人気のない放課後の図書室。オレンジ色に膨らむカーテン。
コトンと僕は、いつもの席に腰掛けて、静かに本を開いて前を見る。
今日もいる。無口に、でも優しそうに、僕に微笑むあの子。
恋などではないけれど、僕は毎日、あの子に会いに、ここへ来る。
木炭を片手に、放課後の美術室。僕は真っ白なキャンバスに集まる、光の粒を見つめたまま動かない。
今日も何も、生み出せない。
壁に貼られた僕の絵は、1年前にコンクールで金賞を取った絵。
でも今の僕のキャンバスは、光が踊る白い壁。あの時から僕は、何も生み出せないまま、ずっとここに座っている。
ガタッと椅子から立ち上がって、僕は自然に歩き出す。
恋などではないけれど、僕は今日も、あの子に会いに、図書室へ行く。
「彼のことが、好きなの…」
そう告げた、あの子の長くて柔らかい髪が、午後のオレンジに染まって光る。
『あいつは凄くいい奴だから、頑張れ!応援してる!』
そう言った僕の声は、あの子には決して、届かない。
恋などではないけれど、僕の胸は小さく、激しく、ぎゅっとなって、苦しかった。
今日も光が踊る真っ白なキャンバスの前、僕はただ木炭を握って座っていた。
ふと目に入る、金色に光る僕の絵。
そろそろ何か、描かなくちゃ…
周りの人からの期待が重いんじゃない。期待に応えられない自分が不甲斐ないんじゃない。ただ、怖いだけ。自分が空っぽになってるみたいで、怖いだけ。
「あぁ…!」
スケッチブックの上に置いた本を、ハラリパラリと風がめくって、勝手に物語をさらってゆく。僕はそれを止めるついでに、1ページ開いて、目を落とす。
ハッとした。オレンジ色に膨らむカーテン、キラキラと踊る光の粒。真っ白なドレスを身に纏ったあの子が、僕の目の前で、笑った。
恋などではないけれど、何故だか涙が、止まらなかった。
あの子はくるりと踊るように、走ってゆく。僕はそれを追いかける。
柔らかく揺れる髪も、薄桃色の細い腕も、夕日でオレンジに染まる白いドレスも、全部全部逃さない様に、走らせる。真っ白なキャンバスの上、手を走らせる。
描かなくちゃ、描かなくちゃ。
恋などではないけれど、僕はあの子を、描かなくちゃならない。
還って行ってしまうから。パラリとめくれる本の中、あの子は還って行ってしまうから。
「久しぶりに描いたと思ったら、女の子か…恋か?」
放課後、オレンジ色に染まる美術室。 先生が、ニコニコと僕を茶化して、出て行った。
「いいえ、恋なんかじゃ…」
言いかけて、風にめくれる本が目に入る。あの子が還って行った、小さくて、広い世界。
「ありがとう。」
恋などではないけれど、これは恋なのだ。いつかきっとまた僕は、あの子に会うだろう。もっと大人になったある日、突然に。
だからそれまで
「さようなら。」
キャンバスの上、夕日色に染まったドレスのあの子と、光の粒が揺れる。
僕はそっと、本をカバンにしまった。