丸次郎 「ショート・ストーリー」 -309ページ目
「要領がいい、ただの茶坊主が偉そうに居座り続ける業界に、ちょっと嫌気が差しただけよ...」

よく晴れた休日の昼下がり、海沿いにあるドライブインに停めたピックアップトラックの中で、ヒロコは、そう呟いた。。。

ヒロコは、新聞社の女性記者として、入社以来、最前線で活躍してきたのだが、最近になって会社の方針や姿勢に疑問を持つことが多くなっていた。

運転席で、ソフトクリームを食べながら聞いていた恋人のノリオが、ラジオのボリュ-ムを下げると言った。

「まぁ、程度の差はあれ、どんな世界にも茶坊主は、大なり小なり存在していると思うよ。。。表向きは正義面をしていても、裏じゃ、汚い権力者とベッタリだ。汚れた権力を支える代わりに、そいつは金や地位を手にする...まぁ、ひとことで言えば、ただのクズだがな...」

普段、ヒロコの前では、おちゃらけている事が多いノリオが、そんな事を言ったので、ヒロコは少し驚いてしまった。

「てかさぁ~、せっかくの休日なんだから、もう、仕事の話はよそうぜ!」ノリオが、ソフトクリームの残りを口に放り込むと、いつもの笑顔で言った。

「うん。。。結局、会社の方針が嫌でも記者を続けるか、或いは辞めるか...二つに一つしかないもんね」
溜め息混じりにヒロコは、そう呟いた。

「雇われている以上、会社に従うしかないからな。。。そう考えると、社員なんて兵隊みたいなもんだ」
運転席のサンバイザーを上げながら、ノリオは答えた。


「せっかくだから、車を降りて、ビーチまで歩かないか?」笑顔で、そう言うノリオを見ていると、悩みなど微塵もなさそうで、ヒロコには羨ましく思えたのだった。。。

木製の看板に白いペンキで「サンシャインロード」と記された未舗装の道。木立ちに囲まれた沿道には、優しげな花々が咲き乱れ、海風が柔らかくすり抜けていた。

「この道を700mも歩くと、ビーチに出るのね」ちょっと不服そうに、ヒロコが言った。

「そう。。。国道に架かる陸橋を素直に渡れば、たったの1分でビーチに着くことが出来るのに、敢えて遠回りのサンシャインロードを選んだってわけ!」

ノリオの口調は至って滑らかで、楽しげな様子であった。

「この花、綺麗ね!。。。ピンクや赤、可愛い。。。」道端で健気に咲く花々を見つめて、ヒロコが言った。

「それね、花魁草っていうんだよ。名前の通り華やかで、色っぽいだろ?」自慢げな顔で、ノリオが答えた。

「でも、、、どこか哀しげな感じもするわね...」

ヒロコが、そう呟いた後、二人は少しの間、沈黙した。海風に揺れる木々のざわめきだけが、雄弁に何かを語っているようであった。


木漏れ日の中を歩き続けた二人の前方に、ようやく白い砂浜と青い海が見え始めた。

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「夏が終ったと言っても、まだ9月上旬だから、人が多いな」意外にも多くの人々で賑わうビーチを見渡して、ノリオが呟いた。

「そのほうが好き。。。寂しい海は、嫌いだから」ヒロコは、ノリオに寄り添うと、そう言った。


ビーチを歩いていると、砂を固めて、動物や電車の形を作って遊んでいる子供達がいた。兄と妹らしきその子達は、ただ無心に砂を盛っては固め、スコップで丁寧に削っていた。

「すご~い!よく出来てるわね~!これ、座ってお手をしているブルドッグでしょ?」
子供好きのヒロコが、子供達の傍に行って、そう声を掛けた。

子供達は、照れくさそうに微笑みながら頷くと、また別の物を作り始めた。

「子供って、天才だね~。。。設計図も見本もないのに、こうやって、のびのびと作ってしまうんですもの。。。」
心底、感心した様子で、ヒロコが言った。

「子供の頃って、みんな天才だったんだよな、きっと。。。それが、歳をとるたびに、ルールだの、常識だの、協調だの、評価だのを気にし始めて、大部分が凡人になっていくのさ。。。」

水平線を見つめながら、ノリオが少し、ぶっきら棒な感じで言った。

「子供の頃に帰りたい...とは思わないけれど、子供の頃の感性で、記者をやってみたい気もする」
ヒロコも水平線を見つめながら、そう呟いた。

「そしたら、ヒロコ、すぐクビになるよ、きっと。。。だって、子供は純粋だから、知ったことを嘘偽りなく記事にしちゃうからな。。。」
ヒロコの横顔を見ながら、ノリオが微笑んで言った。

ヒロコは、海風でクシャクシャになった髪を手で押さえ微笑んでいたが、何も言わなかった。。。


そして、ノリオが再び歩き出そうとした時、ヒロコは、何かが吹っ切れたように、海に向かって叫んだのだった。

「あ~~~!、この広大な海と比べたら、塵のようにちっぽけな業界の、塵のようにちっぽけな人間達が日々、私利私欲の為に奔走しているなんて、あ~!バ~カみたい!」


「この大らかな海に、日々の鬱憤を吐き出したいだけ、吐き出せばいい。。。」ノリオは、ヒロコの横顔を見つめて、そう思った。


ヒロコは叫んだ後に、ノリオのほうに振り向き微笑むと、ノリオの手を引いて言った。
「もう、自分に正直に生きるわ。。。あの子供達みたいに、少しでも真っ白な気持ちに戻れるように」

「ああ!それがいい。。。私欲の砂で作られた城は、見た目は、どんなに立派でも、柱のない虚像でしかない。。。いつか、大きな波にさらわれて、跡形もなく消えてゆく。。。ヒロコの信じる道を、好きなように生きたらいいさ」

ノリオもヒロコの手を力強く握り返すと、潮風に吹かれながら、二人は砂浜をどこまでも歩き続けたのだった。。。





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「ユウタ...明日から、しばらく会えないと思うの」

沿道のカフェ。。。窓側の席に座り、すっかり秋らしくなった空と街路樹を見つめながら、呟くようにナオミが言った。

予期せぬ言葉に、ユウタは少し驚いた表情を見せながら、ナオミの横顔を見つめた。。。

ナオミは、ユウタの視線を感じながらも、ユウタと視線を合わそうとはしなかった。

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「会えないって...海外出張の予定が入ったとか?」ユウタは、それでもナオミの横顔を見つめたまま、訊いた。

すると、ナオミは外の景色を見ながら、小さく溜め息を一つつくと、ようやくユウタの顔を見たのだった。

「そうじゃないわ...今は、ほとんど海外業務は行っていないの。仕事の都合で会えない訳じゃないのよ」
そう言うナオミの眼差しは、ユウタに対して何か隠しているような、そんな気配を漂わせていた。。。

「俺も、明後日から久々にビッグプロジェクトが始まるし、お互い様ってとこだな」
ユウタは、敢えてナオミから、会えない理由を聞き出そうとはしなかった。



6年前、二人の恋は、お互いに雷に打たれたような衝撃的な出会いから始まった。今、思い返せば、まだ青くて幼すぎる恋であった。。。

夜の街を、日々徘徊しては男達と遊んでいた18歳の夏。。。ナオミは、ある夜、泥酔して歩道に寝込んでしまったのだった。

そんなナオミを、当時大学生だったユウタが、通りがかりに見つけて介抱したのだった。初め、ナオミは「下心があって、接近して来たのだろう?」と思い、ユウタに罵声を浴びせたり、叩いたりしたのだった。

しかし、徐々にナオミの酔いが醒めてきて、歩けるようになったのを見届けると、ユウタは名前も言わずに「もう、あんまり飲みすぎちゃだめだよ...」と、だけ言い残して、立ち去って行ったのだった。

ナオミは、今までに多くの男達から声を掛けられてきたが、皆、目的は、ほぼ同じであった。。。

ユウタのように下心のない男には、一度も出会ったことがなく、ナオミは立ち去って行くユウタを見つめながら、「世の中には、あんな男もいるんだぁ~」と、感心したのだった。


それから数日後、いつものように夜の繁華街で遊んでいたナオミは、通りすがりの男にショルダーバッグをひったくられ、大声で叫んだ。

「このやろ~!ドロボ~!」

男は一目散に、ネオン煌く路地を走り出した。パンプスを履いている為に、全力で走れないナオミを尻目に、男は、どんどん遠ざかっていった。

その時、たまたま通りかかったのが、ユウタであった。ナオミの「ドロボ~!」の声に反応したユウタが、自分のほうへ走ってきた男を取り押さえ、携帯で110番通報したのだった。

初め、気が付かなかったユウタだが、ナオミに言われて、やっと思い出したのだった。
「あれ?!君、この前の!」ナオミに、やっと気が付いたユウタが、驚いた顔で言った。

「うん、うん!そうだよ!あの時の酔っ払いで~す!」ナオミは、悪びれる様子もなく、おどけた表情をしながら、ユウタにそう言った。


交番での事情聴取が終わり、表通りに出るとユウタは、ナオミを優しく見つめながら言った。
「泥酔の次は、ひったくり被害...こんなことで君と出会うのは、これで最後にしてくれよ」

すると、普段、反抗的なナオミが、神妙な面持ちで呟いたのだった。
「だったら今度は、ちゃんとした再会にすればいいんでしょ?」

「え?」ユウタは、思わず聞き返してしまったのだった。

その後、ユウタとナオミは、近くのファーストフードでお茶を飲みながら、お互いのことを話し、打ち解けていった。。。

その日以来、ユウタとナオミは、連絡を取り合うようになり、やがて交際が始まったのであった。

ナオミは金髪に派手なメイク...一方、ユウタは黒髪短髪の真面目そうな青年。
二人が並んで歩くと、まるで補導員と保護された少女のようでもあった。。。


やがて、ユウタは大学を卒業すると医療機器を扱う会社に就職し、ナオミも定時制の夜間高校を卒業して、食品会社に派遣社員として勤務しているのだった。

お互いに会う機会を作りながら、これまで大きな危機もなく、いい関係が続いているのだった。。。



すっかり、日が短くなり、カフェの外は、いつしか夕暮れ色に染まっていた。。。

「なぁ?なんで、今日のナオミは、俺の目を見ようとしないんだ?」

「そんなことないよ。ユウタの気のせいじゃない?私は、いつもの私...」

ユウタの目を力強く見つめながら、ナオミは言った。そして、ナオミが何気なくサイドの髪をかき上げた時、ユウタは、いつもと違うことに気が付いたのだった。。。

「ナオミ。。。右手の薬指、どうした?」静かな口調で、ユウタが訊いた。

「え?...あ~、指輪ね!...今日、朝からバタバタしちゃってさ!慌てて出てきたから家に置いてきちゃったの」

6年も付き合うと、ユウタには、ナオミの言葉が真実なのか、演技なのか、分かるようになっていた。
しかしユウタは、それ以上、ナオミを詮索することはなかった。。。


「ナオミ、これから高校時代の女友達とカラオケパーティーなんだろ?もう行ったほうが、いいんじゃないか?」
ユウタは、どこかそわそわした様子のナオミを見つめながら、優しく、そう言った。


「う、うん。。。そうだね!なんか、せわしくてゴメンね!今度は、ちゃんとユウタとの時間を作るから。。。」
ナオミは、微笑みながらも不安げな表情で、そう答えたのだった。。。


二人は、カフェから出ると、茜色の空の下で言葉少なに向かい合った。ユウタは、ナオミの両腕を摑むと、じっと目を見つめて言った。

「お互い、相手を信じられなくなったら、その時、恋は終る。。。恋って、そういうもんだろ?」

ナオミは、ユウタの真剣な眼差しを受け止めながら、小さく頷いた。

やがて来たタクシーにナオミは乗り込むと、ユウタに向かって窓越しに手を振り、走り去っていった。

その時、急に北風が吹いてきて、街路樹の葉を揺らしていった。。。


ユウタは、自分とナオミとの間に、不穏な何かが音もなく忍び寄ってきているような一抹の不安を感じていた。。。





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「今日、君が実力を存分に発揮できるように、祈っているからね!」

ヒロキは携帯で、恋人のナナコに、そうメールを打つと、思いを込めて送信した。。。。

今日、ナナコは、世界的な大企業で会長をしている人物と、今後の経営戦略についてディスカッションすることになっているのだった。

そこでナナコが、その会長から有意義な話を導き出せれば、ナナコの会社にとっても、大きな利益に繋がる可能性がある。

ナナコにとって、自分の実力を会社にPRできる絶好の機会であった。。。


この不景気の中、ナナコが置かれている状況は、なかなか厳しいものがあった。
今、勤めている会社では、昨年から人件費の削減が実施され始め、ナナコのような中堅からベテランにあたる社員が、その対象とされていた。。。


数日前、多忙なナナコと携帯で話をした時、彼女は、やや沈んだ声でヒロキに言った。

「私、最近自信を失くしかけているみたい。。。若い子達が、次々に出てきて仕事を取っていくのよ。。。ヒロキ、もし今の会社で、私がクビにされたら、どうする?」

ヒロキは、ナナコらしくない言葉の数々に、驚きを隠せなかったが、それでも明るい声で励ましたのだった。

「ナナコ、自信を持てよ!...ナナコには、いい所が、いっぱいあるんだからさっ!...正直で素直なところ、一旦気合が入れば、どんな大仕事でも、やり遂げるところ。。。行動力もあるし!...なっ?...だから、元気だせよ!俺が一番、ナナコのことを理解しているつもりだから」


「うん!ありがとう。。。最近、人から褒められたことがなかったから、自信がついたわ!」

最初は黙っていたナナコであったが、ヒロキの言葉に、やがて明るくそう答えたのだった。

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「あとね~」さらにヒロキが、付け足した。

「え?なに?」

「ナナコが何をしていようが、今後、どんな仕事をしようが、俺にとって最愛の女性であることに変わりはない。。。だからリラックスして、ナナコらしく、仕事に臨めばいいさ!」

ヒロキは、携帯を強く握り締めながら、今は遠く離れた場所にいるナナコに笑顔で、そう言った。

「うん!なんとか、やってみるわ。。。私らしくね。。。ありがとう!」
携帯から聞こえてくるナナコの声は、会話し始めた頃よりも明るくなり、元気を取り戻したようだった。

「それじゃ、また連絡するから!」ヒロキは優しく言うと、ナナコが携帯を切った後に、自らの携帯を切った。


その日、ナナコは大物会長とのディスカッションを、無事に成功させることが出来たのだった。

ナナコは緊張しながらも、会長から重要な話を引き出せたことに喜びを感じ、久しぶりに充実感で満たされていた。


最後の配送を終えて、会社に戻るトラックの中、助手席に置かれたヒロキの携帯が、突如鳴った。

トラックをコンビニの駐車場に入れて停めると、ヒロキは、携帯の着信履歴を見てナナコにリダイヤルした。

「あ、もしもし。。。俺!どうした?例の仕事、上手くいったの?」


「うん。ヒロキの言葉を聞いたら、なんか自信もって話ができたような気がするわ!落ち着いて、いろいろ訊けたし、重要な丸秘話まで聞けちゃった!ヒロキのおかげよ!ありがとう!」

普段は、落ち着いた話し方をするナナコだが、この時は、いつになくハイテンションであった。それだけにヒロキには、ナナコの喜びが痛いほど伝わってきたのだった。


「俺は、な~んにもしてないさ。。。ナナコが、自分の持っている能力を、充分に発揮できたから、上手くいったんだよ!これからも、自信を持って歩んでいけばいいさ!」

ヒロキも、まるで自分の事のように喜びながら、ナナコを労ったのだった。。。


「なぁ?ナナコ...今度、いつ会えるのかな?俺達...」
ヒロキは、運転席のメーターパネルの隅に貼り付けてあるナナコとのツーショット写真を見つめなが
ら、訊いた。

ナナコは、数秒の沈黙のあとに、やや寂しげな声で言った。
「それはね...ヒロキが決めることだよ。ヒロキが決めて...」

「そうだね。。。。俺が決めればいいだけだよな。。。よし、分かった!今から、ナナコに会いに行く!」

ヒロキが、力強くそう言うと、ナナコは驚きながらも嬉しそうに答えた。
「ヒロキの、そういう言葉が聞きたかったんだぁ、、私。。ヒロキが来るまで、ず~っと、待ってる!」


「ナナコが出勤する午後4時までに、着けそうになかったら、また電話するよ!」ヒロキは、元気にそう言った。

「あれ?でも、ヒロキ、明日は配送の仕事ないの?」ナナコは、そう訊こうとしたが、すでにヒロキは携帯を切っていた。。。


「うふふっ、ヒロキらしいわ。。。どんなに時が経っても、私、ずっと待ってるからね!」

マンションの窓から、青い満月を見つめながら、ナナコは、そう呟いた。。。







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