「ねぇ、もう走ろう?音とか気にしていられないよ、逃げなきゃ!」
不意にシーがローブのすそを強く引っ張った。
僕はそれで思わず振り返ってしまう。
そのときに僕ははっきり見た。
人型の巨大な泥の塊が僕らのすぐ後ろに迫っていたところを。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は喉から飛び出る悲鳴を抑えることができず、シーの腕を引っつかんで、無我夢中で走った。
何度も滑ってこけそうになりながらも走った。
そのときは走った先に何があるのかも分からなかったし、走ったところで、実際は敵の巣に突っ込んでいっているのと変わらないわけだから、情況が好転するはずもなかった。
ただ、僕は泥お化けから逃げることしか頭にない。
僕はできるだけ早くゴールが見えるようにと、光球を前方に飛ばした。
前がちゃんと見えていたほうがこけにくいだろうということもあった。
しかし、光球で照らし出されたのは、出口でも、まだ逃げ場がありそうな広場や、分かれ道でも、砂地でもなく。
泥お化けの背中だった。
僕はここまで逃げてきたのに、ここで2体目登場かというショックと恐怖で息が止まってしまう。
そしてそれはシーも同じだったようで、僕の背中の隙間から見えた光景に思わず立ち止まってしまった。
僕はもうすでに足の動きが止まっている。
前に進もうが戻ろうが、どっちにしろ泥お化けが待ち構えているのだ。
しかし今、ようやく別の選択肢が思いついた。
新たな選択し、それは簡単に思いつきそうで今まで思いつかなかったこと、“戦う”だ。
今までなぜか本当に戦うという選択肢は頭になかった。
まぁ、このお化けは突然狭くて暗い場所に現れ、パニックになったところに偶然逃げる余地があったから、逃げていたわけで、戦うなんてことは考える余裕もなかったんだけど。
だが、しかし相手の力量がさっぱりわからない。
僕が真っ青な顔で後ろと前を見比べた。
後ろにいた泥お化けはいたぶるようにゆっくりゆっくりと近づき、前方のヤツもゆっくりと振り返りつつある。
こいつらには剣とか武器攻撃は効くのだろうか?
いや、いくら泥に切りつけたって効果はなさそう。
だったら魔法?
でも下手に魔法を使って壁にヒビとか入れてしまうと、ここは地下なわけだからして、生き埋めになってしまう可能性もあるんじゃないか?
僕は目まぐるしくいろいろと考えるも、まったくいい考えが浮かばない。
じりじりと両方からにじり寄る、泥お化け。
そしてものすごく近くまでにじり寄ってきたところで、2体の動きがぴたりと止まった。