逆うち お遍路の旅 | うお座王の日日喋喋

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いやしくも
わが身の上に起こる事柄はそのすべてが
この私にとって
絶対必然であると共に
またこの私にとっては最善

~森 信三~

伊予の国(現在の松山市)に

河野衛門三郎という強欲非道な

男がおりました。



八十八番札所  『大窪寺』




ある日、三郎の屋敷の門前に

修行僧が現れ托鉢をしようとしましたが

三郎は邪険に追い返しました。

しかし、次の日もまた次の日も

やってきました。

八日目、業を煮やした三郎は

僧の持っている鉢を叩きおとしすと

鉢は八っつに割れ

僧の姿も消えてしまいました。



本堂




三郎には八人の子どもがいましたが

その年から一人ずつ亡くなり

八年目には皆亡くなってしまいました。

悲しみにくれる三郎は

子ども達の死は僧への天罰だと

ようやく気付くのでした。



大師堂





三郎は過去の過ちを償い

家財を貧しい人に与え

あの僧への非礼を詫びるために

身ひとつで巡礼の旅に出るのです。



八十七番札所  『長尾寺』





二十回の巡礼を重ねても

僧にはであえません。

めぐり会いたい一心の三郎は

逆の方向から旅をはじめますが

途中で力つき倒れてしまいます。




本堂と大師堂





死期の迫った三郎の前に

あの僧が姿を現しました。

その僧こそが弘法大師空海だったのです。



八十六番札所  『志度寺』




三郎は大師に許しをこいます。

大師は「お前の噂は耳にしておった

私は山からおりれなかったのだ」

とつたえます。

三郎は最後に

「人のために役立ちたい」と願い

息を引き取りました。

大師は「衛門三郎再来」と書いた

石を握らせ見送りました。




本堂と大師堂






寛永4年(892)領主河野息利に

指を固く握った子どもが誕生し、

安養寺住職の祈願で指を開くと

「衛門三郎再来」と書かれた石が

でてきたのです。


(まぁこの話は続きますが

ここはこれにて終わり)



五十塔




これが、四国遍路の始まりだといわれ

まさに三郎が大師に出会えた年が

うるう年であり、逆打ちをすると

大師に出会うことができると

いわれています。



~お遍路解説より引用~

長い話でごめんちゃいてへぺろ



不思議だったんやけど

大窪寺に参ったとき

「戻ってきました❗」て思いがわいてきて

新たな気持ちになりました。


前回は回るのに

いっぱいいっぱいやったけど

今回はいろんな気づきに

出会いたいと思った次第ですニコニコ