大学でスポーツビジネスについて話をする機会がある。
スポーツビジネスを学ぶ際には、近代史、メディアの発達、時代時代の社会情勢は必ず学んでおく必要があると思う。
20世紀はどんな時代だったかと言われると人によって様々だが、戦争の世紀、コピーの世紀、メディアの世紀、映画の世紀、…そしてスポーツの世紀ではなかっただろうか。
「スポーツの世紀」は言い過ぎだろうか?
では東西冷戦において何故米ソは金メダルの数を競ったのだろうか?
ここではオリンピック誕生から発展の経緯は省くが、当時国威を示すためにオリンピック以上のイベントは無かったというのは紛れもない事実だ。
そしてそのオリンピックはテレビの普及によってさらに多くの人々を惹きつけた。
そうした中、大会レベル、競技レベルの向上には多額の資金が必要だった。
しかし当初それができず1976年のモントリオール五輪では市民がその後10年間に渡って税金を納め続けるという事態が起きてしまった。
それを教訓にした1984年のロス五輪がスポーツビジネス拡大の一つの契機だった。莫大な資金の回収の為に放映権やスポンサーシップ権、マーチャンダイズ権等を整理し販売した。
その後人気の博したサッカーでもFIFAにより洗練された形で各種権利が販売された。1990年代になり衛星放送が始まった時「リアルタイム性」、「グローバル性」という衛星放送ならではの特性にスポーツの相性は良くさらに発展していった。(のちの一部行き過ぎた結果バブルを引き起こしたのは事実だが…)
そもそもスポーツが現在の形になったのは産業革命(18世から19世紀)以降の話だ。それまでスポーツは上流階級の貴族のもの(気晴らしに行われたもの)。産業革命で農民が労働者となる。それまで農民には余暇は無かったが労働者には労働する時間のほかに労働市内時間=余暇が出来た。スポーツは余暇を過ごすために適していた。それがスポーツが大衆に広まるきっかけだった。
こうしたことからも分かるようにスポーツは元来その時々の時代背景、社会情勢に上手く利用されながら敏感に反応し発展していったようだ。
つまりスポーツビジネスについて理解するためには現在の社会情勢、時代背景の理解が必要なわけだ。
最近指導の現場と向き合っていて、スポーツビジネスだけでなく競技そのものも時代背景、社会情勢に大きく影響を受けているのではないかと感じる。

サッカーは昔も今も同じサイズのピッチで11人対11人が1つのボールで相手ゴールにより多くのゴールを奪うことで勝敗を決するスポーツだ。その原理原則は変わらない。ルールも「紳士たれ。」という基本原則を守るために相手を傷つけたり、相手ゴール前での待ち伏せ等の禁止に纏わる制約が殆どだ。しかしテレビ放映の普及、観衆に向けたエンターテイメント性等環境の変化に伴い遅延行為の禁止、それを避けるためのゴールキーパーの制約等マイナーな変化は起きている。
競技特性からサッカーをみるとどうなっているのだろうか。当初相手ゴール前になるべく早く到達するために縦に長いパスで侵入するのがもっとも手っ取り早い方法だった。そのため大きく強いフォワードや速くて上手い選手を前に配置してなるべく高い位置でその選手にボールを渡し何か起きることを期待していた。それに対応するためにゴール前の守備陣が大きく強くなる。そうなるとなかなかゴールが奪えないので一度サイドに展開してから中央を攻める。次にサイド攻撃に対しての対応が工夫される。それならばということで縦と横の組合せによる攻撃が生まれる。相手にイニシアチブを取られたままで横に縦に様々な方法でゴール前に運ばれると失点の可能性が高まる。だったらということでいわゆる決定的なパスの出しどころを抑えるためにパスの出し手に対しての守備の技術が進む。パスの出し手を特定させないためにより早いテンポでパスを回す…
漸く今のバルサのサッカーに追い付いてきた。

時代特性の反映というよりも勝つための試行錯誤の結果だ。
しかしこうした進化がサッカーの歴史の古い欧州と日本でほぼリアルタイムで起きている。おそらく30年前には起きていなかった現象だ。単なる試行錯誤であれば、日本では歴史の差だけ遅く現状のサッカーの傾向が現れるはずだ。しかし今や町の少年クラブがバルサのサッカーをまねし、メッシだけでなくシャビやイニエスタのパス回しを口にする時代だ。それもこれもメディアの発展によるスポーツのリアルタイムのグローバル化が大きな要因だ。こうして考えると競技そのものも時代に大きな影響受けている。
バルサのようにパスを回すサッカーは見ていて楽しい。しかしそれをゴールに近づけ得点機会を増やすために回すことを指導するのは簡単ではない。
回すことが目的ではなく得点する為である以上パスの出し方、止め方というスキルに加えて、「いつ」「誰に」「どこで」パスするのかという判断力とそのスピードを理解させないといけないからだ。サッカーに答えは無いと良く言われる。しかし“より良い”「解」は常に存在する。バルサのようなサッカーを指導するという事は判断力や判断の質やスピードのより良い解を常に与えることに他ならない。こうしたことを伝えるためには説得力が必要だ。その説得力を出すためには、バルサのサッカー、つまりテレビやインターネットを通して目で見える現象をその背景から本質的に理解して分かりやすく簡潔に説明できないといけない。技術発展は視覚的な利便性を劇的に高めた。目で見たことを真似することから始めることは非常に効率的かつ効果的な手法だ。しかし誰でも出来ることだ。形を本来の目的に近づけるためにはどうしてもその本質を理解しないといけない。
2月にシーズンが始まり、あと2週間でリーグ戦が開幕する。多くのパスサッカーと出会うはずだ。それが単なるスタイルとしてのものか、ゴールに近づくという本質を理解し極めたうえで行われているものかきっと8か月後に答えが出るはずだ。
スポーツ、サッカーに限らず指導する側の学ぶ意識が益々重要な時代になってきた。
大変だがやりがいのある時代になってきたなぁと思う。
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普通じゃダメ!?

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2月5日にシーズンインしてから既に1週間が経った。
初日は新体制の発表会、体力測定、そして今季からパートナーシップ契約を結ぶアンダーアーマー社による栄養セミナーを行った。
昨シーズンの全国3位という結果を受け、今年の目標は日本一を目指すためにまずは全国への挑戦権を得ようということで「インカレ出場」とした。
目標設定というのが結構難しい。あまりにも現実離れしていると単なる夢となってしまう。
かといってあまりにも現実的過ぎると多くの成長が期待できない。簡単ではないが必死になって手を伸ばせば何とか届くかもしれないというちょうど良いさじ加減が重要だ。
現実を見ると、昨シーズン後半のメンバーのうち8人が卒業した。
つまり昨シーズン後半の厳しい試合を経験したメンバーが3人しか残っていないことになる。
しかもその抜けてしまう8人の選手は1年生の時から試合に絡んでいたメンバーだ。
ということは昨シーズンだけの話ではなく過去4年間のリーグ戦を限られていたメンバーで戦ってきたことになる。そう考えると今年のチームは丸で新しいチームだと考えた方が良い。
そのようなチームが過去4年間積み上げてきて漸く実ったインカレ出場を目標に掲げて良いのかは正直微妙なところだ。しかし今まで試合に出られずうずうずしていていた選手たちのモチベーションと、プロ選手5人を輩出した環境で下積みをしてきたメンバーの底力があればもしかしたら手に届くかもしれない。そんな絶妙の目標設定だと思う。

選手の体力測定の時間を利用してシーズン前のスケジュールを確認した。
トップチームは来週月曜日からの沖縄キャンプ、キャンプ中Kリーグのチームとの練習試合、福岡遠征、Jクラブとの練習試合が主な強化プランだ。
一方Bチーム、Cチームは神戸遠征、そして何とスペイン遠征を控えている。
スペインではビルバオとバルセロナで練習試合を行いスペイン国王杯決勝を観戦する予定だ。経済的にはそれなりの負担がかかるが、決して無駄にならない経験であり今しか出来ない将来への貴重な投資だと思う。
体力測定後の栄養学のセミナーに顔を出した。アスリートとしていつ、どのタイミングで何を食べたら良いのか?運動→栄養→休息のサイクル、パフォーマンス向上の為には100%の状態で練習に参加するための体の土台作りが重要だということを様々な実例を元に話して頂いた。100%のコンディションで練習に参加して初めて100%、101%のパフォーマンスが発揮出来るというわけだ。
100%のコンディションを維持するためのアンダーアーマーが運営しているスポーツクラブでのダルビッシュのサプリメントの取り方、練習内容等が紹介された。
インストラクターが驚くほどいや、呆れるほどの徹底した栄養管理とトレーニング内容らしい。
「何故そこまでやるんですか?」
という問いに対するダルビッシュの答えは、
「自分は野球に関しては普通でいたくないんです。普通じゃいやなんです。普通でないようにするためには普通の事をしていたら駄目なんです。」
というものだった。
レンジャーズの入団会見で
「プレッシャーは無い。」と言い切り、
日本を去る時「世界中の誰もがナンバーワンというピッチャーになりたい。」
と堂々と言い放つ裏には普通ではない努力とその努力がもたらした自信があったわけだ。

かつての卓球の世界的名選手で現在ジャーナリストをしているマシューという方がスポーツ選手の才能について面白い考察をしている。
1990年代のプレミアリーグで9月から11月に生まれた選手が300人弱に対して、6月から8月生まれの選手は140人弱しかいなかったそうだ。神は9月から11月生まれの人に多くの才能を与えたのか?答えはNOだ。欧米では8月31日と9月1日では学年が変わることになる。9月生まれの選手は8月生まれの選手とでは同じ教室で机を並べ、同じカテゴリーでプレーをする。しかし若年層の時期に成長と習熟において9月生まれの選手は11か月間のリードをもって生まれたことになる。ある年代のチェコ代表についても述べられている。最近の年代別の世界大会では1月1日基準に世代を分けている。チェコのそのチームでは21人中19人が1月1日から6月30日生まれの選手で10月生まれから12月生まれの選手はいなかった。

当然様々な例外はあるが、彼が言いたかったことは「才能」は練習の質や量に比べたらさほど大きなことではないということだ。
2歳の時にはゴルフコースを回り、5歳の時には普通の人が生涯で行うのと同じ練習量をこなしたタイガーウッズの例やベッカム、クリティアーノロナウド、メッシの練習中毒にも言及している。
上記の誕生月の話は同年代で見た時も練習の機会が多い方が有利だったという一つの例だと思う。

結局普通以上の努力をやってきたかどうかが全てだと思う。
強いて才能に言及するなら普通でないことをやろうと思いやり続ける強さこそが才能なのかもしれない。
スポーツの世界は誰でも相手に勝ちたいと思う。しかし残念ながら思っているだけ勝てる世界ではない。その勝ち負けの境目は普通の事をやって満足するか、それとも普通ではない努力をするかの差だ。

シーズン終了を告げる最終戦のホイッスルを関東リーグのピッチで聞くかあるいはインカレの舞台で聞くか。それはこれから始まるシーズン中に普通でない努力をし続けられるかどうかにかかっている。
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紙一重

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2年前にプロ入りした中町選手とサウサンプトンに移籍が決まっている李忠成選手が自主トレとして慶應の練習に参加してくれた。
中町は今季移籍した横浜Fマリノスの練習開始が27日なので昨シーズン終了以降あまり動かす機会が無かったようだ。
李選手はVISA待ちの期間を利用した自主トレだ。彼は1昨年末にも慶應に自主トレに来ていたが、その後日本代表チームに合流し、アジア大会で結果を出したのでゲン担ぎの意味もあったのだろう。

シュートを外したらダッシュして自分でボールを取りに行き、ボールの受け方、出した後の動き、ポジショニング、プレーの意図と当然だが学生と同じ事を言われ同じメニューをこなした。
慶應の大学生にもプロを目指す選手が何人かいて技術はそれなりに高い。8割9割位のプレーは中町や李選手と比べても遜色ない。でも1割か2割といったほんのわずかな部分が明らかに違う。それはゲーム形式の練習時の判断のスピードであったり、ボールスピードであったり、駆け引きの上手さであったり…説明するのが難しいがちょっとしたプレーの機微だ。
実際に紅白戦をやってみると自然に中町や李忠成にボールが集まる。最初は選手たちも彼らの名前で気後れしていたように感じた。しかし試合時間の経過と名前に対する気後れが薄れてくると、各プレーヤーが本能的にボールを失わないために、効果的に攻めるために最適なプレーを行うようになる。
「失わない」、「効果的」なプレーを行うために最適な判断を行った時の起点に中町や李がいることが明らかに多く、それが彼らに多くのボールが集まった理由だ。選手たちは肌でプロ選手の存在感を感じた事だろう。

練習終了して全体集合した時この日が練習参加最後となる李選手から一言頂いた。
「プロ選手になるとか代表選手に選ばれるかどうかというのはほんの紙一重の差だと思う。でもその紙一重がものすごく大きい。今回みんなとプレーして十分に上手いと思った。みんなにも必ず可能性があると思う。」と言ってもらった。
彼が言ってくれた可能性を実現するのはとてつもなく大きな紙一重の何かだ。選手だけでなく指導者も小さな事を見逃さずに紙一重の部分を追及することが重要だと思う。
翌日中町からも一言もらった。
「自分は湘南をクビになって慶應のソッカー部に入った。でもそこで今まで経験したことの無いような仲間達との様々なミーティングを通して、また本当に素晴らしいチームメイトに恵まれて責任感というものを植え付けられた。責任感というのはピッチ外の仕事に対してだけでなくピッチ内でのプレーに対してでも同様だ。みんなもしっかりと責任感を持ってプレーして欲しい。」
というようなことを話してくれた。サッカーである以上スキルやフィジカルの向上は重要だ。しかしそれらを最大限に発揮するためには、判断のスピードやその適格性も重要だ。
この辺の見えづらい部分は李選手が言っていた紙一重の要素の一つだと思う。しかしサッカーである以上当然ミスもある。その時どういうアクションをするのかでそのプレーヤーの人となりが見えてしまうことがある。プレーを最大限発揮するための判断に加えて中町が言っていた責任感の部分、これも当然見えづらいがこれも紙一重の大事な要素なのかもしれない。二人の話からふとそんなことを思った。

中町のマリノスでの活躍、李忠成のサウサンプトンでの成功を心から願っている。
そして彼らとプレーした慶應の選手たちが少しでも何かを感じ、紙一重に泣くことが無いように日々精進してくれることを願う。
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年賀状を頂いた方に、また日頃お世話になっている多くの方にこの場を借りてご挨拶させて頂きます。
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

改めて習慣は大事だと思う。月に5回ペースでBlogを更新していたが一度途切れるとなかなか元のペースには戻らない。継続は力なりというのは本当だ。さぼっていた分半年分まとめるとかなりの長文だ。

慶應大学ソッカー部の2011年は心に残るシーズンだった。
それはリーグ戦3位、インカレ出場、全国3位という結果だけではない。慶應で指導に携わった最初の年の1年生が卒業することもあり自分にとっても一区切りの感のある一年を充実して過ごすことが出来たからそう感じたのだと思う。
この4年間色々な変化があった。
一番大きな変化は以前「特別」だった事が今は「普通」になった事だ

一昨年の主将だった中川がBlogを書いていたので
「へーっ、彼はこんなことを考えているんだ。こんなことを実践しているんだ。」
というのを知り良く感心したものだ。シーズン後半チームが勝てない時トップチームのパフォーマンスだけの問題では無く、AからCまであるチーム全体の一体感が不足しているのではと考えた。一体感を持つために主将自らBチーム、Cチームと異なるカテゴリーの練習に出ようとしたらしい。中川が練習に行くとそこには当然のように副将の織茂が同じ事を感じ、同じ気持ちで練習に参加していたことが書かれていた。
トップの人間が同じ危機意識で物事を実践できる組織は素晴らしい。

同じ時期主務から部室の乱れを指摘され、一切の隙を見せないように清掃から徹底したことも書かれていたと記憶している。結果が伴わない時にトップが何を考えすべきか?
結果を出すためにどこまでも貪欲に突き詰める姿勢の重要さは一般社会でも必ず通用するはずだ。実際中川や織茂の評価は色々なところで耳にする。どれも嬉しいものばかりだ。

今年のチームに話をもどそう。リーグ戦後半一つでも負けるとインカレ出場が危ぶまれる時でも、トップチームの選手は日吉で練習を終えた後控え組の試合、Bチーム、CチームのIリーグの大事な試合で本当に一生懸命声を出して応援をしていた。それがアウェイの試合でも駆けつけていた。トップチームであっても他のカテゴリーの試合の時には与えられた役割を当然のようにこなしていた。彼らのその姿勢に対する仲間達の感謝の気持ちと部の一体感が大学リーグNo.1(と思っている)のスタンドからの途切れることの無い素晴らしい声援の正体だ。

リーグ戦最後の2試合早稲田戦、筑波戦は本当に後が無い試合だった。その時合宿所の周辺は落ち葉が綺麗に片付けられ、部屋の中はそれこそチリ一つ無いくらい掃除されていた。
わずか2シーズン前、試合に取り組む心の隙を仲間指摘され、そこから修正していったチームの経験を経て、どんな小さな事でも細心の注意を払う姿勢は今の慶應の試合前のルーチンになった。
これが90分の試合の中で例えプレーが途切れている時でも、ボールに直接関わっていない全ての選手があたかもOn the ballのプレー時のように細心の注意を払い続けるメンタルの醸成の背景だ。

チームから個人に目を向けると今年のチームから5名のプロ選手が誕生する。
この事はソッカー部創設以来初の出来事だろう。そうした中には入学時から注目されていた選手もいた。しかし殆どの選手は大学でのクラブ活動を通してプレーヤーとしても人間としても成長したことによって、プロという小さい頃からの夢を自らの手で勝ち取ることが出来たのだと思う。

田中奏一が早慶戦の2日後北九州の練習に行った時、初日の練習を終えた後肋骨が折れていたという報告を受けた。1週間の予定での練習参加は当然キャンセルになるかと思っていたが、怪我した状態で北九州に残った。奏一が北九州から高い評価を受けた理由は大きく2つあった。一つは練習が出来ない時の取り組みだ。怪我が多かったそれまでの状況を改善するために徹底的にトレーナーと向き合っていたようだ。そしてもう一つはその後の練習参加で見せたプレーの面だ。ところが評価されたプレーはスピードを武器にした攻撃参加という彼の本来のストロングポイントではなかった。そういうストロングポイントは当然評価されたが三浦監督の評価はむしろ守備の面の評価が非常に高かった。それも1対1というOn the ballのプレーだけではなくポジショニングや常にAlertな状況で試合に臨むといったオフのプレーの評価だった。岡山での練習参加時真中コーチと何度か話したが彼からも奏一の練習に対する取り組みの素晴らしさを聞くことが出来た。インカレで怪我をおして頑張った彼の事をFacebookで少し触れたことがある。真中から奏一を心配したコメントが戻ってきた。
「怪我大丈夫ですか?彼にとってのサッカー人生はまさにこれからなので花開くよう力になっていきたいと思います。」
チーム合流前から気にしてもらえる彼は幸せだが、それだけのことを感じさせたのは彼の人間性だろう。右サイドであれ左サイドであれ彼がJの舞台でピッチを生き生きと駆け巡る姿を見るのはとても楽しみだ。

日高慶太が本気でプロを口にしたのは4年生になってからだ。彼が大学でレギュラーになったのは3年生の後期からだ。技術の高さ、運動量の多さがありながら周りの評価にバラつきが出るタイプの選手だ。見る人によっては軽さや一生懸命さを感じさせないプレースタイルに映ったのかもしれない。しかし練習参加した北九州や鳥取の監督からのフィードバックは嬉しいものだった。単なる捌き屋ではなくゴールに直結するプレーへの要求は頂いたものの、アフターの練習の取り組み、悪環境での試合での戦う姿勢とイマジネーション、守備のポジショニングと運動量は高く評価してもらえた。
「プロのチームの練習参加だから特別に頑張るのではなく、自分のチームでいつでもやることが重要だよ。」という三浦監督や「BOX内でのプレー」を要求した松田監督の言葉は間違いなく慶太のその後の練習への取り組みとプレースタイルに影響を与えたと思う。
スタンドから彼を応援する声は「セクシー慶太」だ。アウトサイドや足の裏を巧みに使って相手を抜き去るプレーやトリッキーなプレーがセクシーなプレーだと表現されたのだろう。しかしインカレ初戦の福岡大学戦で同点ゴールを決め、延長戦に入る時にスタンドに向かって「俺たちに力をくれ!」と叫び、顔面骨折という大けがを負いながらも勝利の為に走り続けたプレー姿こそが彼の本質なのだと思う。最終的に山形への入団を決めたが、GMからの評価は技術に加えて、決定力、運動量と闘う姿勢だった。まさに慶太が夏以降に自ら身に付けたものだ。

河井の終盤のプレーは見ていて惚れ惚れとした。味方からボールを引き出す力、ギャップでのボールの受け方、味方の選手の活かし方、効果的なスペースの認知力…
少し大袈裟だけどバルセロナの中盤に入れてみたら普通に出来てしまうのかもしれないとさえ思わせる。しかし最初から何もかも出来たわけではない。技術的なものは元々高かったが、それを外ではなくゴールに向かうプレーに変えたのはこのチームで過ごした4年間が大きかったと思う。このチームで勝ちたいと思う気持ちが彼のプレーの成長にも大きく影響があったと思う。
一つだけ注文付けるとしたらPKか…
最終戦終了後最後まで冷静で人前で涙を見せなかった河井の悔しさを思いっきり表現した声を聞いたのは人目に触れないシャワールームからだ。この悔しさは必ず彼を成長させるはずだ。清水で同期の大前や未だ輝きを失わない小野伸二やユングベリとの共演は考えただけでもわくわくする。中町との直接対決も楽しみだ。

テソンはワールドカップの前の年の流通経済大学戦を見た代表スタッフから興味があると問い合わせを受けた選手だ。その時テソンのプレーと将来性に長友の代役位に惚れ込んだのがワールドッカップ南ア大会の代表コーチ、元日の天皇杯決勝で指揮を執った京都の大木監督だ。秋に京都の練習参加した後に、大木監督から「2年前に見たテソンがさらに成長していた。」と心から喜んで電話してきたくれた。そんな監督の元でプレーできる彼は幸せだと思う。サイドバックでありながらあの高さ、左足のキック、ロングスプリントがプロでどのような花を咲かすのか楽しみだ。

5人目はまだ契約前ということもあるのでここでは書けないが、チームのGMは彼の人間性に惚れ込んでいる。数年後左腕にキャプテンマークを巻き、堂々とJの舞台で活躍する姿が目に浮かぶ。

残った下級生の選手の中でプロを目指す選手がいると思う。何故敢えて一人一人の事触れたのか?プロの選手になるために技術や体力は当然必要だが、今年プロになった選手たちから、それが全てではないということを少しでも感じてもらえればという思いからだ。

選手としても頑張ってトップにも絡んだ松田を中心にした慶應のスカウティングのスキルとミーティングは贔屓目ではなくプロ並みのレベルだと思う。今のミーティングの形態になって5年目を迎える。5年間常に進化を続け、その進化は止まることはないはずだ。単なる現象の報告ではなく起きた原因を仮説、検証、発表という一連のプロセスを通して伝えたミーティングは選手の考えるレベルに大きな影響を与えたと思う。
目標は達成できなかった事は残念だがそれでも全国3位というのは大躍進だ。彼らが1年生の時は関東リーグ2部でインカレの出場資格を巡る戦いさえ許されていなかったのだから。試合前にテクニカルスタッフに対戦相手の事を聞きに行く選手の姿、試合後に学生のトレーナー、主務、副務等裏方スタッフ達と抱き合う姿を見ると本当に嬉しくなった。試合に出られなかった選手たちによる途切れることの無い声援を送り続ける姿を見ると胸が締め付けられた。それはお互いの役割を十分にリスペクトしていたからだ。
そしてリスペクトする気持ちをお互いに持ち合えることがチーム力なんだなと改めて気付かされた一年だった。
そんな一年も終わり新しい年が始まった。
変えてはいけないことと変えなければいけないことがあるはずだ。
卒業する4年生はもう十分に体が温まったはずだ。次のステージで新しいチャレンジをして欲しい。
残った選手達はそんな4年生の背中からたくさんの事を学んだはずだ。自分達より若い世代に胸を張って残せるものを作り上げていってもらいたい。
それぞれの新しいスタートが輝けるものであることを心から願う。

感動

テーマ:
早慶戦の3連勝は慶應大学歴史上初めての快挙という事だ。
開始わずか6分の失点、前半で一人退場者を出すという非常に難しい試合を勝つ事が出来た。
歴史を作ると言うのは口で言うほど簡単ではない。
その簡単でない事を選手達はやり遂げた。
達成感に満ち溢れた選手の表情、運営に汗水たらした学生スタッフ達、10人になってもずっと声を出し続けて応援してくれた選手達、そしてOB、ご家族、友人…
全員の勝利だ。
感動した。
ありがとう!

諦めない気持ち

テーマ:
今期の関東大学サッカーのリーグ戦で慶應は連敗が無い。優勝を狙うチームは絶対に連敗をしてはいけないというのが自分の持論だ。神奈川大学との前期最終戦、相手の強固な守備、素早い縦への攻撃、キープレーヤーへの対応等ある程度出来たと思う。しかし前半終了してクロス6本に対してシュートがわずか2本だけしか打てなかった。ハーフタイムの指示は本気でゴールを目指せという1点だけだ。ところが後半17分逆に相手に選手点を奪われてしまう。押し気味に試合を進めていたのだが途中出場のスーパーサブの選手を使った素晴らしいカウンターだ。しかし中の選手はピッチ上色々なところで声が出続けている。結果的には81分に息吹の同点ゴール。最後の1プレーでペナルティエリア内で河井が4人に囲まれながらもボールをキープし最後はこれも息吹にパス、それを冷静に決めて90+3分の逆転ゴールになった。観客席に挨拶に行った時の雰囲気は何か久しぶりな感じだった。多くの選手が喜びと満足に満ちた顔つきの中、必死で90分間頑張った右サイドバックの涙が印象的だった。ボールを保持してイニシアティブも持ってサッカーをする、サイドの意識、高い位置からの守備…我々のフットボールに絶対に勝つという強い気持ちとゴールへの執念が加わった試合だった。

旧知を温める

テーマ:
15年間音沙汰の無かった友人からFacebookを通じて友達承認のメールが来た。
最後に会ったのが香港のどこかのホテルのサウナだ。それを最後に連絡が途絶えてしまっていたが辿り辿って繋がったのかなと思う。先日久しぶりにオフラインで再開した。
お互い変わったようで変わっていないようで…また彼を通して共通の友人たちの近況についても色々情報交換が出来た。
ネットの世界のサービスは常に新しい事、革新性に目が行くが実はこういう再会、出会いもネットの世界の重要なベネフィットなのだと改めて認識した。

発想の転換

テーマ:
最近あまりやる機会が無いが、オセロというゲームを知っているだろうか?
ゲーム版の上に白と黒の石をプレーヤーが交互に置き、挟み込んだら色が変わり、全ての升目が埋まった時に石が多い方の勝ちというゲームだ。
自分は結構得意であまり人に負けた記憶が無い。そのゲーム何でも累計2,370万個売れたらしい。
2,000万超えれば一家に一台みたいなものだと思うが、テレビのように一家に二台は必要ない。
そうなるとサイズを変えてポケットオセロとか石の色を変えて可愛らしくするとか今はやりのiPadとかの端末での展開くらいしかその後の追加需要は無い。
ところが「フリーオセロ」という新商品が発売された。
http://getnews.jp/archives/121687
これは石を置く盤自体を動かす事が可能というもので本来あるべき所から自分の石が移ってしまうと今まで積み上げてきた前提条件そのものが変わってしまう。
自分はまだやった事が無いので何とも言えないが、今までのように角を抑えるためにどう進めていくかという戦略では通用しないと思う。折角積み上げて抑えた角が版をずらす事で簡単に角でなくなってしまうからだ。
これまでスピードや度合いは異なっても中・長期的には必ず右肩上がりで成長すると信じていたものがそうでなくなってしまったとしたら根本から発想を変えなければいけない。
この古くて新しいゲームの開発は、無尽蔵に開発されルールを覚えた頃には次の商品が出てくる現状の目まぐるしい開発競争に一石を投じるような考え方を与えてくれたのと同時に、ルールが変わる事を前提にゲームを行い楽しむ方法という非常に示唆に富んだ内容を教えてくれたと思う。
先日Boston Universityのビジネススクールの教授からインドのVicalpaというビジネス誌向けのArticleの執筆を頼まれた。日本の企業家が今回の災害をどう見ているのかという内容だ。
その他復興の為に何をしていかなければいけないのかという部分も少し触れている。
字数が800 wordsという制限付きだったのでそう深くは踏み込めなかったが、久しぶりに長めの英文書いた。こういう機会あると自分自身色々考えるきっかけになって良い事だと感じた。
自分で書いていて今後本当に教育の部分は重要だなと感じた。


The Japanese people have had a range of reactions to the big disasters that have struck our country. We are told that the number of victims, including both dead and missing, is almost 25,000, and there are almost 115,000 evacuees. In addition to the big natural disasters, the earthquake and tsunami, we have been deeply affected by damage to the nuclear power station in Fukushima, which is having a big impact of our individual lives as well as economic activities. After the disaster, the Japanese media has showed the devastation, how it will affect our future, and the plight of sufferers in Northern Japan. Even though they lost their family, friends, and homes, most of them expressed their thanks because they still have life. They have also showed their strong will to rebuild Japan. I am not sure how widespread this admirable mindset and attitude is, but I am sure many Japanese who live outside the stricken area must have learned that we should accept any kind of difficulties to rebuild our country and to save those who are suffering. I have tried to capture some of the important perspectives of the Japanese people in the wake of the disasters.

Entrepreneurs’ reactions
After the great earthquake and tsunami, and the huge damage caused to the nuclear power station, I made some observations about how Japanese entrepreneurs have reacted to the difficulties. Even though they have the same goal, which is to rebuild Japan without being defeated by this disaster, their approach and way of thinking is different. I have categorized them into two types as follows.

Among the first type, the main player is Mr. Son, the president of Softbank Inc., and one of the most established entrepreneurs in Japan. He would like to try to find safer and more efficient alternative electric power. He is not only organizing a foundation, the natural energy foundation, to find alternative electric power by raising $12 million, but he has also donated $123 million himself and given up director’s remuneration during his term of office. He does not just want to change the current source of electric power, which is cheaper and more efficient than any kind of alternatives so far, but he wants to improve our life by removing our concerns for nuclear power. I think he and his followers may have a strong commitment to change the social infrastructure with this approach.

The other type is the ones who are thinking that the Japanese, especially leaders, should consider future action more carefully without being reacting emotionally. They think that the leaders should take more time to make a final decision regarding whether to keep the current nuclear power, while introducing higher standards of safety, or to find alternative electric power. After making some cost and benefit analyses, they have concluded that we should stop being too negative in our concerns regarding nuclear power and believe in our technology and wisdom to rebuild and improve our economy and life. This kind of entrepreneur believes that short term and emotional reactions will negatively impact the rebuilding of our economy.

New city plan
It may not be so difficult to just rebuild damaged cities, but very difficult to transform them into new cities that are strong enough to withstand any disaster without compromising economic prosperity. An important criterion for our choices is whether we should assume that we may have more disasters in affected areas in some form or not.

New energy system
It may be true that nuclear power is the most reasonable and efficient electric power at this time of moment, even though we have to expect a risk, which we have faced in Japan. How realistic and how long it would take to find alternatives is the key to consider for this issue. However, at issue here may not be just economic efficiency, cost, and technological feasibility, but our way of life in the future. One of the important criteria must be whether we should accept some level of inconvenience for securing our safety.

Preparedness for unexpected disaster
Due to our location, on active faults, we always have to be prepared for disaster, especially earthquakes. We should periodically review current city planning, which should include the building standards act, road traffic law, and so on, to minimize damage by unexpected disaster.

Tax system
We have to change our mindset from preparing for “unexpected” disasters to “expected” disasters. We need to levy new taxes to deal with natural disasters, and all Japanese should equally share this tax burden for expected disasters.

Education
I personally feel education is the most important factor to overcome our difficulties. After rebuilding from the current situation, it is very important to make and execute new city plans, a new energy system, a new tax system, and so on. Our vision for the future should be created by young people. I believe that the Japanese education system is excellent for creating team work and morale. However it is not strong for creating a leader or an entrepreneur. While keeping the current education system, we should add another way to educate new leaders, who can take action after assessing cost and benefit, and consider alternative plans to implement in the short term, middle term and long term.


勝負の分かれ目

テーマ:
昨日サッカーマガジンの講座の中で受講者の方の質問で気が付いた事がある。
それはポジショニングの件だ。「○○というチームはポジションをしっかり取るのですが、そこからボールを奪いに行くアクションを取らない。」というような話をされた。
この講座の為にオランダのサッカーのフィロソフィーについての資料を翻訳していた時にポジションとポジショニングを分けていた事を思い出した。
ポジションとは静的なものだが、ポジショニングはPositioningのINGが示す通り動的なものだ。そこの差に気が付いた。
日曜日の慶應と明治の土砂降りの中での試合、慶應の選手のポジションはバラバラだったが全員がしっかりと良いポジショニングを取っていた。雨で水固まるグランド状態の中で相手はパスで何かをするという事は殆ど出来ない。前に運ぶ、あるいはボール前にボールを配給するという事しか出来ない。その為に出来る事はボールプレーヤーにとにかく蹴らせない事だ。その為のポジショニングが90分を通して出来ていた。
その前の日の順大戦を思い出した。ポジションの意識は高く、ピッチ上の配置はバランスが良かった。しかし、ポジショニングがまずかった。つまりボールプレーヤーに行けない事が多かったのだ。ポジションを取っていれば上手くいくわけではない。良いポジションを取ってそこからアクションする事が重要なのだと思う。
良いポジションを取るだけでなくそこからしっかりとしたポジショニングを取ることが次に向けての一番の修正点だと思う。ポジションは効率性の為の準備で、それが出来て初めて効果的な守備、攻撃が出来るはずだ。