続・我が逃走

不完全密室殺人/JONNY/パイプカツトマミヰズでベースギターを担当する舟橋孝裕のブログです。


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舟橋孝裕のブログは引っ越しました。

新しいブログはここですー。

「続々:我が逃走」



もし万が一ブックマークとかして下さってる方がいらしたら変更願います。
これからも宜しくお願いします!

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2012年8月3日、大丸ラーメンコピーバンド「犬丸ラーメン」、解散しました。
2010年より2年という短い年月でありながら、それでも周囲の皆様のお陰でコピーバンドとしては十二分過ぎる密度の活動を重ねる事が出来た我々の最期は大丸ラーメンから程近い、愛すべき今池のライブハウスである今池HUCK FINNでのワンマンライブでした。


大丸ラーメンが閉店する、という情報がtwitterを中心に出回り、大丸ラーメンがテナントとして居を構える(株)岐阜正総合ビルディングの代表取締役の署名入りの「入居者への告知」が画像添付されている事でそれまで何度も囁かれては否定されてきた「大丸閉店」が現実にものとなり、私達犬丸ラーメンはすぐに解散を決めました。
元々は2010年に行われた野外フェスに出店、正直に言ってしまえば面白半分、衝動的に結成して活動を開始した我々ですが、その活動の初期から「深夜時間帯でなかなか行く事の出来ない客層に大丸の素晴らしさを知って貰おう」という啓蒙の精神ではないですが、大丸ありきという精神性だけは活動の根幹にありました(大丸ラーメンに迷惑をかけないよう、今池で材料を調達しながらもスーパーに予約を入れる事で在庫の枯渇を防ぎ、本家開店後の専らの買い出し先である100円ローソンで犬丸ラーメンの食材を買わないようにしていた調理担当 石黒の行動がそれを象徴していると思います)。

なのでコピー元である大丸ラーメンがその長い歴史に幕を下ろそうとしている中、所詮コピーバンドである我々がのうのうと活動を続けるのは違う。活動意義というか「如何に大丸ラーメンに近付くか」というコピーバンドをコピーバンドたらしめるその大元、お手本がなくなった後に活動を続けるのは違和感しかないというのは私も石黒も思いを同じにした部分でありました。
「大丸がなくなる後だからこそ犬丸を」「お店を継げばいいじゃあないか」という一介のコピーバンドに対しては暖か過ぎる程の声を頂戴した事もありましたが、上記のような理由でアティチュードの大半が失われたまま活動を継続するのはバンドとして困難であるし、何よりコピーバンドとして大丸ラーメンへの裏切りのような気持ちにもなってしまうので解散を決めた次第であります。


大丸ラーメンの閉店がどうやら現実のものである、いつかは必ずやって来るであろうけれどもまだまだずっと先であると思い込んでいたその日がどうやら今年の夏にはやって来るとわかって数ヶ月、お恥ずかしながら私は大丸ラーメンへ足を運べなくなりました。

人並みではありますが大橋隆雄店長とコミュニケーションをとるようになっておりましたので閉店について触れない、というヴィジョンも湧かず、ではどんな顔をして大橋店長に会えばいいのか、そして何より自分の中で「大丸閉店」という現実を受け入れ難く、私の足は大丸の前まで向かうも入店出来ない事が続きました。愚かである、と思います。

私があの時すべきだった事というのはいつものようにあの扉をくぐって黙って座り、丼一杯の大橋店長の愛情を咀嚼して飲み下すというそれだけの事だったというのに。

大丸に通うようになって数年の若輩ではありますが、一大丸ファンとして大丸ラーメン、大橋店長への唯一の不貞行為だったと悔いるばかりです。

そんなある日、今池HUCK FINNから「犬丸ラーメンのワンマンライブを行わないか」というお話を頂きました。大丸の閉店に対して今池HUCK FINNとして何かやりたい、その思いをイベントにするのでその中で犬丸ラーメンの最初で最後のワンマンライブを行ってくれないか、というこの上ない有難いお誘いでした。
程なく一連のプロジェクトはさよなら大丸プロジェクト「今池午前二時」という名を冠し、犬丸ラーメンワンマンライブも行う事が確定しました。この段階でスタッフの中で誰一人として実食した事のない大丸ラーメンコピーバンドにワンマンライブを任せる、というのはライブハウスとして本当に「賭け」だったのではないかと思います。私達の大丸ラーメンへの愛情を信用してオファーして頂けた事を本当に、心の底から感謝しております。

本当に、有難うございました。今池HUCK FINNのお陰で、今回我々はコピーバンドとしては十分過ぎる程の規模のワンマンライブを行う事が出来ましたし、何より大丸を愛する多くの方(50名近い方々に当日はお越し頂きました)に喜んで頂く事が出来たと思っております。


今回サポートメンバーとして積極的にアイディアを出してくれ、助力を惜しむ事なく協力してくれたえんげきユニット「孤独部」主催、樫山重光君のお陰で彼の旧知である劇団から多くの方を驚かせたであろうあの「店内カウンター」へと姿を変える階段、そして壁やカウンターの一部として使った資材をお借りする事が出来ました。また、彼の熱意と情熱は何より私達の原動力ともなりました。今回のワンマンライブは今池HUCK FINNと、そして彼がいなければあそこまでの規模では行えなかったと思っています。本当に有難う。

同時に今まで私達の活動をサポートしてくれた沢山のサポートメンバーにも改めて感謝を。

果たして8月2日の正午頃より犬丸ラーメンワンマンライブの準備は行われました。
前述したように劇団の資材をお借りして、ライブハウスをライブハウスたらしめる要素の一つであろう防音扉が外された今池HUCK FINNへとそれらを運び込み、HUCK FINNスタッフと我々一丸となって店内の再現へ努めました。

続・我が逃走


黒崎店長と必要な追加資材の買い出しに向かい(バンドマンとしても大丸ファンとしても大先輩の黒崎店長と二人で過ごしたあの時間は何て事はないかもしれませんがかけがえのないものでした)、HUCK FINNに戻った頃には資材は「カウンター」への変化の片鱗を見せていました。カウンターの骨組を見て、どうやら今回のワンマンライブは私の想定以上の規模になる、と確信しました。きっとあの場にいた誰しもが胸の高鳴りを抑えきれなかったに違いありません。

作業は続きます。

今池ハードコアをはじめとする大丸ファンの先輩の皆様にも資料面は勿論、気持ちの上でもお力をお借りしました。この場をお借りして改めて謝意を。背筋が伸びる思いでした、本当有難うございます。

多くの人の力と情熱、大丸への愛情を一点に注ぎ込んだ結果、数時間後、今池HUCK FINNの店内には「大丸ラーメン」がありました。


続・我が逃走

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上記画像には映っていませんが、壁に貼られたパスも「再現」しました。
ここでも我々は多くの方に力をお借りしました。twitterやこのブログを通じて呼び掛けた結果、少なくない人数のバンドマン、ライブハウス関係者が自身のバンドの思い出や意思の詰まったパスを郵送、或いは手渡しで提供して下さったのです。

中には今回の件で初めてご挨拶させて頂いた先輩もいらっしゃいます。郵送して下さったパスの中に、思わず涙腺が開くような、やる気と情熱を滾らせてくれるようなそんな素敵な手紙を同封して下さった方々もいらっしゃいました。

犬丸ラーメン第一回からその大丸ラーメンへの愛情を如何なく発揮していたあのバンドも「青色のパス」を提供してくれました。

2日の準備中に「何か手伝う事はありますか」と大量のパスを携えて今池HUCK FINNを訪れてくれた友人もいました。

ワンマン当日「おじさん、パス貼っていい?」と大丸ラーメンで見受ける「あのやりとり」を再現して下さった方もいらっしゃいました。

そんな方々の情熱を壁一面に貼るのは大丸ラーメンの店内再現の、精神面での最後の仕上げだったと言って良いでしょう。
こうして、本当に多くの方の手によってご来店頂いた多くの方が驚愕した「あの店内」は出来上がったのです。

調理担当 石黒の気迫も並々ならぬものがありました。

彼は今まで何度も何度も大丸ラーメンの「あの味」に近付くべく試行錯誤を繰り返してきましたし、その姿には彼の意気込みやプライド、それ以上に大丸ラーメンに対する愛情が見え隠れしていました。
最後の最後まで陰に徹し続けた彼の本気はご来店下さった皆様が口にされた丼の一杯一杯の中に溢れていたと思います。

毎回ビルドアップを繰り返し、遂に彼が完成させた「犬丸ラーメン」。

本家大丸ラーメンのレシピも門外不出というわけではないのでしょうが、飲食店勤務経験者でありバンドマンである一人の男が本気を出して練り上げてきた「大丸への愛情に溢れた一杯」。

調理担当 石黒の意向も受けて大丸ラーメン閉店後にレシピを公開したいと思っております。

そして石黒には2年間にまたがって毎回毎回その作業のほとんどを任せてしまった事を謝罪、そしてそれ以上に感謝しています。二人(+サポートメンバー)で大丸ラーメンのコピーバンドである以上、そこには明確な役割分担がありましたが彼の気迫があったからこそ、私は営業中は自分のパフォーマンスに徹する事が出来たのだと思っています。
犬丸ラーメン最高の「影の存在」、石黒真に大きな拍手を!

そしてご来店頂いた皆様、本当に有難うございました。

皆様がいらっしゃる事で犬丸ラーメンワンマンライブは完成しました。今池HUCK FINNに出来上がった長蛇の列、そして恐らくは皆様が普段大丸ラーメンでしているであろう会話や振る舞い、大丸ラーメンへの愛情に満ちたそれらの一つ一つがあの空間を作り上げたのです。皆様なくして、私達の大丸ラーメンコピーは完成しなかったと自信と確信を持って断言出来ます。
「お客さん」としての役割を楽しんで、そして全力を尽くして下さって本当に有難うございました。
尚、皆さんと作り上げた今回のワンマンライブの模様は定点カメラ及び数台のカメラにて映像で記録されています。記録映像についてはまた改めてここでお知らせしたいと思っております。

最後に改めて。

結成より解散まで関わって下さった多くの皆さん、共に活動してきた石黒真君。今池HUCK FINN。

そして50年間もの間、ほとんど休まず深夜の今池でラーメンを作り続けてきた大橋隆雄店長。貴方のお陰で僕は自分の生涯に置いて忘れる事の出来ない貴重な経験をする事が出来ました。この経験はきっと今後の人生、バンド活動にも活かしていきたいと思っていますし、何より貴方には一つの事を信念を持ってやりきるという事の大切さをその姿勢で教えて頂きました。2年間の活動でここまで胸にきているのに、50年間やって来られた貴方の胸中は計り知れません。心の底から尊敬します。大橋店長、貴方のような大人に僕はなりたいです。貴方こそ今回の全ての称賛をその身に浴びるのに相応しい、というか本質的にはそうあるべきだったと思っています。本当に有難うございました。残り僅かの営業期間ではありますが、どうかお体を壊さず、閉店のその日まで。


大丸ラーメンコピーバンド「犬丸ラーメン」、無事に解散しました。

短い間ではありましたが、有難うございました。


大丸ラーメンコピーバンド
「犬丸ラーメン」
パフォーマンス担当:舟橋孝裕

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この数日間でライブを2本やったのでそれについて書いていこう。
しかし大学在学中から卒業してしばらくの間はライブは月に一本、多くても月に3本とかだったのに今の僕は基本的に月に4,5本はライブをやってるし、それこそ多い月ともなると10本なんて時もあった。少なかった頃は「月に2本もあるなんて!」とか思っていたのに、当時の僕は今の僕のライブ頻度を知ったら何て言うだろうかね。勿論、本数が大事なのではない。密度と一本一本を大切に、愛しんで、楽しんで行う事が何よりも大事だと思っている。
…昔よりかはキャパシティが大きくなったのだな。うん、きっとそうだ!


26日は仕事後、急いで帰宅。翌日が土用の丑の日という事でフライングしてひつまぶしを頂く。
完全に余談になるけれども、ひつまぶしは所謂プレーンに食べる一杯目、のりとかねぎを散らして食べる二杯目、お茶漬けみたいに食べる三杯目っていう食べ方があったと思うのだが、僕は三杯目の食べ方が一番好きだ。
で、楽器を背負って急いで池下UPSETへ。とは言っても自宅から自転車を使えば2分で着く。
この日はi GOでの非常勤参加で茜谷さんをはじめメンバー御三方は仕事の関係で到着が遅くなる。しかし共演に演奏を未知の知人がいたのでサポートベーシストがいち早く会場入りするという奇妙な事態になったというわけ。到着すると既に開演、前述の演奏を観た事がなかったかつた君在籍のHalf moon spiral が演奏中。かつた君、水の中を泳いでるようなベースを弾くのだね、弾き方も印象も。あ、これ良い意味です。それにしても彼らってば聞いた話だとまだ10代なんだよね。凄いな、自分が18,19の頃何してたかっていうとライブハウスで切磋琢磨しながらライブ活動を繰り広げる、なんて微塵も想像しておらず、高校3年生の時分なんて毎日毎日放課後になると職員室に担任教師(20代後半の女性教員)を訪ねて禅問答のようなものを繰り返したりしてた頃だもんな…。
何にしてもやっとバンドマンとしてかつた君と一緒にやれて嬉しかった。

この日のi GOの出演は最後。本番直前は楽屋で最近恒例、茜谷さんがギター弾きながら歌ってらっしゃるのにあわせて曲確認。UPSETの楽屋は広いから過ごしやすい。
この日は敢えてアンプヘッドを持ち込まずに、常設の苦手なアンペグで演奏に臨んだ。アンペグってどうにもちゃんと前に飛んでくる音が作り難いというか好みの音がなかなか出ない。けれども少しずつ少しずつアンペグの操作感を耳に体に馴染ませていって、そろそろ挑んでもいいんじゃないかって事で挑戦してみた。流石に「最高の音色だ!」っていう音までは追い込めなかったけれども、悪くない音が出せたのではないかと思っている。
演奏中にはしゃいでまた足を痛めかけた事以外は、この日は満足な演奏が出来た。練習でアンサンブルを強固なものにしていくのも楽しいけれども、日頃の演奏で鍛えた演奏力を持ち寄って本番でガツッとあわせるのも面白い。

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カメラを向けると「お、ブログかtwitterか!」と
すかさずポーズをとって下さる茜谷さんに昌吾さん、柴山社長。


終演後は飲みに行くメンバー+柴山社長(ONE BY ONE RECORDS )に後程参加する約束をして今池HUCK FINNへ。黒崎さんと調理担当 シン君と犬丸ワンマンライブについての打ち合わせ。
いよいよラスト・ギグが近付いてきた実感がある。打ち合わせに夢中になっていると柴山社長がHUCK FINNに。打ち上げ、平日だったしお開きになった様子。残念ながら合流出来ず、だったけれどもその後松田君(ex.農村 )と近所で深夜まで営業しているという二郎系ラーメンを食べに行く。
ガッツリ頂いて、アイスを食らい、就寝。


そして28日は今池HUCK FINNにてさよなら大丸プロジェクト「今池午前二時」第一弾イベント「特別出張居酒屋もりちゃん」に舟橋孝裕with nokosareta NERIMONO'sで参加。
この日より「今池午前二時」イベントが動き出した。大丸の閉店もカウントダウン。終わりの始まりが、始まった。そして僕の人生で一番熱い夏も始まった。

もりちゃん店長ことモリヤスさん とは大丸ラーメンの話題でやりとりをしたのが最初の出会い(?)だった。犬丸ラーメンの、あれは2ndシーズンだったかな、夜通し試作を(シン君が)していて早朝7時にようやく完成、twitterに画像をアップロードしたところ、しばらくすると柴山社長から電話が。

「はいもしもし」
『あ、舟橋!』
(いつになく興奮してるな…)
「どうしました?」

『大変だ!レジェンドが!レジェンドが犬丸に反応をくれたよッ!』

「落ち着いて下さい。どういう事ですか?」


そして柴山社長はモリヤスさん=前田守康さんを自分が如何に尊敬しているか、そして今回モリヤスさんが犬丸ラーメンに興味津津な事、それがどれだけ自分をエキサイトさせているかについて熱く語って下さった。
最終的には「いつか高円寺で犬丸を!」とご本人も巻き込んで盛り上がった僕達なのだけれど、なかなか機会がなくそれもないまま犬丸は解散を迎えようとしていた。
なのでこの日、「居酒屋もりちゃん」で僕はモリヤスさんとようやくお会い出来た。お世話になっている方々が慕う人に会えるってそれだけで嬉しいのに、それが大丸イベントだなんてこれ以上の機会はないだろう。大丸が繋いでくれた先人とのご縁が、大丸によって結実するというのは本当に胸がすくような気持ちだった。

続・我が逃走
舟橋孝裕 with nokosareta NERIMONO's全景。

「28日に居酒屋もりちゃんやるから舟橋も出てよ。茜谷もフッキーも出るしさー」と黒崎さんから出演のお誘いを頂いた時は一瞬何やろうか真剣に迷った。皆、弾き語りをするという。その中に僕が出て行って何をするというのか。自分の歌声が甚だお粗末なものである事なんか誰よりもわかっている。聴けたもんじゃないだろう。だが、しかし。今回は、今回だけは自分が矢面に立つべきだと、そう思った。
誰の肉声でもない、自分の肉声で大丸イベントに出演したいとそう思った僕は極めて自然にnokosareta NERIMONO'sの二人に連絡を入れ、二人とも快諾してくれてああいった形式での演奏になった。
ベースヴォーカルとしては四流以下の僕だけれども、大丸に対する情熱だけは伝わったのだと演奏直後に楽屋に「良かったよ」と涙を流した後を隠そうともせずに顔を出してくれた柴山社長の顔を見て思った。
あの人の涙腺が如何に緩いかは知っているつもりだけれど、それでも同じ大丸ファンとして柴山社長の琴線に触れるものがあったのなら、それはもう舟橋孝裕 with nokosareta NERIMONO'sは大成功だったんじゃないかと思う。NERIMONO'sのお二人、貴方達の素晴らしい音楽スキルで支えてくれて有難う。
何をやったかっていうのは、会場にいらした方々の胸の内にしまっておいて下さいね。

モリヤス店長のシンセサイザー(なのかな、あれ。鍵盤のついた大きな機械がドラムセットの横に置いてあった)にあわせたドラム演奏、ああいうの大好物。蠅が飛び交うようなノイズにあわせてドラムが入った瞬間、場内にいたほとんどの人は「どうなるんだこれ…」みたいな雰囲気になっていたけれども僕は一人「ああ、ここに自分のベースを重ねたい…!」とニヤニヤ楽しんでいたと思う。それにしてもドラムのキレが違う。タイトさが違う。イベントのカラーにあわせて(居酒屋もりちゃん、くつろいだ雰囲気の笑いが絶えないイベント)勿論笑いも起こるようなモリヤスさん枠ではあったのだけど、ドラム凄かったもんなあ。

どうしても外せない用事が控えていたので挨拶もそこそこに帰宅。
レジェンドに次はいつお会い出来るか定かではないけれども、その時には自分なりの大丸への思いと改めてきちんとしたご挨拶をさせて頂けたら、と思う。
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昨夜はグレッチベースを背負ってマウンテンバイクをジャコジャコ漕いでスタジオへ。
この時分にベースのケースを背負っての自転車移動は、丁度ショルダーストラップが当たる位置だけ汗でTシャツの色が変色するので若干恥ずかしい。お風呂上がりも何のその、急な坂を越えた更に向こうにある(とは言っても自宅から20分もかからない程度の距離なんだけどね)練習スタジオに着く頃には僕のグレーのTシャツは肩から脇にかけてだけでなく、胸元まで少し変色していた。自分が生き物である事を痛感する瞬間である。

さて、珍しくもグレッチベースをどうしてスタジオに持ち込んだかというと、昨日の練習は28日に今池HUCK FINNにて行われる「さよなら大丸プロジェクト『今池午前二時 』イベント第一弾『特別出張 居酒屋もりちゃん』」に出演する「舟橋孝裕with nokosareta NERIMONO's」の練習だったからである。僕、伊藤誠人(バンドを色々やっている )、せんちょー氏(ナナフシ /JONNYレギュラーサポート等)の3人から成るアコースティックバンド(電気使うけどね)で僕はベースを弾きながら歌うわけで、それならばという事で昔ベースヴォーカルをやっていた頃に愛用していたグレッチベースを持ち出してきたっていうわけ。マスターボリュームの具合がおかしかったのでちゃんと修理までしたんだぜ。

ベースヴォーカルをやるのは相当久しぶりで、歌いながら弾くっていう経験がそれ以降ほとんどない(コーラスもあまりしないのだ、僕は。僕のマイクはMC用と自認している)中でのスタジオ練習は、ここ最近では一番緊張した。自慢ではないが、歌に自信はない。不完全密室殺人のアルバムでは一曲だけ僕がメインヴォーカルの曲があるのだけれど、あれにしたって「バンド内で一番歌心がない奴が歌った方がいい」という事になり、ほぼ満場一致で僕になったくらいだ。
どうにか歌の練習をしたいと思ってカラオケボックスにフリータイムで入室、2時間近く歌い続けてきたのだけれどもベースを弾きながら歌うのは久しぶり。
しかし思ったよりしっくりとまとまって(伊藤誠人、せんちょーによる功績が大きいと思う)スタジオも予定より早く切り上げる程だった。尤も、僕の歌っていうのは「一生懸命歌ってる」という気迫以外は何も伝わらないものなのだけれど。

スタジオ後に「大丸イベントに出演するのだから」と3人で大丸ラーメンへ向かった。一旦は「帰る。眠いし」と辞退した伊藤君も結局現地に到着すると、やって来た。平日の4時近くにしては行列が長い。閉店という二文字が深夜の今池を突き動かしている。
昨夜は特に暑かった。火に囲まれて調理されている大橋さんは尚更だろう。伊藤君、せんちょーが入店してさあ次は僕だ、と息巻いていると大橋さんが「もう作れないから!」と凄い剣幕でギヴアップ。普段ならそれでも作って下さるのだけど、昨夜はそのままカウンターの外に出て来られ、空いている椅子に座ってらっしゃった。「すわ、これは本当に一大事」と心配になったものの、大橋さんの視界に姿が入っているだけで大橋さんにプレッシャーをかけるような気がしたのでとりあえずお店の前を離れる。僕の後ろにも並んでいる方は数名いらっしゃったのだけど、彼らもこの突然の打ち切り宣言に動揺を隠せなさそうだ。
そりゃあそうだろう、明け方に一杯のラーメンを心待ちに待っていたのだ。
けれども、彼らも僕も思いは同じだったのではないだろうか。あの大橋さんの表情、悲痛な声を耳にしてそれでも尚ラーメンを作る事をお願い出来る人間等いるはずがない。それは殺人に加担するようなものだ。
あれは、紛れもなく熱中症だったもんな。

食べ終えて出てきた伊藤君に様子を聞くと、大橋さんは水をガンガン飲んで一息つかれている様子。
帰りがけにお店を覗き込んだ所、今池で50年以上ラーメンを作り続けて来られた一人の職人はカウンターに座って茶碗で水を飲んでいた。

「大丈夫ですか?」

「すいませんね、もうバテちゃったもんで」

「いえいえ、それはいいんですけど、本当に大丈夫ですか?飲み物あります?」
「もうお水飲んでるもんですから大丈夫ですよ。有難うさようなら、気をつけてェ」

嗚呼、あの笑顔。
誰が一体、70歳過ぎの老人にあんな思いをさせる権利があるというのだ。「5時には締めるから」と言っているし一般的に認識もされているのにそれでも尚並んでしまう俺達があの人の肉体にダメージを与えているのではないか。通う事が大橋さん、そして大丸ラーメンへの愛情を示す行為だと俺は信じて疑ってこなかったが、果たして、この期に及んで、それは本当にそうなのか。
思わず疑問、自責の念に駆られそうになったが、伊藤君の一言に救われた。

「それでも、あの人の生甲斐でもあるんだよ、これは」

今池の夜は、更けていく。

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最近の僕ったらば夏バテなんてどこ吹く風、湧き起こる食欲を「太るぞ、太るぞ」と抑制しながら少しずつなまってくる腹筋を、胸筋を眺めては小さく溜息を吐く始末。足を痛めて以来従来通りのトレーニングは控えているのだけど、少しずつでも再開しないとこれはいよいよもって駄目になる。自戒自戒。
最近の舟橋について画像と一緒に振り返ってみませんか?
ライブをやった事についてはもう書いてるし、大きな出来事もまた然り。けれども日常生活あっての表現活動だと僕は思っているので。日常日常!

続・我が逃走
モデル名通りの「毛深い睾丸」が筐体にも描いてある。

ベルギー産のファズペダルを購入。
BIG JOHNというブランドのHAIRY BALLSというモデル。それにしても凄いモデル名だな…「毛深い睾丸」って…。
これはファズとブースターの一体型ペダル。右側のスイッチがファズのオン/オフ、左側のスイッチがブースターのオン/オフ。ファズセクションはレベルとゲートのコントロールが出来、トーン等は装備されておらず。変にごっそり低域が持っていかれたり高域が劣化したりしなければトーンコントロールはいらないと思うのだけど、このペダルに関してはコントロールはこれで十分。面白いのはゲートで、これで随分とファズのキャラクターが変わる。右側に振り切って、つまり前回にするとマフ系の「ブッシャーーーーー!」って音なんだけどそこから絞っていくとどんどんノイズゲートっていうのかな?「ブシャー …ン」とか「ブチッ ブチッ」ってブチブチ系のファズペダルに早変わり。僕のやってる音楽ではゲートコントロールは全開、です。
ブースターもなかなかニクい奴で、所謂クリーンブースターなんだけど時計でいう3時を過ぎた辺りから急に歪んでくる。といっても過激なものではなくて「歪んじゃった」っていうナチュラルな歪み方でこれがまた太くて良い音。
個々に駆動させるも良し、同時にオンにするも良し。うん、良いペダルだと思う。

続・我が逃走


秘密のレコーディング(最近こんなのばっかだな)もした。
ベースを一切弾かず(というか持っていかなかった)、柴山社長(ONE BY ONE RECORDS )と即興演騒。エンジニアはTWO FOUR の厚介さん、ディレクション及び生活音は斉藤伸也 君。
インプロ要素が強い、っていうか僕達のやった事って9割がインプロだったのだけど一テイクOK。良いものが録れたと思う。厚介さんと斉藤君のお陰で素敵な作品に仕上がった。敏腕エンジニアに敏腕ディレクターに最大級に謝辞を。
この作品、世に出る予定なので続報をお楽しみに!
皆で行った大丸ラーメン、最高に旨かった。あれは達成感と充足感も相まっていた、と思う。

斉藤君は滅茶苦茶食うのが早いんだけど、観察してたらあの人はね、箸の動きが止まらないんですね。もやしをワシッ!と口に入れる(そしてさらにその一口、の量が多い)→咀嚼しながら次の一口を運ぶ→以下繰り返し。
常に箸が動いてるし、ほとんど噛まない。僕も食事の際はどうやらほとんど噛まないんだけど、僕より噛んでないんじゃないかな、斉藤君。

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7月21日(土)の事である。
農村 の暫定最後のライブを観に、三重県鈴鹿市にプチ遠足した。

農村のメンバーと初めて喋ったのって何年前だかの大晦日だったと思う。新栄CLUB ROCK'N'ROLLのカウントダウンパーティーに不完全密室殺人で出演、演奏を終えた僕達はあーでもないこーでもない、今年はお世話になりました来年も宜しくだなんて言いながら車に機材を積み込んでいると後ろから突然声をかけられた。
振り返るとビールか何かを片手に持った若者二人が立っており「凄く良かったです」と演奏を褒めて貰った。それどころかそのうちの一人、小柄な方の若者は「音源ありますか」と親しみやすい笑みを浮かべながら音源購入の意思表示をしてくれ、僕はそれに若干驚きながらも一枚千円のアルバムを売ったように記憶している。あれ、声をかけてくれたのは駐車場でボーッとしてる時だったかな。何にしてもライブハウスの外だったのは間違いない。
一度でも遊びに来られた方ならおわかり頂けると思うのだけど、大晦日の新栄CLUB ROCK'N'ROLLはお祭だ。普段はそんな事しないバンドもカヴァーだったりポジションチェンジをしたり、酒気を帯びて演奏したりと無礼講的なニュアンスがある。お客さんもそれをわかった上で普段よりリラックスモードで楽しんだりしていて、でも不完全密室殺人に関してはコピーバンド大会だった3回目の出演(RAGE AGAINST THE MACHINEをやりました。ちなみに神田君は子供が生まれたばかりだったので家族と過ごすため実家に戻っており、ドラムは当時ROCK'N'ROLLのスタッフだった堀さんが叩いてくれた)以外は毎回特にリラックスする事もなく、気負っていたように思う。
僕達からすると、普段自分達の演奏を観る機会のないお客さん達が大勢集まっている場所では大晦日といえども絶好の機会だ、とそういう意識が無意識のうちにあったのかもしれない。毎回面白い事を追及するあまり悪ふざけが過ぎるバンドではあったので、対外的には違和感はなかっただろうけれども「やっちゃおう!」という意識はあった。物販スペースはないので音源が欲しい方はメンバーに声をかけて下さい、とMCで告げたものの、この日のお祭ムードとアルコールも相まって、そういう方は少ないんじゃないのかなと何となく思っていた。そんな中で声をかけられたのが本当に嬉しかったのを憶えている。

農村との出会いについて書いていたはずが自分の思い出話になってしまったけれど、その後ライブハウスやスタジオで出会ったりしているうちにドラムの松田君が「これ僕達の音源なんですけど、良かったら聴いて下さい」と一枚のCD-Rをくれた。
聴いてみてたまげた。農村、凄く好みだったのだ。

初めての農村のライブを観たのは彼らの企画である 。遠方の友人も来ているし(比較的近場の)友人のバンドも出ているし、農村もやっと観る機会を得るってなわけで出掛けていったのだけどこの日の演奏も非常に良くって荒削りだけど攻め込んでいくっていう気概が音にも出ていて「ああ、この人達とは仲良くなりたい」と思った。今記憶を新たにするために当時のエントリーを読み返したのだけど今となっては一緒に演奏する機会もある松田君に対して「いつかお手合せ願いたい」って書いてるのは面白いもんだなあ。

続・我が逃走

で、話を現在に戻す。
会場である鈴鹿Livehouse Poohは近鉄平田町駅前のカラオケボックスの一階に併設されており、入口もカラオケボックスと同じ。入って正面にはカラオケの受付があり、この日のイベント「NOBIROCK 」主催のノビ太さんが受付にいらっしゃらなかったらそれとわからない程、ライブハウスという名のそれとギャップがあるというか、カラオケとのコントラストが凄かった。肯定的な意味で異空間だった。
カラオケとライブハウス。カラオケと練習スタジオっていうのは使った事もあるけれど、こういうのは初めてだ。でも僕はこういうの大好きなのである。インディペンデントって、こういう事なのかもしれないとも思う。日頃フロアより少しステージが高くなって、防音も音響もしっかりしているライブハウスで演奏する事が多い我が身だけど、こういう場所ってより肉体的な感じがするっていうのは言い過ぎですかね。メタルラックに組んだ、恐らくは当日運び込んだであろうPA機材に大きなパーティールームといった感じの一室のLivehouse Pooh。けれどもそこでガーンと鳴っている音はここ最近耳にした音の中でもかなり衝撃的、暴力的に格好良かった。あの環境っていうのはバンドマンにとっても、恐ろしく魅力的なはずだ。腕が鳴る音が聞こえるよう。

会場の音の広がり方も相まってかこの日の農村は凶暴だった。ドラムも生音がダイレクトにとんでくるしベースアンプからも雷みたいな音がしていたしそれに負けじと闘うギターも、そして歌もキレていた。今日で最後、一区切りっていう気迫、良い意味でのピリピリしたライブだった。別段本人達がそこまで気負っていたかって言われるとそれはわからないけれども、原田君、森川君、松田君の三人は間違いなく良い演奏を、テンションの伴った演奏をしていた。負けてられないなあ、と思う。

農村の3人、お疲れ様でした。今後も宜しくね。
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さて、前回 に続き4日連続でのライブの話の続き。


7月15日(日)
この日はJONNYで京都VOXhallへ。
早起きして集合場所である佐藤さんちへ向かった所、まだ誰も来ていなかった(し佐藤さんは寝坊後、大急ぎで準備してた。いつもの光景ですわいな)ので一人でゆっくり佐藤さんのPCでTHE WHOの動画を観、テンションが上がる。
「やっぱりカロリーを無駄に消費するようなライブをしたいもんだなあ!」
そこで登場したサポートドラマー せんちょー氏にPCモニターを指差しながら「こんな運動会みたいなライブがしたいんです。カロリーを沢山消費するような!」と力説。思えばこの辺りから既に伏線が張られていたのかもしれない。
出発時間の段階で既に予定より遅刻、高速道路に乗った瞬間に前回の東京遠征 に続いてのせんちょー氏、後部座席にてシートベルトしてない事件等、前途多難な道中ではあったけれども(せんちょーのテンション下がりっぷりが凄かった)、遅刻せずに京都VOXhall到着。
リハーサル後、この日の進行を担当するおのまん君(VOXhallスタッフ/太平洋不知火楽団 スタッフ/友人)と二人でご飯を食べに行く。今まではVOXhallでライブをする際は絶対バーガーキングに行っていたのだけど、先頃ついに名古屋にもバーガーキングが出来たので今回はスタ丼を食べに行く。

続・我が逃走
「これ、旨いんだよね」と定食を食べるおのまん君。
そういえば顔合わせをおのまん君程うまくやる人を俺は知らない。

この日のVOXhallは素敵な歌モノ中心な印象。勿論そういうのも大好き。特にパウンチホイール の"美しさ"には脱帽。曲もハーモニーも全力でバンドの音楽を美しく仕上げる事に集中してるんだろうな、あの人達。美しさに不純物がないっていうか。サポートギターのコダマ君(ex.ハミリーコンプータ)のギターも流石の存在感。

そして僕は、そんな中でふっと浮かんだ悪戯心にとり憑かれていた。
VOXhallはステージのちょうど真上にスクリーンがあって、開場後はそこで注目イベントやプッシュされているバンドの写真や音楽と一緒に流れたり、とても洒落ている。そのスクリーンの前には出っ張りがあって、どうやらそこに人が乗る事も可能な様子。
(…あそこに乗ったら、気持ち良いだろうなあ)
ふとした思いつきっていう奴は怖い。しばらく後に僕は、少し前に東の宿敵が僕が思いついた事をやっていた事を思い出してしまった。嗚呼、君もか。
その彼っていうのが丁度開場前に電話して、この前日に話しきれなかった彼のバンドのこの先の話をしていたものだから、僕ったらもう闘争本能の塊みたいになっちゃって。VOXhallでライブの日に、彼と電話して、そしてその夜彼らは自分達の決断を発表する事となる。そして僕の些細な思いつきは自分の中で「やらねば負け」みたいな思いに変わっていった。普通はそういう「今日はこれをやる!」みたいなのは嫌いだ。決めてそこにモチベーションをもっていくっていう作業はどうも苦手だし、やると決めたからやりたくもないのにやるっていうのは一番どうしようもない。やりたい事は誰に止められてもやるべきだしやりたくない事は絶対にやるべきではない、というのが僕の持論なのではあるのだけれども、でも宿敵の顔がちらついてしょうがない。
以下、VOXhallのステージに向き合って撮影した画像。

続・我が逃走

そしてライブが始まった。
名乗り上げるのもそこそこに、図の印が打ってある場所まで脇の梯子を使って移動、一瞬、ここでポーズを決めた宿敵の顔を思い浮かべて、そして、飛び降りた。
無事に着地する。VOXhallスタッフさんには「前例がないですね・・・大丈夫ですかね足やっちゃうんじゃないですか」と危惧されおのまん君には「お薦めしないなー」とやんわりと制止されたけれども、兎に角俺はやった。そう、俺は貴方の街のスパイダーマン!
初見の方が多いであろう中、テンションが伝わるような演奏が出来たと思う。途中で恐らくは飛び降りた際に真っ先に地面に触れたのであろう左足が痛んできたけれども、アドレナリンで誤魔化せた。
兎にも角にも、俺はやった。

終演後、どんどん足が痛んできた。恐る恐る靴下を脱ぐと、腫れている。エアースプレーで冷やしたりはしていたのだけど、ちょっとこの痛みは普通ではない。おのまん君にビニール袋詰めの氷を貰って、冷やしながら名古屋モドリ。名古屋に着いたらすぐ病院に行く事に決めた。全く、自分で勝手にやった事で足痛めたんじゃあ世話ないよ。情けない。
骨折の可能性についてボーッと考えながら、何の気なしにtwitterにアクセスすると宿敵達が活動休止を発表していた。

名古屋到着。とりあえず解散後、佐藤さんの運転でそのまま夜間救急病院へ。
ちなみにこの病院、以前腕を折った際 もお世話になったし茜谷さんも佐藤さんも 、最近では各務君もお世話になっている。
レントゲンを撮って貰った結果、骨折はしておらず。ホッと胸を撫で下ろすものの、痛いのは依然変わらず。鎮痛剤を頂いて、湿布と氷嚢で足を冷やしながら就寝。

続・我が逃走
気の利いたポーズをとるでもなく、力ないピースサインをする僕。
先生「どうしました?」 僕「階段から落ちました」



7/16(月)
起床。

昨夜よりかは幾分ましになっているものの、やはりまだ痛む。が、今日は4連戦最終日。悠長な事も言っておれぬ、と痛む足を引きずってライブ前の確認作業をするためにパイプカツトマミヰズの練習へ向かう。
時間薬、とは良く言ったもので時間が経過するにつれて足の具合も回復する可能性がある。しかし勿論、このまま痛い可能性もある。痛みを堪えてライブを行うのは簡単だが、無理して下手に長引かせるより面白い事が思いつけば無理せずにライブをするのも良いだろう。
…あ。前から試してみたい事があったんだった。
というわけで、人生で初めて、なのかな?座った状態で演奏を開始した。


続・我が逃走
椅子に拘束されたまま運ばれてきて…

続・我が逃走
ベースを持たせて貰った瞬間、再起動
(眼帯、包帯に添え木に三角巾装備)


そう、一度眼帯とか包帯とか所謂「厨二病」的なアイコンを突き詰めたコスチュームプレイのまま演奏に臨んでみたいと思っていたのだった。変身願望、凄くあるしね。元はと言えば前夜飛び降りた後も「僕はスパイダーマン!」とかはしゃいでいたし。そんな28歳にいささか疑問は抱きつつも、大いに楽しんだ。

ちなみに設定は「ライブを3日連続で行った結果、心のバランスを崩し自傷行為に走って入院中のところを拉致されてきたベーシスト」であります。
リハーサル後に駒田君とドラッグストアと100円均一にて「材料」を大量に買い込んで準備した怪我コスプレ及び拘束具、大いに楽しんだ。だが想定外だったのが、拘束具として使用した100円均一のベルト。椅子に括りつけられたまま如何にはしゃぐか、が裏テーマだったのだけど、ものの数曲も弾かないうちにあっという間に千切れて飛んでいってしまった。で、最終的には…

続・我が逃走


いつも通り。
最終的には包帯も眼帯も添え木も三角巾も全部外して、ドラム缶に飛び乗って大いにはしゃがせて頂きました。こういう事するから治りが遅いんだって?失礼失礼。
写真を撮ってくれたヨシダユキ(カメラマン/ご近所)さん、有難う!
この日はelectro53 (T-BOLANの五味孝氏さん在籍のインストユニット)が共演だったのだけど、五味さん、凄く丁寧で親切な方だったなあ。そしてギターの音が物凄く良いのね。所謂普遍的に「良い音」っていうのはああいう音なんだと思う。

そしてelectro53のスタッフさんが褒め殺し以上に褒めて下さって、色々と情熱的に評価して下さったのは本当に嬉しかった。あの言葉を糧にパイプカツトマミヰズでの活動を頑張っていきたい、と思う。


こうしてJONNY、i GO、JONNY、パイプカツトマミヰズの順でライブを繰り広げた怒涛の4日間は無事、あ、無事じゃなかった、兎に角幕を閉じた。
バンドマンはサイヤ人と同じで、限界が近付けば近付く程強くなる。そういった意味では今回は筋トレの影響か、肉体的な負担な今までと比べ物にならないくらい少なかったな…別に演奏はいつもより体を気遣った、とかそういうのは全くないのだけど。筋肉って、凄い!

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ブログを書くというのは時間と気力を使う作業である。
10年後の自分が読み返して面白いと思えるものにしたいのだから当然なのだけれど、それでこうやって更新の間が空いてしまうのは考え物だなあ。だって数日前の記録を書く間にも僕は生活してるわけだし、きっと10年後の自分はそんな10年前の僕の些細な日常だって目を細めて楽しんで読めるはずなのだから。自戒自戒。
さて、このブログの更新が止まっている間に、ライブを4日間連続で行ってきた(正確に言うと、それで更新が止まっていた)。その記録を書いていく。10年後の僕、楽しんで読んでね。


7/13(金)
朝から出勤。
仕事先で昼過ぎから配達に出、職場に戻ると山田君(不完全密室殺人)が福井から名古屋在住だった頃に購入、置き去りにしていたバギーを取りにこちらに来ていたようで職場にお土産を持って遊びに来ていた。
幸いにも自転車ごとこの日の演奏会場である新栄CLUB ROCK'N'ROLLまで運んでくれるというのでお言葉に甘える事に。
この日の演奏はJONNY。この日から大好きな、深夜しか営業していないラーメン屋のために佐藤さんが書き下ろした新曲を演奏。この曲っていうのが本当に素晴らしくて、僕も大いに気に入っている。
JONNYの音楽ってライブではついついエキサイトして(主に僕が)ついつい運動会じみたものになってしまうのだけれども本質はやはり佐藤さんの歌心にあると思っている。新曲はそんなJONNYの魅力が実に直接的に表現されていると思うし、そういう曲を演奏している時というのは心穏やかになると同時に、ワクワクするものだ。
この曲はきっと閉店が決まっているあの店が惜しまれながらも閉店してしまった後も演奏され続けるだろう。閉店は僕の心にどれだけのダメージを与えるかわからないけれども、きっとしばらくすればこの曲を演奏する度に僕は心のどこかで自分のルーツがその時になっても尚、顕在化している事に安堵感をおぼえるんじゃあないだろうか。それが何年後になるか定かじゃないけれど。

続・我が逃走
この日のペダルボード。
前夜、各務君からBOSS RV-3を借りてリハーサルから使ってみたのだけど、凄く良い。



7/14(土)
昼頃起床。
ブラブラと覚王山のHARD OFFを冷やかしに行って時間を潰す。この日はi GOで四日市VORTEXに出演。i GOとGASOLINE 、そしてLUCY AND THE LIPSTIX の3日間にまたがる四名阪(四日市、名古屋、大阪)ツアーの初日である。僕は初日担当で名古屋場所、大阪場所はそれぞれのむーんさん(ex.レッサーホースノムラセントラルステーション )、えりっさ(GRIKO )が担当。初日だからっていうのもあっただろうし、勿論他の二人に対する対抗意識(そしてそれ以上に信頼も)もあったので気合いが入っていた。
四日市VORTEXは初めて行く場所で、聞いた話によるとどうやら出来て一年くらいのライブハウスらしい。一階はパンクショップで二階がライブハウス、そしてその上は店長一家の住居になっているそうだ。まさしく、パンク・ビル!革ジャンやバンドTシャツ等等、パンキッシュなアイテムがずらりと並んで談話スペースもある店内には僕が普段着るような服は並んでいなかったけれど、それでも本当に素敵な場所で楽しく店内を物色出来た。ちなみに茜谷さんも昌吾さんもバンドTシャツを購入。興奮した様子でTシャツを物色するお二人の後姿は少年のようだった。
リハーサルもつつがなく終了し、何となくボーッと過ごした後、時間がまだあったので四日市散策に出掛ける事にした。昌吾さんと吹原君も時間を持て余していたようで結局3人で近くの商店街へ入った。

続・我が逃走
商店街の中で見つけたインパクト絶大なコイツ。
何と首が伸び縮みしていた。

普段出歩かない土地の商店街というのは歩いているだけで楽しいものだ。
遠征やツアーに出た際は出来るだけライブハウスの近くをうろつくようにしている。目的は勿論ライブなのだけれど、それだけじゃ勿体無いという気持ちがある。出来るだけその街を見て刺激を得たいし、中古楽器屋や質屋、リサイクルショップの類があればしめたものだ。
商店街の中をブラブラしながらあーでもないこーでもないと過ごすのは楽しかった。暑かったけどね。
そして見慣れた場所に来たなと思ったら前に四日市に来た際に昌吾さんと二人で遊びに行った大型ショッピングセンターの近くに出た。まだ時間があったので再びゲームセンターで遊ぶ事に。

続・我が逃走

UFOキャッチャーに挑戦していると、横で二人の少年がその様子をじっと見ている。
昌吾さんの抜群のコミュニケーション能力が発揮された瞬間である。気がつけば上の写真のような光景が繰り広げられていた。
可能な限り四日市駅付近の散策を済ませ、VORTEXへ戻る。

この日の出演バンドは上記3バンド、そして四日市のANTONIO THREE
ANTONIO THREE先輩、格好良過ぎた。暴力的で扇情的で、ガツンと来た。安田さんの携えるミュージックマスターベースから叩き出される音は物凄く攻撃的。重低音ってわけではないんだけれど主張があって歪んでて、ってそんな解説いらないくらい格好良い。
そしてこのライブ中、入電。宿敵達の未来について耳にし、しばしショックを受ける。何故だか、今日は最高の演奏をしようとそう思った。
GASOLINE先輩は流石の盛り上げ方。ライブ中にビールを一体何本一気されたのだろう。男の、パンクロッカーのプライドを、確かに目の当たりにした。人を笑顔にさせるロックンロール!
ANTONIO THREE、そしてGASOLINEの両先輩にあてられてかこの日の演奏はテンション高く出来たと思う。パンク好きな、明らかに僕より長くこういう音のある場所に出入りしている人達の前で僕はいつも通りの格好でいつも通りの演奏をしたのだけれども、それでも前述の安田さんをはじめ、演奏を評価して下さる方々がいらっしゃってそれが本当に嬉しかった。
そしてトリのLUCY AND THE LIPSTIX、4人の宇宙人が織り成す音楽は実にキャッチーでポップ。高い演奏力で初見でもついノッてしまう、そんなグッドミュージックを繰り出されるもんだから気がつけばどんどん体は前の方に。フロア前方ではモッシュが起きていた。良いなあ、この後の2日間もご一緒したかったなあ。

名古屋モドリ途中にちゃんぽんと炒飯で〆。この4連戦の間は食欲を開放すると決めていたのでガッツリと頂いて、帰宅。こうして2日目も無事に終了したのだった。

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最近、野菜を食べる事に執着している。
体を鍛え始めたっていうところから余計なカロリーを摂取しないようにしてるっていうのもあるけれど、それ以上に野菜って美味しい。本当に美味しい。
作業の折に小腹が空くとコンビニでおにぎりやパスタ等買い食いしていたのだが(素晴らしき自堕落っぷり!笑)、最近ではもう真っ先にサラダコーナーに向かってしまう。
昨日食べたベーコンポテト味の粉を容器に入れてシャカシャカ振って食べるサラダ、べらぼうに旨かったなあ。もう延々と野菜食べられるんじゃないかって思ったもの。

高校生から大学に進級する際に、家族会議を自主的に開き、親に月々幾らずつ払うから、という所謂「親ローン」を組んでまで買った楽器がある。大学入学後、SBVと出会うまでムスタングベースと並行して使い続けたベースなのだが、SBVを手に入れてからというもの当時所属していたサークルの同期であるQucumbers の落合君に貸し、そこからtheモールスシンゴーズ の白石君の手に渡り長い事その存在は僕のベーシスト人生から姿を消していた。
先日ふと思い立ち白石君に連絡した所、急な連絡にも関わらずすぐに僕の地元まで持ってきてくれた。

続・我が逃走


正真正銘、GRETSCH社のエレキベースである。

購入当時は中古価格で13万程度、改めて調べてみると定価は26万程する紛れもない「高級機種」だった。20歳そこそこの僕はこのベースを抱いてブランキー・ジェット・シティのコピーバンドでベースヴォーカルをやっていた。久しぶりに弾いてみると当時の僕ではわからなかった多くの事に気付く。
ネックが細く弾きやすかったり、リアピックアップの独特のアタックが気持ち良かったり、ボディサイズは僕の所有するベースの中でも断トツに大きいのだけれども抱いてみると意外と落ち着くバランスになっていたり。弦はサビサビだけどネックの状態も悲惨な事にはなっておらず、ポットのシャフトが折れているマスターヴォリューム部分や弦交換等、少しの修理と調整を施せば(詳しい紹介はその時にでも)すぐにでも現役復帰しそうな状態だ。
正直、メインで使うようなバンドは現状ないし(あるっちゃあるけど、SBVの方がすんなりハマるし振り回しやすい)似合っているとも思えないけれど機会をみて使っていこうと思っている。

そんなGRETSCHベースを自慢しようと背負って篠田家へ。
勿論用事がないわけではなく、JONNY秘密のレコーディングに参加するためである。まだ詳細は公開出来ないけれど(ライブとかでは触れたりしちゃったけどね)、JONNYの音楽が近々、流通にのる。今回発表となる新曲、バンドアレンジはある程度済んでいるものの今回はアコースティックver.での収録という事でベースの出番はなし。コーラスと声を録音しに行った。

続・我が逃走
歌う佐藤さん。やっぱこの人の歌って凄く良い。
サポート時代から何回かレコーディングを共にしているけれども、その度に感動させられる。


レコーディングに行った、とはいうものの、前述するように僕の出番はコーラスと声。到着した頃には篠田君がアコースティックギターの録音をしていたので僕は夜食を摂りながらボーッと眺めたり漫画を読んだり、泥酔状態の柴山社長(ONE BY ONE RECORDS )とメールをしたりしていた。
以下、一部抜粋。

舟橋『酔っ払ってるなんて珍しいですね!」
柴山『日本酒は飲むんだよ』
舟橋『へえ。レコーディングなうですよー』
柴山『おお、早くコカイン』
柴山『間違えた、聴きたい』

泥酔したからって社長、その打ち間違えは面食らいますよ。一応念のため書いておくとうちのレーベル社長、ドラッグの類とは無縁の極めてクリーンな人です。
JONNY音源では初の佐藤、篠田両メンバーとハモってみたり、なんだかんだで楽しかったな。
新曲は佐藤さんは勿論、僕も相当気に入ってるし思い入れのある曲なので音源を聴くのを楽しみにしていて下さいね。ライブでもそのうち披露出来るんじゃないだろうかな。

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8日はJONNYアコースティック編成で大須ZIGAR'Sにて演奏。
我らがONE BY ONE RECORDS プレゼンツのイベントだったのだけど、柴山社長がこういうシチュエーションでJONNYに声をかけて下さるのが嬉しい。

当初はエレクトリックアップライトで演奏する予定だったのだけど、最終的にはいつものSBVのトーンを絞って演奏。このベースギターはトーンを絞り切ってもアタック感が「プクッ」と出てくれるのでこういうシチュエーションにも対応しやすい。過激なイメージがつきまとう楽器であるのかもしれないけれども、豊潤で美しいローも持っている優れた楽器だと思う。
今回はアコースティック編成という事でエレクトリックベースギターを弾く際には外した事が数える程しかなかったサンズアンプもファズペダルもディストーションもディレイも一切使わず、有事の際の音量補正用にクリーンブースターだけ持っていった。

続・我が逃走
凄く小さくて気軽に持って行けるのもナイス。

最終的にはブースターON時の音が気持ち良かったのでかけっぱなしで演奏。トーンをほぼ絞り切ったSBVの素の音にハリを与えてくれたと思う。グッジョブ。
しかしアコースティック編成ってやってみて気付く事が多かった。今回サポートメンバー せんちょー氏はZIGAR'Sにあったコンガを使用(実は自前のカホンも持ってきて頂いてたのだけど、マイクとの相性か低域でハウリングが気になったので思い切ってばっさりと封印)しての演奏だったのだけどドラムセットからパーカッションって結構印象変わるもんだってのが一番大きかった。思えばパーカッションを交えての演奏って経験がないわけではなかったけどその傍らにはドラムセットがあってドラマーが座ってたものなあ。
実に新鮮な経験。

続・我が逃走

JONNYアコースティック編成、やってみて好評だったし何より楽しかったのでまたやりたいな、等と思っております。
共演は淳平君(里帰り) 。「ライブ自体が久しぶり」って言ってたけどそんなの感じさせないくらい地に足ついた演奏と歌声。里帰りの曲も(当然っちゃ当然だけど)聴けて嬉しかったし柴山さんが「一瞬ももクロやるかと思った!」って身を乗り出すような流れのMCからのカヴァー(誰のカヴァーか失念してしまった…申し訳ない)もしっかり彼の歌、だった。淳平君、言えなかったけどいつか機会があったら是非僕を使ってよね。
そうそう、書き忘れないように。大晦日に「乾杯しようぜ!」って乾杯した結果、舟橋轟沈の引き金になった淳平君。この日はオープン前に「飲むか」「飲もうか」って流れになってテキーラをショットで2杯いった結果、やっぱり彼の隣で酔っ払ってた僕がいました。ええ、勝てる日は一生来ないでしょう。
YOK さんは以前からお名前だけは存じ上げていたのだけれど、なかなかご一緒出来る機会がなく。
あの人凄いね!森の中を散歩してるみたいなライブをしていてね、出番直前でチームJONNY、若干バタバタしていたのだけど穏やかな気持ちになりました。
そしてこの日が関西ツアーの最終日というaoki laska さん。柴山さんがずっと「凄いから!凄く良いから!」って推しててチェックはしてたのですが、すいません、ライブはもっと凄かったです。YOKさんが森の中ならaokiさんは水の中を泳ぐような音楽でしたね。"何かおりてきてるような"、そんなシンガーさんだと思った。
総じてこの日、非常に楽しかった。「歌」っていうものの力に圧倒される一日。
ああいうシンプルな機材で楽器数も少なく(僕達多かったけど)、爆音っていうわけでもなくそれこそその辺りを歩くのにも足音に気を遣いたくなるような、そんなシチュエーションでの音楽って息遣いまで聞こえてきそうで凄く「人」と「歌」にフォーカスするのだね。
や、楽しかったです。

今池味仙での打ち上げ(辛いものに関しては一線を越えているせんちょー氏が携帯しているハバネロパウダーとデスソースが佐藤さん除く女性陣にも大受け)後、柴山さんと& records 畠山さんと大丸へ。
& records 畠山さんは少し前からご縁はあったのだけれども、今回やっとお会いする事が出来た。そして大丸ヴァージンの畠山さん、並んでる時は「武者震いがする」と仰りながらも凄い顔されてたのだけれども食べ終わった後は「食べれて良かった。あれを食べるか食べないかで今後ラーメンを評する時に違ってくる」と大丸ラーメンを楽しまれた様子。
あ、この日の大丸は大橋さんが「もうもやし買いに行けないから買ってないです」という事で50円引き。味仙で結構しっかり食べた後だから不安だったのだけれど、もやしがのってない状態の大丸って食べやすいのね。ついつい勢いづいて練りものもうどんも追加してガンガン食らってしまった。
畠山さん、畠山さんの生涯最初の(そして恐らく最後の)大丸、ご一緒出来て本当に楽しかったし嬉しかったし、何より光栄でした。有難うございました!

続・我が逃走
大丸前にて。
畠山さんと僕。
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