1.17

今年はたまたま日が重なった日に三宮にいたので東遊園地にいった。


去年も書いたけどうちは水道が数週間止まった、グラスが割れただけ。


震災でたくさんの人達がなくなった。でもその中に俺の知り合いがいるわけでもない。


それなのにあの鎮魂の地に行くのは何かいけないことなのではないか、なんて思いがセンター街にいる時はあったのだが、いってみたい気持ちは確かにあった。追悼?それほどの悲しみを重ね合わせる力?なんてものは俺にはない。痛みを分かちあえる事なんてできないもの。だからそこに行こうと思った気持ちはそれではないと思うが分からない。何が言いたいのか本当にわからないし、行った理由をここに書き連ねても同じようにどうどうめぐりだと思うので、とにかくそこに行った。


炊き出しをふるまっていた。小学6年生の俺は避難してたわけでもなかったので、テレビで炊き出しをしてるのを見て「いいなぁ」ぐらいに思ってたから。のんきですよね。こどもだから。募金をさせてもらっておしるこを受け取った。おもちが3つぐらい入っててとってもあたたまっておいしかった。


竹に蝋燭を置いて1.17ってつくってあるところを回った。そのときに蝋燭を配っているボランティアの方に「まだでしたら、是非つけてあげてください」みたいな事を言われ、蝋燭をいただくことに。竹のあいているところを探して、蝋燭に火をつけた。当時大変だった人達の事を想った。向かいに座っている女の人はその炎をじっと見つめ、泣いていた。来てよかったものかと、また複雑な気持ちになった。


灯


ひまわりの種を配っているボランティアの方に会った。当時俺と同じ小学6年生のはるかちゃんという女の子が、震災で亡くなったらしい。その年の夏、彼女の家があった場所にたくさんのひまわりが咲いた。その花を「はるかのひまわり」と呼んで植え続けているらしい。俺もひまわりの種をもらった。今年の初夏に植えようと思う。


俺は東遊園地に行ってよかったのか。よかったと思う。忘れないようにするには、皆がこういう事をしていく事が大切なんだな、と思った。震災が自分にとってどうだったのか、11年前この神戸では震災があった。その事実を確かめ、忘れないようにする、現実であった、ということ。それを感じるためにも、被害がなかった人達にとってもこの場所は意義があると思います。この11年で一番震災の事を考えた1月17日だった。


文章にするのは難しいですね。読んで難解だった人、ごめんなさい。


-1.17希望の灯り-