アスファルトの上に陽炎がたつ、極普通の真夏日だった。
『都』の海沿い、そこに病院はある。
眺めとサービス良いことから評判だが、その個室の1つに、珍しい人々が集まっていた。
「すみません、501号室の黒 紫園さんの友人ですが、面談できるでしょうか。」
カウンターの女性看護師は、声を掛けられて気だるそうに振り向く。
彼女は今夜、彼氏とのデートを控えていた。
声を掛けられたのは、朝に着ていた私服で大丈夫かと必死で考えていた時。
自分にとっては重大な事項だったので、それを中断してまで聞く話か、と顔を見ずに許可を出そうとした。
少年の顔を間近で見て、その考えを改める。
カウンター向こうに立っていたのは、まるで春の日差しのような微笑みを浮かべた、それは大層美しい少年だったのだ。
黒髪は肩より少し長く、紐で纏めている。
銀の細身アンダーリムの眼鏡、その奥の群青の瞳。
顔立ち、彫りの深さ、薄い唇と形よい鼻といい、非の付け所のない年下。
すでに看護師は、先ほどまで頭いっぱいだった彼氏の顔さえ忘れている。
部屋の番号と患者の名前が記録された紙を見て、少年が言った部屋番号を確認した。
「ええっと、501号室の、黒 紫園さん? ああ、あの可愛い子ね。」
検温の時に見たが、黒い瞳に腰までの紫髪の、礼儀正しい少女だった。
おしい、もう彼女がいたか。
事務所と連絡を取りながら考える。
その合間に質問した。
「恋人?」
「いえ、クラスメイトです。」
普通に笑顔。
ということは、この少年はフリー。
「何年生?」
「えっと…高校1年です。」
はにかみながらのぎこちない答えに、完全に看護師の心は捕まれた。
はっきり言って、これは『都』でも滅多に見られないランクの美形だ。
年下だが、23歳の自分とは7歳しか離れていない。
10歳差の付き合いが珍しくないご時勢だ。
―――自分勝手な想像、いや妄想が溶岩のように噴出す。
「おい帝!」
後ろから突如現れた少年が、自分の思考をぶった切る。
美少年の後ろには、不良が突っ立っていたのだ。
輝く金に染めた短髪に、左耳にずらっと付けられたリングピアス。
黒い瞳に、白い半袖Tシャツと黒いズボン。
左腕には逆さ十字の刺青。
不良が、この少年と仲良しなのか。
「許可はまだおりねぇのか?」
「静かに、有栖君。」
「………。」
美少年の言葉に、不満そうに不良が黙る。
その隙に看護師は、電話越しに少年2人の面会の許可を聞いた。
「ええっと…あ、はい。分かりました。――許可が下りました。手荷物検査があるようなので、事務所へ向かってください。ここから真っ直ぐ向かって、右手側に見える部屋です。」
「ああ、ありがとうございます。」
純朴そうな眼鏡の優等生。
できればここで不良は止めておきたい、そう思ったときだった。
美少年がふと笑いかける。
「有栖君のことについては心配はいりません。僕がストッパーです。」
なるほど、と看護師は頷いた。
美少年は微笑みながら廊下を歩き、その後ろを不満そうに不良が付いていった。
ぼぅと上気していた看護師。
ふと我に返ったときの第一声が、
「あ、メアド聞くの忘れた。」
これだった。