大丈夫だけどよぉ、いつまでここにいなくちゃいけないんだよ」
「……調子を取り戻すまでです」


 人魚姫の前で倒れたことが、どうにも大事になっているらしかった。情けないばかりだけれど、片ひざ付いちまったことがいけなかった。人前であんなことになってしまったことは、瞬く間に街中に知れ渡ることとなっていた。いや、セリーナの野郎が広めたのは言うまでもないんだけどよ。あの野郎はマジで性格が悪い。性格の悪さでは右に出る者はいない。絶対にいない。そんじょそこらのヤンキーだって、あそこまであくどくは無い。
 あの野郎が街中にそんな話を広めるもんだから、広めちまったもんだから、一歩外に出れば追いかけまわされることとなる。木端どもがよってたかってうざってぇ。うざったくて仕方ねぇ。くっそ!!っざけんな!!こっちが調子でないからって何やっても良いとか思いやがって!!たいていの木端は、そりゃワンパンでどうにかなるけどよ、そうもならない木端だって中にはいるんだ。
 なんて興奮しようもんならすぐに胸が痛くなる。心臓を鷲掴みにされるように。踏みつけられるように。針で刺されるように。けれどそんな弱みを見せている場合じゃない。敵にはもちろん、仲間にだって……。ブラックにだって、サドにだって。


「学校はどうだ?」
「どうもこうも……思うように動けないです」
「……だろうなぁ」


 思うように動けない。動かせない。そんな陣形が街中に張り巡らされている。学校だけじゃない。街中全体にだ。それが誰の策なのかは見当がついてる。シンディではない。あれはキレるがそんな面倒なことはしない。ハナでもない。奴も奴こそ面倒事には手を出さない。セリーナ?あの野郎は性格が悪いだけ。性格が悪すぎるだけで、木端も付いてこない。


「コマか」
「えぇ……」


 四天王の一角。白雪姫。シラユキコマ。馬路須加女学園3年、駒谷仁美。奴こそ、現ラッパッパの参謀。大参謀長。ラッパッパで一番のキレ者。白雪姫のごとく、7人の小人を……いや、70人の木端を自在に動かす。木端共を動かし、追いつめる。しつこいまでに追いつめて、肩を付けるってのがコマのやり方。自分では手を出さないのが流儀。矢場苦根のようにただ揃えただけの人数では無い。結構な腕利きを集めてる。ただのヤンキーじゃない。齧ってた程度でも武道の経験者ばかりのようだ。


「あれが動くと本当に面倒くさいなぁ……」
「シブヤも逃げ回ってるようです」
「んー、だろうなー」


 逃げ回るだけじゃ埒が明かないんだがな。思うように動けなかろうと校内の情勢は知っておかなくちゃいけない。ラッパッパのこともそうだし、一年のなかでの動きだってそうだ。情報はやっぱり持っていれば持ってるだけ強い。動けない私の代わりに、他の皆が動き回ってくれている。一年の中でもそれなりの動きは起きているようだ。非道に立ちまわる歌舞伎シスターズや、硬派な一匹狼の学ラン野郎。他にも続々と名を上げ始めているようだ。ヘナチョコ達も大変だなー。ま、テッペンに立つほどの器がいるのかはわからん。案外いきなりの転校生とかに全て持って行かれたりして。


「さてと、他の四天王よりも厄介なわけだけど。どうすっかなー」
「優子さんは動かないでください……」
「そうもいかねぇだろ。今回は」


 コマが動くことは本当に面倒くさいのだ。いつかのサドの攻撃のように、ジワジワやってくる。結構な人数に囲まれて、撒いたかと安心したところで先回り。逃げ回る内に囲まれる。まるで追い込み漁でもされているみたいだ。まぁそんな追い込み自体は逃げ切ることは容易だが、腕利きを集めているだけに体力を使う使う。他の学校の溜まり場に追い込まれたこともあったし、コマを相手取ると必要以上の喧嘩を用いられるから面倒くさい。今回もそうなってしまうのだろうか。
 しかし、シブヤはしっかりと逃げ回ってるのか。短気な奴だからしっかり喧嘩を買ってきてしまうもんだと思ったが、大丈夫そうだな。あれで結構冷静だから助かる。真っ直ぐな奴だし、私と同様にコマの戦法が嫌いなのかもしれん。


「それより心配なのは」
「トリゴヤ……」


 あの鈍くささじゃいつ捕まったって可笑しくは無い。如何せん、喧嘩慣れしている訳じゃないから。大人数に囲まれれば一番にやられちまうだろうな。天然ドジっ子がそこでは痛い目を見てしまう。ヤンキーの世界だから、仕方ねぇんだけどさ。それにしたってトリゴヤの実力だけは本当にわからない。こんな情勢の中でも普段は涼しい顔をしている。本気で鈍感なのか、それともトリゴヤなりの余裕を見せているのかは定かじゃない。


「んー」
「……どうかしたんですか?」
「嫌な予感がする」
「……嫌な予感?」


 嫌な予感とトリゴヤ。それが2,3秒後に一致することになった。ブラックの携帯電話のバイブ音が静かな講堂に響く。大きく、ブーンと。携帯電話のディスプレイを確認したブラックの表情がほんのちょっとだけ変わった。ほんの数ミリだけ、目を見開いた。ポーカーフェイスのブラックなりの、驚愕の表情らしい。
 無言でブラックは携帯電話のディスプレイを私に向けてきた。受信したメールの画面。差出人はシブヤから。内容は……。


『トリゴヤがいなう』


 おいおい、シブヤちゃん。逃げ回りながら打ったメールだか知らないけど打ち間違ってますよー。あら可愛いー。なんて呑気なことを言えればどれだけ良かったんだろう。どう見たってそれは、打ち間違いだとわかるし、どう打ち間違ったのかもわかる。ついこの前、ゲキカラがいなくなったばかりだっつーのに、今度はトリゴヤが居なくなったらしい。
 でも、まだ私は知らない。このシブヤからのメールが、一通のメールが事態を急加速させていくことを。そして……トリゴヤの正体を。






Side Sb


 くそくそくそっ!あの野郎どこにいきやがった!!さっきまで後ろ付いて来てたくせに、急に消えやがった。またどっかでこけたか!?足が遅くてはぐれたか!?ラッパッパに誘拐でもされたか!?これだからあいつと組むのは嫌なんだ!!優子さんもサドさんも、何であんな奴をチームに入れてるんだ。優子さんはいくら聞いたって


「面白いからいいじゃんか」


なんて笑って済ませる。下に付いてる私からすりゃ、何も面白いことはねぇんだよっ!!強くもねぇ、速くもねぇ、狂ってもいねぇ、木端を持ってるわけでもねぇ!!あんな奴がこの先、どう使えるって言うんだよ!!
 そんな考えを巡らせながら、校内を走り回る。一人だとかなり動きやすい。勝手知ったる学校内だ。広い上に、ラッパッパの木端がそこら中にいるけど、一人なら気にもならねぇ。見つかる前に走り抜けちまえば済む話。トリゴヤがいないだけで、こんなに自由だなんてな。しかし、優子さんは私を一人にはしてくれない。必ず誰かと組まされる。私の強さに信用が無いのか?それとも裏切るとでも思ってんのか?裏切るぐらいなら、手を組みもしねぇ。もっと、私を信用しろ……。って、不信感を持ってどうする。今はそれよりもトリゴヤを探すことを考えろ。例えグズだろうと、仲間は仲間だ。居なくなったからってそのまま見捨てるほど、私はひねくれちゃいない。
 仲間を失うこと。その辛さはわかっているつもりだ。ラッパッパに潰された私のサークルの仲間は、もう私に近づいてこようとはしない。関わってこようとはしない。当然だ。ただのギャルサーだったのに、ヤンキーの抗争に巻き込まれたのだから。私が、ギャルでありヤンキーであったから……。
 トリゴヤのやつは何処にいるんだ。本当についさっきまで後ろにいたんだ。校庭か、校舎裏か、近くにいなきゃおかしい。サドさんとブラックにトリゴヤを見失ったという内容のメールは送信済み。優子さんは動けないし、ゲキカラは頭がいかれてるから人探しには向いていないだろう。頼れんのはサドさんとブラックだけか……!!


「シブヤっ」


 もしかして学校の外へ連れ出されたかと思って校門の方へ走っていたところに、サドさんがやってきた。校門の外から。学校の外から。ここでサドさんに出くわすと言うことは、トリゴヤには会っていないということか。学校の外では無いのか。


「サ、サドさん……」


 走り回って息が切れている自分に、立ち止まってようやく気付いた。ピンクのスカジャンが肩からずれ落ちる。暑い。暑くて着てらんねぇよ、スカジャンなんて。でも脱ぐ訳にはいかない。これが今の私達をつなぐものだから。脱ぐことは、裏切ることと同等。優子さんに渡されたんだ。脱ぐ訳にはいかねぇ。自分から居場所を捨てるほど、馬鹿じゃねぇんだ。


「すみませんっ……、木端に追っかけられて見失った」

「どこでだ」

 サドさんの眉間には皺が寄っていた。それが怒りからなのか、心配からなのかはわからない。頬を伝う汗も、暑いからなのか必死に走って来たからなのか。とにかくサドさんはトリゴヤを大事にしている。……気がする。いつもトリゴヤを気遣っているような気がした。そんな様子があるわけじゃねーけど、ただの勘。


「あっち……」


 さっきまで木端に追いかけられていた方を指差す。もとはと言えばラッパッパのクソ木端のせいだ!!雑魚のくせに人数増やして追いかけて来やがって!!トリゴヤ庇いながら逃げる身にもなれってんだ……!!まぁ、もちろんのこと奴らが私らの事情を考えてくれる訳も無かった。


「ラッパッパか」
「多分、コマです」
「コマ……」


 こんだけの木端を動かすんだ。あのいけすかない女に決まってる。ヤンキーのくせに何を気取ってんのかしらねぇけど、うざってぇ……!!駄目だ、疲れと焦りと怒りとで冷静になれない。コマの野郎をぶっ飛ばしたくてしょうがねぇ。でも、そんな簡単にもいかない。優子さんが動けない今、下手に騒ぎを起こすことは不利にしかならない。四天王も副部長も部長も、幹部は健在なんだ。勝ち目は薄い。今は冷静さを取り戻さなくてはいけない。体制を、態勢を戻さなくてはいけない。


「ゲキカラは?」
「え?」
「私達だけじゃ探せない。ゲキカラの鼻なら」


 あ……。そうだ、忘れてた。あの馬鹿犬だったら、確かに匂いを追える。そんなことも忘れてた。私と違って、サドさんは焦っていても冷静だった。靡く前髪から見える古傷。しっかりふさがってはいるものの、その傷は色々と物語る。


「けど、あいつケータイ持ってないし」
「なら……こいつらの血を嗅げば来るわけか」
「は……?」


 いつの間にか囲まれていた。マジ女のセーラー服を着たヤンキーどもに。おいおい、マジかよ。このタイミングで囲むとかマジで止めろよ。それどころじゃねぇんだ、ザコども。どうせコマの下っ端なんだろ。人数に物言わせてうざってぇ。トリゴヤ探さなきゃならねぇってのに。優子さんに知らせなきゃいけねぇってのに。
 それにしても、見たところ十数人。私ならともかく、サドさんを相手にこの人数って、舐めてんのかよ。





Side W


 なんだろ、遠くから何かが聞こえる。ような気がする。叫び声みたいな?何だろ、随分と高い声だけど。どこかで聞いたことあるような、ないような。具体的にどんな音とか例えられない。んー。
 授業に飽きて、チーム名会議に飽きて、5人で教室を飛び出してきた。飛び出してなんて言うほどに勢いは無かったけど。バンジーはふてくされたように俺達の少し後ろを歩いてる。ウナギは俺の横で欠伸。アキチャとムクチは楽しそうに談笑中。おいおい、アキチャ。一方的に話しかけているようにしか見えねぇけど、いったい何をそんなに盛り上がっているんだ。え、授業抜けだして何すんだって?それを考えるんじゃんか。授業聞いてても別に面白いことは無い。数学なんて、中学までは何となくわかったけど、今は何を話してんのかわかんねぇし。エックスだワイだって、人生の何に役立つんだよ。やりたいことだけできりゃ十分だ。


「やりたいことがねぇ」


 ウナギがさっき呟いた言葉だ。その通り。本当にやりたいことがない。別にスポーツに熱中してるわけじゃない。金を稼ぎたい訳じゃない。勉強なんてまっぴらごめん。何をしていいのかわからない。やりたいことがない。テッペンを取りに行く?できるならやりてぇよ。でもマジ女のテッペンは遠すぎる。遠すぎて手が届かない。俺らには無理だ。最低限、今のラッパッパや大島軍団がいる限りは。俺らみたいな弱者には頑張れないことだってあるんだ。
 今日の課題はとにかくチーム名を考えることだ。まだ午前中だし、ファミレスで粘ればそれなりのもんは考え付くんじゃねぇかって、これから駅向こうのファミレスへ向かうところ。


「なぁ、何か聞こえなかったか?」
「何かって?」


 反応してくれたのはウナギだけ。バンジーはケータイをいじりだしていた。ケータイ好きだねー。さすがは現代っ子だな。俺だってケータイいじるのは好きだけどさ、歩きながらいじるほどではねーよ。


「叫び声みたいな、よくわかんねぇけど」
「こ、怖ぇこというなよ」


 怖いかどうかはわからねぇ。音の正体が何かわかんねぇんだもん。本当に叫び声だったらとは思うけど、でもここはマジ女だ。ヤンキーの巣窟。地域で一番の不良が集まる学校。叫び声のひとつぐらい聞こえても何の驚きもねぇ。……もしラッパッパの幹部がいるってんなら別だけど。何かもう、ラッパッパの関わる事態は勘弁してほしいわけで……。本気で強いから、あの人らの攻撃って重みが違うんだよ。シンディさんの蹴りは今でもよく思い出せる。腹を蹴られた瞬間には、少し身体が浮いたっけな。


「何も聞こえなかったぞ!!」
「んー、気のせいか?」
「気のせい気のせい!絶対そうだ!!」


 気のせいにしてははっきり聞こえた。あの叫び声みたいなの、本当に聴き覚えがあるんだよ。小学校のときか?うろ覚えだけど、絶対に聞いたことがある。何だっけなー……。あー、何かイライラする。すぐ喉のあたりまで出てきてるんだけど、何だったか思い出せない。小学校の頃って言えば何だ?あんな声を出すような奇特な友達はいなかった。じゃあ何かの動物かな……。小学校で飼っていた動物と言えば、インコと鶏とウサギだけど。うーん……。
 と、考え事をしながら昇降口に差し掛かろうとした瞬間、一人のヤンキーが廊下の向こうにいるのに気付いた。ほとんどの野郎はまだ教室にいる。マジ女のヤンキーってどこか真面目なのか、授業の時間は何故か教室にいるんだよな。授業を聞いてるわけでもないのに。だからこそ違和感があった。周りにヤンキーがいないわけじゃない。ゼロなわけじゃない。けれど、あの人が一人でいるなんておかしい。赤いスカジャンを着崩して、いつもとは違った雰囲気で、廊下の向こうを一人で歩いて行く。廊下を歩くその後ろ姿は、まるで幽霊でも見ているかのようだ。もちろん俺が幽霊を見たことあるというわけじゃねーけど、でもその姿がぼやけて見える。


「トリゴヤさん……?」


 本当にトリゴヤさんか?あの赤いスカジャンは確かにそうだけど、雰囲気が全然違う。長い髪を後ろに流す訳ではなく、前に下ろしている。変てこな髪型だ。それにあんなに赤かったっけ、髪の毛。惚けた風ではなく、天然な風ではなく、また違った感じのふらふらした足取り。ウナギ達には見えていないのか?何にも感じていないのか?廊下の向こうを歩くその姿が、まさか俺だけにしか見えないわけじゃあるまいに。
 ふと、トリゴヤさんらしき人物の足取りが止まった。止まったけれど、まだ上半身がゆらゆらと揺れる。何だ何だ。急に背中に寒気が走る。ゾクゾクと、背中が大きく震える。上半身のゆらゆらが大きく動き始め、首がぐらんぐらんと左右に大きく動く。こっちを向くつもりらしい……!不味い、何か目を合わせちゃいけない気がする!!あれは……マジもんの幽霊だ!!


「何で、その名を呼んだのでしょうか?君が」


 急に身体が浮き上がった。浮き上がって、そのまま壁にぶつかる。何が起きたかなんてわかるわけがねぇ。ウナギか?アキチャか?ムクチか?それともバンジーか?すぐそばにいたウナギ達に、何で俺は暴力振るわれてんだ。つか、こいつらが俺に攻撃しかける意味がねぇ。


「いってー……!何しやがる!!」


 壁にぶつかり、尻もち付きそうになったが何とかこらえる。痛みは大したことはねぇ。シンディさんのときと同じ、身体が浮き上がる威力の蹴りだったけれど、シンディさんほどじゃねぇ。蹴りよりも、壁にぶつかった方が痛かった。大して強くは無い。んー、もしかして本当にトリゴヤさんか?
 なんて顔をあげると、ウナギとアキチャとバンジーは喧嘩の構えを使っていた。ムクチだけはいつも通りキョトンと立っている。


「君はつくづく色んなことに関わってきますねー」


 そこにいたのは、誰がどう見たってトリゴヤさんじゃない。見覚えのないヤンキーがそこにいた。ハナさんに比べたら目を引くような格好をしているわけではない。セリーナさんほど清楚な格好でも無い。ヒールの高いブーツ。腰にはチェーンと音符のアクセサリー。セーラー服は着ずに、真っ白なシャツに真っ白な半そでパーカー。胸元には真っ赤なリボンが目立つ。銀色に染め上げた髪の毛を二つ結びにし、両耳にはリンゴの形のイヤリング。


「マ、マジかよ……!」

 あー、もちろんわかったよ。この流れだからな!シンディさんはシンデレラのガラスの靴、ハナさんはいばら姫の眠り、セリーナさんは人魚姫の歌声。その流れで来りゃ、耳のリンゴは白雪姫。毒りんご。あははー、マジで今回は自分でわかったぞ、どうだこのやろー!


「ヲタさんは本当に関わってきますねー。何でトリゴヤのことに触れるのですかねー」
「うちのリーダーに何してんだこらっ!!」


 きっとコマさんであろうその人に、アキチャが空かさず飛びかかる。大ぶりで、俺から見たって隙だらけのアキチャのパンチを、白雪姫はするりと避ける。その場で、下駄箱が並ぶその狭い中で、バク転を軽々とこなしてきた。なんてしなやかな動き。直後、バンジーも動いた。やっぱり大ぶりの蹴り。バク転の直後の白雪姫だ。ボディーに当たる!さすがはバンジー!そう思うと……やっぱりするりと避けられていた。えっ?何だ、今の蹴りは当たるだろ、普通。どうやって避けた。避ける瞬間すら、わからなかった。


「逃げんなっ!!」


 ウナギの体当たり。おいおい、体当たりは自棄だろ。そりゃ当たるとは思うけど、四天王に自ら突っ込むとかな。しかも結局避けられる。わざわざ馬跳びのようにウナギの頭の上を跳ぶ白雪姫。着地しようとする白雪姫に、バンジーが追い打ちをかける。当然だ。こんな狭い中で、空中で、追い打ちを避けられるわけじゃない。判断は早かった。俺も、ムクチも、アキチャも、白雪姫を囲むように拳を振りかぶった。確かに囲んでいる。確かに拳を振った。
 白雪姫が消えた。一瞬で姿が消えた。俺達は勢い余ってふらついて、互いにぶつかり合いながら地面に転がった。


「あーぁ、僕に傷を付けようなんて百万光年早いんですよ。この僕、白雪姫にね」


 僕っ娘なんて初めて見た。漫画とかアニメ以外で僕を一人称にする女がマジでいるなんて知らなかったぜ。まぁ俺も俺だから大概だけどよ。消えたタネは実に簡単だった。どうやら白雪姫の方が着地が早かったらしい。着地さえしてしまえば、しゃがむことで避けることができる。

「うらぁっ!!」

 地面に伏せた状態から、声を上げて脚を振ってみる。当たれば何ぼのもんだ。俺にしてはなかなか機転の良く攻撃。なんて、それはウナギが後ろから迫っているのに気付かせないためなのだ!はっはっは!これぞチームヤキニク(仮)のチームワークなのだ!!もちろんのように俺の蹴りを回避する白雪姫。一歩後ろに下がり、ひらりと交わす。


「そして後ろにも」


 そっと近づいていたウナギを制止する。さっと後ろを振り向いて、ウナギの顔面にパンチ!うわーっ、四天王の直接の攻撃だ!こりゃウナギ、一溜まりもねーぞっ!!マジ女に入学して以来、人が吹き飛ぶ場面は何度か見た。四天王だ。また、そんな光景が見えるもんだと思った。ウナギが吹き飛ぶ瞬間だ。悪いけど間近で見よう。
 と、思ったがポコっと軽く音を立てるだけ。ウナギ自身も大分身構えていたようだが、少し頬っぺたが赤くなるくらいで……平気そう。ウナギが一番だけれども、俺達5人とも呆気に取られた。何だよ、今の。シンディさんやセリーナさんだったらこんな風にはならないはずだ。


「あ、あんた……まさか、弱いんじゃ」
「あぁんっ!?」


 白雪姫の目が光った。光っても何も怖くはねぇ……。何だろう、攻撃が弱すぎる。さっき蹴られたときだって、全然痛くは無かった。何で避けてばっかなのかって言えば、この人は逃げるしかできない。だからこそ木端に囲まれているんだ。木端がいなければ、一人で四天王にはなれない。シンディさんやハナさんのようなセンス、セリーナさんのような狂気をこの人は持っちゃいない。


「もう一度、コマを囲めっ!!」
「よっしゃーっ!!」


 初めて、マジ女に入学して初めてラッパッパの部員に勝てると思った。けど俺達は舐めている。他の3人の四天王にだって負けたじゃないか。勝てるわけがないのだと、この時に悟るべきだった。まるで、空気を相手にしているみたいだ。5人で囲もうとこの人は捕まえられない。拳だろうが蹴りだろうが、攻撃はかすりもしない。フワフワと逃げ回るその姿は、いないのと等しい。空気を相手に挑んでいる。俺達の方が完全に有利な状況だ。5人だし、狭い空間だし、倒せなくちゃおかしい。
 結果、3分もすれば俺達の息は上がってしまう訳で。マジで体力がねぇのな……。死ぬ。


「もしかして舐めてるんですか?僕こそ、四天王の一角、白雪コマその人です」


 コマさんは涼しい顔をして、その場にしゃがみ込む俺達を眺めていた。きっととかそんな曖昧なもんじゃない。影武者なんかじゃなく、この人が本物の白雪姫だ。だって、そこらの木端じゃ5人で囲めば一人ぐらい大丈夫だ。もう倒せてるはず。いくら実力者ぞろいの白雪姫の小人達とは言え、木端は木端でしかない。5人で何とかなる。この人、攻撃は弱いけれど……。こいつなら倒せるんじゃないかと、他の皆もそう思ったかもしれない。ラッパッパに挑んだバンジーですら、白雪姫なら倒せるんじゃないかという思いが頭をよぎったろう。でも違う。違うと思う。この人は強い。ただ攻撃が弱くて、ただ避けているだけじゃない……。


「た、倒せねぇ……」

 シブヤさんがハナさんに挑んだときに、シブヤさんは翻弄されていた。攻撃をかわされ、ワンサイドの喧嘩

になっていた。ハナさんも避けるのは得意だった。でもあれは、滅茶苦茶に耳が良いからだ。シブヤさんの足音、拳で空を切る音、声を分析し、即座に反応していた。でもコマさんの場合は違う。


「ヲタさんは察したかな?多分、御名答でしょう」
「あんた……、どんな反射神経してんだ」


 先天的か後天的かはわからない。でもこの人の反射能力は並外れている。攻撃と言う刺激に対しての反射能力だ。どんな攻撃に対しても、瞬時に反応し避ける。避けていると言うか、当たらないための反応。異常なほどの体力もある。ゲームで言えば、攻撃以外のステータスをとにかく上げているみたいな。回避率、体力、スピード。攻撃以外の全てに特化している。


「一目置かれているだけはありますね。よく観察している。その通りです、僕に攻撃は当たりません。それが大島優子であろうと、副部長であろうと、部長であろうとね!」


 高慢な笑みを浮かべていた。どれだけの自信があるのか知らない。けれど、その実力は自信に見合っているのかもしれない。こちらの攻撃が当たらない。弱くても、コマさんは攻撃ができる。持久戦に持ち込むか、木端の人数で潰すか。他の四天王とはまた違う、怪物じみた能力だ。


「木端共はサドとシブヤに向けています。君達の相手を僕自身でしなくてはいけないのは少々癪ですけど、しかし四天王の相手ではありません。攻撃が弱いのは認めましょう。でも、頭も良くセンスもピカイチのこの僕ですからね。ヤンキーが何人来ようと全て翻弄して見せます」
「クソみたいな自信……」
「何とでも言いなさい。今回の指揮権はラッパッパ参謀長の僕にあります。邪魔はさせません」


 よく喋る口だ。そして高慢ちき。セリーナさんの口の悪さもそうだけど、いちいちイラっとする。でも喧嘩じゃ敵わないんだ。相手にするだけ無駄というもの。それよりも、今回って何だ?ラッパッパが動いているのか?動きを止めている大島軍団に木端を消し掛けて、何をするつもりなんだ。
 いや、ちょっと考えればわかる。大島軍団の穴がある。穴を狙えば、軍団を崩すことだって、そう難しい話ではない。


「それよりもひとつお聞きしましょう」
「ト、トリゴヤさん……?」
「あなたは何を見たんでしょうかねぇ」


 ニンマリと笑うコマさんに、背筋が震えた。何を見たかと言えば、見るものを見てしまったと言うしかない。今の状況と同じように、背筋を震えさせられたトリゴヤさんらしき人物。トリゴヤさんにしてはファンキーが過ぎていた。本当にトリゴヤさんなんて確証は無い。でもあんな赤いスカジャン、他にいんのかよ。





近日更新といいつつ

遅くなって申し訳ございません

もうしばしお待ちください


いちおうホルモンをアップの予定です

ちかぢか

こうしん

さいかい

よてい。


あけましておめでとうございます!

あまり実感が湧いておりませんが年が明けました。

本年もゆったりと進行してまいりますが、

ぜひよろしくお願いいたしますm(__)m


2013年、まゆさんがおっしゃったようですが、

48Gはあっさんの影を超えていかなければなりません

これからも応援を続けていきたいと思います

お久しぶりでございます。
生存報告です(*_*)

大分放置している状況
申し訳ありません・・・。
なかなかお仕事に余裕が出ず、時間のとれない毎日です。
そんななかでも当ブログに訪問してくださる方がいてくださること、大変励みになっています。

この3ヶ月の48グループ、
いろいろな変動がありましたね。
じゃんけん大会、新チーム、移籍、脱退・・・。
ほんと話題に事欠かないグループですね。

ただくーみん卒業はショックが隠せないです・・・。

≪高橋みなみ≫



「発表からもう5ヶ月も経ったんだなー」
『想像以上にあっという間だったよ』


 電話の向こうで、敦子が楽しそうに笑う。埼玉スーパーアリーナでの卒業発表から既に5ヶ月。本当に本当にあっという間だった。あの時は、言ってもまだ5ヶ月あるんだからって、そんな風に思ってたんだけど。時間が過ぎるのが早い。18歳を過ぎたぐらいから、どんどんと速く感じる。5ヶ月ってこんなに短かったっけ?いや……7年って、こんなに短かったっけ。
 3日間の東京ドームコンサートが終わりを告げてから数時間。大成功の喜びに、まだ気持ちはフワフワしてる。星空を見上げるようなサイリウム。観客の皆さんが作り出すウェーブと、歓声。一人ひとりの顔を見るには難しすぎたけど、でもここまで支えられてきたんだなって実感できた。そしてAKB48の夢を叶えることができたんだなと、嬉しくて仕方なかった。


「敦子、明日も早いんだからゆっくりしろよ?」
『たかみなもだろ。あ、違った。監督もだろ』
「監督言うな!まだ慣れてへんのやから!」


 一人っきりの自宅で、携帯電話に向かって声を上げる。すでに真夜中近くの時間だ。3日間でかなり体力を使った。もっとか。準備やリハを考えればもっと前からか。本当に疲れてる。早く寝てしまいたいけれど、敦子とずっと喋っていたい気持ちがある。
 今回もやっぱりあったサプライズ。私のソロデビューが決まったり、また組閣したり。敦子の卒業ってだけでかなりのもんなのに、それにもましてのサプライズだった。その中でもやっぱり組閣は胃が痛くなる。心臓にまで負担が来るわ……。
 佐江とまりやんぬの上海移籍。あきちゃとはるご……はるかのJKT48移籍。らぶたんのHKT48移籍。これまでAKB48を支えてきてくれた仲間が、それぞれの考えと共にAKB48を離れて行く。他の48グループへの兼任もある。他の48グループからの兼任もある。敦子の卒業と共に、AKB48が大きく変わる時が来たのだ。
 私自身、チームAのキャプテンを解任になり、AKB48の総監督に就任するとことになった。総監督って……。聞いた瞬間、「何やそれ!」って叫びそうになった。キャプテンならさ、チームをまとめるんだなーってそういう想像は付くけど、総監督って……。


『今まで通りのたかみなで良いってことでしょ?』
「そうなんかなー」
『これからもまとめてけって、秋元先生がそう言ってるんだよ』


 敦子は楽しそうに笑う。電話の向こうで笑う。何言ってんだよ、敦子。今まで通りなんて、そんなことないんだよ。いままでの私には、私達AKB48には絶対的エースがいたんだから……。
 カーテンを開けると、青白く輝くお月様が綺麗に見えていた。半月と言うほど欠けてる訳でもなく、満月と言うほど丸くない。そんなお月様。


「AKB48として、最後の夜だね」
『んー?そうなるのかー』
「随分呑気だなー。明日の今頃には、AKB48じゃなくなるんだぞ」


 そりゃ実感はわかないだろうな。私だって未だにわかないんだから。本当に敦子が卒業してしまうなんて、夢でも見ているみたいだ。できることなら覚めて欲しい夢だ。今夜眠って、起きたときには、何も無かったことにならないだろうか……。


『たかみな、そんなこと言ってるとまた泣くぞ』
「うるせー……」


 泣いた。たくさん泣いた。敦子が卒業すると決まって以来、泣かなかった日の方が少なかったろうな。こんな話をする度に泣いて、テレビで敦子卒業のニュースが流れる度に泣いて、卒業の歌を聴いてまた泣く。涙腺が緩みすぎて、今だって……。
 誰が卒業するときだって、辞退する時だって、涙を私は流してきた。でも今回は誰よりも泣いてる。誰よりも大好きな敦子だから……。総監督としてあんまりメンバーに優劣付けるのはよくないって分かってるけどさ、やっぱり敦子だけは別だよ。


『……たかみな?』
「んー……」
『泣くなよー』


 私の顔を見てる訳じゃないのに、もう泣いてることがばれてる。嫌でも流れてくるんだ。涙。泣きたくなんてないのに。笑顔で見送ってやりたいのにさ……。
 ずっとずっとずっと一緒にいた。結成当初から同い年だからって、ずっと一緒にいた。そりゃ他のメンバーと遊ぶことだって多かったかもしれない。でも敦子とはずっと一緒にいたんだ。エースとリーダーとして、支え合ってきたんだ。私がリーダーの立場に苦しむ時は敦子が慰めてくれて、敦子が潰れそうな時には慰めた。運命共同体って言えるぐらいに支え合って来てさ……一生一緒にいるもんなんだって、そう思ってたんだ。あの言葉を聞くまではさ。


「私、AKBを卒業しようかなって思うんだ」


 一年半前。たまに行く御飯屋さんで敦子がそう言った。一瞬、冗談なのかと思ったけれど……そうじゃなかった。敦子の目を見ればわかる。敦子が思ってること、手に取るようにわかる。あぁ、ついにその時が来るんだ。そう思ったなー。よく覚えてるよ。本格的に女優の道を歩みたいんだって語る敦子を、止める訳にはいかなかった。キャプテンとして、リーダーとして、思っちゃいけないことを思いながら。敦子が卒業したら、AKB48は終わるなって。私達が作り上げた船が、勢いよく転覆するなって思ったね。


「私が卒業しても、AKB48を支えていってね」


 そんなことを言われたら、私は全力で頑張るしかないじゃん。頑張っていくしかないじゃん。敦子がいなくなる船を支えて行く方法がわからないのにさ……。優子がいる。才加や、ゆきりんがいる。麻里子様やにゃんにゃん、ともちん、みぃちゃんだっている。それなのに……敦子がいなくなるだけで大きく変わっちゃいそうなんだ。


「敦子ー……」
『ん』
「私にAKBを支えていけるかな……」


 自信が無い。敦子がいなくなるだけで、今までの自信が崩れ落ちて行く。怖い……。


『大丈夫。私がいなくなっても、皆いるから』
「皆……?」
『皆は皆。優子も居るし、麻里子も梅ちゃんもキャプテンとして支えてくれる。Aには麻友や由依だって来るんでしょ?若い子だって沢山来るんだし、大丈夫』


 電話の向こうで、敦子が鼻を啜ったような気がした。もしかして……敦子も泣いてるんやろか。大丈夫って慰めてくれながら、泣いてるんやろか……。今まで私を励ましてくれていた敦子は笑顔だったのに。こんな時に泣くなんてずるいや……。
 ううん、ずるいのは私の方だ。私は変わらないのに。変わるのは……敦子の方なのに。一番不安なはずの敦子に私は何で弱音なんて吐いてるんだか。そんな場合じゃない。泣いてどうする。励ましてあげなくちゃ。私が一番背中を押してあげなくちゃ。


「敦子、ごめん」
『何がー?』
「弱音吐いてる場合じゃないよな」
『本当だよ。泣き虫だなー、本当に』


 切り替えよう。切り替えなくちゃ。明日、劇場で思いっきり笑う為に切り替えなくちゃ。泣いてたって、苦しくたって、少しでもそう思えれば切り替えられる。少しだけ無理をすれば、気持ちは変わる。無理をして、深く呼吸して……。


「敦子!今日は朝まで話すぞ!」
『えー、疲れたんだけど』
「ダメ!敦子の最後の夜を、私が一人占めするんだ!」
『きもちわるー』


 気持ち悪いなんて言いながら、電話の向こうで思いっきり笑う敦子だった。結成当初はあんまり感情を表に出す方じゃなかったのにな。こんなに笑うようになるなんてビックリだ。いや、まぁ今でもあんまり表に出す方ではないか。それでもここまで笑うようになった。敦子は変わった。AKB48という青春時代を過ごして……。


「ちょっとトイレ行ってくるからさ、5分後にまた掛け直す」
『5分で寝る自信があるー』
「寝るなよ!絶対に寝るなよ!じゃあまた後で」


 私も、寝ないからさ。それと泣かないようにするからさ。5分で思いっきり泣く。思いっきり泣いて、今日の分を全て出しきってしまおう。5分後にちゃんと切り替えて、敦子の背中を押してあげるんだ。私が自信を持つためにも。
 AKB48は変わる。それでも今までの思い出は何も変わらない。敦子といたAKB48。青春。思い出のほとんど。何にも変わらない。私が支えて行く。













あとがき...

今夜ぐらい、たかみなには思いっきり泣いてほしいなと

そんな気持ちで書いた即興小説。

あっちゃん、卒業おめでとう!


東京ドーム公演、
一日目が無事?に終わったようで(´□ `)

ただ凄いことになっているとか!
あっちゃん卒業、
さっしー移籍、
それに並ぶくらいのサプライズ・・・。

ひとつ屋根番外を書いてたんですが、
落ち着いてから書き直してアップしようと思います( *`ω´)

side W


 セリーナさんはただ飛び降りただけじゃなかった。当たり前だ。あんなに余裕を見せてたのに飛び降りて死ぬとか、そんなわけがあるまい。下の階の窓の庇に着地して、そのまま校庭に軽やかに降りて行った。さて、マジ女で高いところから飛び降りたのはこれで何人目だろうか。セリーナさんが飛び降りた勢いで、ゲキカラさんも窓から飛び出そうとしたが、通りかかった校長の「ストップ!!」の一言により止められるのであった。


「ヲタッ、何で止めやがった!!」
「言ったろうが、俺たちじゃ勝てねぇ」


 勝てない。勝てるわけがないし、挑むべきじゃない。ここでまた何か騒動を起こして狙われてみろ。すぐにラッパッパの木端が来てやられちまうに決まってる。まぁその前にセリーナさんにボコボコにされるだろうけど。無駄に負けてちゃ意味がない。これ以上、悪い記録ばかり伸ばしたってどうしようもない。俺達が本当にラッパッパを目指すんなら、やっぱり名前を売らなくちゃいけない。
 さっき起きたばかりのセリーナさんとゲキカラさんの邂逅の話題は、すでに校内に広まっているらしかった。廊下を歩いているだけで、校内のヤンキーが2人の名前を出しているのがわかった。ゲキカラさんが投げた椅子や机は、まだ校庭に転がっている。下にいた歌舞伎シスターズはどうなったんだろうか。どうもなってないのかもしれないけど。


「いきなり挑むべきレベルじゃねぇ。そうだろ、バンジー」
「……あぁ」


 バンジーはその肌でわかってる。勝てる相手じゃないって。それでも挑発に乗るほど短気で、あそこで止めて無かったらまたボコボコにされてたんだろう。木端にだって勝てなかったのに、四天王に勝てるわけがあるまい。


「ヲタ、そんなんで本当に売り出すつもりがあんのかよっ」


 アキチャが廊下を歩きながら声を荒げた。どうやらセリーナさんの挑発が思いの外、効いてるらしい。そんなにいら立つんじゃねぇよ。言われなくたって分かってんだ。むしろ一番いら立ちたいのは俺だっつーんダよ。売り出したい。ラッパッパに入りたい。けど……弱い。弱くて、四天王にビビってるし、ただのヤンキーにだってビビってんだ。今ここで2、3年生に絡まれたりしたらどうしようとか、歌舞伎シスターズにすら勝てんのかとか、ビビってばっかりなんだ。俺だって俺なりにいら立ってる。俺にゲキカラさんぐらいの強さがあったら、椅子とか机とか投げ飛ばすんだけどな。


「あるにきまってんだろ。売り出すし、ラッパッパにだって入部する!」
「じゃあ、どうすんだよ」


 ウナギは、アキチャと違ってあんまり怒ってるって様子は見られない。まぁそうだろうな。俺と同じビビりなんだから。ウナギのことだ。どうするとは聞いたが、考えてることは似たようなもんだろう。


「今のラッパッパに頭でも下げるか?」
「優子さん達が部室を狙ってる。遅かれ早かれ、来年には変わっちまうだろ」
「じゃあ優子さん達にか?」
「優子さん達もダメだ。優子さん達は……結束が強すぎる」


 一応、顔見知りと言って良いだろう。俺だって。しかし、ただ顔見知りじゃ入れては貰えないぐらいに。大島

軍団はただの仲間って言うよりは、何だろ。家族とかそんなもんに見える。強いだけの集団じゃない……。


「入る余地なんてねぇ」
「……その通りだ」


 ちょうど昇降口を通りかかった時だった。いつものように……突然に現れる。それは魔法のように。タネも仕掛けもわからない。けど、通り名をこの前初めて聞いた。ブラック。神速のブラック。魔法でも手品でも無い。ただ速い。速過ぎるだけなんだとか。


「てめぇも私らを挑発に来たのかよっ!!」
「えっ!?」


 俺達が止める間もなく、アキチャがブラックさんに飛びかかった。というか、飛びかかろううとしたって言うべきだな。次の瞬間には、その特異なほどのスピードで避けてたんだから。俺達が見たのは、そのままの勢いで昇降口の外に転がっていくアキチャだけだった。そんなアキチャに、ウナギとムクチが駆け寄る。


「おいおい、大丈夫かよっ!」
「やる気は無いが、やるのか……?」


 どこから現れるかを考える間もなく、背後からブラックさんの冷たい声がした。背中に銃口でも突き付けられてるみたいだ。隣にいるバンジーも、その速さに驚いている。驚かなきゃ可笑しい。やっぱりこんなのは魔法だよ。


「やらない。強さは、わかってますから」


 バンジーがそう応えた。あぁ、同感だ。バンジーが冷静にでいてくれて良かった。ここでバンジーまでキレてたらもうどうしようもねぇ。敵対してる訳でもないのに、ブラックさんにボコボコにされてるとこだ。ブラックさんの強さがわかんないだろって?強さじゃねぇ。強いよりも速い方が厄介だ。こっちの攻撃なんて当たりやしないんだから。攻撃を、避けることすらできないんだから。


「……ゲキカラを見なかったか?」
「ゲキカラさん?」


 振り向くと、やっぱり冷たい顔のブラックさんがそこにいた。無表情。ポーカーフェイス。表情豊かな優子さんやゲキカラさんとは違う。サドさんも大概だったけど、それ以上のポーカーフェイス。一瞬、見ちゃいけないものでも見た気がして身体が反応した。だってあれじゃん……、夏場の幽霊みたいなんだもん。ジャパニーズホラーも真っ青だよ。って、ブラックさんは教会育ちなんだっけか。ジャパニーズな家系とは違うんだなー。


「ゲキカラさんならさっきまで上の階に」
「いない……。シブヤが1人で戻ってきた」
「えっ……?」
「今ゲキカラを一人にするわけにはいかない……。このままじゃ……一大事だ」


 ブラックさんは、それだけ言い残すと瞬きの内に消えた。瞼の裏に残る残像に、初めてブラックさんの表情を見たような気がした。焦ってる。それはもう、台風が近づいているかのように。






side Sd



『ゲキカラが消えたー』


 トリゴヤは、焦っているのかわからないぐらいに呑気だった。それだけ聞けば、新入りのシブヤだって一大事とわかるはずなのだが。トリゴヤはこういう奴だから仕方ない。天然って奴だ。それに……とてつもなく間が抜けている。喧嘩には……向いてない。先陣切ったらすぐにやられるだろう。しかし、トリゴヤにはまた違う力がある。優子さんのような喧嘩の才能でも、ブラックの速さでも、ゲキカラの狂気でも、シブヤの統率力でもない。また……別の力。


「消えた……?」
『うん、シブヤがね、見失っちゃったんだって』
「……優子さんは?」
『探しに行っちゃった。シブヤは一緒だよ』
「そうか……、わかった。トリゴヤも探せ。シブヤから離れるなよ」
『わかったー。サドも気をつけてねー』


 本当に呑気な声だ。もしゲキカラが一人で行動しているのであれば、階段を上ってしまう可能性が高い。匂いを追って。私の目の前にあるこの階段を……上ってしまう。それは私達にとってとても困ることだ。いや……優子さんにとって。おそらく部室には、部長がいる。ゲキカラでは、部長には敵わない。ここで大きな戦力を失うことは、部室を優子さんの物に出来ないと言うことだ。それは……ダメだ。


「そんなとこ突っ立ってないで、上ってきたらどうだ」
「……」


 吹奏楽部の部室へと続く暗い階段。その薄暗い階段の踊り場に、その人はいた。黒髪に、何本も伸びる金色のメッシュ。両耳にはリング型のピアスが3つずつ。怒る様に。狙うように。見下すように。私を睨みつけている。大きな八重歯がまるで獣の木場にさえ見える。私をラッパッパに引き入れた張本人。過去に……私が慕っていた人物。


「篠田……、いや、今はサドか。ぶちのめしてやろうかぁっ」
「トラさん……、今は勘弁して下さい」


 南のトラ。馬路須加女学園3年、虎南有美。現ラッパッパ副部長。不在がちの部長に代わって、部室を守る番人としてマジ女中のヤンキーに恐れられる存在。現に、今年の入学式でも階段を上る無知な新入生を全て退散させている。その実力はマジ女以外の周辺校にも名を知られるほど。


「何だ、お前らしくもない。大島優子と付き合って腑抜けたんじゃないのか?」
「そんなことは……ないです」
「それにしちゃ、前より覇気がない」


 覇気。そんなものが私にあったのかどうかは知らない。しかし、自分自身以前より荒れていないのはわかっている。後悔はしていない。優子さんと出会えたことは、私を大きくしてくれる。あの人の大きさの傍にいれば、変われる。今のラッパッパとは訳が違う。無意味に人を傷つけることなく、強く、そして気高く……。


「憧れは人を変える。憧れるだけじゃ、弱くなるぞ」
「……」
「大島優子に憧れているが、やり方には納得できてないんだろう?腑抜けたやり方に。どうだ?もう一度、ラッパッパに戻ってこいよ、サド」
「……黙ってください」


 いつもこうだ。この人は。この人達は。人を平気で傷付けるようなことばかりだ。踏みにじられるようだ。強さに思い上がって、マジ女を支配しようとしている。ただテッペンに立つだけじゃ満足できないらしい。支配といっても過言ではない。テッペンを取るってことは……そんなことじゃない。誰もが認める強さでなくちゃ。
 優子さんは、テッペンに立つことについては何も言わない。とにかく部室を我がものにすると、それだけをいつも笑いながら呟いている。ブラックやゲキカラ、シブヤという厄介な奴らばかりを仲間に引き入れられる。私も付いて行こうと思える、優子さんの不思議な魅力がある。


「……部長は?」
「部長?部室にいるけど、会ってくか?」
「……遠慮しておきます」


 部長には会わない。きっと裏切りを許さないだろうから。殴られるだろう。殴られて、きっと私はやり返してしまう。部長とはやり合わない。部長は……優子さんの獲物なんだから。
 それよりも今はゲキカラだ。部長が部室にいるとわかれば、あとはここにいればいい。部長、副部長、他の部員よりも先にあいつを捕まえれば、それで済む話だ……。あいつが本気を出さなければの話だが……。






side G



 私は、学校に行くのが好きだった。
おトモダチがいて、遊んだり、喧嘩したり。
先生も優しくて、いつもホめてくれた。
休み時間には鬼ごっこしたり、ドロダンゴを作った。
キレイなドロダンゴを作っては自慢してまわった。
ドロだらけになって、先生に怒られてた。
家に帰って……、お母さんにはもっと怒られた。
 いつも怒ってた。かんかんに。
お母さんもおとうさんも、いつも怒ってた。
何でか怒ってて、何でか私は怒られてた。
悪いこと?そんなことしてない。してなかった。
学校が好きで、家にいるのが嫌い。
家って場所がとても嫌い。家にいたくない。


『あんたさえいなければ……!』


 お母さんの口グセ。いつも私に言ってた。
私はいなければ良かった?いなくて良かった?
 おとうさんは……本当のお父さんじゃない。
本当のお父さんのことは知らない。写真もない。
生きてるのか死んでるのか、何にも知らないんだ。
ただのおとうさん。いるだけの、ニセモノのおとうさん。
ランボウで、すぐにケってきて、ジャマモノって言われて。
私はただ部屋のスミに居ただけ。静かにしてただけ。


『何だよ、その目は……!』
『……別に』
『嘘吐くんじゃねえっ!!』


 ウソなんて吐いてない。ただ見てただけ。
部屋のスミで、優しくないお母さんとおとうさんを。
見てただけなのに、ケられた。ナグられた。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
誰か。誰でも良いから助けて。私を助けて……。
 ベランダに放り出された。冬なのに。
凍えるような寒さ。身体が冷たい。寒い。寒い……。
でも寒くったって、私には何も出来ない。泣かない。
泣いたって、うるさいって言われるだけだから。
ベランダで、膝を抱いて、うずくまる。待ってれば、開く。
開けてくれるって信じてる。開けてくれる。開けてよ。
 いつになったも開けてくれない。寒いのに。
お母さんとおとうさんは、お部屋の中で笑ってる。
テレビを見て、楽しそうに笑ってる。私は寒いのに。
寒いよ、お母さん。私も暖かいお部屋で笑いたいよ。
 思わず、ガラスを割っていた。身体全体でぶつかって。
ワれたガラスが身体中に突き刺さる。ウデとか、ヒザとかに。
寒くて痛みなんてわかんない。寒さなんてもうどうでもいい。
痛いよりもっと感じる。血が温かいってこと。暖かいってこと。
 お母さんとおとうさんは、血まみれの私を見てた。
私を見つめながら、口を大きく開けてる。変な顔してる。
とっても可笑しな顔に思わず笑っちゃった。


『ねぇ……怒ってる?』


 怒ってる?そんなこと、どうでもいいや。
お母さんも、おとうさんも、暖かくしてあげる。
ねぇ、知ってる?血ッテアタタカインダヨ。





 気付いたら、壁に囲まれてた。
寒くない。全然寒くないけど、知らない場所。
その内、大人がやってきて私に行ったんだ。


「ここは保護施設だよ」


 ホゴシセツ……?何それ?
お母さんは?おとうさんは?学校は?
わからない。何も。何でここにいるんだろう。
 ホゴシセツは、嫌いじゃない。私をいじめない。
寒くないし、痛くないし、寒くない。とても暖かい。
でもケンサとか、チリョウとか、たくさんした。
おイシャさんが来て、たくさんお話もした。
お母さんとおとうさんは、どうなったんだろう……。
 ある日、歌が聞こえた。ステキな歌。キレイな歌。
大人の人に聞いたら、私と同じようにシセツにいる子だって。
名前は知らない。教えてもらえたことがない。
歌を歌うのが好きで、可愛くて、イジワルだ。
シセツの中で会うたびに、イヤガラセをしてくる。
ナグられて、ケられて、悪口を言ってきて、楽しそうに笑う。


「何かムカつくんだよね、玲奈ちゃんって」


 その笑顔がいやだった。怖かった。
やり返すと、もっと強くやり返してくる。
でも大人の人の前では良い子ぶってる。
目付きはお母さんにとても似てて……嫌いだ。





side W



「ついてねぇなぁ……。どしゃ降りだ」
「あとちょっとなのになー」


 あとちょっとで家に辿り着こうってときに、大雨が降ってきた。天気予報じゃ降る予報なんて出ちゃいなかったのに。学校からの帰り、バンジーやアキチャ、ムクチと別れてウナギと二人。通学路の途中にある商店街のアーケードの下で雨宿り。ノンビリしてる場合じゃなかったなー。珍しくヤンキーに絡まれることなく、普通に下校することができた。って、俺達もヤンキーなんだからむしろ普通じゃねぇのか。普通のヤンキーなら、喧嘩吹っ掛けたり、カツアゲとか万引きとかしたり、もっと悪いんだろうな。
 悪になりきれず、喧嘩もしない。このままで、ラッパッパに入ろうなんて馬鹿げてるよなー。ヤンキーになら、ヤンキーになりたいなら、もっと貪欲にならないといけない。やることをやってみるのも悪くないんじゃなかろうか。


「いや、悪だろ。犯罪だし!」
「マジ女じゃ悪くねぇ!」
「どういう基準だよ」


 マジ女で基準とか考えたってしょうがない。入学式からこの2ヶ月でいやと言うほど規格外の存在を見てきたんだから。マジ女じゃ常識なんて考えちゃいけない。校長先生だって、とんでもなくぶっ飛んでるし……多分。ゲキカラさんとか絶対に危ないと思うし。


「そういや、ゲキカラさん見つかったのかな」
「さぁ。けど何か起きそうな前触れ」


 とてつもなく同感だ。何かが起きそうでならない。いや、絶対に何か起きる。梅雨の時期にこの大雨だ。不吉って言うか、嫌な予感ばかりが脳裏をよぎる。またボコボコにされるのとか嫌だぞ……。今はウナギと二人っきりだし、ヤバ女なんかに囲まれたら確実にやられちまう。アキチャやバンジーがあんなに頼りになるとは思いもよらなかった。ムクチは……まぁいないよりはマシか。良い奴だけどな。


「つーかよ、ヲタ」
「ん?」
「売り出すつもりならさ、私らもチーム名必要じゃね」
「……あっ!!」


 ラッパッパがラッパッパであるように、着物の二人組が歌舞伎シスターズであるように、優子さん達が大島軍団であるように、マジ女で派閥を作る際にはチーム名を付ける派閥が多い。文字通り名を広めるために。そうか。俺達もチーム名があれば名を売れるんじゃ……。


「あっ、って今気付いたのかよ」
「その考えは全く浮かばなかった……」


 そんなこと考えるよりももっと色んなことが起きてたからな。その辺の新入生ヤンキーよりも遥かに経験知高いと思うぜ、俺。自慢できるものなんて他には無いんだけどな。あーぁ、強くなりたい。
 突然どこかから歌声が聴こえてきた。それはもう素晴らしいぐらいの歌声。歌うことなんててんでダメな私でさえ、これは凄いと瞬時にわかるレベル。ウナギも歌声に気付いたのか首を動かしていた。キョロキョロと見回しても、歌を歌っている人なんてどこにもいない。次第に、徐々に大きくなってくるその歌声に、商店街を歩く人達や店舗の人達も気づき始めた。嫌な予感がどんどん不安に変わってくる。だってそうだろ?こんな上手い歌を歌える人間なんて、朝の出来事を思い出せば一発でわかる。


「逃げた方が良くね……?」
「同感……」


 って言ってもどっちの方向から近づいてきてるかわからない。つまり俺達がどっちに逃げればいいのかがわからない。周りを見回しながら動き回るうちに、歌声は近付いてくる。不味い。特にやられる覚えはないけど、シンディさんにもハナさんにもやられてる俺からしてみれば不安でしょうがねぇよ。クソッ、一か八かで走るしかねぇか!


「ウナギ、行くぞっ!」
「お、おう!」


 商店街の中を駆け抜けるのが家までの近道だ。それに商店街を出たところに交番もあるし、いざとなったらガチで逃げ込めばどうにかなるだろ。
 と、駆け出した瞬間に背後の路地裏が爆発した。いや、爆発ではない。爆発ではないけど、それに匹敵するんじゃないかってぐらいの音をたてて、路地から色々な物が吹っ飛んだ。業務用のゴミ箱とか、段ボール箱とか、粗大ゴミとか。同時に路地裏から人が飛び出してくる。歌いながら、笑顔を浮かべて駆けてくる人魚姫。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 雄たけびを上げて、もう一人出て来た。鉄パイプを手に、額から血を流すゲキカラさん。我を忘れたかのような、怒りに満ちた表情。おいおい、あの顔はやべぇだろ。初めて会った時にも見たような人を殺してそうな顔だ。


「あははははっ!」


 ゲキカラさんの振り下ろした鉄パイプをセリーナさんが掴んだ。掴みながら、華麗に宙を飛んで回し蹴り。的確に、セリーナさんのつま先がゲキカラさんの頭部を捕らえる。まるで海中を優雅に泳ぐ人魚のようだ。普通ならあんな動き出来ないだろう。出来るわけがない。曲芸じみたその動きは、重力さえも無視しているみたいだ。
 急な事態に商店街の中が騒然としている。そりゃあそうだ。いきなりこんな大乱闘が始まるんだ。誰だって唖然とするさ。俺だって、いつの間にか立ち止まってたんだから。


「何やってんだよ、ヲタ!早くしろよっ!」
「あ、あぁ……」


 セリーナさんの跳び蹴りによって転がったゲキカラさんは、弁当屋の看板に勢いよくぶつかった。あのゲキカラさんを圧倒している。狂ったように強いと言われているゲキカラさんを。赤子の手を捻るかのように。優雅に舞うセリーナさんは、傷一つ付いている様子は無い。ただ優雅に、ただ見下すように、笑っている。


「あははは、お前じゃいつまで経っても勝てねーって何度言やわかるんだよっ。あぁっ?クズどもじゃーん」


 見つかった。駆けて来たセリーナさんは、俺達の目の前で立ち止まる。ウナギの言う通り、早く移動するべきだった。ゲキカラさんのものだろうか、頬っぺたに血飛沫を付けながらこっちを見てニヤッと笑うセリーナさん。やべぇ、超怖ぇ……。急かしていたはずのウナギも、蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。


「お前らもやるかー?ザコだから相手にならねーかもだけどさ」


 商店街の人達も、何でこんなお嬢様みたいな綺麗な人が乱闘してんのかわからないだろうな。ゲキカラさんみたいに弾けた格好なら一目瞭然だけど、まさか優雅なお嬢さんの方が圧倒しちゃってるんだからな。


「があぁっ!!」


 ゲキカラさんが起きあがると同時に、ぶつかった看板を投げ飛ばしてきた。しかし、全く的外れ。セリーナさんに当たるどころか、理容店の店先にあるサインポールに直撃した。
 まるで我を忘れたかのようなゲキカラさん。まさに狂犬。顔は血塗れだし、暴れちゃいけないとこで暴れてるし、手に負えないぐらいに狂ってる。


「優子さん、あそこー」


 次は空気を一気に変えるような呑気な声が聞こえた。あぁ、この声は俺も知ってる。シブヤさんに追いかけられて困り果てたあの声と同じだ。


「くっそ!やっと見つけたっ!」


 背後から駆けて来た。傘も差さず、ずぶ濡れになった優子さん達だ。優子さんとトリゴヤさん、それにシブヤさんとブラックさん。サドさんを除いた大島軍団が勢ぞろいだ。この状況には、セリーナさんも笑顔を消して無表情になっている。さすがのセリーナさんでも、これだけは相手に出来ないということだ。


「あらら、厄介なのが来ちゃったなー。てめーの相手は出来ないんだよ、大島優子」
「だからってゲキカラに手を出すんじゃねぇよ」


 ニヤッと笑う優子さんだけど、その目は燃えている。アーケードの下に並ぶ大島軍団は戦闘モードって感じだ。まぁ、トリゴヤさんを抜かして。嵐の前の静けさが、一気に破られる。一触即発。抗争が今この場で起きても可笑しくない状況。おいおい、俺とウナギは絶対に関係ないじゃん。逃がしてくれないかな……。
 瞬間、ブラックさんがゲキカラさんの方に移動していた。さすがの速さ。目で追えなかった。四天王の一角を挟んだ。挟み撃ちだ。


「玲奈……いや、ゲキカラは勝手に来ただけなんだけどなー」
「だろうな。そいつってば気が短くてよぉ、一度火が付くと止められねぇんだわ」
「ゲキカラってば、本気で私のことが嫌いみたいなんだよ」


 へへっ、と不敵に笑うセリーナさん。この状況に逃げ道でも見出したのか、それとも腹を括ったのか。この先に何が起ころうと、俺もウナギも場違いってことは否めない。ウナギは唇を真っ青にして、セリーナさんを注視していた。まぁそうだろう。俺らとしては一番警戒するべき人間はセリーナさんだからな。焦っているであろうはずなのに、余裕そうな顔で隠す。何を考えているかわからない。


「優子さんっ……!!」
「えっ……?」


 ブラックさんの声に、全員が優子さんの方に向いた。狂っていたゲキカラさんでさえ、目を見開いて優子さんを見ている。
 優子さんが、苦しそうな表情で地面に膝を付いた。胸を鷲掴みにしながら。息が荒い。何が起きたんだ?誰かに攻撃された訳でも無い。傍にいたトリゴヤさんとシブヤさんだって驚いている。今にも崩れ落ちそうな優子さんを、シブヤさんと移動してきたブラックさんが支える。


「なーにー?苦しそうじゃん」


 ここぞとばかりに、見下すような笑顔のセリーナさん。優子さんの異変は、それだけラッパッパの利益になる。大島軍団さえ倒すことができれば、ラッパッパはもう怖いものなしなんだから。


「うるせぇよ……、腹減った、だけだ……!」


 どう見たって嘘にしか見えない。息が荒いし、とても辛そうだ。もともとびしょ濡れだからわからないけど、多分脂汗も掻いているのだろう。笑顔を取りつくろっているけど、その口角が小刻みに震えている。


「あははは、まぁ良いや。良い手土産が出来たよ。かーえろ」


 セリーナさんは、そう言いながら歩き始めた。騒然としている商店街の中を笑いながら歩いて行く。けど、その歩いた先にはまだゲキカラさんがいる。倒れる優子さんを見つめているゲキカラさん。さっきまであんなに狂っていたはずなのに。まるで飼い主を失った犬みたいだ。


「じゃあな、れーな」
「優子さん!!」


 枯れた声で、ゲキカラさんが駆けだした。すれ違うセリーナさんのことなんてもう見えていない。それだけ、今は優子さんのことしか考えていないんだ。それだけ優子さんが好きなんだ。何か凄ぇな。狂犬を心配させるぐらいに手懐けてるってことだろ。まぁ例えは悪いかもしれないけどよ。
 セリーナさんが姿を消すと同時に、優子さんは地面に崩れ落ちた。


「こらーっ!!」


 けたたましく笛を吹き鳴らしながら、警察官がセリーナさんと入れ替わるように駆けて来た。自転車で。あー、商店街の人が確実に通報したな。当たり前だ。看板投げたり、サインポール壊したりしてんだから。けど、このままじゃ優子さん達が捕まっちまう。くっそ、少しぐらい悪いことしてやろうとか思ってた屋先なのに。俺ってばマジでお人好しなことばっかり考えてやんの!


「優子さん、逃げて下さい!」
「……っ!」


 苦しそうな顔で優子さんが俺を見た。いつも助けて貰ってばっかなんだ。少しぐらい恩返しでもしなくちゃ罰が当たるっつーんだ。下手したら公務執行妨害とか何とかで捕まるかもしんねぇけど、商店街の中には路地がいくつもある。相手が自転車なら逃げきる自信はあるんだ。足腰だって鍛えてるし。つか、逃げることには慣れてるしよ!


「ウナギ、行くぞっ!」
「はっ!?」
「こっちだ、バーカッ!!」


 ゲキカラさんが持っていた鉄パイプを拾って、警察官を挑発してみたり。セリーナさんに挑発されまくった俺が、まさか警察官を相手取るなんてな。さーて、どの道から逃げようかな。……逃げ切れるかな。






side Y



「優子さん……」
「よぉ……ゲキカラ。元気か……?」


 気付いたら、見覚えのあるとこにいた。ブラックの家だ。教会の講堂の中だ。高い天井の下で、長椅子に寝かされている。ゲキカラとブラックが、私の顔を覗き込んでいた。何だよ、そんなに見つめられたら照れるじゃねぇか。
 急に胸を締めつけられるような苦しみが襲ってきた。しかも気を失っちまうなんて情けねぇ。あー、何なんだよ、いきなり。マジで調子悪ぃな。あの野郎をぶっ飛ばしてやろうと思ったのによ……。ゲキカラを追い込みやがって。って、向きになったから罰でも当たったかな。


「元気……」
「そうか。包帯似合ってんじゃん」


 包帯が似合ってるなんて言われたって、嬉しい訳がないよな。さっきまで血塗れだったであろうその顔は、綺麗になってる。普通にしてれば可愛いんだから、大人しくしてれば良いのにな。まぁ活き活きしてる時のゲキカラも好きなんだよなー。やっぱり人ってさ、楽しそうにしてる時が一番じゃん。


「……シブヤ達は?」
「サドさんを呼びに行きました」


 ブラックが神妙な顔つきで言った。


「倒れたこと、サドには言うな」
「……もうトリゴヤが」


 あー……、トリゴヤめ。余計なことしやがって。サドにこういうこと知らせると本当にうるせぇだんよ。あいつは私のお母さんか何かかよ……って言ったところで、お母さんのことはよくわからない。お母さんという存在が、私にはわからない。物心ついたころにはもう居なかったから。案外、口うるさく言ってくるサドを疎ましくは思ってなかったりな。
 それにしても身体が重たい。風邪でも引いたか?でも風邪にしちゃ苦しすぎる。今までが上部過ぎたせいで、一気に反動が来たかな。ラッパッパに喧嘩しかけようって時に、弱み見せてる場合かよ。
 そういや気を失う直前に、ヘナチョコ達が何かしてたような気がする。逃げろとか、そんなこと言ってた。あのままじゃゲキカラが警察官に捕まってたろうな。ふははっ、助けてやったはずのヘナチョコに借りを返されちまった。


「ごめんなさい……」

 覗きこむゲキカラが、急に謝ってきた。暗い顔して。本当にらしくねぇ。ちっちゃい子供みたいだぞ、ゲキカラ。


「んー、何が?」
「勝手に……一人になって、ごめんなさい」
「はははっ、何で謝るんだよ」


 謝る必要なんてないじゃねぇか。そりゃいきなりキングを取りに行ったらどうかと思うけどよ、あんなクソ野郎ぐらいぶっ飛ばしてやりゃ良かったんだ。……負けてたけど。ゲキカラが我を忘れ過ぎて、勝てなかった。もっと冷静に狂えば勝てそうなもんなのに。冷静に狂うって日本語変か。


「でも……私のせいで……優子さんが」
「私が倒れたのは私のせいだ。勝手に自分を追い込むんじゃねぇ」


 何とか重い腕を上げて、ゲキカラの頭を撫でる。その頭は雨に濡れていた。ゲキカラだかブラックだかは知らないけど、気を失った私をここまで運んできてくれた。本当に御苦労なこった。私が弱みを見せたせいで、これからラッパッパが攻めてくるかもしれない。こいつらにも迷惑かけちまうんだろうな。やっぱり無理してでも人数集めるべきだったか……?なんて弱気になるなよ、私。自分が信じて集めた奴らじゃんか。腕っぷしがある、頼りになる奴らじゃんか。信じないでどうすんだよ。


「あいつが嫌いだったんだろ?なら、今度ぶっ飛ばしてやれ」


 ゲキカラにはゲキカラの事情があるんだろう。あいつのことが嫌いで、嫌いだから追いかけたんだろう。その事情がどんなことなのかは知らない。聞く気もない。皆色々あるんだ。苦しくて苦しくて、どうしようもないときがあるんだ。ゲキカラがあいつに苦しめられてるなら、あいつをマジでぶっ飛ばしてやれば良い。ただの喧嘩じゃねぇ。見返すための、一歩だ。


「優子さん……怒ってる?」
「怒ってない。一緒にテッペン見ようぜ……」


 何だか、眠い……。疲れてんのかな、私。最近走りっぱなしだし、ちょっとぐらい休んでも良いか。もうすぐ抗争が始まるだろう。ここで一旦……休憩しよう。目を瞑ると、血の匂いがした。ゲキカラの血の匂い。