グイド・レーニ(と伝えられています)
1599年? 64.5×49㎝
バルベリーニ美術館 (ローマ)


美しい少女。
うつろな瞳。哀しみをたたえた微笑。
彼女の瞳は何を映しているのでしょうか。
まず、彼女と、とことん向き合ってみて下さい。何時間でも。
彼女の内面が見えてきませんか。
言葉以前、の声が聞こえてくるようではありませんか。

ベアトリーチェ・チェンチ。



ところで、前に紹介した絵画。
「真珠の耳飾りの少女」フェルメール



似ていると思いませんか。
また、まったく違うと思いませんか。
肩越しに振り返る構図。ターバン。
そして、受ける印象。

「真珠の耳飾りの少女」は、「ベアトリーチェ・チェンチ」にインスピレーションを得て描いたのではないか、と言われているそうです。
この構図は、修正の跡がほとんど無いことからイメージが固まっていたと推測されるそうです。
ターバンを巻く習慣は当時のオランダにはありません。
異国の装いをさせることで神秘性を高めようとしたか、ベアトリーチェとされる絵に触発されたか。

印象。
ラピスラズリを惜しみなく使ったフェルメールと、ほぼ三色のみで描いたグイド・レーニ。
絵の具の種類もさること、印象がまったく違います。
フェルメールの少女は精彩を放ち、その親密なまなざしは「現在」もしくは「未来」を見ていますよね。
対してベアトリーチェが見ているのは「過去」だと思われませんか。

前に書いたように、少女の吸い込まれるような瞳にはヒトラーの狂気を浄化させる力があったのかもしれません。
同じようにベアトリーチェの瞳には、死への狂気を諫める力があるように見えるのです。
私にはそう見えます。


フェルメールの少女にはモデルがいません。
不特定の人物を描いたトローニーと呼ばれるものです。
ベアトリーチェは実在の人物です。

彼女の説明です。
16世紀のイタリアの名門貴族の娘です。
これは父殺しの罪で斬首される前の肖像画といわれています。
父親は残忍で非道な人でした。
修道院から帰ってきた彼女をあまりの美しさ故、監禁します。
あまつ凌辱します。実の娘を。何年間も。
悪夢のような日々に耐えかねた彼女は、義母や兄と話し合い父を殺すことを決めます。
毒殺です。
犯行が明るみに出てしまい拷問まで受けてしまいます。
彼女のターバンは、首を刎ねられるとき、髪で刃が滑らないようにするためのものなんです。


不幸な運命を甘んじて受け入れ、死を覚悟、直視した彼女。
死の淵からこちらを見る彼女のまなざしに、慈愛を感じます。
死への衝動を弄ぶ私を諫めてくれる優しさに満ちています。
そして、どうしても、私の知っているとある方の面影を重ねてしまうのです。
誰とは勿論、言えませんが。






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