12月15日
どうも。今日歩道あるいてたら、頭をガツンとなぐられました。
痛いって思って振り返ったら、
バスのフロントミラーでした。バス停車ちかくだったので。恥ずかしかったー。
はっちがそのときいてくれてよかったー。
今日書くのは、
スーパーマーケットの近くで物乞いをしている子供たちのこと。
ここBULUBULUには、比較的しっかりしたスーパーマーケット(タスキーズ、UCHUMI)が
あつまった場所があります。
サイバーカフェがあるためそこをよくいききするのですが、そのたび、ぼろぼろの服を着た子供たちが、give me 10ksh Give me some food or drink
と言ってきます。私はただ首を振って通り過ぎるのですが、
そのたび、なんだかなーって。
自分が正しいことをしてるのかわからない。自分にとって10kshやすこしの食べ物なんて、べつに大きなものじゃない。
それなら、その10kshや食べ物でその子たちに生活やおなかが少しでも満たされるのなら、あげるべきではなもいのかと思う。
私は、いつなのか誰からなのか忘れたけど、物乞いには、モノやお金をあげるべきではない。
そう教えられたことがある。比較的、日本の中では、そのように教えられることが多いのではないか。
(物乞いの子供たちは、雇われていて、もしその子たちにお金をあげたとしても、その子たちの手にはいかない)だとか、
(もし、お金を与えてしまうと、彼らはそうやってお金を得ることを学び、仕事やほかの方法でお金を得ろうとする努力をしなくなってしまう)だとか。
、海外にでて、いろんな国で物乞いに出会い、それについては毎回頭に引っかかる。
途上国で物乞いを見た時など、先進国からきた裕福な人でも、物乞いになにも与えないが、
現地の人が物乞いに何かを与えていることがある。
そんな光景を見ていると、ただ見て見ぬふりをして通りすがる自分が間違ったことをしているのではないかってよく考える。
一回私がホットドックを食べながら歩いているとき、
小さな赤ちゃんを抱いているお母さんに、
Give some food for baby って 言われた。ホットドックをちぎってあげたら、すっごく嬉しそうな顔をしてお礼を言ってきた。
そんな体験をしたりすると、やっぱり気持ちがあるならあげるべきなのかなっとも思えてくる。
物乞いについて、
少しのお金や物をあげることは、確かに彼らの少しの助けになる。
少しでもお金をくれる人が、ある程の数いれば彼らはおなかを満たすことができるのだから。でも、それが本当の彼らのためになるのだろうか?
命をつなぐっていう意味では、そのようにお金をすこしでもくれる親切な人がいなければ、
彼らは明日を過ごせないかもしれない。
でも、
ただモノをあげることは、結局一時的なことでしかない。
特にただ、お金を求めるだけの物乞いにたいして。
もし、彼らは、そのようにしてお金をもらっていたら、ずっとその方法でお金を得ろうとするだろう。
それは、そのような方法で、物乞いとして生活していく人が増えていく原因になりかねないかもしれない。
例えば、開発途上国への支援などでもよくあることだが、
食糧支援や、何かものをあげて支援することは、その時は役に立つが、
支援者側が、その国を離れた後は、支援されていた側は、もとに戻ってしまう。
一時的な支援にしかならない。
でも例えば、技術支援、その現地の人達に技術をおしえたり、
あくまで彼らが、自ら自分たちで自分たちの生活をよくしていくようにサポートするのが本当に必要な支援だと思う。そしたら、支援者がいなくなったって彼らは自分たちでどんどん改善していくとができるのだから。一時的なものではなく、永続的なものとなる。
この場合も同じだと思った。
私個人の意見としては、少しでも彼らに努力してほしい。
だって、彼らは手もある、口もある。やろうと思えばいろんなことができる。
いままで、いろんな物乞いを見てきた
観光地で何かを売ったり、サービスをしながらお金を求める人。小さな子供をだきながら、この子のためにお金を下さいって言ってる人。ただ受け皿を前において、待っている人。
決してうまくないけどリコーダーを吹いて、誰かがお金を入れてくれるのを待っているおばさん。
タイで見た、盲目や五体不満足の人達が集まって、太鼓や楽器弾いてパフォーマンスしてお金を得てる人達。
なにもしないで、お金を得ようとするよりは、全然いいとおもった。
なんでもいいから、なにかトライしようとする気持ち、そんなきもちにおい金をあげたくなったりもした。きっと私だけじゃないと思う。
ここにいる子供たち、みんなパワフルだ。
きっと集まってみんなで何かすれば、人々の心を動かせるだけの力を持っていると思う。
エンブーのある小学校で、生徒たちがダンスや歌をパフォーマンスしている時、すごい迫力だったし、生徒たちのパワーを感じた。
きっとこの子たちもそのパワーを持っているはず。
だた、お金をねだるだけじゃなく、すこしでも、何かをすれば、きっと、彼らの力に少しでもなりたいって思っている人っててもお金をあげるのには抵抗があった人達も、
快くお金を渡すごとができるのではないかと思う。
昨日、物乞いをしてきたある9歳ぐらいの女の子と、少し会話をしてみた時に、
なにか私に力になれないだろうか?って想いがうかんできた。
ホストファミリーのもとに帰ったときに、何気なくそのことについてはなしてみたら、
ピーターは、背中を押してくれた。
私にできることは、大きなことではないと思うが、行動を起こさないよりは全然ましだとおもう。
小さな変化が集まればいつかは大きな変化へと繋がる。
継続が大事であり、私はケニアに長期滞在できるわけではないけど、
このホストファミリーもスラムに対しての様々な支援を行っているので、私がここを離れた後は、
お願いすることになるけど、
最初のスタートをすこしだけお手伝いさせてもらおうと思ってます。