俺はよく本を読む。本棚を2つ抱えて、ダンボールで自作を作っても収まりきらない。そんな俺が最近気に入っている本がある。

 レバレッジ時間術―ノーリスク・ハイリターンの成功原則
 本田 直之著

 以前から買いたいと思ったんやけど、この本は衝撃的やった。いや、別に新しい考え方に触れてという意味じゃないけどね。俺が思ってることや普段口にしていることが、そっくりそのまま書いてあるんや!時間の生み出し方を通じて、モノの考え方をも変えれる考え方や。この本の主題となっていることは、「時間に時間を投資すること」。投資によって、時間資産を増やすということ。つまり、情報を収集したり、戦略をきちんと立てたりする時間をきちんと取って、作業の効率化を図るということや。あとは、考え方。無駄を徹底的に省くこと。無駄を省くために、金銭的投資も惜しまないこと。この本を読めば、俺が言いたかったことが詳しく書かれている。ぜひ、読んでくれ。

 俺は、前から疑問に感じてた。周りの人たちは皆、「忙しい」を連発する。俺が、「なんでそんなに忙しいの?」って聞くと、「お前は部活やってないからヒマなんだよ!」とか言われたりする。ますます疑問だ。そこまでして自分の時間を犠牲にするなら辞めりゃいいじゃん。他にも、「予習したり、宿題やったり、忙しいよ」という声もあったけど、これも疑問に感じた。予習は個人の問題かもしれないけど、宿題なんかあったっけ?これは、提出物を全て完璧にこなしていたからだった。それも、考えよう。自分に必要なものだけやれば、そんなに量はないはず。皆、無駄なことをし過ぎるのだ。それをスゴク感じていた。

 進路関係のLHRになると、いつも驚かされる。志望校すら決まってない人は論外。併願校も考えておくべき。まぁ、考えてる人もいるんだけど、配点とか試験方式とか、ヒドイ人は受験科目まで知らない。ホンマに「エッ!?」って驚かされる。じゃ、なんで勉強してるの?っていうか、何を勉強してるの?それで、塾通いで忙しいです、予習復習で忙しいです・・・なんて呆れるしかないね。無駄な努力をした所で、そんなに効果が出ない。多分、俺が同じことしたら、1時間で飽きると思う。「何のために勉強してるんだ?」って。

 まず、第1志望校を決めて、受験科目と配点と試験方式を調べて、どの方式が自分に最も向いているかを分析する。志望校も料金や奨学金制度や所在地のバイト収入の相場とかも調べないで、やたらと「国公立」だの「旧帝大」だの決めつけないで、フレキシブルな考え方を持つ。で、自分の将来に最も有益な所を割り出す。過ぎ去った時間は取り戻すことはできないが、使ってしまったお金は自分の腕次第で取り戻すどころか増やすことだってできることをお忘れなく。出費を惜しんでいる人間は、それなりのことしかできない。お金は金額よりも、「取り戻せるかどうか」「対価に見合うサービスが提供されるかどうか」で判断すべき。志望校が決まったら、問題に目を通したり、傾向と対策を調べたりして、自分が身につけておくべき力は何かを考える。そして、それに向けての最短距離を割り出し、行動を起こす。無駄は徹底的に省き、割り切る。こうすれば、自分の時間の中での勉強の比率を下げて、趣味の時間に充てることができるかもしれない。睡眠時間をもっと増やせるかもしれない。

 だから、今学校(というよりも学年主任のM先生)が喧伝している「予備校に行くな!」は、俺はそんなに間違っているとは思わないわけ。むしろ、人によっては正しいかもしれない。戦略もないのに予備校に言ったって、金と時間のムダ。何を学ぶべきかわかりもしないで講座を取っても仕方ない。利用するなら、必要な最小限の力が何かを分析した上で、それに対して最適な講座を取るなどしてお金をつぎ込むべき。そういったものに対しては、予備校のテキストや授業は効率性を重視して作られているため、有益となるわけ。

 それも知らずに、「学力テストで○○君に勝った!イェーイ!!」なんて言ってるのは単なるアホなわけ。学校というのは、大衆向けに授業を行っている以上、必ずしも自分の志望校に最適な指導をしているわけではない。様々な面で、それは不可能。だから、学校の授業やテストは斬り捨てるんじゃなくて、自分向きにカスタマイズすればいい話。例えば、俺の場合、地理は受験に直結するけど、数学は直結しないから、集中の仕方を変えるとかね。教科単位でなくても、例えば、漢文はセンターしか使わないから高度な知識は求めないとか。出るものだけをピンポイントで抑えるべき。

 だって、勉強が好きなヤツなんてそんなにいないだろ?俺は特にそう。勉強なんかするより、旅行に行ったりカラオケ行ったりした方がよっぽどいい。でも、勉強して金を稼げるようにならないと、その好きなことまでできなくなる。だから、やる。だけど、面倒だから、そんなに苦労したくない。そうであるから、最短距離を走ることにこだわり、ムダを省こうとする。俺が作る会社は違うけど、俺の個人の人生としては、「利益至上主義」なのかもしれないね。人生は短いし、やりたいこともたくさんあるから、普通のことをしていてはとても死ぬまでにやりきれない。好きなことだけ、やりたいことだけやればいい。本気でそう思っている。

 「そう上手くいくものか!」と思った人は、きっと「考える」習慣のない人だと思う。どんなことにも必ず抜け道はあるし、効率的な方法はある。多分、俺のやり方なんかよりもっと効率的なやり方をしてる人が、世界にはたくさんいると思うし、これからの俺はそういうものを生み出せると思う。っていうかね、皆「逃げる」のが下手だと思う。部活全入制だって俺みたいに「絶対入らない」という姿勢を貫き通せばやらなくてすむ。別に授業中寝ようが宿題をやらなかろうが、情報さえ集めて理解すれば進級もできるし卒業もできる。ビビリ過ぎなんだよね。

 俺が社会に合わせるんじゃない。
 社会が俺に合わせればいい。
 そんな社会を見つけることが、俺がすべきこと。

 まぁ、それが楽しいなら俺がとやかく言うことはないんだけど。もしかしたら、皆、面倒なことが好きなのかもしれないし、あえて苦労することにロマンを感じていたりするかもしれないから、別に俺のやり方が万人にとって良いとは言えないしね。ただ、俺はムダなことが人一倍キライで、負けず嫌いだから自分が結果を出したい分野では結果を出したい性格だから。

 でも、実際には俺みたいな怠惰なヤツも一定数いるもので、効率的に生きたい人もいるはず。それで、考えて試行錯誤してる人もいるだろうから、そういう人は「レバレッジ時間術」を読んでとことん効率性を追求して下さい。大切にしている名言がある。

 「怠惰で有能な人はスーパーマンである」

 初めは意味がわからなかった。普通なら、勤勉な人が称賛されるべきではないのか。そんな常識が俺の中に植えつけられていた。
 しかし、これには「身体の努力」よりも「頭の努力」の方を重視するという意味が含まれている。それを知って、やっと意味が理解できた。

 金の使い方も同じことがいえる。金は所持金額の大小によって価値が決まるのではない。大事なのは使い方だ。使うべき所にピンポイントに支払う、あるいは投資することが重要なのである。無駄遣いはすべきではない。金に申し訳ない。

 島田洋七さんが書かれた「佐賀のがばいばあちゃん」という話がある。映画化され、テレビでも放映されたからご存知の人は多いだろう。あの話は貧乏な家庭で暮らす子供が、おばあさんの素晴らしい知恵のおかげで幸せな暮らしを送るというものだ。
 しかし、あの話を読んだ人の感想に俺は疑問を感じていた。「本当に貧乏の話か?」と。いかにも、「貧しい人は心がキレイだ」というように捉えられがちだが、あの話の真意はそこにないと思う。確かに、昭広が幼少の頃は御飯をロクに食べられなかった。だから、実際に金が無いのかもしれない。だが、あのおばあさんは昭広が野球部のキャプテンになった時は、最高級のスパイクを買った。昭広が帰省する時は、母に早く会わせてあげたいという一心から、特急券を買った。シリーズの別の本に書いてあったが、実はテレビも買ったらしい。
 あのおばあさんの所持金は少なかったと思う。でも、使い方が上手かった。ピンポイントで必要な所に金を使っていた。それも粋な使い方をしていた。俺にとって、見習うべき存在である。

 俺は将来、起業する。もちろん、他人よりも多くの金を稼ぎたいという気持ちはある。しかし、それだけが目的ではない。とびきり贅沢な生活をしたいわけでもない。第一、一般庶民出身者がそんなに贅沢しても落ち着かないだけだ。欲しいものをガマンしたくないという気持ちはあるが。
 問題は使い方である。あのおばあさんのように粋な使い方をしたい。自分にも他人にも有益になるような使い方をしたい。それができるようになった時に、俺は真の経営者になれるだろう。
 それには、日常から訓練が必要である。コンビニや喫茶店などで浪費はしない。昔から浪費はしない性格だ。ああいった少額の金を頻繁に使うことをしていては、気付いた時には大金が減っていることにもなりかねない。使った事を覚えておくためにも、大金を少ない回数で使った方が良い。それに、まとめ買いは実は経済的である。そうやって、金を「大切に」使っていきたいと思う。
 時は金なり。金は財産なり。有形の財産も、無形の財産も、上手に運用していくべきだ。それができた時に、幸せは訪れるだろう。

RENDEZ-VOUS (LIVE IN HAMBURG JULY 1987)

歌手 BOOWY  作詞 氷室京介  作曲 布袋寅泰

※Day by day GOOD BOY Changing SISTER BOY
Just hey hey 小悪魔とランデブー※

眠りにおちた Midnight“3” o'clock
ヒステリックに ドアを Knock Knock
雨に打たれ ズブ濡れのELF やったぜ こいつは拾いもの

温め直したスープに毛布 それで彼女はお礼に笑う
どこかで聞いた話の通り 悪い事だけ続かない

先は約束されたも同じ 魔法の指で叶えておくれ
愛はそのうち生まれるさ…?

(※くり返し)

だけど彼女は喰いつぶすだけ 魔法の指も使えはしない
気づいた時は遅すぎる

(※くり返し)